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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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憂鬱な夜 ①

朝出勤するとまずコーヒーを入れる。ミルクたっぷり、砂糖少なめで。

ゆっくり朝食が食べられなかった分を補うようにカフェオレのようなコーヒーで、外回りする前のほんのひととき。

まだ少し眠気が残り、ボーっとしながら始業時間までを過ごす。


「おはよう」


「あ、おはよう」


いつものように挨拶をして目の前に座る健吾に、同じように挨拶をする。

そのまま健吾に視線をやると、彼は何種類かの資料をデスクの上に出し視線をこっちによこす。


「楓、今日の鷹野コーポレーションとの接待18時からで変更なしでOKだから。とりあえず17時迄に戻ってくる予定で。でも急に呼ばれた1件が遠くて、時間的にギリギリになるかもしれないから電話するよ」


「わかった。私午後早めに戻って作りたい資料があるから待ってるね。健吾が遅れそうなら先に行ってるから」


そんなこと言ったけど、正直この鷹野との接待は健吾にいてほしい。部長の川崎さんは苦手なんだ。なんとなくねちっこい性格で、1人ではちょっと。それでもこの商談は成功させたくて健吾と2人組んで訪問を重ねてきた。

まあ、夕方間に合うことを祈るしかない。


16時40分を過ぎたところでスマートフォンの着信音が鳴った、健吾だ。

それを見て短いため息が出る。きっと間に合わないのだ。


「もしもし」


「あ、楓ゴメン。話に時間かかちゃって今から戻るから間に合いそうもない。急いで帰るけど道が混んでいたらゴメン」


「わかった。とりあえず支度して約束の時間に先に向かうから」


「楓、大丈夫か?あの部長が気になるからな。無理するなよ」


「うん、大丈夫。じゃあ、お店でね」


あ~、大丈夫じゃない。一気に気持ちが落ちた。何があるって訳じゃない、でもあの視線が苦手なんだ。品定めされているようなあの目つきが嫌な気持ちになる。それを健吾も分かっているからこうやって心配してくれる。どうしよう、うちの部長に相談して同行お願いする?それか咲季先輩に連絡してみる?いや・・・とりあえず行って健吾を待とう。

そう決心して支度をして予定通りに会社を出た。


約束の18時を10分程過ぎた頃、鷹野コーポレーションの部長の川崎さん、担当の須藤さんが姿を現した。


「こんばんは」


「やあ、柚原さん待たせたね」


「とんでもございません、本日はお忙しい中ありがとうございます。山中は急な用件が入り、今こちらに急いで向かっておりますので、先に店内にご案内させて頂けますか?どうぞ、中へ」


「そうだね、じゃあよろしくね」


「はい」


ドアを開けて中に入り、予約名を告げる。通された和室に2人と向き合って座る。とりあえず笑顔を向けられているが気は抜けない。

1人というプレッシャーと、相手がこの部長だっていうこと。とにかく健吾が来るまで場を持たせなければならない。部長にあまりハイペースにお酒を飲ませたくないけど、それは難しい。いつも水のように飲む人だ、彼のペースにならないようにするしかない。とりあえず、乾杯用のビールをお酌する。


「部長、お注ぎします。どうぞ」


「ああ、ありがとう。柚原さんにお酌してもらう酒は美味しいからね。今日を楽しみにしていたよ」


私は楽しみにしていなかったよ。あぁ、健吾早く来て。部長が酔う前に。


「須藤さんもどうぞ」


「ありがとうございます」


2人にお酌したところで部長がビール瓶に手を伸ばしてきた。私からビールを取り、こちらに傾けてくる。


「さあ、柚原さんもコップをだして」


「ありがとうございます」


コップに並々と注いでくれる。いつもならすぐにでも口をつけたくなるビールだが、今日はなんともそそられない。それでも空にしていかなくてはならないのだ。

とりあえず、本日の接待を開始する。


「川崎部長、須藤さん、本日はお忙しい中ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します」


そう告げて軽くグラスをあげると、部長はニコニコしながら1杯目のビールを飲み干す。グビグビという音と共にビールが消えていく。すぐにまたビールを注ぐ準備をする。それを2度3度4度と繰り返し、私は心でため息をつく。

部長と対照的に須藤さんの手元のグラスは動かない。口はつけるが、たいして減らない。まあ、いろいろ考えているのだろう。きっとこの部長が酔って動けなくなった状態まで考えて。料理には手をつけているから、そっとウーロン茶を注文して彼に新たなグラスで渡す。


「よろしかったらどうぞ」


「ありがとうございます」


須藤さんも笑顔で受け取ってくれた。部長はというとまたグラスを空にしている。まったく!1人じゃ追いつかないよ。たわいない話をしながら私も料理をいただき、部長のお酒が日本酒に変わった時、須藤さんの携帯着信音が鳴った。


「ちょっと失礼します」


そう言って部屋から出て行った。嫌!2人にしないで~。軽く口が開いた状態のまま須藤さんが出て行ったドアを見つめる。


「柚原さん」


部長に名前を呼ばれ振り向くと、満面なる笑顔で手招きしている。意味は分かるけどすぐに動けない。視線も止まり、そんなつもりじゃないけど部長と目と目が合ったままの状態になる。


「柚原さん」


もう一度呼ばれてハッとする。


「はい!」


慌てて返事をすると、部長は手招きを続けて私を呼ぶ。


「おちょこが空だからお酌してくれるかい?」


「あ!はい。気がきかなくて申し訳ございません」


そう言って向かいに座ってお酒を注ごうと手を出すと、そっと手のひらで止められた。意味が分からず部長を見ると、


「せっかくだからこっちへ来てごらん」


須藤さんの座布団をパンパンと叩きながら言っている。

行くべき?迷っても聞く人がいない。しょうがない、須藤さんもすぐ戻ってくるだろう。お酒を持って、部長の隣に座った。


「どうぞ」


おちょこに注いだが1口で飲み、またおちょこを差し出してきた。

私もお酒に手をかけて注ごうとしたところで手首を掴まれた。


「え?・・・」


顔も手も止まったまま固まってしまった。視線も部長を見たまま。


「驚く必要はないよ。綺麗な手だと思って。真っ白でスラッっとした手だねって褒めてるだけだよ」


褒めてるだけと言いながら手首から指先をさするように触ってくる。須藤さんもいない、健吾もまだ来ない?電話もできない、どうする??

動けない私に部長が私の手首を引いて近寄ろうとする。

嫌だ!どうしたらいいの!!


その時、コンコン!と入り口のふすまがノックされた。

須藤さん?それとも健吾?


「誰だ」


部長が不機嫌な声で返事をすると、ふすまの向こうから声が聞こえた。


「失礼致します」


声と共にふすまが開かれ、見えた姿に驚いた。

須藤さんじゃない、健吾でもない。そこにいたのは澤田くんだった。












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