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GOVERNMENT EMPIRE  作者: Lirenoa
第一章 変化の章
5/115

PAST 5:脱出作戦part3

 サイレンの音を聞きながら、冷えきった風が労働場を突き抜ける。

 数え切れない大きな足音が修二達の真下を駆ける。

 「いたぞ!」

 その掛け声と共に銃を連射。サブマシンガンだ。

 「伏せて!」

 美来の合図で、修二は伏せる。

 銃弾は天窓を突き破り、斜めに飛行して二人に襲いかかる。

 修二達は体勢を低くしながら、弾道を回避して屋上を移動する。

 「逃すな! 追え!!」

 兵隊の誰かが叫び、足音がドタバタと響く。

 素足のこちらからしてみれば、靴を履いている彼等がうらやましく思えた。


 銃声を聞いたのか、はるか前方でサーチライトが点灯する。

 ちょうどサーチライトが点灯している方角に目的の場所がある。いい目印にもなったが、同時に面倒なことにもなった。

 光の軌跡が縦横無尽に駆け巡る。


 下手に見つかれば奇襲をかける余裕もなくなり、一巻の終わりだ。


 銃声が鳴り響く。

 「サーチライトまで……! 美来! どうする!?」

 修二は美来の耳に届く程度で叫ぶ。その叫びが美来の冷静さを欠いているとも知らずに。

 「今考えてる! もう少し待って!」

 追っ手が容赦なく二人を仕留めようとする。

 狙いが定まっていない。

 その煩雑はんざつさからして捕獲ではなく殺すつもりだろう。

 「横に寄ろう」

 美来が言った。兵士が無我夢中で追いかけているのを逆手に取り、一旦立ち止まり、天窓から見えないように横によける。

 すると、兵士は修二達に構わず、「逃がすな!」と前進する。

 敵が先に行ったと勘違いしたのだろう。

 まずは一安心。


 袋のネズミになる前になんとか武器を手に入れ反撃したい。

 しかし、天窓しかない屋上での武器確保は不可能だ。降りたところで相手の餌食になるのは目に見えている。

 走る以外に選択肢はなかった。

 「キャッ!!」

 何かの銃弾が美来の前に着弾する。

 美来は立ち止まりぎわに足を滑らせて転んだ。更に運の悪いことに狭き架け橋から落ちそうになる。

 「アッ!」

 短い悲鳴を上げて手を揺さぶる。

 「あぶない!」

 修二は美来の手を掴んだ。しかし、地面とは違い、汚れでくコーティングされた天井の摩擦はゼロに近く、公園に置いてある滑り台に近い。支えることはおろか、自分も滑り出す。

 「うお」

 「シュウ君……」

 美来が「私を放せ」というような目で見てきたが、プライドにかけて離すわけにはいかない。



 僕を変えてくれた人間。

 僕に話しかけてくれた人間。

 僕に協力してくれた人間。

 僕と同じような意思を持つ人間。


 人形でないなら

 必ず助け出す。


 その信念を突き通し片手で踏ん張る。

 しかし、気持ちが勝っていても体は負けた。

 「カッ……」

 修二は美来の手を離してしまった。

 暗闇に消えていく美来。

 「美来!」

 衝突音が響く。美来は何かに突っ込んだ。


 生きているだろうか?


 「大丈夫!」

 と闇の底から声が聞こえた。

 たちまち、修二に安堵が戻ってくる。

 幸いなことに屋根からの高さは低かったようで、美来はピンピンしているようだった。

 だが、こちらに危機が迫っている事を無視するわけにはいかない。

 やり取りを交わすうちに、サーチライトのありがた迷惑なスポットライトを浴びてしまった。兵士の標的は単独になった修二に向けられる。

 「シュウ君?」

 「美来! 僕が奴らを引きつける! 美来はその隙に正面ゲートに突っ込んでくれ!!」

 美来は修二の言葉に実感が持てず、迷っている。


 「何があっても、後ろは振り向くな」


 修二はそう言い残してきびすを返す。

 美来は心配そうに修二を見ていた。

 「こっちだ!!」

 牽制けんせいする。

 その瞬間、大きな音と共に足元に何かが埋め込まれた。銃弾だ。

 狙撃兵スナイパーが修二を狙っている。

 修二は動揺し足を滑らせ転びそうになった。修二は慌てて態勢を立て直し、来た道を戻る。

 案の定、サーチライトの光を追って複数の兵士むしたちが修二を追ってくる。

 「これが、陽動作戦だ」と言わんばかりに修二は逃げながら得意そうな顔をした。




 美来は暫くして頃合だと判断し、行動を開始しようとする。その時、彼女の軸になった手が何かに触れた。それは、冷たくて、ゴツゴツとした固いものだった。

 手にとって持ち上げてみると、それはアサルトライフルだった。装填されたマガジンの中身も確認する。弾はきちんと込められていた。

 「やった……」

 誰にも聞こえないように小さく喜び、美来は木箱をあさって使えそうなものを盗み、正面ゲートに向けて移動を開始する。

 「ここにもいたぞ!」

 警備兵の鋭い叫びが美来の耳にも届いた。

 手馴れたように周囲を警戒し、敵影を見つけては引き金を引いた。

 心地よい発砲音が響く。

 敵影は悲鳴を上げて倒れた。


 いつしか、警備の固い正面ゲートが見える位置に足を運んでいた。距離にして案外近かった。

 修二を追うサーチライトがよく見える。

 美来はまず、サーチライトに狙いを定める。しかし、美来の脇に何かが落ちてきた。

 グレネードだ。栓が抜いてある。

 「あっ」

 と美来はすぐにその場から後退する。

 無情にも粉塵を巻き上げグレネードは爆発する。

 「うわっ!」

 美来は爆風に飛ばされて地面に激突する。

 乾いた砂が顔にへばりついた。

 敵はこちらの存在にも気づいている。正面ゲートの警備にあたっていた兵士が、美来の居る施設入口の脇にある小さな狭い道に踏み込んできた。

 足が月明かりでくっきり良く見える。

 (ここで大きな交戦を招けば、シュウ君も危険だ。安全を確保するのが最優先事項……。となれば、サーチライトを破壊するしかない)

 意を決して、美来は銃口をサーチライトに向けた。

 敵兵もそれに気付き「居たぞ!」と叫ぶ。

 美来はまず兵士を撃ち、次にサーチライトに向けて発砲した。銃弾は的の大きいサーチライトに当たり、火花を上げてライトの電源がシャットアウトした。

 更に漏電ろうでんして、火花が武器の詰め込まれたやぐら内の木箱に引火する。

 瞬間、黄色い閃光と共に櫓が大爆発した。

 「アアアァァァアアァァ!!」

 狙撃兵が櫓から飛び出して地面に落下した。戦闘不能だろう。

 思いの外上手くいき、美来は喜悦きえつを浮かべる。

 しかし、追っての追撃が迫る。このままここに居留まれば、修二との再開はおろか自分が殺される可能性もある。

 美来はすぐに立ち上がり、奥の方へ避難した。

 暗闇の淵へと。




 サーチライトの尾行が終わった事を確認した修二は、割れた天窓から労働施設に入った。そして、下を彷徨うろついて捜索している兵士に強襲をかけた。

 まずは敵の銃を奪い取る。

 そして発砲する。一人をハンドガンで仕留めた。更にもう一人にも同じことをする。

 「ウオオォォォ!!」

 雄叫びを上げたひとりの兵士が、修二に向けて銃を暗射する。

 「くそ」

 修二は横合いによけて、銃弾をわしつつ接敵し、相手を銃で殴った。

 「ゴフッ」

 短い悲鳴を上げて兵士は倒れる。その兵士から修二はサブマシンガンを剥ぎ取った。

 休む間もなく、奥の方から追手が迫る。それも、銃を闇雲に乱射しながら。


 修二は壁に張り付き、銃弾を回避する。

 障害物を避けた銃弾の軌跡が修二の前を通り過ぎる。雨のようだ。

 このままでは動くことができない。

 どこかの窓ガラスが割れる。

 すると、男性の悲鳴がとどろき、修二の前を通過する銃弾は無くなった。

 シーンと静まり返る戦場。

 ゆっくりと壁から修二は背中を放し、サブマシンガンを持って廊下の中央に立つ。


 奥から一つの人影がこちらに向かってくる。

 引き金を引こうとしたが、思いとどまった。その影が美来であるとが分かったから。

 「シュウ君!」

 美来は修二に抱きついた。

 暖かかった。何か大切な温もりを感じる。

 美来は本当に寂しかったのだろう。いつまでも修二に抱きついたままだった。

 「美来」

 なんの気もなしにつぶやいた。


 感動の再会もここまでだ。

 今は脱出に専念しなければ。

 「いこう、美来」

 「うん」

 美来は修二から離れ、銃を構えた。

 修二は美来と共に、再び正面ゲートを目指した。

 パトランプが点滅しているのに、警備兵の監視の目がいきなり薄くなったことに疑問を抱く。


 何かおかしい。


 修二は妙な不穏にとらわれて、周囲を落ち着きなく見回す。


 静かだ。

 いや、静か過ぎる。


 まるでパトランプの音まで消し去ってしまうかのような沈黙が異常な不穏をさらけ出している。

 美来はそれをなんとも思っていないらしく、早く出たいという一心で走っていた。

 修二の異変に気づいた美来は足を止めた。

 「どうしたの?」

 「いや、なんでもない」

 修二は言って、美来の後に続く。に落ちない顔をしながら。

 すると今度は美来が立ち止まった。

 「見て、シュウ君。ゲートが空いてるよ! きっと私たちみんなやっつけたんだね!」

 と美来は目の前の光景に歓喜かんきを沸かせていたが、修二は即座に思う。


 “そんなんじゃない”


 と。

 修二が黙っているのを見ると、美来は不思議そうな顔をしていた。

 「どうしたの?」

 「なんか、変じゃないか?」

 「ん? どこが?」

 「全部。……どうして警備兵が襲ってこないんだ? 増援だって呼べるはずなのに。それに、この程度で『脱出成功』だなんて、余りにも簡単すぎやしないか?」

 「でも、警備兵の姿は見当たらないよ?」

 「それが問題だ。ゲートをあんなにおおっぴろに開けて……あれじゃ、『出ていってくれ』って言ってるようなものじゃ……」

 「確かに。思えば、兵隊の数も少ない気が……まさか、援軍が来たとか?」

 「あるかもしれない……」

 美来は泣きそうになった。

 「『嘘だ』って、言ってよ。シュウ君」

 美来は開けられた自由の扉を見ながらそう言った。

 嫌な妖気が漂う。

 修二は持っているサブマシンガンを握り締めた。

 「先に進もう。美来は後ろに居てくれ、まず、僕が様子を――――――」


 「やだ! 一緒に戦う!」


 修二の言葉を遮って美来は叫んだ。

 「どうして……?」

 「ダメなの! シュウ君と一緒じゃなきゃ。私、絶対嫌!」

 美来は駄々をこねて全く聞く耳を持たない。


 「もう、『一人ぼっちは……嫌なの……』」


 修二は言葉を失った。最初に会ったときの自分と同じことを美来が口にしたのだ。

 孤独が嫌だ。

 それは修二にも痛いほどよく理解できる。

 「分かった……。じゃあ一緒に行こう」

 「うん」

 美来はにっこりと笑い、手を両手で優しく握った。


 泥だらけの顔で精一杯笑っていた。

 何となく修司もそれを見て微笑んだ。

 もらい泣きならぬ、もらい笑い。


 二人は手をつないで静寂に包まれた自由への扉に向かって歩いていった。




 空を見上げると夜が明けようとしていた。

 周囲は朝の涼しさと静寂に包まれて、異常なほど質素な雰囲気を醸し出している。


 思えば、気が狂った労働者たちが追って来ないのが不思議だった。

 警備兵によって集団寝室ぶたごやに詰め込まれたのだろう。

 『命令以外は聞けない奴ら』だ。

 きっと、大人しく寝ていろと言われて眠っているに違いない。

 乾いた砂の上に素足が乗った。

 砂は、労働している時間帯のとは裏腹にとても冷たく、サラサラと肌触りが良かった。例えるなら海の砂。

 めらめらと燃えている櫓に目をやる。かがり火のようだ。

 不思議なものだった。

 その光景を見ただけで、すでに兵士が全滅したように感じた。

 転がる兵士。

 恨みや怨恨のせいなのだろうか。兵士を見ても全くゾクリとも感じなかった。

 すでに残酷の閲覧えつらんは経験済みらしく平気だった。

 沈黙が続く。

 周囲を警戒しながら、ゆっくり扉を目指す。

 そんな時、修二の視線はどうしてもある場所に行く。それは、サーチライトが据付らている櫓からゲートを挟んで向こう岸にあるもう一つの櫓だった。

 その櫓にはまだ傷一つなく、健全な息をしている。


 妙だ。


 その時だった。

 正面ゲートの脇から兵士たちが出てきた。

 「やっぱり罠だ!!」

 修二が叫んだ瞬間、美来が銃撃を開始する。

 修二もそれに乗じて、銃撃を行なった。しかし、兵士は周囲からもゾロゾロと湧き出して攻撃する。

 これぞ、袋のねずみ

 後退するしかまともにやりあう方法はない。

 (はめられた……)

 予想通りの結果に修二は絶望感を感じていた。

 予想なんて外れてしまえば、「杞憂きゆうだったね」で終わったのに……。


 それでもまだ、修二は戦い続ける。

 諦めないと決意したから。

 絶対に脱出すると決意したから。


 作戦を変える。

 美来と修二は『暗黙の了解』で左右に分散して相手の目を暗まして攻撃する方法を取る。

 運良く、どっちを撃てばいいのか兵士は困惑してくれた。

 きっと、リゲルというバカ将軍の御陰で戦闘をあまり経験していないのだろう。

 修二はこうなる展開が予想できていたかのようだった。

 その時、不思議な点に一つ気付いた。


 「何故戦闘の記憶がない自分が、まともにほこを交えているのだろう」と。


 修二には戦闘した経験はない。

 記憶に有ることは村を焼かれたことくらい。

 そのあとの記憶はよく分からない。

 よっぽど諦めていたに違いないと修二は結論づけた。

 そんなことを考えている修二に追い打ちをかける様に、櫓からひとつの敵影が現れる。黒光りするライフルの冷たい銃口が修二に牙をいていた。

 (しまった!)


 一瞬の気の緩みが失敗を招く。


 ライフルから銃弾が放たれた。

 修二の世界から音が消えていた。


 静寂が包み込んだ戦場で、修二は地面に倒れ伏した。

 ゆっくりと音が戻ってくる。

 美来の愕然がくぜんとした声が聞こえる「シュウ君」と叫んでいた。

 ……食らったのは麻酔銃らしい。

 意識がどんどん遠のいてゆく。

 視界が消える前に、修二は美来がアサルトライフルに搭載されたグレネードランチャーを発射したのを見た。

 爆音と爆風と爆炎が一緒になって戦いの庭を覆う。

 悲鳴が修二の脳裏に漂った。

 そして、修二の視界は真っ暗になった。


 誤算だった。

 結局奴らは殺すことではなく、捕獲することが目的だったのだ。

 つまり、安易に引き金が引けてないのは経験不足ではなく、いかに修二達を殺さず新鮮なまま生け捕りにするかが課題だったのだ。

 確かに、せっかくの労働力を粗末に扱うような連中ではない。

 自分の不甲斐なさを知った。

 修二はただのひよこだった。





 周囲一体は死体に埋もれていた。

 立っているのは美来一人だけとなった。

 榴弾を撃ち込まれた櫓は柱が折れて、壊れたサーチライトが載った隣のやぐらへと激突する。櫓はぶつけられた衝撃で少し横に傾く。

 ボルトやネジで固定していない大きなサーチライトは、ずるずると櫓を滑り落ちて地面に落下する。

 サーチライトは地面に激突し、火花を散らしながらバウンドし、転がった。

 「シュウ君! シュウ君!!」

 修二の体を揺さぶるのは美来だった。彼女は修二が死んだと思い込んでいる。

 「やだよ! シュウ君! 死んじゃやだ!! 起きてよ! シュウ君!!」

 美来の慟哭どうこくが響く。美来はぐったりと力尽きて修二の体に倒れ込んだ。

 修二が欠けてしまったことに美来は相当なショックを受けている。

 ちょうど耳が修二の心臓に当たる部分に触れていた。

 その時、美来は修二の鼓動を聞いた。息もしている。再び希望が見え始めた。

 冷静になったとき、修二の脇腹に打ち込まれているのが麻酔弾だと気づいた。

 ホッと胸をなでおろす。

 しかし、修二が起きるのを待っていると朝が来て、援軍が来る可能性が高い。

 残された道は一つだった。


 修二を背負って、逃げる。


 早速作業に取り掛かる。

 上半身を起こし、美来の背中にのせる。これだけでも大変な作業だった。

 あとは、美来が修二を背負うだけ。

 しかし、大きく重い体は美来の力だけで背負えるものではない。


 美来はあきらめなかった。


 うめき声を上げながら、背負おうとする。しかし、十センチ程度しか腰が上がらない。

 (まだ……まだ行ける……)

 美来はもう一度力を込める。全身全霊の力を腕に注いだ。

 何度もトライする。


 そして漸く立ち上がった。後はゲートを抜けるだけ。

 しかし、思うように体が動かない。

 悲鳴を上げているのだ。


 薄暗い明け方の空が徐々に暗雲で包まれ行く。雨が降りそうだ。

 労働施設の奥の方から誰かがこちらに向かって歩いてくる。美来はそれに気づかないまま重さに耐え、一歩、また一歩と歩きだした。

 「まだだよ、シュウ君。もう少し、頑張って……」

 と美来は修二に呼びかけて歩いていた。その時、美来に大きな重力が加わった。

 「ヤッ!」

 美来は倒れ、背負っていた修二に押しつぶさっる。苦しい。うめき声を上げながら、苦しそうに目だけを動かす。

 すると、視界に美来と同じような服装が映り込んだ。


 労働者だ。

 手には何も持っていなかったが、倒れていた警備兵からナイフを奪い取った。

 「警備兵昇格!! 万歳!」

 と言って労働者は二人に襲いかかる。美来はその時、悟った。


 「もうそろそろ労働者たちが起き出す時間だ」と。


 きっと、奴は状況を見え、脱走者じぶんたちを殺し、リゲルのような残酷無慈悲な警備兵になろうとしている。

 美来は修二の重いからだが邪魔で思うように身動きが取れない。

 ふと、修二がサブマシンガンを持っていたことに気付いた。

 手を伸ばす。

 手が届いた頃には、敵は既にナイフを振り下ろしていた。

 銃撃するのでは間に合わない。

 美来はサブマシンガンを勢いをつけて抜き取り、銃身でナイフを振り下ろす労働者の弱々しい腕を殴った。

 「ギャハッ!」

 労働者の手からナイフが落ちた。

 労働者はすかさずナイフを探しにあちこちへと宛もなく駆け出す。

 その隙に美来は修二をどけて、自由になると労働者が落としたナイフを拾い上げ、それを施設の奥の方へ投げ捨てた。

 労働者はボールを追いかける犬のように、ナイフを追って施設内へ入ってゆく。

 「単純な生き物ね……」

 自分が捨てたアサルトライフルを取り、銃口を労働施設の入口に向ける。そして、グレネードランチャーの引き金を引いた。

 入口手前で大きな爆発が起きる。

 衝撃で労働施設の入口は瓦礫がれきで閉ざされた。

 これで労働者が追ってくることはない。

 美来は呼吸を整え、修二の元に戻る。

 そして、さっきと同じような工程で背負った。

 (重い……重すぎるよ)

 修二の全体重が美来の華奢きゃしゃな体を押しつぶそうとする。また一歩、また一歩と踏み込んだ。

 ポツポツと雨粒が乾いた大地に潤いを与え始める。

 それと同時にもう一つの難関が彼女の前に待ち受けていた。それは、サーチライトのガラスの破片が散乱した荊棘いばら道だった。

 「ハァ……ハァ……」

 覚悟を決めて美来は一歩踏み出した。ザクリと足の裏にガラスの破片が刺さる。

 「フウッ!」

 痛覚が全身を流れる神経を研ぎ澄ます。

 痛い。

 声が漏れる。

 しかし、ここで修二を落とすわけにはいかない。

 落とせば、修二が大怪我を負うだろう。

 気力と根性だけで彼女は、また歩き出す。ザクザクとガラスが次々と足の裏に刺さる。その度に美来の足の裏からは痛々しく血が流れていた。

 悲痛な声を上げて立ち止まっては激痛に耐え、美来はさきを目指す。

 気が遠くなりそうだった。

 足が痛すぎて今にも気絶してしまいそうだった。

 でも彼女はたった一人の少年のために命を投げ打ってでも、この道を進もうと決めた。

 「……シュウ君、絶対、アフッ……! 生き、延びようね……」

 とぎれとぎれに言葉を発し、ついに彼女は荊棘道を抜けた。もう足の裏はボロボロで倒れてしまいたかった。更に、表面の荒い土が、彼女をさらに苦しめた。

 雨が悠々と降り注ぐ。いつしか本降りになっていた。まるで、これから先のことを暗示するかのように雨は土砂降りになった。

 その中を美来は無言で歩き出す。


 苦しい思い出を背後に残して、徐々に思い出は遠のいていった。

 美来はこのままどこへ行けばいいのかを考えた。

 (これからどうしよう……)

 途方も無く彷徨さまよい続け、放浪していても捕まるのが目に浮かぶだけだ。

 「アッ!」

 美来は石につまずいて転んだ。また、修二に押しつぶされる。

 今度のはとてつもなく苦しかった。

 雨が足についた泥と鮮血を洗い流す。空の涙が彼女を迷いのドン底へ突き落とす。

 血混じりの雨水が周囲一体に広がってゆく。


 諦めてしまえばどれだけ楽なのかを考えた。

 このまま眠ってしまえばどれだけ楽なのかを考えた。


 (……まだ、終わってない)


 彼女は屈さなかった。修二をどかし、手を付いて立ち上がる。

 ザラザラした地面にガラスが刺さった足が悲鳴を上げる。

 「グアッ……あッ……」

 彼女の体が震えた。

 「もう限界だ」と「もう止めてくれ」と彼女の気持ちを裏切る。付いていくことのできない体は停止した。彼女の眉間にしわが寄る。一歩踏み出すのも難しい。

 (お願い! 動いて!)


 ペタリ、震える素足が濡れた大地を踏んだ。

 激痛が走り、膝がガクガクと震える。

 ペタリ、さっきよりも思い切り大地を踏んだ。

 さらに強い痛みが走り、無言で転ぶ。


 雨に打たれる。

 冷たい雨に……。


 (私はシュウ君と一緒に行きたいのに……私しかシュウ君を救えないのに……)


 美来がここまで修二を助ける理由は彼女の陰惨な過去にあった。

 足がダメなら手で行くと、美来は泥を掴む。

 いずりながら再び修二の元へ戻った。そして、立ち上がり、震えながら前述と同じ工程で背中にのせる。

 足に力を入れると無数の釘でも踏みつけているような感覚が両足に響く。

 もう一度、彼女は転んだ。

 静止する。

 思い通りに体は動いてくれない。

 悔しい。


 たったひとつの苦悩を乗り越えて楽になれるのなら。

 たったひとつの苦悩を乗り越えて人を救えるのなら。

 たったひとつの苦悩を乗り越えて変われるなら……。

 私は……進む。


 やっと、体が答えてくれた。

 美来は同じ工程で修二を再び背負い上げた。

 諦めない。絶対に……。

 「アファ! う~!!」

 すごい激痛。歩く。ペタッ

 「ン……!」

 激痛が美来の進行を妨げる。徐々に痛みが増幅しているように感じられた。しかし、一歩踏み出すごとに激痛は和らいでいくようにも思えた。

 「シュウ君……ッ……もう少し……だからね」

 水溜まり入ると、その水貯まりは薄赤色に変色した。

 足の激痛に連動し、手も、肩も、顔も震えた。

 「シュウ君……あり、がと……」

 美来は雨の中を進んでいった。

 苦痛に満ちた顔つきで痛さを我慢して進んでいった。


 遠くまで続いている道を……。

 そして、二人は労働場じごくから消えていった。

ここで第一部は終了です。

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