PAST 51:ネビュラ(闇の中のきらめき)
夜空の下で、反逆は終わった。
地上に残った三人雑兵が、生存者を連れ出す。生存者は全部で三人、智恵利、咲希と友佳だった。相手がどんなに死にぞこないだろうと、息を絶つまで苦しめるのが奴らのやり方だった。
『平和を愛する軍隊』と呼ばれた政府は運命に屈して、帝国の尻拭いとなっていた。
この世界は腐り果てていた。一度、作り直される必要があった。
誰かが予期した結果に終わっていた。
死体と血なまぐさい臭いで埋め尽くされた月下の戦場。
「どうだ? 気分は? 貴様らは政府の腐った部隊として死ぬんだ。嬉しいだろ?」
猿霊香は弱っている戦士たちに言う。友佳はもう、絶命寸前だった。息をしているのがやっとのようだった。
「腐ってんのは、てめえの方だろうが?」
咲希が言う。
「うるせえ!」
猿霊香は怒り、咲希の顔面を蹴った。
「やめて! 私だけを殺せばいいじゃない! 私だけを殺して、二人は解放して! お願いだから!」
智恵利の言葉に全く聞く耳を持たない。
「口を慎まないか? 貴様らは囚われの身なんだぞ?」
「誰がお前に口を慎むものか……裏切り者め」
咲希は言って笑った。猿霊香は咲希の顔面を蹴った。
「決まりだ! まずはてめえから始末してやるぜ!」
猿霊香は銃を向けた。
「やめて! 咲希を殺さないで!! 私だけを殺して!!」
智恵利が叫ぶ。
「バカみてえに騒ぐんじゃねえよ知恵利」
咲希が言う。
智恵理は言葉を失い、咲希だけを見つめていた。咲希はじっと憎き悪を凛然と睨みつけたていた。彼女は絶命する寸前まで戦おうとしていた。
「でも、あたしはそういう風に仲間を思ってくれるお前が好きだった。第三部隊が好きだった」
思い出話をするように、咲希は言った。咲希の目には薄らと涙が浮かんでいるような気がした。
「楽しかったぜ。お前らと過ごせた日々はよ……。本当に、幸せだった……。ありがとよ……」
「ゲハハハハハ! 面白いねぇ、死ぬ気満々じゃねえか! こりゃ、期待に応えねえとな?」
引き金を引こうとする。
「止めてええぇぇ!!」
「さよならだ……」
咲希は最後にそう言った。
無常の銃声が轟く。月下で放たれた銃弾は曲がってくれやしない。
「嫌あああぁぁぁ!!」
無情にも、咲希は絶命した。
「咲希!! やだよ! 逝かないで!!」
智恵利の非情な叫びが響く。空虚に消えゆくその叫びに誰も答える者はいない。涙がこぼれ落ちる。
猿霊香が嬉しそうに笑うだけだった。
「次は死にぞこないの爆弾娘だな」
言って、次の標的を友佳に移す。
「ダメ!! その子はまだ子供なの!! お願い、殺さないで!」
「さっきからお願い、お願いって何度、願えば気が済むんだ貴様はよ? そんなに殺して欲しくなかったら、『猿霊香様の尻を舐めさせてください』って言うんだな!」
「っ……」
智恵利は固まる。苦しそうに息をする友佳を見ていたら、言わざるを得ないような気がした。屈辱すぎだ。
「え、猿霊香様の……し、しりを……舐めさせて、くだ、さ、い……」
「ゲハハハハハハ!! こいつぁ傑作だ!! 哀れな命乞いだぜ!」
智恵利は侮辱される。
雪辱に唇をかみしめていた。精神が苦しくなり、悔しそうに顔を伏せた。
これで、友佳が助かるなら仕方ないと心に言い聞かせ、罵詈雑言を受け流した。
「つ~わけで、コイツにも死んでもらうか」
「ちょっと待って! 話が……!」
「俺は殺さねえよ。部下がやるんだ」
卑劣に笑った。
「ちえ、り……」
友佳が苦しそうに口を開く。息をするのがやっとで、次の言葉が出ないようだ。
友佳は智恵利に笑って見せた。苦しいのに、優しい笑顔を見せてくれた。そこで、引き金は引かれた。智恵利は叫び気力さえ無くなっていた。
「ゲハハハハ!! 殺されるのが嬉しかったみてえだぜ!! 笑ってやがった!!」
言って、猿霊香は抱腹絶倒する。部下たちも同じ反応だった。
「……どこまで侮辱する気なの?」
智恵利は言う。
笑いが止まる。
「敬意を払え! ゲスブタども!! 私の仲間は、あんたらなんかより何百倍も、何千倍も立派なんだよ!!」
しかし、無情な四人は一斉に笑った。
「だったら貴様はどうなんだ? 『尻を舐めさせてください』なんて言ってる貴様はよ? 笑止千万だぜ!!」
言って、猿霊香とその部下たちは笑う。
屈辱に照らされる智恵利。侮蔑に見下す視線が一斉に智恵利に突き刺さる。
「殺してやる……絶対に殺してやる! あなた達はカスよ! いいえ! カス以下の人間よ!!」
「言うのは勝手だぜ、反逆師さん。さて、そんじゃ、宴でも始めっか」
智恵利は兵士に立たされる。そして、猿霊香から回し蹴りを喰らう。
「ウヴッ!」
傷にクリーンヒットした。
笑われる。
「オラオラ! 蹴って、蹴って、蹴りまくれ!! なぶれ、なぶれ!!」
そして、終わりない虐待が続く。
相手は智恵利を虐殺しようしている。悲しむ余裕なんてない。
無情で残酷な世界になったものだ。
平和なんて欠片もない。
この世界は作り直されるべきだった。腐った人間は殺すしかなかった。
そして、誰もいなくなるのだ。
悪魔たちは笑う。嬉々と笑う。
動けなくなった死に損ないの戦士を弄びながら……。
「チェッ、もう終わりかよ。つまらねえな」
猿霊香が呆れたように言った。
智恵利は呼吸するだけで、もう何もできなくなっていた。弱りきった体は、冷たいアスファルトに抱かれ震えている。
「もう、コイツも始末するしかねえな」
反逆者は散る。
何も残せないまま……。腐った世の中を救済するなんて夢のまた夢。
この世界に宿った悪の魂は根強く息づいている。
束縛世界は終わることはなかった。
その時、銃声が轟いた。ショットガンの銃声だ。
「フアッ!」
兵士が一人吹き飛んだ。
「何だ!? 新手か!?」
そこに、片目だけの女が立っていた。
「グハッ!」「ロアッ!」
一人、また一人、倒れてゆく。
「貴様は……裏切り者、殺斬!! なぜここにいる!」
智恵利の救援に駆けつけたのは、殺斬だった。
狐の心変わりだろうか。
「遅かった……」
殺斬は苦しそうに言って、問答無用でショットガンをぶっぱなす。
「フアッ!」
表情を一切変えない殺斬は、この時、初めて怒りの感情を顕にしていた。
利き手をやられた猿霊香は悶える。殺斬は悶える猿霊香にハンドガンを向けた。
「無様ですね。私の『大切な人』を殺したのに……」
「ひ、ひぃ!」
「地獄の業火で焼かれてください。永遠に……」
言って、殺斬はハンドガンのトリガーを引こうとする。
「待ってぐれ! 降参だ!! 頼む、いのじだげは……」
「命乞いですか? 情けないですね」
発砲。
「グアアアアァァァァ!!!」
殺斬は猿霊香が絶命しても発砲を続けた。マガジンの弾がなくなるまで撃ち続けた。ぶつけようもない悲しみをぶつけて。
残弾が尽きると、ハンドガンをしまい、急いで智恵利の元へ駆け寄った。
「しっかりしてください! 智恵利さん!」
智恵利は虫の息だった。脆弱な吐息は、小指で突いただけで止まってしまいそうだった。
「さ、さつ……き。なんで、ここ、に……?」
「……それは、あとで話します。頑張ってください!」
言って、殺斬は智恵利を背負った。
「本館まで耐えてくださいね」
林道を歩く。
「どう、して、ここ、に?」
「政府軍に変な動きがありました。まさかと思い、来てみたらこんな、ことに……」
殺斬は涙声でそう言った。
「へへ……裏切り者じゃ、なかっ、た、んだ。久し、ぶりだ、ね。こうして、話す、の……」
「本当にごめんなさい……。もっと、分かりやすく『この危機』を伝えるべきだった……。そうすれば、皆さんを救えたかもしれないのに……」
「ねえ、なんで、殺斬は、あの時、うらぎっ、たの?」
「……話せば長くなります。複雑でしたから。簡潔に言えば帝国と政府の情勢を探るためです……」
顔を伏せる。
「へぇ……。そう、だった、んだ……。結局、あなた、は……私、たちの、ために……危険を、犯して……」
「いいえ。身勝手な理由からです……。仲間にきちんと事情を話すべきでした。隠し事なんてするものじゃありませんよね」
苦笑いする。
「ねえ、殺斬……。依里茄、の、こと。頼む、ね……」
「どういうことですか?」
「……あり……が……」
智恵利の手がだらりと垂れ下がる。
驚愕に揺れる。
「智恵利さん? 智恵利さん!?」
応答はない。
「アアアァァァ!!」
嗚咽を上げる。
暗闇に沈み込む森の中で、静かに慟哭は響いた。
智恵利は殺斬の背中で死んだ。鋼のように冷たくなる。
わだかまりが解けて、早すぎる別れだった。
「そんな……」
泣いた。
たくさん泣いた。
「ごめんなさい……」
謝った。
「私……なにも、できませんでした……」
悔恨に悲嘆を重ねた。
後悔と悲しみを胸に、殺斬は昔の日々を思い浮かべていた。
また、あの日のように幸せな日々を迎えられたら……。と願っていた。
重い足取りで、殺斬は闇の中を歩いた。
「遅いな、智恵利たち……」
依里茄が心配そうに言う。修二も心配そうに夜空に浮かぶ星たちを眺めていた。
「で、修二。こんな光景、政府の奴らに見られたら極刑だぞ?」
言って、依里茄が睨みつけるのは、本館の中で子供を遊ばせる男の姿だった。本当に楽しそうに遊んでいる。男は、この本館に入ることをかなり拒んだが、子供が強引に引き込んだため、こんな状況になっている。因みに、親子は友佳の部屋にあったぬいぐるみで遊んでいた。
修二は苦笑いを浮かべるしかない。
「でも、今思えば私はどうかしていたな……。子持ちの親子を殺すだなんて……」
言って、依里茄は頭を抱えていた。
その時、何かがちぎれる音がした。嫌な音だった。
「あっ」
女の子が驚いて泣いていた。
「あ~、あ~、あ~。大丈夫だ。すぐに直るからな」
男は優しい声でそう言った。
依里茄が面倒臭そうに立ち上がる。
「どれ、貸してみろ」
依里茄はぬいぐるみを手にとった。カエルのぬいぐるみ。脇腹が裂けていた。腕とかが破けるのは普通だ。ぬいぐるみの接着部分で弱いから。でも、自然に脇腹が裂ける事なんてあるのだろうか。
「どうやったら、こんな裂け方するんだ?」
依里茄がやれやれと言って、ワインが置いてある棚の引き出しから、裁縫道具を取り出した。すると、ぬいぐるみを手に取り、一瞬にして手直ししてしまった。圧巻だ。
「ほら、元通りだ」
これには女の子は大喜びする。男は気に入らない目で依里茄を見ていた。依里茄は男と目が合い、止まったままだった。女性は好意を寄せない人間とは、目を合わせられるらしい。
「なんだ? 私の顔になにか付いているのか?」
「……いや、案外、子供好きだなと思ってな」
「そう」
簡単に済ませると、依里茄は修二の元に戻ってきた。依里茄は子供が気になるようで、ずっと子供を見ていた。
「子供が気になるの?」
「……いや、そういうわけじゃない」
言って、依里茄は顔をしかめた。余計なお世話だと言わんばかりに、頬をふくらませていた。
その時、誰かが外で倒れた音がした。
遊んでいた女の子は手を止める。
「何だ?」
異常事態に依里茄は不穏の表情を浮かべる。
扉を開けると、そこには、血まみれの智恵利を抱えた殺斬が倒れていた。殺斬はここまで智恵利を自力で運んできたのか、息が乱れていた。
「なっ? これは、どういうこと?」
修二が言う。
依里茄は気が気ではなかった。
「智恵利に何をした……」
敵意むき出しに殺斬のことを睨みつけた。沈黙が続く。
「ダメだ、見るな」
男が後ろで、女の子を連れて、二階へ上がっていく音がとても大きく聞こえた。
智恵利は死んでいるようだった。ぐったりとしていて、動いている気配がない。
「お、おのれ……」
依里茄が殺斬の胸ぐらをつかむ。
「この! 裏切り者!!」
殺斬を殴った。槍を突き出すような豪快な打撃が夜空の下で冴え、殺斬を豪快に突き飛ばす。地面に転がり、痛そうにうめき声を上げる、やられっぱなしの人間。
依里茄は殺斬が智恵利を殺したと思い込んでいる。
踏みとどまらない怒りが、彼女に次の行動を指示した。依里茄は瞬足で殺斬に向かい、走った勢いに任せて蹴り飛ばした。
「やめろ! それじゃ、単なる逆恨みじゃないか!」
修二が依里茄を押さえ込む。
「放せ! あいつが殺したんだ! あいつが! あいつが殺したんだ!!」
依里茄は叫びながら修二の中で暴れまわっている。もう少しで逃げ出されそうになったとき、女の子を置いてきた男が加わった。
「やめないか! 単に怒りをぶつけても後悔するだけだぞ!」
依里茄は男に舌打ちして、振り払うと本館に走り去った。どこへ向かったのか見当もつかない。
「大丈夫か君? とんだ、災難だったな」
何も知らない男は殺斬を保護する。何があったのかはわからないが、詳しい事情は殺斬が知っている。
「何があったんだ?」
修二が代表して訊く。
すると、質問しただけなのに、殺斬は涙を浮かべた。初めて見た殺斬の感情に修二は驚きを隠せなかった。
「……今、事情を聞き出すのは時期尚早なんじゃないか? もう少し様子を見てから――――――――――」
「内乱です……」
男の声を遮って殺斬が言った。
「え?」
銃弾が眼前を通り過ぎるような感覚だった。受け止めきれない現実と、信じられない思念が修二の中で交差する。
「咲希さんや友佳さんはもう……」
それ以上殺斬は口にしなかった。
修二は顔を伏せた。考えられなかった。彼女たちが消えるなんて、なおさら考えられない。
また、大切な命が消えた。痛切する。
殺斬は泣き崩れていた。裏切り者の涙には思えなかった。本気で泣いている。号泣だったから。
訃報を前に漠然とする修二。
「なんか、色々大変なことになってるな……」
男が言って、場をわきまえて去っていった。
空虚な風が目の前を通り過ぎていった。
殺斬の慟哭がしみじみと漆黒に冴え渡り、悲痛に怯える星たちが弱々しく明滅する。殺斬は横たわる智恵利の遺体に泣きつく。
ずっと謝っていた。
残酷なお話になってしまいました。
裏切りとは悲しいものですね。
ここまで読んで下さりありがとうございます。




