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GOVERNMENT EMPIRE  作者: Lirenoa
第三章 信頼の章
38/115

PAST 38:光と闇がそこにあるpart1

 静寂に包まれた住宅街。

 四角い住宅が立ち並ぶこの区域では、「ほぼ毎日、戦争に怯える日々が続く」と言われているほど紛争が勃発ぼっぱつする地域。危険極まりないこの区域のある所では植物も荒れ果て、荒野が広がっている。潤いのない乾いた日々が続き、一度風が吹くと、砂嵐が発生し、砂漠よく似たものになる。

 紛争を繰り広げる張本人は『スティーラ率いる帝国軍』と『由紀率いる市民兵士』。帝国軍の目的は反抗する市民兵士を抑え(皆殺し)、この町に眠る資源を獲得する事。彼らの対立は日を追うごとに強くなっていく。


 その危ない町が『月滅つきほろぼしの町』。


 しかし、最近は膠着こうちゃく状態に有り、噴火寸前の火山のような静けさを保っている。



 まだ、日が昇って数時間のこと市民兵士に動きが見られた。

 街の西側に位置するその区域は、スーパーで並べられている商品棚のように規則正しく家々が並んでいる。街道はお洒落なレンガ造りの涼しい道。

 そこに彼らの拠点が存在した。

 「由紀殿!」

 慌ただしくコンクリートでできた階段を駆け下りてくるのは見張り役担当の浩平。隊長室はこの建物の二階に存在する。キッチンと洗濯機まで完備したその部屋は、まるで、ワンルームマンションのような部屋だった。

 一室の中心にあるソファの上で、ひなたぼっこしていた由紀は、起床、間もなく騒然とする浩平に苛立たしさを感じながらも、

 「どうしたんだ? 朝っぱらから?」

 と答える。時計の針は九時を指している。

 「きのうから見張りを続けた結果っすが、外出後一日中、(家を)がら空きにしていたみたいっす」

 「なんだと? まさか、こんなに早く突入する機会を得られようとは……よくやった浩平。めてやる」

 言うと、浩平は「いやあ……」と照れくさそうに頭に手を当てていた。

 「よし、真由! 潜入の準備だ!」

 猛々たけだけしく凛々りりしい由紀の声が閑静かんせいに包まれた室内に響きわたった。慌ただしい雲行きを醸し出す二人とは裏腹に、真由はのんびりとノートパソコンを手にしたまま、部屋の一角から現れる。

 「由紀さん。準備完了です」

 真由は眠たそうにそう言った。彼女は昨夜から眠っていないのだ。

 「さて、出撃と行こう。見張りはきちんと代理に任せてあるな? 浩平?」

 「大丈夫っす! 万事オーケーっす!」

 「よし、市民ゲリラ、出動だ!」

 窓から差し込む光がうっすらと彼女たち三人を照らしていた。


 三人はとある物件にやってきた。それは、修二達が使用している隠れ家。建物の前に立ち、由紀が恐る恐る、ドアノブを握る。捻るまでが勝負だと由紀は気を抜けない。 

 このドアの向こうには人質を盾にした強盗犯でもいるような緊張感。しかし、ドアノブには特に細工もなく、施錠までされていない。

 乾いた音を立てて扉は開いた。

 中はもぬけの殻で綺麗きれいに整頓された本棚や食器棚、優雅に並べられた机、椅子などの家具。暖衣飽食だんいほうしょくで不自由のない生活を送っていると思われる普遍的な空間。特に変わった事情はありそうもなかった。

 ただ、寂しそうにロイヤルストレートフラッシュの手札が残されていた。64万9740分の1の確率で出る奇跡の手札が。

 「ひとまず安心だ。それにしても何だこりゃ? 神経を注いだ私が馬鹿だったか?」

 由紀は肩の力を抜き、人の家だと知っていて椅子に座り込んだ。

 パイン材で出来た椅子と机は何故か自分がいつも横になっている黒いソファよりも心地よいような気がした。彼女はこの部屋を満喫していた。眠たそうに由紀の瞬きの回数は増える。

 「由紀殿? どうします?」

 浩平が由紀の指示を待つ。覗き込む浩平の顔を見て、由紀はようやく眠気を振り払った。

 「悪い、寝てしまうところだった。適当に散策してくれ。一階から二階まで、部屋という部屋を隅々まで調べろ。ほこりの一つも見落とさないくらいにな。それと異常があったら大声で知らせろ」

 と由紀は気合を入れ直してそう号令する。「了解」と浩平が、「はい」と真由が答えて二人はそれぞれ散った。億劫おっくうそうに立ち上がった由紀は、

 「この椅子は毒だな」

 と言って、一階の捜索を開始する。

 由紀たちは時間を掛けないために素早く、そして雑に物色を始める。由紀は一つ一つ目で確認して「違う」「ここにもない」と独り言を呟きながら詮索する。強引にこじ開けられた家具が痛そうな悲鳴を上げた。


 かなりの時間が経過した。

 結局、これといってこの家の家主が帝国側の人間だという痕跡は見当たらなかった。

 「見当違いか……やはり、奴らは帝国側ではないということか?」

 由紀が疲れきったように言う。由紀は何もかもが面倒くさくなって、護身用の大切な銃まで床にぶん投げている。ここで忘れてはならないのは、ここが人の家だということだ。由紀の家ではない。

 「そうなんじゃないんすか?」

 浩平は念をおすように言った。浩平も徹夜の見張りで疲れきっているのかつぶら目になっている。真由に至ってはノートパソコンを枕に寝てしまっている。

 「もぬけの殻かぁ! 無駄足かぁ! 杞憂きゆうかぁ!」

 由紀は背伸びをしながらそう答えた。眠たそうに由紀はあくびをする。周囲の人間に見せないように口を手で覆っていた。

 「人の家でもいいから寝てしまおう」とテーブルの上に伏した時だった。由紀の目が何かを捉えた。それは不自然な形をした柱だ。由紀はいぶかしげにその柱を睨むと、柱に向かい、いじくる。すると、ある場所が凹んだ。

 何かが開く音が鳴り、二階へ続く階段の右隣に地下へと続く階段が現れた。由紀は目が点になり、

 「こういう仕掛けか? ハイテクだな」

 と呟いた。寝ていた真由も大きな物音で目が覚めて、浩平も再起動した。

 「さて、ご拝見と行こうか。真由、浩平」

 もはや脳が正常に機能しているのは由紀しか居ない。浩平と真由は眠たそうに目を擦りながら由紀の後ろについていく。


 地下室は真っ暗だった。

 「……地下室だけに真っ暗だなぁ。スイッチ、スイッチ……スイッチはどこかな?」

 暗中模索あんちゅうもさくしていた由紀の指が奇跡的にスイッチを押した。心地よい感触とともに、スイッチが入った音が聞こえる。

 弱い明かりが一、二度明滅めいめつし、室内はぱあっと明るくなった。地下室は、黒いシートに被された『何か』が置いてあり、そのシートの奥には、シャッターがある。彼女の一直線上には、(デスクトップ)パソコンが一台だけ無造作に置かれている。まるで孤児が冷たい路地裏でしゃがみこんでいるかのような切なさを感じさせる。

 「すごいな。ここは、何かの倉庫か?」

 一人だけテンションが上がってゆく由紀。たいていテンションが高くなるということは不遜な態度に出る割合が増える。そう思わせるように『つつしみ浅く』黒いシートを力強く引く。

 不意な引力を受けて、宙を舞うシート。

 「うっ……」

 シートは真由の顔に覆い被さった。いきなり視界が真っ暗になった真由は動転することなく、シートをおもむろに片手でかき分け、床に捨てる。それでも肌身離さずノートパソコンを持っている。

 「ウホオォ! 見ろ、バイクだ! 立派だなぁ」

 由紀は声が裏返りながらも軽率にものを言う。バイクにまたがろうとする由紀を、抑止させるがごとく、倦怠感けんたいかんに満ち溢れた声で真由が、

 「バイクに乗ることが目的だったのでしょうか?」

 と言った。「ゲッ」と由紀は動作を止めて、

 「おっと、危ない、危ない、無防備にもバイクに跨ってしまうところだった」

 と由紀は改まって、シートを大雑把にかぶし、パソコンの方へ向かう。

 「由紀さん、バイクの肌が少し見えてますよ?」

 「何々? 小さいことは気にするなって、とっとと見つけるもの見つけて帰っぞ」

 無神経な由紀は適当なことを言い、パソコンの椅子に座れと真由を手招きする。真由は少し面倒くさそうな顔をしたが、由紀の命令に従い、椅子に座ってパソコンを立ち上げる。

 「浩平、このパソコン以外に怪しいものはないか、この辺一帯を見ておいてくれ?」

 「へいへい。すぐそやって由紀殿は面倒くさいことは人に任せるんすからぁ」

 「頼むよ浩平。お前ほど見つけるのが上手い奴は居ないんだからさぁ。帰ったら美味しいものをご馳走してやるから」

 「分かりやした! 喜んで捜索しやす!」

 お世辞だと分かっていながら、浩平は由紀の言われたとおり地下室内を物色する。浩平は銃についてるライトで床から天井まで隈なく見渡し始めた。

 「由紀さん、見てください。机の上にこんな物がありますよ」

 真由が手にとって、空になった透明のCDケースを由紀に見せた。由紀は眉をしかめて、

 「空のCDケース? これは何かありそうだな、真由」

 と、由紀が期待を膨らませたところで、パソコンが立ち上がった。七つくらいあるアイコンの中から真由は一番上にあるアイコン(ファイルフォルダー)をクリックする。そして、CDのファイルを表示する。表示にかかる時間を利用して真由はメガネケースを取り出し、メガネを掛けた。電磁波防止メガネと呼ばれる代物。度は入っていない。

 「ほうほう、たくさんのデータが混入しているなぁ」

 表示されたデータを見て由紀がまゆしかめる。そのデータの多さに由紀はパソコンから目を背けたくなった。由紀は長々とした文章を読むのが大嫌いだ。

 「情報から見て研究データと思われます。これを見てください」

 真由は数多くあるデータの中から抜粋ばっすいして、ひとつのファイルを開く。そのファイルは何かのページになっていて、沢山のリンクが貼られている。

 その中で真由は青い文字で『死体実験』と書かれたものをクリックする。開かれたページには『死体のリサイクル(開発中)』という題名がデカデカと踊り、写真と文字の羅列られつが張り巡らされていた。文章の内容は非人道的でとても人間とは思えない行為を自信たっぷりに書きつづっていた。

 「ひどい内容だ。とても人間がやるような行為には思えない。やっぱりここにいた奴らは帝国軍の連中か?」

 「そのようですね、こんなにも残酷なデータを所持、並びに地下室や逃走用のバイクがあるため、そう見て間違いないでしょう」

 由紀は顔をしかめて、画面を見つめたまま、

 「許せないな。人の自由を奪うだけでなく、人の体までも奪うなんて……神様にでもなったつもりか? 帝国軍め……」

 由紀は怒りのあまり、持っていたCDケースにひびを入れてしまった。ちょうどその頃、浩平がやってきた。

 「由紀殿、異常なしっす」

 報告しに来た浩平も、真由と由紀が睨めつけている画面を見て絶句した。持っていた銃が床に落ちる。悲しい音に反応し真由と由紀が浩平に視線を向けた。

 「由紀殿、なんすかこれ?」

 浩平は恐る恐る口にする。

 「悪趣味な連中がこの町にやってきたらしい。死体に興味があるようだ」

 由紀は言って呼吸を整えると、

 「これを見てどう思う?」

 と浩平に言った。浩平は血相を変えて、

 「どうもこうも、許せないっすよ! こんな残酷で汚らしい行為なんて!」

 と答えた。

 「私も同感だ。悪因悪果あくいんあっか、こいつらに地獄を見せてやろう。浩平、直ちに軍隊を集めろ、ここに住み着いている連中を伏撃ふくげき(待ち伏せ)をもって排除する」

 由紀が怒りの指令を出す。

 「了解!」

 浩平は直ぐにこの部屋を後にした。その会話のやり取りの中、真由は一人でコツコツと作業を進め、

 「データコピー完了しました。作戦のためCDはこちらで預かる事にします」

 と真由はCDをパソコンから抜き出し、それをひびの入ったCDケースに仕舞しまった。ひびを見ても真由はウンともスンとも語弊ごへいを並べることはなかった。

 「うむ、よくやった。さて、私たちもここを出よう」

 由紀は真由からCDケースを受け取ってそう言った。

 「了解です」

 真由はノートパソコンを手にして、コンピューターの電源を落とす。

 「真由。急げ」

 外で待っている由紀が言った。作業を終えた真由がスイッチを消すと地下室は入った時よりも真っ暗になったような気がした。

 真由が立ち去ったあとプツンとパソコンの電源はゆっくりと落ちた。




 湿気臭い不衛生な空間に竹刀で何かを叩く音が聞こえる。

 「ウアッ!」

 その後に痛そうに悲鳴が聞こえた。そのことがずっと繰り返される。ネズミを追い払う儀式でも遂行しているようだった。


 美来が拷問を受けている。


 「ウンッ!」

 竹刀しないで叩かれた回数が五十を超えた。

 「おい! ゴラァ! 白状しやがれ! 研究データ・サンプルを何処へやった!?」

 「知ら……ない……」

 美来はそう答える。おりの外でずっと美来を見ている空奈の姿を見ながら。まるで、質問を無視するかのような態度をとる美来に、怒り心頭になった男たちは、美来を竹刀で叩いた。

 「ウヴッ!」

 口の中は血の味しかしない、息をするのがやっとだった。見下ろした視線の先に自分が今までに吐き捨てた血で赤く染まっている小汚い床が映っていた。視界がボヤけてくる。病気になりそうだ。

 「ッハッハッハッハァ。ブラボー、ブラボーォ。まぁ、その辺でよしておきなよぉう」

 女の声で誰かがそう言った。瞬間、美来のうつむいていた顔が上がる。眉間みけんしわを寄せて美来は女の声をした誰かを睨みつけていた。

 安寧秩序あんねいちつじょもない混沌の世界でその女は黒いフリルのミニスカート・ドレスを身にまとい、室内だというのに黒いレースの傘をさして、腕には指ぬきでレース状の黒いロンググローブはめ、首と頭に黒いレースのリボンと、小悪魔風のお姫様ムードを醸し出す女が立っていた。

 ボロボロの肌着を身にまとった美来は、伊達の薄着のようだった。

 「アラァ? そんな目で睨みつけてぇ? そんなに怖い顔されたら困っちゃうなぁ」

 語尾を伸ばし、独特の変わった口調で話す彼女の言動は、美来にとっては挑発のように思えた。瞬間、ボロボロだった美来が、お姫様に向かって歯を剥き出し、突進しようとする。

 しかし、美来の行動は鎖によって抑えられる。激しく揺れる鎖の音が、不衛生な空間に消されてゆく。

 「怖ぁい。まるで猛獣のようねぇ」

 女に美来は恨めしい視線を送る。美来の姿を見て空奈はどこか悲しそうな表情をしていた。

 すると、女は「クスクス」と美来をあざ笑うかのように鼻で笑い、空奈の後ろで立ち止まった。

 「そこにいる彼女ぉ。空奈にそっくりだねぇ? そうかぁ、これが殺斬が言っていた『おとり』かぁ。よくできてるものだなぁ?」

 女はさらに続けて、

 「これじゃあ本物だぁ。でも一日中、美来を監視する必要はないよぉ」

 言うと、底意地の悪い顔を美来に向けて、

 「仕事を頑張る彼女と、死に損ないの女には特別教えてあげる。とぉってもすごい兵器ができたんだぁ。帝国の傑作品ねぇ。キャハハハハハハハ」

 と、女は鼻を高くして、爆笑しながらその場を後にする。しかし、空奈は決して女の方に向き直ることはなかった。美来は女が去ったあと、ずっと、空奈を睨みつけていた。

 「モウ、二度ト来ルナト言ッタ筈ダ……」

 美来の目は穏やかな美来とは一転し、狂気の目をしていた。猛獣になっていた。空奈は獰猛どうもうになった美来から目をそらすことはなかった。




 空奈の懐からノイズが鳴った。

 空奈はノイズが鳴った懐から無線機を取り出し無線機についているイヤホンを片耳にはめた。美来や他の誰にも聞かれないように。

 「はい」「了解です」と空奈は淡々と返事して、イヤホンを外した。

 すると、空奈は手渡されていた美来の独房どくぼうかぎを取り出した。空奈が何をする気でいるのか美来には分からなかった。怪訝けげんそうにりんと見つめる美来に、空奈は初めて微笑んだ。美来はさらに怪訝を強く抱く。

 空奈は独房を開けて、美来に近づいた。錆び付いた彼女達の関係を生き写しにするように、独房の扉は旋律せんりつを奏でながら、独りでに閉じようとしている。

 「……空奈?」

 美来は恐ろしい目を空奈に向けた。抵抗しようと噛み付こうとするが、拷問を受けすぎたせいで、思うように動かせない。

 何もしないまま普通の美来に帰った。

 空奈は黙ったまま、美来の目の前に腰を下ろす。すると、空奈は仰山ぎょうさんある鍵の中から手探りで何かを探している。

 「一体、何をしているの?」

 不意な彼女の行動変化に美来は同様を隠せない。


 そこへ、一人の兵士がやってくる。

 「ウオォイ! お前! そこで何してる!! 勝手に囚人に近づくのは禁止のは――――――」


 何故かその時、

 響くはずのない銃声が……。

 監獄中に響きわたった。


 兵士は眉間を打ち抜かれ、大きい口を開けたまま撃沈した。美来は呆気に取られて空奈の顔を見つめていた。

 「そう、禁止のはずよね」

 空奈は言って作業を進める。少し急ぎ足になった。

 仕草を見た限り、美来を殺せとは命令されていないはず。


 だとしたら……。


 「空奈さん? 一体、何を――――――――――?」

 「見て分からないの? あなたを助けるの」

 美来の質問を先読みして、空奈は答えた。

 事態が急展開するとはこのことだ。行動が矛盾している。空奈はどちらの味方なのだろうか。恋愛で言うならあなたの事は嫌いだけど実は好きという状態だ。

 「どうして?」

 「ようやく頃合が回ってきたからよ。『反逆には絶好のね』」

 言って空奈は「あった」と声を上げて、鍵を美来の足枷に挿入し、紐解ひもといた。両足枷の施錠を解除すると、鍵を次の鍵に変え、両手枷の施錠を解除した。


 檻から解き放たれた小鳥のような感覚だった。


 自由になった両手両足に不思議な感覚が走る。美来は左手首を右手で撫でた。冷たい鎖とは違い自分の体温を感じたことから解放されたと実感する。

 「美来? 立てる?」

 ペタリと座り込む美来に空奈が質問する。

 しかし、美来は立ち上がろうとしない。パフォーマンスなのかもしれないと警戒しているからだ。美来は疑うことから始める。警戒心に気付いたのか空奈は腰から抜いたハンドガンを抜き、


 「『最後に』もう一度、あたしを信じて」


 と言いながら手渡した。美来は怪訝けげんそうに睨みながら、コクリと頷き、ハンドガンを手に取り残弾を確認した。きちんとそこには実弾が込められている。

 「これで私を信じてくれた? 作戦を開始してもいいかしら?」

 美来は空奈の顔を再び眺める。それは、裏切る前に見た明るい空奈だった。

 しかし、美来の不信感はまだ埋まらない。美来はあの出来事を忘れたわけではない。


 目の前にいる彼女は裏切ったのだ。


 きっとまた同じことをして美来をだまし、隙を見て殺すかもしれない。

 疑心が積もる。

 「どういうこと……ですか?」

 美来が言った。瞬間、警備員が様子を見に来た。美来の目が丸くなる。

 「異常時た――――――!」

 無線を手にとった兵士はそのまま屍山しざんに埋没した。空奈は躊躇なくトリガーを引き、二重の裏切りを実行中。

 一度目は味方に。二度目は敵に。

 「解放作戦開始よ。さあ、早く立って時間がないわ」

 空奈は美来を立たせて、リボルバー式のハンドガンを腰だめに構えて周囲を確認する。警備兵がいないことを確認し、美来に手で合図する。美来は怪我の為、ゆっくりとしか行動できない。見るに見かねた空奈は美来の手を取り、独房から外に出た。

 「絶対に離れないでね」

 空奈は念を押して、独房の出口へと向かう。その際、倒れている一人の兵士からショットガンを奪った。支えなしで動くのは厳しい美来の手を握り、空奈は歩く。

 美来はここで賭けに出る。

 「大丈夫です。空奈さん。私……動けます。この状態だと射撃しづらいでしょう?」

 本当か嘘かを見抜くにはこの程度の質問でよかった。ここで、手を離せば空奈は隙を突かれて、美来に撃たれる可能性がある。しかし、空奈は打算的で利口だ。これくらいの推算は簡単なはず。

 「無理はしないでよ」

 空奈は躊躇ちゅうちょせず美来を開放する。空奈は縛り付けていた虎を、自分の周囲に離したのと同じような行為をした。

 美来はこの時、やっと、空奈を信じる気になった。空奈の行動は本物だと悟ったからだ。

 美来を殺そうとしていたなら、その手を離したりはしない、離すとしても少し考えてから手を離すはずだ。誰も、離してから考えやしない。

 空奈の無線が鳴る。

 “緊急事態発生。独房にて脱獄! 相手は二人共武器を所持しているもよう。至急臨戦態勢を整えよ!”

 指令がくだされる。空奈は苦しい表情を浮かべた。

 「バレちゃったみたいね。予想以上に早かったわね」

 言ってるそばから銃を持った敵兵が二人、ゾロゾロと奥の回廊から姿を現す。反射的に空奈はショットガンを発砲する。

 「デュフゥ!」

 空虚な銃声とともに、敵兵が吹き飛んだ。

 空奈に合わせて美来もハンドガンを発砲する。一発は外れたが、もう一発は兵士に着弾した。うめき声を上げて兵士は倒れる。結果往来だ。二人は出口へと続く道を突き進んでゆく。

 「美来ちゃん、これ着なよ」

 空奈は、自分の上着を美来に手渡した。ボロボロの衣服を身に纏う美来への気配りだった。美来は申し訳なさそうに上着を手にとった。空奈の反逆精神は宿ったままだった。隆と同じように。


 (空奈さんは一体、無線で『何を聞いていた』のかな?)


 美来が身支度を整えながら考えるうちに、独房の入口にたどり着いた。入口には南京錠なんきんじょうがかけられていた。

 「美来ちゃん。覚悟は出来てるよね?」

 空奈が訊く。美来は「うん」と言ってうなずいた。空奈は穏やかに含み笑いを浮かべ、

 「まずここは地下牢だ。地上に行くためには上に行って、長い回廊を進まなきゃならない。しかし、それでは一階に待ち伏せている兵士に、まんまと殺されに行くようなものよ」

 空奈は南京錠をショットガンで破壊した。扉を蹴り破り、話を続ける。

 「この階段はすべての階に続いているわ。階段を使ってまずは二階へ移動する。一階で待ち伏せしている兵士は私が食い止めるわ。その隙に二階へ行くのよ? わかったわね?」

 「はい」

 そして、二人は一旦足を止めて、暗い階段を眺めた。その階段はまるで地獄へと通じているかのようだった。


 試される“信頼”がそこにある。


 二人は呼吸を整える。

 これから向かう場所は地獄よりも厳しい修練場。そこにどんな困難が待ち受けているのかは不明だ。


 しかし、

 やるからには“生還”する。

 “死者”はいらない。


 二人は心に刻んでいた。

 「行きましょう。最高の戦場ぶたいへ……」

 空奈がそう言った。

 二人は、奥へと続く深淵やみの階段を登り始めた。

最近は初期よりも読者様が増えて大変、嬉しく思っています。

今後ともよろしくお願いいたします。


ようやく、空奈と美来が動きましたね。いつも、美来は拷問だらけですが……(苦笑)。


楽しんでいただけたら幸いです。

更新の時間帯が深夜2時台に安定してしまたのが何とも言えませんが(汗)

次回の投稿は明日(3/11)の12:00位になると思います。


今後とも応援をよろしくお願いします。

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