第1話:「勇者様は今日も笑顔で物騒です」
「おはようございます、リゼロッテ様。今日も素晴らしい朝ですね」
朝の光が差し込む天蓋ベッドの傍らで、完璧な礼を執る青年がいた。
プラチナブロンドの髪に、宝石のように澄んだサファイアの瞳。王子のようだとメイドたちが頬を染めるその見目麗しい青年は、私の専属執事であるアーサーだ。
純度100%の清らかな笑顔。
その美しい微笑みを見ていると、彼が昨日、私の悪口を言っていた隣国の使者の寝室に(暗殺者のような鮮やかな手口で)忍び込み、精神的に再起不能になるまで追い詰めた男だとは到底思えない。
「……おはよう、アーサー」
私は極力顔の筋肉を動かさず、冷徹に響くよう声を低くして答えた。
怖い。この執事、笑顔の裏に隠された中身が物騒すぎる。
「お目覚めの紅茶はいかがなさいますか? 本日は、リゼロッテ様の美しい銀髪に映えるよう、鮮やかなルビー色のローズティーをご用意いたしました。もちろん、お湯は今朝方私が霊峰の頂から汲んできた湧き水を使用しております」
「霊峰って、ここから馬車で三日はかかるわよね……?」
「リゼロッテ様のためならば、空間の歪みなど私が気合いで切り裂いてみせます。さあ、私のような愚鈍な輩が淹れた茶など、どうか『泥水よりマシ』と蔑みながらお飲みください」
うっとりとした表情で差し出されたティーカップからは、極上の香りが漂っていた。
彼――アーサーは、前世で私を殺した『光の勇者』だ。
そして私は、世界を恐怖に陥れた『氷の魔王』だった。
……というのは建前で、実際の私は極度のあがり症で、人前に出ると緊張で顔が凍りつき、魔力で周囲の気温をマイナス20度にしてしまうだけの不器用なコミュ障魔族だったのだ。
魔王軍の幹部たちに担ぎ上げられ、震える声で「……滅びよ」と呟いただけで「さすが魔王様! 冷酷無比!」と絶賛される日々。
そんな胃の痛くなるような毎日を終わらせてくれたのが、勇者アーサーだった。
ついに討たれる。これで楽になれる。
そう安堵した私の耳に、剣を振り下ろす直前の彼が、酷く切なげな声で囁いたのを覚えている。
『本当は、ずっとあなたにお仕えしたかった』
――いや、意味がわからない。
そして気づけば、私は人間の公爵令嬢リゼロッテとして転生し、彼はその数年後、どこからともなく私の専属執事として現れたのだ。
「リゼロッテ様? どうかされましたか。まさかこの紅茶、毒見が足りておりませんか? 申し訳ありません、すぐに私の血肉で安全性を証明――」
「待って! 違う、違うから!……ごめんなさい、ちょっとぼーっとしていただけよ」
私が慌てて止めると、アーサーは目を丸くした後、ぱぁっと花が咲くような笑顔を見せた。
「もったいないお言葉です……! このアーサー、リゼロッテ様に『ごめんなさい』と言っていただけるなんて。ああ、その美しい唇から紡がれる謝罪、録音して毎晩の子守唄にしたい……!」
「(なんでこの人、こんなに重いの……!?)」
外面だけは清廉潔白な好青年(中身は重度の主至上主義)の熱視線に、私は今日も胃の痛みを覚えながら、冷たい表情(※ただの緊張)を崩さないよう必死に紅茶を啜った。
「そういえばリゼロッテ様。本日は午後から、あの愚図……失礼、第一王子殿下との茶会がありましたね」
「ええ、そうね」
「もし殿下がリゼロッテ様に対して少しでも不敬な態度をとった場合、私が即座に殿下の社会的な息の根を止めますので、どうかご安心ください。証拠は一切残しません」
「絶対やめてね!? 私、今世こそは平穏に生きたいの!」
満面の笑みでさらりと国を揺るがすテロ行為を予告するアーサー。
前世の宿敵は、今世では私を溺愛するあまり、別の意味で世界を脅かす存在になっていた。
私は小さくため息をつき、彼の頭にそっと手を乗せた。
ビクッと肩を揺らし、耳まで真っ赤にするアーサー。さっきまでの暗殺者のような冷酷な気配は消え、まるで飼い主に撫でられた大型犬のように目を細めている。
「……おとなしくしていてね、アーサー」
「っ……はい! リゼロッテ様がそう仰るなら、私はただの無力な犬になりましょう」
少しだけ不器用で、どうしようもなく重い。
そんな彼との、前世から続く奇妙な主従関係は、こうして今日も始まっていくのだった。




