第9話:小さな芽
お弁当を食べ終わって自分の教室に戻った。あんなに人と話したお昼休みはいつぶりだろう。明日は結奈ちゃんと食べるし、これからもそういう機会があるかもしれない。それに、誰かと食べるのも悪くなかった。というかむしろ良かった。
席に座って次の授業の準備をする。次は嫌いな物理基礎の授業だ。私はどうせ文系だから物理は来年以降必要ない。でも1年生の間はやらなきゃいけないのが納得いかない。この学校は進学校ではないけど、大学に進む人がほとんどらしい。受験を意識して、必要ない教科は最初からしなければいいのに。そしたら私は物理、化学、生物、数学から解放されるのに。
「恵那っ。」
「わっ。びっくりした…」
結奈ちゃんが急にほっぺたを優しくつついてきた。
「恵那のほっぺた柔らかいね。」
「あ、ありがとう…?というか急にどうしたの。」
「いや?なんか難しい顔してたから。もしかして嫌だった…?」
私は結奈ちゃんの言葉に口元がふっと緩む。
「全然。嫌なんかじゃないよ。ちょっとびっくりしただけ。」
「恵那の笑ってるとこ初めて見た気がする…」
「そりゃ、ちゃんと話したの今日が初めてだし。」
「ふふっ。そうだね。」
つられて私も笑ってしまった。
午後の授業が終わって放課後になる。
私は荷物をまとめて帰る準備をした。今日は部活もないし、学校に残る理由がない。
「恵那、また明日ね。バイバイ!」
「うん、また明日。部活頑張ってね。」
結奈ちゃんは「ありがとー!」と元気に返事をして教室を出て行った。
駐輪場に向かう途中の通路で紗凪先輩を見かけた。お友達と楽しそうに話をしながら歩いている。ただそれだけなのに、なんだか胸がざわっとした。
(なんだろう…この感覚。)
先輩に見つからないようにしながら、自転車を取りに行く。1年生の自転車置き場は一番奥だから、自転車の側で先輩が帰るのを待ってから自転車に跨った。会いたいはずなのに、なんだか今は会いたくない気がした。家に帰る途中でも、胸のざわつきが消えない。家に帰ってスマホを見ると、島に向かうフェリーの時刻表が先輩から送られてきていた。
『9:40の船に乗るから、9:20くらいにフェリー乗り場に来てね』
わかりました。とだけ返事をしてベットに横になる。先輩が楽しそうにお友達と話している姿が頭から離れない。思い出すたびに胸がざわざわする。
スマホの通知がなった。先輩からのメッセージだ。
『お泊まりも大丈夫だって。荷物、持ってきてね。』
飛び上がりそうなくらい嬉しい。さっきのざわつきは一瞬でどこかに飛んでいってしまった。
『ほんとですか?!ありがとうございます!!楽しみです!!』
返信をして、私は勢いよくリビングへ降りていく。
「お母さん、今週の土曜日、先輩の家に泊まるから!」
興奮冷めやらぬ様子がお母さんにも伝わったのだろう。
「急にどうしたの?まあ別に良いけど。あんまりお家の人に迷惑かけちゃだめよ?」
「わかってるよ。」
そわそわしてリビングをうろうろする。まだ水曜日の夕方なのに、今から楽しみすぎる。
「嬉しいのはわかるから。落ち着きなさい。」
お母さんに言われてようやく落ち着きを取り戻す。
「いいじゃん。嬉しいのは事実なんだし。」
「あんまり考えすぎちゃだめよ?多分だけど恵那は嫉妬しやすいタイプだし。」
「嫉妬…?私が?」
お母さんに尋ねてはみたが、思い当たる節はある。今日の帰りの出来事が正にそうだった。
(嫉妬か…そうだったんだ。)
嫉妬なんて感情、今まで抱くことがなかったからわからなかった。これが恋なんだ。にしても先輩がちょっと楽しそうにしてただけで嫉妬するなんて、私はどうなってしまうんだ…
まあ、これから向き合っていけば大丈夫だろう。この嫉妬はまだ小さいはずだし。
今日は少し早めに眠りについた。




