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短編

58歳主婦・スキル「おいしいご飯」で無双する?

作者: 遠野まみみ
掲載日:2026/08/13

ギュギギギギ…ギギギ…  「きゃああああ…」

悲鳴と車の音が遠くで聞こえた。それから何も聞こえなくなって

どこかへ落ちていく感じがした。

有馬恵子58歳。買い物の帰りにトラックに撥ねられてしまった。


               *


目を開けるとそこは薄暗くて高い天井に豪華なシャンデリアが下がった

広間で、ヘンな生き物が4匹ほど恵子を覗き込んでいた。

キバがあったりプヨプヨだったり、やたら大きかったり魚みたいなのだったり。

「なんか、見たことないような動物が。そうかこれは夢ね」と、

恵子は思った。


ふと、両手に何か握っている。エコバッグだ。買った食材が入っているのだが

バッグの中にプヨプヨしたのが入りこんでいる。

「ダメよぅ。そのままじゃ食べられない。調理しなくちゃ。」と、優しく言うと

動物はおとなしく出てきた。

「いい子ね。あー、一週間分くらい買ったから、けっこうな量だわね」


「キ…キッチン貸して」ぼんやりする意識の中で、『作り置き』という使命が

恵子を動かした。

動物が「こっち」というふうに、長い廊下を進んで行って

案内されたキッチンはやたら広くて汚い。

「何これ?不潔!こんなトコでご飯食べたら病気になるわっ。掃除するわよ」

大掃除が始まった。


プヨプヨのスライムはじめ、ついてきた魔物が何事だろうと覗く。

「ちょっと、そこのプヨプヨ君。この床拭いてくれる? あら、上手ねえ」

恵子に褒められて、スライムはその気になって手伝った。

「ちょっとそこの大きい君」オーガが「俺?」という風に自分を指さした。

「そう、君よ。これちょっとどけてくれる?スペース広げたいの。

あと、このよくわからない箱を片付けて」

ミミックが食堂の端っこに追いやられた。


料理に使うスペースだけだが、掃除が終わった。

「これで美味しい物ができるわ」

『美味しい物!?』ザワザワと魔物たちが騒ぐ。


手伝いのご褒美にクッキーをあげるとスライムとオーガは飛び上がって喜んだ。

「美味しいー」

その声に他の魔物が覗く。


「え…?何ここ。動物園?…にしては珍しい生き物がいるのね。

しかも話せるとか、面白いじゃない」

恵子は楽しくなって、美味しいい物を作ろうとコンロらしきものの上に

鍋らしきものを置くが、火をどうやって点けるのかわからない。


「火を…。」と言ったら炎が灯った。火に目と口がある。

「あら、これはアニメで観たことがあるわ。そのまま点いていて

弱火にして欲しい時は言うからお願いね」


鍋らしきもので米を炊き、買ってきた食材で

オムライスやチーズケーキやクレープを作った。

甘い香りがキッチンに広がる。


匂いにつられて、最初の4匹の他にも動物が集まってくるが、

恵子は生き物好きなので、まあいいかと気にしなかった。

じっと見ているスライムに「食べる?」とクレープを差し出すと

美味しそうに食べたけれど

「あ、しまった味のあるモノを食べさせちゃった。

しかも餌付けしていいのだろうか?」と、心配になった。

飼い主さんが来たら謝らなくちゃ。


オムライスをじっと見ているマントにフードを被った何かが

つまみ食いをした。

「あら、食べて平気なの?食べてみる?」と、声をかけると頷いたので

分けてやったら美味しそうにあっという間に完食した。

ソレはチーズケーキも生クリームのクレープも食べて

満足そうにお茶を飲んだ。


「あ…あたしもそれ欲しい」クレープを指さして、なんだか半分魚みたいな

女の子が言ったので、バナナとクリーム入りのクレープにしてあげたら

マントフードが「俺も」と手を出した。

マントフードの声を聞いて、他の動物たちがズザザザッと後ろに下がって

跪いた。

「サ…魔王サタナス様!」


なんだかよくわからないけれど「魔王サタナス」という名前らしい。

「魔王ちゃんっていうの?あら男前。イケメンじゃないの。かわいいわねぇ」

恵子はフードを取った男の頭をなでなでする。

「うちの息子よりずっと若いわ。まだ少年じゃない。角とかあるけど、

牛とか鹿にもあるから別にいいか。甘いの好きなの?クッキーも食べる?」

缶の中からチョコチップを出すと、つまんで食べて満足そうな顔をした。


他の動物たちにも、ひとつずつ分けてやると、「きゃーきゃー」言って

食べていた。普通の動物と違って、食べても大丈夫らしい。


「あのう…。」西洋の偉い人が着るような、勲章がたくさん付いた服を着て

腰に剣を付けた男が話しかけてきた。

「わたくし、魔王様の側近の悪魔・ディロスと申すもの」

「あら、ご丁寧にディロスさん。わたし有馬恵子と申します。

お台所をお借りして、ペットさんたちにいろいろあげてしまいました。

事後報告ですみません」


「あー、いや。美味しかったようなので、それは全然問題ないです。

我が主・魔王様もお気に召しているようですし。

あと、ペットではなく、みんな魔王様の部下の魔物です。

それで、他にも何か作っていただければと思います」


「まあ、美味しいって言ってくれるのが一番うれしいわ。

じゃあ、メモをするから食材を買ってきてくださいな」

『魔物』というキーワードがアニメとかゲームで聞いた事があったが、

細かいコトはスルーしておいた。


「食材を買う…?」

「そう。お金出して買うのよ」

「……では人間から略奪して…」

「え?ダメ―。それはだめ。買うの。買えないなら作るしかないわね」


「お魚釣れる人いる?」

バナナクリームを食べていた半魚人が手を上げる。

「オッケー。白身の魚ってわかる?それを獲ってきて。

あと、牛さんはいないかな?牛乳絞ってきて。野菜はあるから

鶏肉が欲しいな。調達できる人―?」

何体かの魔物が手を上げたので、よろしく頼んだ。


「ぜったい盗んだりしてはダメよ!?やったらご飯作らないからね」

「はーい」


「その間にお掃除しますよ。お手伝いの人にはクッキーありまーす」と、

クッキー缶を見せた。

「手伝ってくれる人はー?」


魔王まで手を上げたので、側近のディロスが止めたが

ディロスも手伝いに参加していた。

クッキーが欲しかったらしい。


               *


食材が集まる頃、食堂はみんなで掃除して綺麗になった。


米を追加で炊いて、クリームシチューを作りはじめた。

白身の魚でムニエルも作る。

「カレーにしたかったけど、カレーの素もスパイスもないからねぇ

うちはご飯にシチューをかける派なのよ。けっこう美味しいんだから」

やがていい香りがしてきた。


「そうだ、冷蔵庫が欲しい。…電気はないのかしら?ないなら大きな氷を…。

そこの雪男さん、大きな氷を山から取ってきてほしいのだけどできる?」

雪男は「んっ」と言って出て行き、やがて大きな氷の塊を運んできた。


「これを箱に入れて、食材を入れると冷蔵庫代わりになるわ」

箱…ミミックが目に入ったが、ディロスに止められた。

「ミミックが凍死するのでダメですっ」


そのかわりに恵子が『上下に分かれている大きな箱』の絵を描くと

何人かの魔物が作ってくれた。

「冷蔵庫だ。ありがとう」使わなかった食材を入れて、これでしばらくは

腐らないだろう。一安心だ。


やがて出来上がったシチューをみんなで食べた。

「大勢で食べると美味しいわねぇ。ちょっと少なかったわね。

ごめんね。食材が足りなかったわ」


「…また作る?」魔王が聞いた。

「材料があれば作れるわ。ケーキもクレープも」

「うむっ。何とかしよう!皆の者、食材集めだ」

「おーっ」

「あと、よく斬れる包丁とまな板と水きりのザルともっと大きな鍋と

かき混ぜる料理用スコップが欲しいわ。

手伝ってくれる子も必要ね。お手伝いしてくれる人ー?」

何人かの魔物が手を上げて、魔王が頷いたので助手に指名した


               *


「ところで、魔物って?架空の動物じゃないの?これは夢よね?」

「夢ですか?それはわかりませんが、我々は人間と敵対している存在です。

我々も人間も、より多くの領土を欲しがっている。

今のところは何もありませんがこの先は不明です。

ただ、魔王様はじめ、我らはあなたとは争いたくないのは確かです」と、

側近のディロスが説明する。


「もしかして人間を襲ったり、殺したり?」

「種族によっては食べますが人間よりもあなたが作る飯の方がうまい!」と、

申しておりました。

「食べてたんだ…」恵子はちょっとだけゾッとした。


「…よし、わかった。わたしはご飯を作る事に集中しましょう。

で、農場を作りません?養鶏、酪農、養豚、養蜂、畑、田んぼに果樹園、

魔物くんたち、たくさんいるから何かできるんじゃないかな?

足りない物は人間と取引するのよ。物々交換ね」

「そうしたら、もっと美味しい物が?」

「1年くらい後だけど、今よりはできる!任せなさい!」

「魔王様と相談します」


即刻OKが出た。


               *


恵子は城の食堂の近くに部屋を与えられた。

生活しやすいように変えさせてくれて、机にふかふかのベッドに

クローゼットにはドレスと靴。アクササリーもあったが

恵子には不要なものだったので、代わりにエプロンと

動きやすい服にしてもらって、快適に暮らさせてもらった。


それにしても、夢だと思っていたのにいつまでたっても覚めなくて

さすがに恵子もおかしいと思いはじめた。


「これって夢じゃないのかしら?

それならわたしはここからどうやって帰ればいいの?」

食堂の隅に座って、恵子は悩み始めた。


「おばちゃん、帰っちゃうの?また来る?」

ちっこいスライムのスラちゃんが心配して聞いた。

「それがねぇ、どうやって帰るのはかわらないのよねぇ。

まぁ、旦那はもう亡くなっていないし。息子も娘も独立してるし、

このままでもいいかな」

「おばちゃん、ずっとここにいてー。ボクお手伝い、いっぱいするからいてー」

「そうねぇ。そうしようかな」

「わーいわーい」


「わーい」ぼそっと、いつの間に来たのか魔王が言った。

「お腹空いた」

「はいはい。ちょっと待っててね。カツを揚げてカツ丼作るわね」

「ま…待つ?」

「美味しい物は、待たないとできないのよ。いい?」

「わかった」と、魔王が頷いた。


               *


そしてここに魔王でさえ逆らわない、魔族の胃袋をつかんだ女。

有間恵子58歳。専業主婦歴33年のベテラン。

『魔王城・影のドン』が爆誕したのであった。


魔族のやる気と健康は胃袋から。

頑張っていいのかは不明だが、とりあえずおばちゃんは頑張る。

おばちゃんがいる限り、魔族は食材交換のために人間界征服は考えない。

人類と魔族の平和はおばちゃんにかかっているのだ。



食堂よりお知らせ:明日のお昼のメインメニューは肉じゃがです。

入っている人参も残さず食べましょう。


読んでくださってありがとうございました。


おじちゃんが頑張るお話しはあるので、

おばちゃんにも頑張ってほしくて書きました。


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