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GOVERNMENT EMPIRE  作者: Lirenoa
第一章 変化の章
3/115

PAST 3:脱出作戦part1

 あれから約五日間、労働を続け、一日一人ずつ警部兵に呼び出されストレス解消の的となってゆく労働者の様子を痛いほど修二は目に焼き付けた。

 すっかり打ち解けて仲間意識が強まった修二と美来。

 労働者はその様子を嬉しくもなく、嫉妬することもなく、まるで人形のように無感情に無視を続けるだけだった。その御陰で、美来と修二の関係は警備兵にバレることなく順調に進んだ。

 そして、脱出作戦を企てることができた。


 そして、今宵、運命の時間がやって来た。

 現在、月が西寄りに傾いているので大体の時間帯は丑の刻(午前二時)ぐらいになったであろう。

 固く閉ざされた、扉の前に立つ二人。

 美来はあらかじめ床下に隠していたナイフを持って、今か今かと機会を待ちわびている。異様な緊張感と、沈黙が続く。

 生死を別れさせる一大イベントが幕を開けようとしていた。

 実行したらもう後には引けない。

 「上手くいくかな?」

 と美来が不安そうに修二に尋ねた。モジモジして美来は落ち着かない様子だった。

 「上手くいくさ」

 と修二は当然のように言い返す。勝算は十分にあった。

 五日間で思いついた作戦の手順はこうだ。先ず扉を抜けたら左に折れて、最初のT字路に差しかかる。

 そこにある武器庫で保管されてある武器を調達。

 武器を調達したら後は正門の警備兵を一掃して脱出。


 最後にどんなことがあっても決して後ろを振り向いてはいけない。


 「じゃ、行くよ。準備はいいかな?」

 と美来が緊張した様子で修二の問いかけた。修二は唾をごくりとのみ、首を縦に振った。

 修二の応答を確認した美来は扉の前に立つ。

 緊張が続く。

 そして予定通り勢いよくナイフを振りかざすと、扉に罰点を描くようにナイフを振った。

 扉には亀裂きれつが入る。

 次に美来はその罰点の亀裂の中心を蹴り飛ばした。

 狂ったような音を立てて木でできた扉は三角形状にトリミングされて床に散らばる。

 轟音が鳴り響いたがこの時間帯は内部の警備が全くと言っていいほどないために警報がならなかった。

 (まずは山場をひとつ超えたな)

 と修二はホッと胸をなでおろす。

 「行こう」

 修二はそう言って、二人でまず右に折れようとした時だった。

 妙に後ろに気配を感じた。

 もの凄い殺気。

 まるで大量の目で睨みつけられているようなおぞましい感覚。

 ゾクゾクと背筋を震わせながら先ず『錯覚ではないか?』と思い美来の方を見る。しかし、美来もどこか動作が重い。

 錯覚ではないようだ。

 (何かへんだ)

 後ろを振り向いた瞬間。

 無数の目がこちらを睨みつけている様子が見えた。

 戦慄の光景に修二の背筋が凍りつく。


 「脱走者だアアァァ!!」


 大きな声が響いた。

 瞬間、修二の凍りついた背筋が熱を帯びた。

 すぐに体を百八十度回転させ、光景を見たまま愕然がくぜんとして微動だにしない美来の手を引いて計画通りに右に折れる。美来は修二に突然手を引かれてまた驚いているようだった。

 しかし、労働者は追って来ない。

 不審に思い、修二は一旦足を止めた。

 人間離れした奇声を聞いたあの恐怖が渦巻く。

 「今の……? なんだったんだ?」

 冷や汗をびっしょりかいて、修二は息を乱す。

 「わからないよ」

 と美来はおののいている。

 沈黙が覆う不気味な夜間の労働施設。ただ唯一幸いだったことは警報サイレンが鳴らなかったことだ。

 あれだけ大きな奇声を聞いてなお作動しない警報装置。とんだポンコツ装置で助かったと思い込んでいると、耳をつんざくくような大きな足音が眼前から聞こえた。

 その時、月明かりに照らされ戦慄の景色が蘇った。

 前方から気が狂ったように手を伸ばし、訳の分からないうめき声を上げながら労働者が追ってくる。

 騒然、唖然、茫然、漠然。

 目の前で起きている事象が全く持って理解できず立ち尽くす。


 「走って!!」


 美来の叫びが耳に届いた瞬間、修二はビクリと反応して先を行く美来を追い、走り出した。

 その際、時折、背後の様子を確認する。

 まるでホラー映画だ。

 恐怖で顔を引きらせながら修二は先方を行く、美来を眺める。

 「どうなってる!? あいつら? なんで僕らのことを追ってくるんだ!?」

 「私たちを捕まえて警備兵に昇格するつもりなのよ! 追いつかれないように走って!!」

 再度、背後を確認する。


 手、手、手、手、手……。


 修二は生きている間で最も恐ろしいものを見たような気がした。

 「冗談じゃねえ。捕まって溜まるか!」

 修二はスピードを上げる。

 それに乗じて、美来も速度を上げ、労働者を一気に突き放す。

 天窓から差し込む明かりが、天の導きのように修二達を奥へといざなっているようだった。


 目標のT字路に差し掛かると美来はそこで立ち止まり、とても頑丈そうにできている壁に付いている電卓を押す。 

 ピピピ……と音が鳴り、ブブーとクイズの不正解を連想させるような音が聞こえた。

 修二はその間、労働者が近づいてくる様子を刻々と目にしていた。スリル満点だ。

 「え? なんで!?」

 と美来は焦った様子で再び入力する。また電子機器を打つ音の後に嫌な音が聞こえた。

 「なんで!? どうしてあかないの!?」

 美来は更に焦り、しまいには我武者羅がむしゃらに押し始めた。これでは脱出前に捕まり極刑だ。

 「貸せ!」

 修二が代わり、電卓の前に手をつく。

 「番号は?」

 「1987492」

 と美来は震えながら言った。言われたとおりに電卓を押しながら、

 「1、9、8、7、4、9、2」

 と言いながら入力する。しかし、嫌な音が響いた。

 「畜生!!」

 修二は電卓を全身全霊を込めて叩いた。

 「どうしよう……?」

 美来は計算が狂ってしまったことに、冷静ではなくなっている。


 迫る労働者。

 遠のく希望。


 無防備な素手のままでは諦めて捕まるほかない。

 しかし、このまま諦めるためにここまでやってきたのだろうか。

 その時、修二はある場所に目が行った。天窓。

 「天窓だ。あそこから抜けよう!」

 壁の側面に据え付けてある避難用のはしごを取り、天窓の枠に掛ける。

 滑りやすそうな廊下なのでおさえ係が必要な気がした。

 「先にいけ!」

 緊迫した状況でもレディーファーストを心がける修二は紳士だった。

 (早く行ってくれ……)

 とは思ったが、焦らせたが故に落ちてしまっては元も子もないので。

 黙って梯を支える。


 労働者の手が迫る。


 もう、追いつくまで二分もないだろう。

 近づくに連れ、労働者の手は不気味に揺れる。

 『地獄へおいで』と怨霊が地獄へ引き込もうとするいざないの手だ。

 「まだか?」

 頭の中で『まずい』と何回も唱える。

 もう心がパニックに陥った。梯を支える手に力が入る。

 「もう少し待って!」

 修二の額から冷や汗が漏れ出す。

 (何やってんだ美来。早くしてくれ)

 すると、窓ガラスが割れたような大きな音がして、修二の足元にガラスの破片が飛散してきた。

 修二は慌てて梯に抱きつく。

 「あぶねえだろ! 殺す気か!?」

 苛立った修二は思わず怒鳴った。

 「ゴメン」


 修二は幸いなことに飛散したガラスで足を切らずに済んだ。

 外の乾いた涼しい風が室内にいる修二にも伝わってくる。

 「シュウ君! 早く!!」

 美来が手を伸ばす。月から手が伸びているようだった。

 修二は梯に手をかけて慌てて登り始める。

 しかし、計算上、労働者の魔の手からは、逃げられない……。


 時間が遅すぎた。


 「シュウ君!!」

 なるべく急ごうとするが、悪条件が度重なり上手く足を動かせない。

 「ウアッ!」

 踏み外し落ちそうになった。

 心臓が張り裂けそうなくらい鼓動を打つ。

 「シュウ君! 早く!!」

 美来がもっと手を伸ばす。

 しかし、更に伸ばした手さえも届かない。

 絶望的な状態だった。

 もう捕まる以外の道は残されていない。と思ったその時。

 何かが勢いよく閉められた轟音が響く。

 労働者と修二の間に鉄格子が降りたのだ。


 この計画を裏で支える人物がいる……のだろうか?

 それとも、美来のサイコキネシス?


 「畜生!!」

 「クソやろう!!」

 多種多様の暴言を吐き、悔しさをあらわにする労働者。

 修二は鉄格子をみてもう一度、妙な不審感を得る。

 (いったい誰が、鉄格子を?)

 疑惑は晴れない。

 「シュウ君! 早く!」

 上では相変わらず美来が叫んでいた。

 修二は待たせるのも悪いと思い、ゆっくり落ち着いてはしごを登った。




 「よい……、しょ」

 と、美来の手を借りて、漸く天窓から屋上に出た修二。

 そこは心地よい荒涼の風が吹きわたっていた。

 「ハァ、良かった……」

 と、美来はペタリと平面の屋根の上に腰を下ろした。……屋根というよりは、手すりのない危険な橋のようだった。しかも、下の景色を一望できる窓付きとは考えたものだ。


 美来の長い髪が風にあおられ美しくなびいている。腰まである髪はバサつくと邪魔くさそうだ。

 深呼吸して恐怖心と焦燥を和らげる。


 「良かった……生きてて……」

 美来は修二に泣きついた。甘く温かい吐息が修二の胸にかかる。修二は美来の肩をポンポンと叩いてやった。


 だが、まだ脱出は成功したわけではない。

 一難突破しただけだ。


 修二はいくつか美来には聞きたいことがあった。

 「奴らは何者なんだ? ただの労働者ではないような気がしたが……」

 美来は修二と顔を合わせる。

 「私とシュウ君のように純粋な人間とは違って……もう生きることに屈した人たちだよ」

 涙声で美来は言う。

 孤独と絶望に耐えかねた辛さが表に出ていたような気がする。修二と同じだった。

 これ以上美来に問い詰めるととてつもなく罪悪感を覚えそうだ。

 美来から視線を逸らす。

 「本当にシュウ君が無事で……良かった」

 美来は修二の胸にまた顔を当てた。

 過去に何かあったように、美来は異常なまでの反応を見せた。


 過去ではここで大きな失敗をした。

 と悟らせるかのような……。


 「美来。先に進もう」

 美来を離した次の瞬間、修二の目に大きな影が飛び込んできた。

 大柄な体型。横にも大きい。例えるならダルマさんだろう。

 巨躯の陰影の手には『大きな物』を持っている。見るからに重そうな影。『誰だ貴様は』と尋ねる余裕もなく、漠然とあざ笑うような形をした三日月をバッグにする影を見つめる。

 「イ~ッヒッヒッヒッヒ」

 と影は不気味に笑う。


 悪魔の囁きのように。

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