PAST 56:海上の脅威part2
走る、走る、走る、走る……。
時間は待ってはくれない。
甲板を走る二人に新たなる脅威が立ちはだかろうとしていた。
船に搭載されているクレーンが動き出す。
「修二さん! 横からの攻撃に気をつけてください!」
言って、殺斬はコートの中からハンドガンを取り出す。素早く構えてクレーンに向けて発砲する。弾丸は見事に命中するが、威力が足りず、はじかれてしまった。
「固いですね」
殺斬は苦い表情を浮かべる。
クレーンは積まれているコンテナに激突し、山積みになったコンテナの山を修二たちに向けて落としてきた。
「ああ! コンテナが……」
修二は唖然とする。
コンテナの火砕流から逃げる手立てはない。延命を計る為に脳漿を絞る。
名案は出てこない。
「修二さん! 下がってください!!」
殺斬が叫ぶ。
左手に刀を持ち、右手に拳銃を構えると、コンテナを睨視。間髪を容れずに、迫り来るコンテナの山を一気に断ち切った。
目にも止まらぬ速さの斬撃は、鞭声を周囲に轟かせながらコンテナの軌道をずらした。
「これが、第三部隊から学んだ技術です」
殺斬は前に突き出した刀剣を人差し指を立てた右手でなぞる。徐々に銀色の刀剣が赤く光り出す。そして、立ち向かってきたクレーンの先端を赤い斬撃で切り飛ばした。切り飛ばされたクレーンの先端は甲板を転がり、コンテナの残骸を蹂躙しながら海へ落ちた。
頑丈なワイヤーだけになったクレーンは、焦燥に覆われて彷徨する。先端は手違いで溶岩をコーティングしたように赤くただれていた。
「修二さん! 今です! クレーン操縦者を!!」
言われたとおり修二はショットガンでクレーンの操縦席を狙う。打ち出した散弾が、潮風を浴びながら整然と操縦者に向かって飛んでゆく。
操縦席の窓ガラスが散弾に犯され、波紋状にひびが入ったとき、魔物は海へと落下した。
「流石です。さあ、急ぎましょう」
殺斬が先頭を切る。修二はあとに続いた。
「報告します! 爆弾の設置完了。及び敵の迎撃に失敗しました!」
先ほどバッグを担いだセーラー服の男がそう言った。冷牙はその報告に少々頭を悩ませていたようだ。
「致し方あるまい……。あれは時限爆弾だスイッチを押して十分で爆破することになっている。もう手立てはない、救命ボートの準備、及び残兵の退却を命ずる」
「ハッ!」
冷牙は満足そうな顔をしていた。
「フフフ、滑稽だ。まさに生ゴミとはこやつらの事よ。冷牙様のゴミ処理場にやってきたのが命取りだったな。ナハハハハハ!!」
高らかに笑った。
その時だった。
「ウガアァッ!!」
悲鳴が近間で響いた。セーラー服の乗組員の声だった。
「ぬ?」
冷牙は振り返る。そこには、依里茄の姿があった。
「なに! 依里茄? 貴殿、生きておったのか!!」
驚いたように腰を抜かす冷牙。
「何をそんなに驚いているの? 仲間でしょう? 第二部隊隊長、『冷牙』殿」
依里茄の冷徹な声に、冷牙の余裕は消えてゆく。
「やはり、『あの任務』で私たちを襲い、殺そうとしたのはあんたら上の部隊だったってわけね。そして、私の大切な仲間を奪ったのも……お前らってわけか?」
依里茄の顔は怒りで滲んでゆく。大切なものを奪った忌むべき相手への憤慨は有頂天を通り越した。
「待て依里茄! そいつは誤解なんだよ。だいたい何処に貴殿らを襲った証拠がどこにあるって言うんだ? 『ゴミ共』を処分した証拠なんて無いだろ?」
依里茄は閻魔顔で冷牙を睨みつけた。怒りと悲しみが現れたその表情に鬼の顔が連想される。
「決まりだな」
冷牙の顔が引き攣る。
瞬間、依里茄は突進した。放たれた怨恨の一撃は、冷牙に向かって一直線に飛んでいった。
「ヒィギャッ!!」
冷牙は後退してそれを避けた。冷牙の視線の先に依里茄の炯眼があった。
「おい、避けるなよ。誰が『避けていい』なんて言ったんだよ!!」
依里茄は怒りに任せて刀剣を振るう。
「ウギャアァ!!」
冷牙はわざとらしく叫んで回避する。依里茄の刀剣は舵を切り裂いた。
次の一撃がくる頃には、冷牙は戦闘態勢を整えていた。
「ゴミが! この世に必要のないものは消えよ!!」
冷牙はパイプを手に取ると、持ち手を変えて、タバコの煙が上がる口を依里茄に向ける。女神がプリントされた口から何かが飛び出した。
依里茄はそれを刀剣で弾く。
「パイプに仕込み針とは手の込んだことしてくれるな」
依里茄は言った。
冷牙はそれを聞いて含み笑いを浮かべる。
「針だとよく分かったな。さすがは政府軍隊で一番、敏感な精神を持っている第三部隊だけのことはある」
冷牙はパイプを依里茄に投げつけた。依里茄はそれを刀剣の腹で弾き、どこかへ飛ばす。瞬間、冷牙が将軍服の中から見慣れない兵器を取り出した。ハリネズミの人形のような形をしたその兵器。口をあんぐりと開けて依里茄を狙っている。体の両端にも銃口のようなものが付いている。
「なんだ? そのハリネズミは……」
依里茄は困惑する。
「甘く見るなよ。このハリネズミ、同時に二十本の針を発射できるのだ!?」
冷牙は射出する。光をまとった針の束が一斉に依里茄を襲う。依里茄はそれを簡単に弾くが、
「甘いぞゴミ!」
追撃が依里茄を襲う。
ハリネズミの側面についている二つの銃口から釘が撃ち出された。
弾く動作を終えていない依里茄にとってその弾丸は、受ける以外に道は残されていない。
依里茄は跳ねた。普通の人間が飛ぶ高さより、三倍近く高く飛んだ。
「ゲェ!」
冷牙は喫驚する。依里茄は釘を避けきると、スムーズに着地した。驚愕に口をあんぐりと開けている冷牙の間抜けな姿に余裕を感じる。
「その程度の攻撃、子供とキャッチボールしている気分だ」
依里茄は刀をゆるりと下ろして、得意げな表情で冷牙を見詰めた。その行動は今は亡き友佳の行動とそっくりだった。
「おどれ……この冷牙様をからかいおって、しかし、冷静さを失えば負けよ」
冷牙は将軍服の中から 湾刀を取り出した。
「白兵戦で勝負だ! てめえに屈辱の渦を味あわせてやるぜ! クソゴミ依里茄!」
「それはこっちのセリフだ。地獄へ行って清算するがいい、私の仲間を『ゴミ』呼ばわりしたことを後悔しながらな!!」
依里茄は刀を振り上げる。依里茄の目には涙が浮かんでいた。
「戦場で泣きべそ掻いてんじゃねえ!!」
冷牙が飛び出す。
刀身が大きく仰け反った刀で冷牙は依里茄の首を切り落とそうとした。冷牙を見上げ、依里茄は睨む。
刃と刃が交差する。金属が触れ合うけたたましい音が鳴る。除夜の鐘のように、船内に大きく轟いた。
「ゴミはゴミ箱に帰りやがれ!!」
冷牙は叫ぶ。
依里茄は黙して立っているだけだった。依里茄は三人の姿を思い描く、一緒に活動していた日々が思い出される。心がズキズキ痛んだ。
冷牙は追撃を繰り出す。
「沈んでいきな! ゴミはゴミらしくよ!!」
湾刀を振り下ろす。
《たたかって……》
依里茄の心の中で誰かがそう言った。
冷牙の景色が一気に変わった。立ち尽くしていた依里茄は、とてつもない一撃を冷牙に食らわした。
「お前に、私の仲間を『ゴミ』なんて呼ばせない」
涙の結晶に、紅色の血を混ぜた。そこに悲しみと遺体を描いたとしたら何ができるのかな?
恨み。
「ギュラァア!」
冷牙はの腕を抑えて、たうち回った。
「その痛みはお前らが騙してきた人間たちの痛みだ! そしてこれは、私の痛みだ!」
依里茄は刀で冷牙の足を切った。
「ウガアアァァ!!」
冷牙は激しくのたうちまわる。
止めを刺そうとする。憎い人間は皆殺しにしてやるのが彼女の流儀。いつかは殺斬だってこうして殺す。仲間を殺した人間は“死”を持って償わせる。
それが死の代償だ。
「フフッ、私の仲間に手を出したのが運の尽きだったな! 冷牙あぁ!!」
残酷は残酷で返す。
ここは戦争の世界、誰も咎めやしない。人が死ぬのが当たり前の世界だから、目の前の命なんて、人間が掲げる道徳なんてどうでもいい。
自分が生きるために精一杯戦うのが戦争という時代だ。一種のパラダイムシフトなんだ。殺すことが正義の時代なのだ。
刀剣を振り上げる。この刀剣を振り下ろした瞬間、冥福が実られる。
「……」
依里茄は止まった。
短くなった自分の髪を見て止まった。
“二度とあんな悲劇を繰り返さない”
自分は変わったのだ。今までの自分とは違って、この刀は人を守るためにある。
殺すためじゃない。
だから、船舶に潜む人間たちは全員切っても大事に至らない場所を切った。
「もう二度と、私の前に現れるな!」
依里茄は倒れた冷牙の顔面を殴って、その場を後にしようとした。その時だった。
「ククッ」
冷牙が笑う。
「クハハハハハハ!!」
高らかに笑う。
依里茄は不審な目を向ける。
「この冷牙様を誰と心得ての狼藉だ? この冷牙様は元海賊よ! 海に生きるものは海で死ぬ!」
冷牙は時限爆弾のスイッチを入れた。
「お前、何をした?」
「クハハハハ!! 爆弾よ! この船はもうじき吹き飛ぶだろうぜ!! 貴殿らと共にな!」
冷牙はマリンキャップを取り、そこからひとつの手榴弾を取り出した。
追い詰められた海賊は何をするかわからない。
「貴殿にはここで共に消えてもらう」
冷牙は手榴弾の栓を噛み、抜いた。
依里茄は青ざめる。ここで自分が死ねば、この世界は永遠に流れ続ける。あの玄三が背伸びする世界が続く。それは絶対に阻止しなければならない。
依里茄は机を倒し、防御壁を作る。
「無駄だ! 一緒に地獄の淵へ行こう。いり――――――――――」
手榴弾が爆発する。周辺に破片が飛び散る。モニター、窓ガラス全て破片は破壊する。
破片は防壁を築いた依里茄にも襲いかかった。わすかな隙間から回り込んだ破片や、机を突き破った破片が襲う。
足に五本と背中に一本の破片が突き刺さった。
「グッ……、破片手榴弾か」
依里茄は机を手で押しのけて、腹ばいになる。引きちぎられるような激痛が足をおそう。
「フガッ……」
痛む足を見て絶句する。
不幸にも無線機は破壊されていた。
ぐさりと刺さった針の周囲から漏れ出す血の結晶が、痛々しさを物語っている。依里茄は足に刺さる五本の破片を抜いた。激痛を伴う作業に心が折れそうになる。
五本の針を抜き終えると壁を伝って、痛む足を無理やり従わさせた。
急いでこの状況を報告しなければならない。手遅れになる前に手を打たなければ。
上と下で分かれて捜索する修二と殺斬は爆弾に気づいていなかった。
乗組員たちが悶えている姿を確認すると、依里茄が既に掃討してくれたようだ。捜索中の修二は美来を発見した。
寂光が差し込むその一室で美来は、碇に抱きつくように固定されていた。
「美来!」
修二は急いで美来の手足に巻き付くロープを外そうとする。時間は残り十二分まだまだ、余裕だが隆の救出も残っているため、あまり時間は割けない。
修二はショットガンを美来に巻き付く縄に向けた。被弾しないように角度を調節して発砲する。衝撃を受けた縄は、美来の手から雨の雫のように落ちていく。
足の縄をとき、自由にすると修二は美来を背負った。出口へ出ようと、船内を駆けた時だった。
上の階から依里茄が落ちてきた。背中に針がグサリと刺さっていて、致命傷を受けている。
「依里茄!」
修二は依里茄に駆け寄った。痛そうに悶えながらも、依里茄は修二の肩をがっしりと掴んだ。
「修二、時間がない……。もうじきこの船は沈んで、しまう。急いで救出しないと……」
依里茄は息を荒げながら、修二の無線機をむしり取った。
「誠也、急いで飛ぶ準備をしろ。もうじきこの船は沈む」
“ほんとか?”
誠也の声が無線機から聞こえてきた。
「ああ」
依里茄はそう言って、無線機を投げた。次に来る無線は殺斬だと知ってのことだった。
「ちょっと! 何やってるの!」
「いいから行くぞ! 死にたくないなら私の言うとおりにしろ!」
恐喝とも思える言動で、依里茄は修二を威圧した。逡巡する暇はない、修二は承諾せざるを得なかった。
依里茄は満身創痍の体を起こした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




