表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GOVERNMENT EMPIRE  作者: Lirenoa
第四章 取捨の章
98/115

MOVE 26:非合法と名付けられた男part1

 さびれた家屋、家具も風化していてほとんど使えそうにない。主はすでにここを手放しているようだった。

 2階へと続く階段が今にも崩れそうに視界に現れる。部屋の隅は蜘蛛の巣に覆われ、足を一歩踏み出すだけでほこりが舞う。

 今踏みしめている床も腐食が進んでいて、ところどころ穴が開いている。足元に気を付けながら隆と殺斬は、魔の階段へと足を進める。

 無言のまま2階へ。2階は六畳ほどの大きさの部屋が1部屋あるだけで、その1部屋は誰かが居座っていたのか、ちゃぶ台の上に写真がばらまかれていた。手に取ってみてみると、太った下品な男の隣に、イリーガらしき人物が立っている。ある時は若きカリバと一緒に取っている写真もある。見渡していくと、とある写真には『brother』とピンクのマジックで書かれた写真もあった。

 ちょうどその気になる写真は頭が隠れていて見えない。手に取ってみると、そこにはイリーガとリゲルが労働場をバックに撮った写真があった。

 「まさか……。リゲルとイリーガは兄弟だったのか?」

 「そのようですね」

 隣に居た殺斬は静かにそう言った。古ぼけた室内にあるほこりをかぶったテレビは、2人がちゃぶ台の写真を見渡している光景が映り込んでいた。

 「見てください隆さん。どの写真もリゲルと暴行を受けた人々しか映っていません……。なんて非道なことをするのでしょう」

 「酷いな。弱いものをいじめて笑ってやがる」

 「やはり、血のつながった兄弟とは、どこか似ているところがあるのでしょうね」

 殺斬の言葉を横に聞いて、隆は写真をちゃぶ台に投げ捨てた。

 「やはり、お前の情報通りだったな。きっと奴はここに現れる」

 「はい、そしてそれは今すぐに現れてもおかしくありません。帝国の中で彼は神出鬼没のイリーガと呼ばれていたらしいですから」

 「死んだまま動き回る帝国の玩具がんぐか……。必要以上に仕事を続けることはよくないことだ。この辺で終止符を打っておかないとな」

 「はい……。空奈さんのためにも、そして仲間のためにも……。でもどうして隆さんは私以外の協力を拒んだのですか? 空奈さんをあまりよく知らない依里茄さんならまざしも、空奈さんを知っている修二さんや美来さんまで」

 殺斬の質問に隆は固まっていた。

 テレビ画面が映し出している隆は不思議と細長くなっている。周囲を彩る家具たちも、疑い深い色に染めあがる。

 「ただ単純に、奴らを巻き込みたくなかったのさ。空奈は修二や美来に……いや、俺たちにも同様にだが、仇を討つことを望んじゃいない」

 「それが一体……拒むことにどう関係あるのですか?」

 「俺は初めて人殺しを犯すんだ」

 隆の手は震えていた。

 「俺は初めて自分の流儀に反することをやる。そんな情けない姿を修二達には1番見られたくないんだ。長年戦ってきた分な」

 殺斬は納得したように首を縦に振った。

 腕を組んで、邪魔くさそうに目にかかる髪の毛をさらりと拭う。

 水分を含み過ぎてぶよぶよの畳をぎしぎしと踏み、古びたクローゼットの方へ歩みを進める。

 「だから、私や依里茄さんのような人には特にあたり風が強くなかったわけですか」

 そう言って殺斬はクローゼットの扉を開けた。

 そこには、ほこりまみれになったクマの人形があった。右目の目元から綿が噴き出していて、泣いているようだった。

「ああ、そうだ。俺が流儀を犯すのはこの一度だけ。その一度だけを修二と美来にだけは見られたくないんだ。空奈の遺言には従わなければならない。修二と美来は俺が守らなければならない」

 「……仲間の死を乗り越えることは簡単なことではないですよね。私達、感情のある人間はどうしても失うことを恐れてしまう。あなたが今朝修二さんに強く当たっているところをみました。正直、修二さんは大変なショックを受けたと思います。顔がこわばっていましたから……」

 そう言うと、殺斬はボロボロのクマの人形を手に取った。

 すると、それを手の中に納める。

 「だけど、愛情があったからこそきつく当たったのですよね。ましてや、昨日、あんな一大事がありましたからね……」

 「俺は、やはり修二達に相談すべきだったか?」

 「いいえ、もし私が隆さんの立場だったら同じことをしていると思います。相手を悲しませないために隠し事をすると思います」

 殺斬はボロボロになったクマの人形を持ったまま、隆に向き直った。

 手に収まっているクマの人形はとても悲しそうに隆を見つめていた。

 「いい、人形だな。殺斬、いつでも降りてもいいんだぞ」

 殺斬は首を横に振った。

 「私は最後まで付き合います。1番速くあなたの動向に気付いた身分ですし、空奈さんを奪ったイリーガは許せません。足手まといでなければ、ずっとあなたの護衛をしたいです」

 クマの人形を強く抱きしめて、照れくさそうに殺斬は言った。

 「そうか。イリーガは敵の中でもかなり強い。できれば、殺斬の力を貸してほしい」

 「はい。喜んでお貸しいたします」

 と殺斬が含み笑いをした時だった。


 ――がさり。



 1階で物音がした。

 隆と殺斬の目つきが鋭くなる。遂に、仇敵がやってきたのだろうか。

 「来たみたいだな……」

 「はい。こちらに上がってくるようです」

 隆は殺斬の隣に急いで移動して拳銃けんじゅうを扉の方に構えた。

 階段をゆっくりと上がる物音が聞こえてくる。音は徐々に大きくなり、入口の手前で止まった。

 それ以上近づいてくる気配はない。

 「なんだ?」

 「分かりません。こちらの存在が感づかれたのでしょうか?」

 緊迫した状況が続く。隆の手に力が入る。殺斬はクマの人形を捨て、刀に手を伸ばした。

 しかし、一向にくる気配はない。

 「空耳か?」

 「……わかりません」

 隆が肩の力を抜いた。

 そして、部屋の入口の様子を確認しようと前に一歩踏み出した時、それは、人間ではない速さで隆にとびかかってきた。

 「グラアアアァァァアァ!!」

 意味不明な奇声を上げて、何かが隆に突っ込んできたのだ。生気が薄れた灰色の皮膚、上半身をさらけ出しているのに、何ともない驚異的な体。紛れもなく本物のイリーガだった。

 突然の襲い掛かりと、その速さに隆は対応しきれず、力で床にねじ伏せられた。

 何が起きたのかわからない。ただ、奴は五寸釘と金槌かなづちをちらつかせていた。そして、隆に釘を打とうとする。

 「隆さん、そのままです!」

 イリーガの横合いから、殺斬がテレビを投げつけた。テレビに押され、イリーガは隆から一瞬、離れる。その隙に隆はイリーガの領域から抜け出し、差し伸べられていた殺斬の手をつかんだ。

 しかし、イリーガは隆の足に食らいついてきた。イリーガの持つ五寸釘には毒があり、くらえば死は免れない。

 「くそっ、離れやがれ!」

 隆は足でイリーガを蹴落とす。

 イリーガは獣の咆哮ほうこうのような悲鳴をあげて、壁に背中を打ち付ける。その隙に隆は殺斬に立たせてもらった。

 しかし、たっただけの動作で、イリーガは目前に迫っていた。

 化け物という表現が彼にはふさわしい。回復速度と立ち回りの速さはとてつもない。隆はその時イリーガと目を合わせてしまった。生きているとは思えない真っ白の目に隆は恐怖感を覚える。それでも、隆は向かってくるイリーガに拳を食らわした。

 また獣の咆哮をあげて、イリーガは畳の上を転がり、すぐに立ち上がる。

 「くそぉ、なんて底意地の悪い奴だ」

 狂ったような奇声を上げて、ののしった隆を中心的に襲う。今度は釘を前に構えて一発でくぎを打つつもりになっている。

 隆が銃を構えようとする。だが、圧倒的にイリーガのほうが早かった。その時、隆は横に引っ張られた。体勢を崩し、イリーガの攻撃を隆は回避した。急には止まれないイリーガは、足元を滑らせて、窓ガラスを突き破り小屋の外へと落ちていった。

 「今のうちに早くここを出ましょう。小屋の中では私達に分が悪いです」

 殺斬に連れられて隆は崩れそうな階段を一気に駆け降りた。その衝撃が伝わったのか、階段は2人が降り終わると崩れた。急いで小屋の出口へ向かうが、その手前の窓から激しい音がした。そこには、窓ガラスを突き破って2人に飛びかかってくるイリーガの姿があった。

 ちょうど、イリーガの飛び込みの射程圏内に踏み入れてしまった殺斬がイリーガに抱き抑えられて、体の自由をイリーガに奪われる。嫌がる殺斬の悲痛な叫びが小屋中に響き渡る。殺斬とイリーガは一体となって近くにあったタンスに身を突っ込んだ。

 空っぽい破壊音と共に殺斬にイリーガが釘の刃を向ける。隆はイリーガが釘を打つ前より速く、拳銃を発射する。拳銃はイリーガの釘を持つ手に命中したが、ありえないことに、イリーガの手は撃ちぬかれても正常に機能していた。

 「そんな馬鹿な」

 戸惑いの声をあげる。

 首を抑えつけられたままの殺斬が腰に備え付けてあった刀で、苦し紛れにイリーガの体を貫くがこれも効果を発揮しなかった。イリーガの釘はまっすぐ殺斬の頭に向かってくる。殺斬は間一髪で頭を左に倒し、髪の毛だけ釘に打たれただけで済んだ。

 だが、威力はすさまじく、イリーガが素手で突き刺した釘のところにはべっこりと穴が開いていた。そしてまたイリーガは釘を振り上げた。今度は逃げられないように首を息ができないほどガッツリと絞め、止めを刺そうとする。殺斬は苦しそうに声を出してもがいている。

 このままでは釘が刺さる前に殺斬が殺されてしまう。

 「オオオォォォオ!」と隆は雄叫びをあげて、イリーガに突進した。さすがのイリーガも隆の力に押されて、殺斬を放した。殺斬は急に苦しさが消えて、病人のように咳き込んでいた。

 抑えつけたまではいいが、イリーガの抵抗が激しい。まるでその抵抗は子供のようながむしゃらな抵抗だった。銃口で狙いを定めようとするが、変なところで射撃攻撃を阻止される。抑えつけている間も気が狂った猛獣のように吠え続け、うるさい。

 「大人しやがれ!」

 隆がむきになって銃弾を発射する。しかし、イリーガはそれを意図的ともいえるくらい的確に回避し、金槌で隆の側頭部を殴った。

 視界が変にぐらつき、隆はイリーガの真横に倒れた。激痛が襲う。

 イリーガは隆に一刻の猶予ゆうよすらも与えてくれない。今度は下手に釘を打ちにいくのではなく、隆を蹴り上げた。

 頭から、そして胸部から激しい痛みが隆の体を襲う。蹴り上げられた隆は、何も置かれていないテーブルを破壊しながら、壊れた床に体を挟んでしまった。抜けなくなった。これでは袋のねずみだ。

 イリーガは猛り狂い、隆に攻撃を仕掛けてくる。

 素早い攻撃はまるでシマウマに襲い掛かるチーターのようだ。

 「畜生……」

 諦観ていかんが隆の脳裏を渦巻いた。小屋の天井付近までイリーガは飛び上がり、隆に向かって攻撃を仕掛ける。

 イリーガが隆にぶつかる瞬間に殺斬が刀の腹でイリーガを殴った。生物を圧縮するような感覚が殺斬の手に入念に伝わってくる。「気色悪い」の一言が似合う感触だった。

 刀のとてつもない打撃を受けたイリーガは食器棚に突っ込み、そのまま家屋の壁を貫通して雪が舞い散る外に投げ出された。

 激しい戦いの末、2人にようやく休憩のときが訪れると、殺斬は隆の手を握り、抜け出せなくなった隆を救い出した。

 「すまない、助かった」

 殺斬は首を横に振った。喋る気力が起きないらしく、ひどく疲れていた。

 「大丈夫か? 凄く疲れているみたいだが」

 「あの感触は……ひど、い……です」

 隆は穴が開いた壁の方を眺めた。

 「やったのか?」

 「分かりません。ですが、少なくとも肋骨の2、3本は折れたと思います」

 「そうか、1人でも大丈夫だと思っていたが、お前が居なかったらやられてた」

 「ですが、苦戦していることに変わりはありません」

 「あの身体能力は一体どこから来るんだ?」

 「分かりません。ですが、戦闘能力は最近戦った例でいえば、ラズナさんのスピード特化型だと考えていいでしょう」

 不衛生な小屋の埃を吸い過ぎたらしく、隆はここで咳き込んだ。

 口に手を当てた事が、殺斬を心配させたのか、殺斬は丁寧に隆の背中を撫でた。

 「大丈夫ですか?」

 「ああ、明日風邪を引くぐらいだろう」

 そう冗談をかましている時だった。殺斬が何かを感じ取って険悪な表情を浮かべ背後の空を切った。隆の目にはそのように見えたが、実際に起きていることは違っていた。

 腹を空かせて、死ぬ寸前の猫が貪欲にネズミを追い回しているのだ。

 イリーガの腹はべっこりと凹んでいるが、殺斬の与えた外傷は見られない。それどころか、隆の攻撃した腕も回復している。策士、殺斬の顔が青ざめた。絶句することしかできなかった。イリーガは狂い叫び、釘を放り投げた。殺斬はそれを簡単に弾く。しかし、恐るべき投擲力とうてきりょくは殺斬のがっしりと刀剣を握る手を衝撃でゆがめた。「痛っ」と殺斬は力に負けて刀剣を弾かれる。

 その隙にイリーガが攻撃を仕掛けてくる。

 「下がれ!」

 隆が前に出てイリーガの攻撃を阻止せんと2丁の拳銃を構えて攻撃する。しかし、全弾が命中しているのにかかわらず。イリーガの進撃は止まらなかった。

 「どうなっていやがる。いくらなんでもそれはないだろう!」

 困惑のふちに叩き落とされる隆。焦燥しょうそうに飲まれた隆は冷静さを失い、弾丸が切れてもトリガーを引き続けた。異変に気付いた殺斬は隆の間を通り抜け、ロングコートの中に隠してあるショットガンを抜きながら隆の前に躍り出た。しかし、最悪なことにイリーガは最初から殺斬を狙っていた。

 「待て、奴はお前を狙ってる!」

 隆の叫喚きょうかんを無視して殺斬が銃を構えようとする。それよりも先にイリーガが釘を打とうとする。

 その時、急に殺斬の右腕から血が噴き出した。悲痛な叫び声をあげながら殺斬は左手に持ったショットガンを暴発し、崩れていく。そして、初めて殺斬の耳にくぎを打ち込むが聞こえたとき、真実がその眼に映り込んだ。

 「――っ……くっ……」

 苦しげな声が殺斬の目の前で聞こえる。ぽたぽたと垂れる血が、古びた床の上に降り注ぐ。壊れた家具が悲鳴をあげるその場所で、隆の右腕にはイリーガの釘が刺さっていた。隆の銃口から新しい硝煙が漏れ出している。

 「なんでですか? どうしてですか!?」

 殺斬は悲痛な叫びをあげた。隆は「へへっ」と笑って見せた。

 「どうして私を庇ったりするのですか!? 隆さん!!」

 殺斬の目には大粒の涙が浮かび上がる。悲痛な叫びに包まれて、隆は口を動かした。

 「すまねえな、誤射しちまった」

 と。

隆の両手に握られたその銃の鷹のマークには血がついていた。

ご精読ありがとうございます。

次回話に続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ