MOVE 4:帝国本土へ
この世の中は拭い去れない悲しみで満たされている。
そう知ったときから、すでに反逆は始まっていた。
戦うものは悲しみの苦悶を食らい。
戦わないものは洗脳の悦楽に溺れる。
夜になり、光のオブジェクトが輝きだす町。
この場所は他の地よりも豊かなのか、高層ビルや頭上のはるか上を通る橋、駐停車している高そうな車などが置かれている。
一帯を流れる川には観光のために作られた埋立地。
繁華街では派手な看板も見受けられた。
いかにも発展して争い事もなさそうな場所だった。
だが、安全なのは見た目だけのようだ。
ある場所では、何かから逃れようと懸命に走る女性の姿があった。走りずらいハイヒールを履いた女性は、明るい本道を逸れて、暗い裏路地へと足を踏み入れた。手には何も持っていない。
散乱したゴミ。何かが腐ったような異臭が鼻につく。耳には、周りをうろつくネズミの鳴き声。
不気味なその裏路地を女性は何回も折れて、何かをまこうとしている。かなり必死なのか、高級そうな白いヒールにゴミがついてもお構いなしだった。
しかし、何回目だろうか、曲がり角を曲がろうとしたときヒールが折れた。衝撃で汚い路面に女性は転がる。かなりのブランドものであろう服はゴミでギトギトに汚れて、7回洗濯しても落ちないくらいびっしりと汚れを吸い込んだ。
閑静な裏路地に女性の息切れした吐息がせわしなく響く。
その時、遠くで鈴のような音が鳴った。
女性はその音を聞くと悲鳴を上げながら立ち上がり、慌ててハイヒールを脱ぎ素足で走った。死の恐怖で涙をこぼしながら必死に走った矢先、行き止まりに到着する。心拍数が上昇し、頭の中が真っ白になっていく。近くにあったドアを叩いたり、押し引きしながら懸命に助けを求める。しかし、誰もその声に応えるものは居ない。
その声が聞こえてきたのは、助けを求める声が悲鳴に変わってきた時だった。
「追い詰めた」
若い男性の声だ。冷徹な台詞に、女性は動くことも話すこともできなくなっていた。
もう絶望に浸るほか選択肢がなかったのだ。
「そんなにチョコマカ、チョコマカ、逃げて延命を計らないで大人し殺られなよ。結局は死ぬんだからさ」
女性の体は震え始める。それもそのはずだ。今から女性は殺されるのだ。それも、大きな銃器を2つ手に持った男に。
男は顔を怯える女性に近づけて物色する。顔を覗き込む男の首には音符(八分音符)の形をしたペンダントが揺れていた。
「若々しくて、か弱い女子高生みたいな君……。年齢はいくつなんだい? 答えてくれたら命だけは助けてやってもいいよ」
「じゅう……19です……」
「へぇ……じゃあ。19発お見舞いだね」
男は無茶苦茶なことを言って笑う。そして、悲鳴を上げる女性に発砲した。
もう一度、静寂が戻ってきた。
「カリバ様。言われた通り、謀反者を削除しときましたよ。彼女はきちんとこっちの秘密を聞きだしたメモをもってましたよ」
無線にそう話しかけて、奪ったメモをひらひらと手元でばさつかせた。
“フフフ、よくやった。それならば貴様に頼みたいことが1つある”
「へぇ、カリバ様が辛気臭くなっちゃって珍しいですねぇ。厄介ごとですかぁ?」
男は怪しげに笑う。
“まあ、そんな感じだ。月滅の町に急行してもらいたい”
「あの砂と瓦礫しかない街にですか?」
男は苦笑いしながら嫌そうな顔をした。
「まあ、構いませんよ。“人が殺せる”なら僕はそれで……」
慈愛を感じない言いっぷりだった。
“頼んだぞ。『N・E』”
「りょうかい」
無線はそこで終わった。
男は汚い路上に落ちている黒い物を手に取った。音符型の模様をした黒い物体にはどっぷりと血が付着している。
「やっぱ、音符って最高だよね。こんなにも素敵な詩(死)を君へプレゼントできるんだからさ」
言って、エレゲェガーは女性に背を向けた。
「今日、君を殺したことでどんな旋律(戦慄)が出来上がるのかな?」
歩きながらそんなことを囁き、笑いながら歩く。
「若い女よ。地獄で永遠に語り継げ。“死の音楽家『ネスト・エレゲェガー』”様の名をよ」
男は振り向きざまにそう言って、去って行った。
昨日の嵐は夜のうちに収まった。暗い闇夜を切り裂いて朝日が昇ると同時に、弾丸が貫通して風穴があいた家屋が目立つ。無残に骨組みがむき出しになっている建物もあった。
町は今にも砂の海に沈んでしまいそうだった。そんな街に似つかわしくない、天に伸びる1本の雑居ビルは悠々と佇むのだった。
「修二、外で客だ」
隆の声がした。振り返ると、ドアを開けて退屈そうに寄り掛かって待っている。これが隆のいつものポジション。人を呼ぶことに対して人1倍の面倒くささを感じている態度だった。
修二は軽い返事をして、腰に銃を装備して外へ向かった。
修二が建物から姿を現すと、不良っぽい男を連れて由紀が待っていた。不良っぽい少年は嫌そうな顔をしていた。
「よお、修二。早速だがお前に頼みたいことがある」
言って、由紀は隣に居た不良っぽい少年を修二の前に突き出した。
「こいつをお前の軍隊で預かってもらえないか? こいつは世界を広く歩き回りたいらしい。頼めるか?」
「ちょっと、待ってくれ。由紀殿! そりゃないっすよ。なんで由紀殿から離れてこんな“ヘタレみたいなやつ”と一緒に旅路なんてしなきゃならないんすか?!」
修二はヘタレみたいなやつ、と揶揄されて苦笑いを浮かべていた。
「それは昔の話だ。今のこいつは、私よりも立派な人間だぞ。それに、お前が望んだことだろう? 世界を旅してみたいって望みはさ」
「けど、それは、由紀殿と一緒にっていう条件付きでっせ! こいつなんかとは嫌ですよ!」
「甘えるな。私もリーダーとしていつまでもお前をここに留めておくわけにいかないんだ。少しは新しい空気を吸って来い。男なんだし」
浩平はこれ以上、由紀に反論することはなかった。腹をくくったのだろう。上目遣いで修二に向き直る。
「名前は浩平。取りあえず、よろしく」
「僕は―――――――――」
「修二だろ。んなもん知ってらぁ?! 勘違いすんなよ。俺はまだお前を認めてないんだからな!」
由紀は呆れたように首を左右に振った。浩平は自己紹介を終わらせると、修二の横を通り過ぎて修二の基地の中に入って行ってしまった。意地っ張りな奴だ、と修二は感じていた。
「修二、浩平はあんな奴だが、どうかよろしく頼む。奴は風貌に合わず爆弾を作ることが得意だ。もちろん緻密な作業も難なくこなせる」
「へぇ、見た目は大ざっぱそうに見えるのに……。で、由紀ねえは行かないの?」
「私は市民兵たちとこの町に残る。だから、車を使ってもいいぞ。それと」
言って、由紀は修二に鍵を投げた。修二は簡単にキャッチして、鍵を見つめる。装飾品のないただの鍵だった。次の台詞を聞くまでは車のキーだと思ていた。
「これは武器庫の鍵だ。銃器も弾薬も残り少ないだろう? それに、帝国の領内に踏み入れた場合、激しい戦闘が予測される。準備をきちんと整えて、武器も多めに持っていくことをお勧めするよ」
「でも、それじゃ、由紀ねえはどうなるの? この町を守るのに武器は必要不可欠でしょ? そんな大切なもの……」
「バカ野郎。ありすぎて困ってるから持ってけって言ってんだ」
由紀は強めの口調だった。本当は余裕がないのだろう。修二は由紀の下心を見透かしながら、親切を受け入れることにした。受け入れなければ、由紀のほうが引き下がらないだろう。
「分かった。ありがとう由紀ねえ。きっと、世界を変えてまたここに戻ってくるよ」
修二は鍵をぎゅっと握りしめた。たくましくなった修二に由紀は嬉しさと寂しさをまじりあわせた微笑みを向ける。
「成長した子供を見る母親の気分は、こういうものなんだろうな。でも、無理はするなよ。逃げたくなったらいつでもここに逃げ帰って来い。一番大切なのは――――――――」
由紀が何かを言いかけたその時、修二の拠点から浩平の悲鳴が響き渡った。何があったのだろうか。振り返ると、焦って拠点から出てくる浩平が見えた。その後ろからは隆がゆっくりと歩いてくる。
「由紀殿! あんな大男がいるなんて聞いてないっすよ!」
どうやら、隆に驚いているようだ。浩平はたいそう大きな態度をしているが、意外と単純な奴なのかもしれない。
「隆、浩平に何をしたんだ?」
「なにもしてねえ。便所から出てきたと思ったら、俺と鉢合わせして悲鳴あげやがった」
取りあえず、なんでも無かったという事だった。状況を確認すると、今度は悲鳴に便乗して、他の仲間たちが一気に拠点から出てきた。仲間たちはさっきの悲鳴について口々に尋ねてくる。もう、大事件だ。
「とりあえず、頼んだぞ修二。それと、お仲間さんたち。浩平と修二をよろしく頼む」
由紀は慇懃に頭を下げて、浩平に無線機のようなものを投げ渡すと、基地のあるほうへ向かっていった。まるで雪を踏むように、サラサラの砂が積もった路面を歩いていった。
「随分と丁寧な女性だ。きっと、いい家柄に生まれたのだろうな」
「いいや、それは違うよ。由紀ねえは悲しみを優しさに変えてる人だ。僕なんかには到底、由紀ねえには及ばないよ」
誠也に修二はそう返した。
「ところで、誠也さん。進軍することに同意ですか?」
「いいや、俺は反対だ」
「そうですか、では、由紀ねえと一緒にここに残りますか?」
誠也は少し考えるようにして、七香の様子を確かめた。七香は男同士で会話する隆と浩平の真横で美来と遊んでいた。七香は随分美来になついて居るようだった。思えば、美来には誠也が取り込み中の際に、七香の世話を押し付けすぎたような気さえする。
けど、こうしてみると美来と遊ぶ七香はとても楽しそうだ。美来にも七香と触れ合う時間が必要なのかもしれない。
純粋になれる時間が。
「僕はあんなにも楽しそうな2人を見てると、引き離そうとは考えたりもしないんですけどね……」
「……どうしても今じゃなきゃダメなのか? 怪我人もいるし、まだ我々の軍隊は絆が浅い人物もいる。俺はそれを踏まえたうえで君に判断してもらいたい。どうしても今、行くのか……?」
「……戦況は悪化を辿る一方です。今こうして会話している間にも、何人もの人が悲しみ、自由と感情を奪われて奴隷にされているのかを考えると……いてもたってもいられなくなるんです。自分1人でどうにかなるなら、自分の手だけでどうにかしたいです。でも、帝国の力は強大でとても1人では勝てないんです……だから―――――――」
「みんなで終わらせたいのだろう」
誠也は修二が話し終える前にそう言った。修二は驚いて、誠也の横顔を凝視する。短い顎髭をいじって、オイルにまみれて黒くなった手が苦労を語る。
「俺もこの世界を変えたいという意志があるのは変わらない。それに、お前には借りばかり作っている。断る理由なんてない。ただ、“死ぬための戦い”なら参加はしない」
「死なせない。誰も……欠けてはならないんです」
「そこまで言うのなら、俺は君についていくよ。ただし、でっかいトラックとクレーンが1台ずつあるのが条件だ」
それだけ言うと、誠也は別の場所へと歩いていった。修二は知っていた。誠也が夜な夜な姿を消して何かを作っているのを。
修二は初めて誠也に会った時のことを思い出す。鉛筆を耳に、設計図を広げる彼は、武器を持った修二と依里茄に驚いていた。戦場から逸脱した場所でひっそりと組み立てていたのは、修二には決して作れない金属の塊が密集した芸術だった。
修二はふと、依里茄の様子をみた。孤独に立ち尽くす依里茄の隣にはいつも寄り添っている白い犬がいた。その真上には、窓からこちらの様子を寂しそうに見ているかおりの姿があった。
修二は依里茄を抜いた戦闘要員と浩平を連れて武器庫へ向かった。依里茄は武器を物色しようといっても、「もう私はこれだけで十分だ」の一点張りだった。
武器庫として使用している小さな小屋の鍵を開けると、その先には多種多様の武器がしまい込まれていた。予想だにしない光景に浩平以外は目を奪われていた。
「どうだ? これは由紀殿が汗水垂らして貯蓄した武器だ。特にこのライフル。『バレット』っつ~しろもんだが、戦車だって撃ちぬける優れもんだ。糞つえ~ライフルなだけに、かなりの熟練度が必要だがな? 見張りして日頃ライフルを扱ってる俺ですら扱えねえ。まあ、所詮お前らん中で使える人間なんざいねえだろうけどな」
やけに自慢げに武器を紹介する浩平。紹介するといっても、なぜかこのライフルだけだった。もはや浩平の武器紹介など無意味な芝居と位置付けた隆と修二はその辺の武器を手に持って確かめてみる。
一方で狙撃兵の美来は浩平の紹介に夢中になっていた。あの説明のどこがおもしろくて聞き入ってるのか全く持って修二には分からなかった。
修二はショットガンが置かれているコーナーで足を止めた。そこから手ごろなショットガンを2丁持ち出すと、背中に装備する。ショットガンの弾丸をこの一室内にあるウェストバッグ(腰バッグ)に詰め込み、装備した。
さらに、アサルトライフルを1丁手に取って肩にかける。むろん、弾丸を適当な分量だけ取って、ショルダーバッグに突っ込む。修二は大ざっぱに作業しているように見えて、一応弾丸は種類別に分けて詰め込んでいた。
貪欲な泥棒だ。
しかし、修二を超える大泥棒は実在した。それも、とても身近に……。
隆だ。
隆は腕一杯に手当たり次第の銃を抱えてどこかへもっていく。
車だ。
隆はただ武器が欲しいだけなのだと修二は思う。でなければあんなに大ざっぱに運ばないし、他人の武器庫を自分の武器庫のように扱わない。
修二は心の中で密かに由紀に謝罪した。
「やっと、奴らに対する復讐を果たす時が来たという事か。この日をどれだけ待ちわびた事か……」
荷物をまとめながら依里茄は言った。なんだか、うきうきした声だったことに、修二は少し不安を覚えていた。もうすでに荷物を詰め込んでいる車の中には暇な人たちが乗っていた。
「帝国へ進軍することは、次なる危険が待ってるってことだよ。遠足に行くような気分じゃ死ぬだけだよ」
「……分かってるさ。お前に言われなくても……」
「それに、これは借り物だ。由紀ねえにきちんと感謝する気持ちを忘れちゃいけないよ」
「……分かったから」
修二の説教に嫌気がさす依里茄だった。
「ところで、車の運転は誰が行うんだ?」
「まあ、流れから行って私だろうな」
「え? 依里茄が? 運転できるの?」
「なんだ? その眼は……昔はな建物と建物の間にピッタリ車を入れることができたんだぞ」
「へえ、依里茄って車の運転が得意なんだね」
「まあ、事故ったけどな」
感心した矢先の一言だった。
「事故?」
「ああ、事故だ。建物の隙間の奥に建物があるのに気付かなかった」
「……」
絶句だった。隆は隆で荒い運転をするに違いない。ということは安全運転できるのは誠也しかいないというわけだ。どう考えても運転手が足りない。車は全部で2台。
重そうなトラックを運転する誠也と、銃器と人間を乗せた車だ。
不安だけが募る一方だった。
絶対、依里茄にやらせてはいけない気がした。
最終的に運転手は依里茄が行うことに決まった。
「殺斬様、ゲリラ軍隊が出発したようですよ」
いつも遠くから様子をうかがうミステリアスな部隊、隊長の殺斬はいつもの通り修二たちの動きを観察していた。
今日はいつも以上に進展があり、顔には見せないが胸を躍らせているようだった。
「今日の修二さん、やけに活発ですね。何をそこまで焦っているのかは分かりませんけど、竜頭蛇尾になってしまっては意味がありませんよね。それでは、私たちも追尾を始めましょうか」
言って、殺斬は用意してあった車に乗り込もうとした。
「殺斬様! どうして、あいつらのサポートを我々が行うのですか!? 奴らに加勢しても我々は恨まれるだけで、何の利益にもなりませんよ!」
「ネイ、利益を求めて加勢するのは欲深い人間のやる事です。手助けすることに利益を求めていたらだれも救えませんよ」
「そこまでしてあなたは恨まれたいのですか?」
「そうですか。そう思っているのなら、あなたはついてこなくても結構です。何も無理に連れていく気はこちらにもありませんから」
言って、殺斬は素早く車に乗り込んだ。ほかのメンバーたちも殺斬の後に続く。ネイは気に入らなそうに舌打ちして渋々、車に乗り込んだ。
ご精読ありがとうございました!
次回話に続きます。




