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GOVERNMENT EMPIRE  作者: Lirenoa
第二章 反撃の章
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PAST 8:冷たき魔の手 part2

 雨は密林を潤すように降りしきる。鳴り響く冷酷な銃声の中、

 「シュウ君! シュウ君!」

 と叫ぶ美来が居た。

 ひょっとしたら修二が死んでしまったのかもしれないと、美来は心のどこかでそう思っていた。

 惑いに惑っていると、ポンポンと誰かが美来の肩を叩いた。優しい感触がした。

 「シュウ君……」

 嬉しさをこらえて振り向くと。そこには修二ではなく、労働場の兵士が立っていた。

 「豚が!」




 修二は密林のぬかるんだ土地に足をとられないように注意して走る。走ってもうどれくらい経っただろうか、川にでも投げ込まれたように全身びしょ濡れだ。

 だいぶ密林の奥まで入ってきた。

 ただ、修二には不安なことがひとつだけあった。それは、あれだけ聞こえていた美来の声がピタリと聞こえなくなったのだ。用心に用心を重ねて修二は周囲を観望かんぼうする。

 「美来!」

 試しに叫んでみるが、声は闇の奥にちて消されてゆくだけだった。

 嫌な想像が修二の胸を締め付けた。




 「ウッ!」

 美来が飛ばされる。

 密林のどこかで、美来は虐待を受けていた。冷たい泥を巻き上げ、美来は殴られたほおを痛々しく抑える。

 「この殺人鬼が!」

 男の叫び声が上がる。

 美来に恐怖心が芽生えた。男の振りまく殺意の冷たさは美来をむしばんだ。

 「のこのこと生きてやがって!」

 怨言えんげんと共に再び男の殴打が美来の顔面を直撃する。

 「アッ!」

 美来は再び泥濘に突っ込む。

 折角、綺麗にした顔は泥に覆われて台無しだ。真っ黒い泥で染め上げられたその顔はまるで美来の過去の汚点をさらけ出しているようだった。


 それより、「男が女を殴るなんて最低だ!」と言う社会の秩序ちつじょのような威厳いげんは、この腐り果てた世界において通用しない。「そんなもの女が男を殴ることと同じことだ!」と言う非道な戯言ざれごとで押し通されてしまうのだ。


 痛そうに真っ赤にれる頬を抑えながら、美来は男の殺気に怯え、暴力を受け続けた子犬のように震えて動けなくなっていた。

 美来はいつの間にかシクシクと泣き出していた。

 どうしてここまで根強く暴力を繰り出すのか、美来には分からなかった。

 脱走したからなのだろうか、それとも兵士を殺したからなのだろうか、それとも、最も忌むべき存在を殺したからなのだろうか。美来には分からなかった。

 「『鬼の目にも涙』……か、……ふざけんなよこのやろう!」

 訳の分からない怨嗟えんさを上げて、美来の腹を男は蹴った。瞬間美来の腹部に激痛が走り、ウッと息が詰まった。

 「ンッ!」

 蹴り上げられ、美来の小さく脆弱な体は吹き飛ばされる。

 川に投げ入れられた石のように、美来は泥沼に着水し、最後には動かなくなった。

 恐怖が徐々に彼女の精神を追い詰めていく。


 恐怖というよりは暴力がそうさせているような気がした。


 今度は胸ぐらをつかみあげ、男はニヤッと笑う。すると、美来の心の中で何かが動いた気がした。


 ドクッ……ドクッ……。


 心音が徐々に高鳴ってゆく。

 息遣いも荒くなり、美来の脳裏には『あの光景』が浮かんできた。

 息が詰まったように美来の目が丸くなり、心の中で誰かがこう囁いた。


 『お前は鬼だ……人殺しだ。

 ……所詮お前は人を殺すための道具なのだ。

 そして、お前は……


 誰でも人を殺せるのだ……平気でな』



 と。

 思考停止。

 「……………………」

 「おや? 動かなくなっちまった。フン、オンボロ人形め」

 男はそう言って、つまらなそうに人形みらいを投げ捨てた。

 過去に作り上げた心の傷が痛み、胸が締め付けられる。その傷が深々と根強く精神に息衝いきづいているからこそ、胸中はもっと苦しい。


 『こ・ろ・せ……』


 心の中で誰かがそう言った。美来ではない誰かがそう言った。

 『冷たき魔の手』が、美来の戸惑いの心を鷲掴わしずかみにした。


 悠々閑々ゆうゆうかんかんに男がショットガンの銃口を美来に向けたとき、美来は手を着いて無言のまま立ち上がった。

 顔に付いた泥が、雨で洗い流され、頬を伝い、雫となって地面へ落下する。

 「お、まだ、元気があったか。そうでなくてはな」

 と、男は余裕綽々よゆうしゃくしゃくそうにショットガンを下ろし、指をゴキゴキ鳴らして美来に右ストレートを繰り出した。

 しかし、美来は全くよけるような仕草をしない。それどころか反応すらしていないようだった。


 感情をなくした人形のように無頓着むとんちゃくだった。


 「ウラァ!!」

 男の拳が美来の頬へ。

 しかし、彼女は笑っていた。


 不気味に笑っていた。


 …………………ドウン…………。


 勝負は一瞬だった。

 美来の手には男が背負っていたショットガンが握られ、至近距離で殴りかかってくる男の腹部に銃口を向けて暴発した。その結果、男の背中にはポッカリと風穴が空いている。

 切ない音と共に、男の巨体が泥沼へ着水する。

 惨殺された男の遺体にショットガンはない。

 美来は男から銃を抜き取っていた。美来はその銃を手に、キヒッと暗く不気味な笑いを浮かべた。


 「誰ガ『オンボロ人形』ダッテ? ソレハオ前ノコトダロ?」


 美来は低い声で死んだ男に投げかけた。その声の抑揚は残酷なもので既に美来ではなかった。

 無論、男からの返答は無かった。

 男の返り血でびしょびしょに濡れた美来の顔は『鬼』というよりも、『悪魔』の形相になっていた。そして狂ったように笑い出す。

 「ギャハハハハハハハハハハ!!」

 と。天を向いて。

 顔に浴びた血が、血の涙となって美来の頬を流れていく。


 突然、笑いが止まった。

 悪魔は不意に何かを感じ取り、無言で銃口を、何もない林の方へ向けた。

 そして躊躇なく、ぶっぱなす。

 その瞬間、狂ったようなオレンジの閃光が走り、爆音がとどろく。遠方で山火事が起きた。


 美来の足元に黒こげになったロケットランチャーのチューブが飛んできた。

 ニヤリと、不吉な笑みを浮かべると、悪魔は再び狂ったように笑いだす。もはや誰にも止められはしないとショットガンを片手に高らかに笑う。

 しかし、彼女のエリアに踏み込む連中がもう三人現れた。三人は怯えているようだった。たかが目の前にいるたった一人の女に。

 悪魔は一人ひとりの顔を覗き込むと、退屈そうに持っているショットガンで自分の肩をポンポンと叩く。もう暇で暇で仕方がないようだ。やりがいのある相手がいないと愚痴をこぼしそうだった。

 そして、悪魔は残酷を求めるようにショットガンをおろし、腰から包丁を取り出した。

 美来は包丁の先端をくるんでいるタオルに噛み付き、勢い良くタオルを引きがした。

 銀色の刀身に雨水が滴る。美来は怯えている兵士を見てニヤリと不気味に笑った。

 「「「ウアアアァァァ!!」」」

 三人は一斉に叫び、一心不乱に、無我夢中で手元の凶器をぶっぱなす。まるで、食人鬼を目の前にしているかのように。恐怖心と絶命感を漂わせて。

 美来は向かっていく。彼女は銃弾をも跳ね返す勢いで突進する。



 腸を包丁でえぐる音。

 喉を包丁でっ切る音。

 奪った銃で敵を射殺する音。

 


 たった三つの音で、

 たった三回の攻撃で、


 美来は三人もの命を奪った。


 左手にもっている包丁には残酷さを語るようにドップリと血が付着していた。先端からは紅色あかいろの鮮血がポタポタと垂れている。

 その血を洗い流すように雨粒は包丁をしたたり落ちる。

 「アハハハハハハハハハハハ!!」

 美来は曇天の黒い空に向かって狂ったように笑った。

 両手に持った武器を天に掲げ、お恵みを得るように発狂する。狂気に溺れたその頑強がんきょうは見るものすべてを圧倒し、絶倒ぜっとうに溺れていた。


 その時、空虚な銃声が鳴った。

 狂った笑声しょうせいがピタリと止む。その時、彼女自身も我に帰った。

 両手に握っていた武器がポロリと美来の両手から離れ、落ちた。まるで彼女自身が崩れ落ちるように。

 そして、美来は腹部に疼痛が走っている事に気がついた。怪訝けげんそうにゆっくり触れてみる。すると、ズキッと激痛が走る。

 「ッ……」

 息詰まる彼女。

 眼下に自分の痛みに触れた手を持ってくる。すると彼女の目に思いがけない光景が写り込んだ。

 「なに……これ……?」

 血だ。

 思わず、美来は驚きの声を漏らす。自分の周りを埋め尽くす雨水が全て血に染まっているような気がした。

 美来は倒れる。極度の驚きと苦しみを味わって。

 体内から血が抜けだし、美来の気力も抜けてゆく。

 降り注ぐ雨が美来の体温を奪い、死者の世界へと導いている。

 もう彼女を救えるものは無かった。


 天はこう言っていた。

 「お前は邪魔者だ」

 天はこう言っていた。

 「お前に自由はない」

 天はこう言った。

 「お前は望まれて生まれた人間ではない」

 と……。


 雨足は強まる。血と水を丹念に練り合わせながら。忙しく。

 雨は美来を地獄へと運ぶように土砂降りになった。

 「死んじまえ」

 と。


 美来は抗おうとする。

 天が見離そうとも、過去の贖罪しょくざいを求められようとも。

 しかし、視界は徐々にぼやけてくる。

 朦朧もうろうとする意識の中、

 (シュウ君……ごめんね……)

 と、彼女は心の中で呟いた。



 その時、美来の後方から泥を踏みつぶしながら誰かがやってきた。

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