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GOVERNMENT EMPIRE  作者: Lirenoa
第二章 反撃の章
9/115

PAST 9:鬼狩り

 「フフッ」と影は笑う。

 「急所はわざと外してやったんだ。感謝しろ」

 と、顎から雨粒を垂らし、黒く光るスナイパーライフルを肩に載せた男が言った。口には木の枝のような何かを咥えている。

 「う……うう……」

 美来が意識を取り戻す。

 彼女はゆっくり目を開けると、そこに男が立っていることに驚いた。

 「あっ……」

 美来は力を振り絞り、地面をって男から離れようとする。

 男は必死で逃げようと地を這う生き物に、侮辱するような視線を向ける。ゆっくりと足を運び、瀕死の生き物を追い始めた。じんわりと恐怖を味わわせるように。

 「どんなに逃げようと逃げ切れんぞ」

 言って、スナイパーライフルの銃口を持ち手にして、それを斧のように振り上げる。

 「殺したいところだが、ここでは少し『賢い方法』を取らせてもらう!」

 振りさげる。美来の頭をストックで力いっぱい叩いた。

 「うっ……!」

 うめき声をあげ、彼女は地面にひれ伏した。

 美来は救いを求めるように右手を何もない空間に伸ばしたところで、力尽きた。

 完全に気を失った。ぴくりとも動かない。男はヒヒッと満足そうな笑みを浮かべ、美来の襟を掴む。そして、彼女の背中に何かを忍び入れた。

 「ま、生きていられるかは別問題だけどな」

 言って、男は美来の元から去っていった。




 修二は隆の御陰で、敵に遭遇することなく銃声を追って密林の中を進むことができた。途中、爆発が視界に写り込んできたが、大丈夫だろうか。

 手に持ったハンドガンの重さも忘れ、警戒しながら捜索する。

 (美来……無事かな……)

 密林の奥では激戦が繰り広げられているように思えた。


 その時、修二の視界に驚愕の光景が写り込んだ。女性のか細い手。黒い男物のジャンパー。遠くから顔を覗いてみると美来が倒れているのが分かった。

 嫌な妄想が脳裏を過ぎていく。修二は顔面蒼白がんめんそうはくになる。

 「美来!!」

 修二は叫び、飛び出した。素早く美来の脇に滑り込み、無我夢中で、「美来? 美来!?」と連呼して美来の体をゆすった。

 ドクドクと腹部から溢れる血を見る度に、修二は焦る。「あの時、美来の手をしっかりつかんでいれば」と後悔が渦巻く。


 修二に遅れて兵士の足止めしていた隆がやってくる。

 「なっ……」

 と隆は眉間にしわを寄せて、険悪な表情を浮かべる。

 必死に呼びかける修二を見ていられなくなったのか、隆は目をそらした。

 「こいつが、仲間なのか?」

 「そうだ! 頼む、助けて……!」

 修二は目の前の光景に焦燥しょうそうを覚え、今にも崩れてしまいそうな表情を隆に向ける。隆は頭を抱えて、何かに悩む。

 「分かった」

 しかし、隆はただ素直にそう言った。

 頭の中が真っ白になった修二は黙って動かなくなった。

 「安心しろ、大丈夫だ。まだ息はある。助かるさ」

 と隆は修二を励まし、美来を背負った。

 「この奥に『隠れ家』がある。そこまでいけば治療ができる。付いてこい」

 隆は言い、先導する。修二は無心に立ち上がり、隆の背中を追った。

 ぐったりと衰弱している美来を見ていると頭が痛くなった。




 「げ……」

 と、低い隆の声が雨の降る森に響いた。

 隆の目の前に広がるのは小屋の焼け跡。鎮火ちんかした直後のようで、プスプスと音を立てる。黒い炭からは白煙が上がっていた。

 その光景にまの抜けた顔を浮かべる隆。

 この場所は、修二と美来が隠れていたというよりも、休んでいた小屋だ。何故この小屋がこのような末路をたどったのかというと、逃げ出す際に榴弾をぶち込まれたからだ。

 「な、なん……だと?」

 隆は唖然あぜんとする。

 (もしかして、この小屋が隆の……)

 そう思うと何だか切ない。考えるのをやめた。

 「まあ、いいや。どうせ捨てようと思ってたし。別の所に行こう。付いてこい」

 鼻で笑いながら、隆はやれやれと別の方向へ歩いていく。修二はその後ろ姿を怪訝けげんそうに見つめた。

 あの小屋が隆の隠れ家だと思うと、次の隠れ家も古ぼけた家を連想させる。

 (オンボロの古小屋が趣味とは、変わってるなぁ)

 と修二は溜め息を吐きそうになった。




 密林を少し行くと、修二は驚かされた。

 そこには、修二の想像を超える。豪華な(現代では普通)二階建ての家が現れた。

 口をあんぐりと開けて、奇妙な表情を浮かべていると、

 「まあ、入れ」

 と隆は言って、高価な(現代では普通)石段を登り、木の扉を開けてくれた。

 とてもいい匂いがしそうなログハウスだ。

 (こんな近くにもう一件隠れ家を持つなんて、どれだけ用心深いやつなんだ……)

 と修二は苦笑いする。隆は修二のすっとぼけた表情を見て得意げに笑った。

 玄関の扉がゆっくり閉まる。

 目の前には階段と、右側には奥行きのある廊下があった。そして玄関から顔をのぞかせて左側を確認すると、別の部屋へ通じるガラス張りの引き戸があった。

 木材のいい香りが充満している。この素材はひのきだろう。

 「疲れてるだろうし、ゆっくりしてけ。彼女のことは俺に任せろ。風呂もある。ついでだから労働場で蓄えた老廃物を落としてこい。汚れたままだと惨めだぞ」

 隆は修二を馬鹿にするように言う。『汚い』『臭い』とは言わなかった。

 修二は不機嫌そうな顔をしたが、家を使わせてもらえる以上文句は言えない。

 実際問題、労働場の汚い作業着を着たら風呂に入りたくなるに決まっていた。

 「あ、りゅ……」

 「質問なら後で受け付ける。今は彼女が先だ」

 隆は修二の言葉を無視して、廊下を進み、ある程度行くと右の引き戸を開けて中へ入っていった。

 修二は少々不服を覚えたが、治療の邪魔をする権利はない。横道に逸れて、左側へ進む。引き戸があった。

 それにしても冒険心をくすぐらせる家だ。


 引き戸を開けると、そこは、机、椅子、本棚そしてベッドと有りふれた家具と、壁にはポスター変わりに無数の新聞記事や写真が画鋲がびょうで括り付けてあった。

 (何のスクラップだろう?)

 奇妙きみょう奇天烈きてれつなその部屋は即座に隆の個室と分かる。

 (ずいぶん洒落た部屋だな)

 修二は中に入り、新聞の記事を見てみた、記事には『平和崩壊!』『戦争勃発!』などといった見出しのものが多い。それも書かれた内容は10年以上も前だった。黄ばんでいる。

 修二は隆も平和を望んでいる人間だと悟る。

 その新聞の記事の脇に無数に貼られた写真は、どれも同じ顔で、特徴は左頬に「E」と刺青が施されていて、スキンヘッドだった。

 (変な趣味だな……)

 と修二は忌避きひするような目で見ていた。その写真も10年以上前に取られたものだと把握する。


 写真を見るのも飽きたので軽く周囲を見渡す。

 「ん?……」

 と修二はたった六冊の本しか入っていない本棚とは呼べない本棚に目が行った。特に四段目。

 そこには植物インテリアに挟まれて写真立てがあった。興味本位で手に取ってみる。

 写真はセピア色で人が三人写っている。少年時代の写真らしい。右から不貞腐れた顔をした少年、隆。そんな隆の左肩に左手を載せて、元気そうに右手で作ったピースを右の頬に当てて笑うショートヘアーの少女。その隣には、楽しそうに笑うメガネを掛けた優しそうな少年。背景には瓢箪ひょうたんのような模様を持つ山があった。

 その写真を見ていると妙に寂しさが感じられた。


 「その写真が気になるか?」

 「えっ!」

 突然、後方から隆が声をかけてきた。写真に夢中になりすぎて隆がいた事に気付かなかった。修二は、赤面する。

 隆は引き戸を遮るように入口に寄りかかって、立っていた。

 「悪い。おどかすつもりはなかった」

 隆はクールな口調で話す。

 気配を隠すことがうまいのかもしれない。

 「美来は?」

 「大丈夫だ。弾丸は貫通していたが、急所は外れてたし、命に別条はない。暫く休めば元気になるさ」

 隆が言うと、修二はホッと胸をなでおろした。重くのしかかっていた何かがスーと抜けていくような気がした。

 「その写真は、俺が軍隊に居たときとった写真だ。まあ、二人は俺の同期だ。いい顔してるだろ?」

 隆は冷ややかに笑って写真のことを説明した。重苦しいものを感じる。

 「二人は今どうしてるんだ?」

 「フッ……どうしてると思う?」

 隆は勿体ぶって話そうとしない。

 (もうこの世にはいないのか?)

 と修二はそう思った。

 『言わぬが花』と言う言葉もあるとおり、これは口に出していうほどでもなかったので、黙っていた。


 「死んじまったよ」


 冷たい一言だった。

 修二はその一言に凍らされる。

 「ま、別に今となっては昔の話ってもんよ。人は人の死を乗り越えなきゃ生きていけんだろ? 仕方なねえんだよ。死が訪れることなんて誰にでもあることだしな」

 と隆は無理に笑っていた。


 彼は乗り越えられていない。


 悲哀に乾いた笑いの奥には、悲惨ひさんな出来事が隠されているような気がした。

 修二は慌てて写真を棚に戻した。

 「ごめん、余計なことした」

 「平気さ。さっき言ったとおり昔のことなんだし」

 隆は言って、紛らわしているようだった。

 「俺はゲリラをやって、彼らの意識を継いでるのさ。姿かたちが無くても、その二人は俺の心の中で今も息をしている。思い出っていう形でな。だからその写真は宝物なのさ」

 隆はそう言うと、玄関の方へと向かった。

 (やっぱり、気に障ったよな……)

 と、罪悪感がこみ上げてくる。

 「ど、どこ行くんだよ?」

 と修二が呼び止める。すると、隆は靴を履きながら、


 「パトロールだよ」


 と言った。

 靴を履き終えると、扉を開けて隆は出ていった。虚しく閉じた扉が修二と隆との距離感を暗示しているようだった。

 心の片隅で隆に対する罪悪感が広がってゆく。顔を伏した。

 「隆は平気そうだった。大丈夫だ」と自分に言い聞かせて修二はうつむいていた頭を上げた。


 隆を見送った修二は廊下を進み、美来がいると思われる謙虚な引き戸の前に立った。

 (一応様子だけ見ておこう)

 修二は引き戸を開けた。眼前に広がる二台のベット。

 美来の姿が確認できない。不安と焦りを覚えながら息を荒らげ、修二は周囲を見渡す。

 (どこだ? どこだ?)

 と冷や汗を流しながし、首を振っていると、ようやく美来が目に入ってきた。

 美来はスヤスヤとベッドで眠っていた。その表情は穏便で、安息そのものだった。

 (良かった……)

 と、修二は無事を確認すると、安堵あんどの溜息をいて引き戸を閉めようとした。

 「シュウ君?」

 と美来の声が聞こえた。「え?」と修二が引き戸から覗いてみると、美来がこちらを見ていた。

 「あれ? 起きてたのか?」

 修二は美来の元へ足を運んだ。サイドテーブルに乗ったおしゃれなランプと床に敷かれた絨毯がホテルのような雰囲気を醸し出していた。

 そんな高級で贅沢ぜいたくな部屋のベッドで寝ている美来はさぞかし満足していることだろう。

 「容態はどうだ?」

 と修二は優しく問いかける。美来はニコッと笑って、

 「大丈夫だよ」

 と言った。



 家の中で修二と美来が仲良く対話しているのを窓越しに隆は見ていた。その光景を見ていると隆の心に何かが生まれる。

 安心したように家の外壁にもたれかかると、隆は首にかけていたペンダントを取り出した。それを開けて、丸く切り取られた写真を見つめる。

 (よかったな……お前たちの夢が叶うかもしれないぞ)

 と隆は写真に言い聞かせた。

 その写真は三人が10才の時にとった記念写真。あどけない三人の純白な笑いがじんわりと心に何かを染み渡らせる。平和だったあの頃の思い出が隆の脳裏によみがえった。

 しんみりとした空気をすぅと吸い込んだ隆は、パタンとペンダントを閉じ、大切そうにシャツの中にしまった。

 そして、決意を固めるように銃を装備した。

 (ようやく、俺も守るべきもののために戦うことができるかもしれない)

 と、隆は修二と共に歩いてきた道を辿る。

 二人の平和を乱す狩人あくにんがここにやってくることは間違いないと知っていたからだ。

 悪人は、無力な人間たちに容赦なく暴行を加え虐殺ぎゃくさつする。隆はその人間離れした鬼のような精神をズタズタに引き裂くため戦う。

 幸せなひとときに邪魔者など必要ないと強く感じる。


 昔と今では違う。


 隆は歩くスピードを早めた。

 できるだけ遠くで撃ち合いをするため。




 雨は止んでいた。空虚と静寂せいじゃくに包まれた上空には灰色の雲だけがフワフワと浮かんでいた。

 肌寒く感じられる湿気臭い密林の閑静かんせいを打ち砕くように、泥を踏み潰す音が聞こえる。

 「クククッ。哀れな脱走者よ。我々が位置を把握していることにも気づかずに呑気に休んどるわ」

 美来を襲ったオールバックの男は、左手にもったモニターの画面を見て勝利を確信したように満面の笑みを浮かべる。

 「さすがですね! 『イリーガ』隊長!」

 と連れている兵士が敬意を払って褒め称えた。

 イリーガが引き連れている兵士は全部で八人。

 その八人全員がショットガン、ハンドガンの二種を標準装備。その中の四人はサバイバルナイフを所持していた。見るからに目的は殺傷だ。


 彼等が執拗しつように脱走者に立ち向かう理由には、『組織』と言う言葉が絡んでくる。

 彼は確信していた。

 これまで一度も脱走者を出したことのない労働場が初めて脱走者を出す『失態』を犯した。これはつまり、それだけ勢力の大きい組織に関与しているか腕のある連中に違いないと。

 『危険』は最小限のうちに取り除かねばならない。放置すれば後に肥大化した勢力が、一気に国を滅しに来る可能性がある。

 そうした危機感から、帝国は敵の巨大勢力を執拗に追いかけ壊滅させてきた。

 目標は全滅ぜんめつ全壊ぜんかい。証拠ごと抹消する。

 名も残らぬ歴史として。


 だが、高い目標を掲げる彼は同時に期待を裏切られたように失望していた。


 「これではただの豚小屋にで寝ている豚ですね!」

 一人の兵士が発言すると兵士たちは爆笑する。

 そう、つまり所詮しょせん『豚は豚でしかなかった』のだ。壮大なる組織の後ろ盾を恐れて、これだけの兵力を連れて狩りに出かけている自分が馬鹿馬鹿しいとイリーガは思っていた。

 「しょうもねえ豚共だ。結局、期待した俺たちがバカみてえだ! ガハハハハハ!」

 とイリーガは高らかに笑う。兵士たちも賛同し、一緒になって笑う。大きな笑い声が周囲を震撼しんかんさせているようだった。


 彼らは気づいていなかった。


 そんな笑い声を木陰に隠れて耳にする一人の男がいたことに。


 男は横目でその集団を見ながら、ハンドガンの銃口に消音効果のあるサプレッサーを付けていた。混乱を招くには消音でどこから攻撃されているのかわからない恐怖感を与えるのが丁度いいと思っていた。

 「こんなに兵力も必要なかったなぁ! 三下が一人でも十分だったか!?」

 危機感もなくイリーガは愚か者だっそうしゃ嘲謔ちょうぎゃくする発言をしては笑いを繰り返している。

 密林は静寂を醸し出し、木は怪しげに木の葉を揺らす。僅かに響いていた鳥のさえずりもいつしか聞こえなくなっていた。


 一行の笑いが止まる。


 何かを感じ取ったのだ。

 「妙に臭うぜこのあたり……。これは白桃の香り。相当つええ奴がいるに違いねえ! 全員警戒だ」

 イリーガは匂いで強さがわかるようだ。彼の中の『白桃の香り』は部隊長クラスの実力者を意味する。

 イリーガは少し身をかがめた。周囲を防壁のように取り巻く兵士たちもイリーガと同じように身を屈めて、周囲を探る。

 まるでジャングルに取り残された一団のような警戒だ。有害な昆虫や獰猛どうもうな動物が今にも降りかかってきてもおかしくない。

 兵士全員が息を呑んだ。

 「ウアァ! 腕がアアァァ!」

 すると、最後尾にいた兵士の一人が騒ぎ、泥の中でもだえている。

 瞬間、兵士たちの注意はその兵士に向けられた。視線を浴びる兵士はまるでサソリにでも刺されたように、腕を抑えてのたうち回っていた。

 なんとも言えぬ光景に兵士たちは絶句する。


 周囲一体に不穏と不気味な空気が漂い始める。


 「隊長、利き腕を撃たれてますぜ」

 兵士の一人が「ワーワー」わめく兵士の様子を見てイリーガにそう言った。

 「周囲を警戒せい! 敵は近くにいる! 見つけ次第なぶり殺しだ!!」

 イリーガは負傷した兵士を気遣うこともなく、放ったらかしにした。

 「フアァ!」

 次は、イリーガのすぐ後方にいた兵士が右足を抑えてのたうち回った。

 「足が! 足がああぁぁ!!」

 激痛に兵士はもだえる。兵士が咄嗟に投げたショットガンが、敗北を予兆するように泥々の地面に突き刺さり、パタリと倒れた。砂に刺さった細長い支柱の小さい旗のように。

 「いてえ! いてえ!!」

 撃たれた兵士は叫ぶ。

 イリーガはそんな兵士よりもショットガンの方に目が行っていた。

 明らかに正常ではない異常な何かが起きている。不可解な恐怖感に襲われる。

 その恐怖感がイリーガに妙な狼狽ろうばいの色を浮かばせる。

 「てめえら!! 散開さんかいして見つけ次第射殺しろ!」

 イリーガは高らかに号令し、その場でライフルのスコープをのぞき込みながら周囲を探る。

 兵士達は腰だめに銃を構えた状態で散開し、不気味な臨界りんかいの奥地へと足を運ぶ。

 茂みから道無き道まで容赦なく突き進んでは、目で確認する兵士達の手はどこか震えていた。『恐怖』という二文字が兵士たちの脳裏を締め付ける。

 「グアァ!」

 兵士が悲鳴を上げながらショットガンを上空へ暴発する。バサバサと森の中にいた鳥達が不気味に飛び出す。イリーガを含め全兵士の集中がショットガンを暴発した兵士に向いた。

 「何だ!? 何がいるんだ!! 何なんだよおおおぉぉぉおおぉ!!」

 ある兵士は冷静さを失い、パニックを引き起こし、銃をぶっぱなす。

 「落ち着けえぇ!! 敵は近くにいる! よく探すんだ!」

 スコープをのぞき込んでいるイリーガが怒鳴った。すると、兵士は暴発を止める。しかし、銃を握るその手は震えていた。

 見えない敵ほど怖いものはない。

 「ウアッ!」「ゴアッ!」「グボアッ!」

 今度は三人の兵士が同時に利き腕を撃たれた。

 「ど、どどど~なってんだぁ! ここは地獄かああぁぁ!?」

 パニックを起こす兵士は騒ぐ。ついに兵士と隊長を含めて九人もいた軍勢が今は、隊長を含め、たったの二人となってしまった。

 「糞ぉ!! どこだ! どこにいやがる!」

 イリーガは叫びながら、ライフルを四方八方に向ける。

 「出てきやがれええぇぇ!! ぶっ殺してやる!!」

 イリーガはライフルを一発暴発する。

 「ああああぁぁぁぁああぁ!!」

 そんな隊長を見て、焦りと恐怖を感じ始めた『生き残り』は銃を乱射する。

 すると、目の前に男が立っていた。

 ロングコートを羽織り、タカのような鋭い目と頭の毛がツンツンしている二十才くらいの男性。


 隆だった。


 「おはようさん」

 隆は言って、生き残った兵士が持っていたショットガンの銃口を手で掴み、力任せに自分の体の方に引いた。

 「うはああぁぁ!! 助けて! 助けてえええぇぇぇ!!」

 兵士は未知の生き物に遭遇したかのような情けない悲鳴を上げて、兵士は体勢を崩した。恐怖感でガタガタ震えていたせいなのか、声が裏返っていた。

 隆は兵士を引き寄せると自分が手にしているサプレッサー付きの銃で顔面を叩いた。

 「アンッ!」

 短い悲鳴を上げて、兵士は呆気なく倒れる。

 「見つけたあああぁぁぁ!!」

 イリーガの猛々たけだけしい叫びが響いた。恐ろしい顔が隆の視界にも写り込んだ。

 瞬時に隆は木陰に隠れた。

 「オオオォォォオオォォ!!」

 イリーガは雄叫びを上げながらスナイパーライフルを連射する。しかし、敵に着弾することはなかった。

 「待ってろ! てめえなんかすぐに吹っ飛ばしてやっからよおおぉぉ!!」

 と、イリーガは見方の兵士が落としたショットガンを手にとって密林に向けて暴発する。

 「くたばれえええぇぇぇ!!」

 イリーガは低く乾いた声で叫んだ。無我夢中でショットガンをバンバン撃ちまくる。散弾は木々に衝突して、木の皮をえぐった。木片のシャワーを浴びて、素早く隆は移動する。

 無我夢中で発砲するイリーガはそれに気がつかなかった。


 「動くんじゃねえ」

 イリーガは隆に背後を取られていた。

 「……」

 「残念だったな」

 隆が説得するような声でそう言った。

 その人を哀れむような声がイリーガのかんに障った。イリーガはまだ負けを認めてはいなかった。リーダーとしてのプライドが彼の胸には宿っていたのだ。即座にサバイバルナイフを抜き、隆に襲いかかった。

 「このやろう!!」

 とイリーガが叫んだ瞬間、ナイフの突きが隆に飛んでくる。隆はナイフを銃の銃身で受け止める。ガキンと金属と金属がぶつかり合う音が鳴った。

 即座に隆はイリーガのナイフを上に押し上げ、銃身でナイフを持つイリーガの右腕を叩いた。

 「グフッ!」

 イリーガの手からナイフが落ちる。悔しそうにイリーガは隆を見つめていた。血眼ちまなこになったその目は怨みの情を漂わせる、不気味で戦慄せんりつの走る代物だった。

 「おどれぇ……」

 イリーガは睨んだ。

 隙さえあれば殺してやるといったような態度だった。部隊長かくやお偉いさんになると、どんな汚い手を使ってでも地位を譲らないドロドロとした考えを持つものも少なくない。

 「直ちに退け。そうすれば何もしない」

 言って、隆は銃からサプレッサーを外し、ロングコートの中にしまった。 

「お前からよく上のやつに言っておけ、


 『反逆の意志は受け継がれるものだ』


 とな。どれだけ兵力を送り付けても、どれだけ挑戦を叩きつけようと、俺たちは負けない。『お前達の命運は尽きた』。観念するんだな」

 隆は吐き捨てるようにイリーガに言った。

 イリーガは今にも爆発してしまいそうな表情を浮かべて絶句する。悔しさでイリーガは自分の歯を粉砕ふんさいしまいそうだった。

 隆は鼻で笑い、イリーガの横を通過した。

 こんなことをされてイリーガが黙っている訳がない。

 「『受け継がれる?』『負けない?』だとぉ?」

 イリーガは呟き、予備のハンドガンを取り出し、隆に銃口を向けた。そして、イリーガはニタニタ笑っていた。

 「命運が尽きたのは貴様だということがわからないのか? お主は?」

 イリーガはベロリと口唇こうしんめた。

 そして、イリーガは恨みの引き金を引く。


 撃たれたのはイリーガだった。痛さに悲鳴をあげる。銃を吹き飛ばされ、手が痙攣けいれんする。隆は完全に後ろをむいた状態で。左脇下から銃が顔を出していた。

 まるで、イリーガの行動は未来予知されていたかのように。

 隆は悶えるイリーガに何も言わずで去っていった。

 「覚えてろ! ちくしょう!! 次は絶対に殺してやる!!」

 イリーガの励声が雫を揺らす樹海にとどろいた。

 既に彼が見ている先に隆の姿はなかった。

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