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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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憂鬱な夜 ②

「澤田くん!」


どうして?健吾じゃなくて澤田くん?今日の接待に参加するなんて聞いていないし。彼が現れた理由が全く分からない。


「誰だね、きみは」


川崎部長も初対面の登場に面食らっている。それに場面が場面だ。酒の席とはいえ、女の腕を掴んでいるところを知らない男に入り込まれていい気はしないだろう。

そんな場面を見ても、澤田くんは仕事モードの顔をしている。


「はい、営業部の澤田隼人と申します。以前から鷹野コーポレーションの川崎部長の御名前を伺っておりました。本日会食の機会を頂いていると聞き、是非私も同席させて頂けたらと思い山中に連絡を取りました。急な参加で申し訳ございません、どうぞよろしくお願い致します」


「そうか・・・まあ、よろしく頼むよ」


澤田くんの挨拶を聞き、いつの間にか掴まれていた部長の手は解かれていた。きつく掴まれていた痛みは残っているけど。未だに澤田くんの登場に驚きは残っているけど、とにかく助かった。あのまま澤田くんが来ていなかったことを想像すると鳥肌がたつ。少なからず予想はしていたけど、まさか2人きりになるとは思っていなかった。


「澤田くんと言ったか?まあ、こうゆう席だ。君も飲みなさい」


そう言って今まで自分が飲んでいた熱燗を澤田くんに差し出した。澤田くんも健吾に用意された席に座り、おちょこに注がれた日本酒を一気に飲み干し、ご返杯に澤田くんが注ぐと気分よさそうにまた飲み始めた。

私はその様子をただ見ているだけだった。いろんなことに驚きボー然としてしまったのだ。


「失礼します」


さっき電話が入り席を外した須藤さんが戻ってきた。手に携帯を持ったまま。たぶんまだ会話の途中なのだろう。


「申し訳ございません、部長。明日の会議の事でご相談がありまして、電話に出て頂いてよろしいでしょうか?」


そう言って携帯を渡された部長は会話を始めた。大切な話なのだろう、須藤さんも部長に視線を集中している。

その隙を狙うように、澤田くんが小声で囁いてきた。


「大丈夫だった?健吾から連絡貰って急いで来たけど、遅くなってごめんな」


「え?健吾が澤田くんに電話したの?」


「ああ。柚原が心配だからとにかく向かってくれって」


「そうなんだ・・・」


だから突然澤田くんがこの接待に現れたんだ・・・健吾も心配してくれたんだ本当に。川崎部長の接し方を気にしていたのに自分が間に合わないからって澤田くんに連絡してくれたなんて。澤田くんだって自分の仕事していたはずなのに。そんな気遣いを2人にされて嬉しいと共に胸が詰まる感じがした。

こうゆう接待の時、女である自分が嫌になる時がある。でもこの2人の同期が支えてくれるから今の私はやっていけるのだなって痛感した。

嬉しいような寂しいような複雑な感情に包まれた時、川崎部長が電話を切り、また私達に向き合った。


「失礼したね。さあ、飲みなおそうか」


そう告げた時、またしても入り口のふすまがノックされた。


「失礼します」


この声は間違いない、健吾だ。

声と共にふすまが開き、待ち焦がれていた健吾が姿を見せた。


「本日は大変申し訳ございませんでした。大切な席に遅刻をしてしまい何と申し上げてよろしいのか、大変失礼致しました」


そう深々と頭を下げた。その姿は紳士的に、精神誠意気持ちの込められた対応に見えた。

そっと川崎部長を見ると、たいして気にした様子もなく笑顔も見られた。


「まあいい。その様子を見ると急いで来たのだろう。今日始めて会う彼もいることだ、つまらん事を言うつもりはない。とりあえず飲め」


そんな事を言いながら本気なのか冗談なのか、コップにたっぷり日本酒を注いだ。健吾も臆することなく口にした。さっき部長が健吾が急いでこの場に来たのだろうと言った通り、部屋に着いた健吾の息は上がっていた。そんな健吾がゴクゴクと日本酒を飲むことが心配になる。でも、この接待を真剣に取り組んでいるのだろう。私は見守るしかない。

それに、川崎部長も決して嫌な人間ではないのだ。女性に対する接し方以外は。

あの時私の手を掴んだところへ澤田くんが邪魔したかのように入ってきたが、怒ったりはしなかった。

だから今、健吾が出されたコップ酒も余興の1つなのかな?と思えるようになった。

コップ酒を飲み、少し和んだ所でふと視線を感じ顔を上げると健吾と目が合った。

その視線が「大丈夫か?」と告げているのが伝わってきて、私も微笑んで「うん」と答えた。その笑顔に安心したようにまた部長と飲み始めた。

場も和み滞りなく深酒の接待は終了して、川崎部長と須藤さんと挨拶を交わし別れた。


「あ~終わったな。隼人ありがとな、仕事途中で来させちゃったな。本当にゴメン」


心から申し訳なさそうに健吾が言う。


「澤田くん本当にありがとう。私のせいだよね、ごめんなさい。健吾にも気を使わせてごめんね」


頭を下げて謝る。すべて私のせいだから。いい雰囲気で接待が終了できたのは2人のおかげだから。本当にありがとう、ごめんなさいしか言えない。


「2人共気にするなよ。いい接待ができたし、僕だって仕事を放り投げて来たわけじゃないしさ。お疲れ様でいいんじゃない?」


澤田くんが笑顔で言ってくれる。気を使わせないように言ってくれてるのだろう。


「じゃあさ、お疲れ会でこれから飲みに行かないか?隼人はまだ美好に行ったことないよな。いい店だから一緒に行こうぜ」


健吾が嬉しそうに澤田くんを誘った。同期でも澤田くんと飲む機会は数える位しかなかったから、私もこのまま一緒に行きたいと思った。


「そうだね、行こうか」


「よし!行こう」


「うん!行こう行こう」


3人の気持ちが一致して、みんな上機嫌で美好に向かって歩き出した。





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