第5話:猫と先輩
「恵那。」
「は、はい…」
これから何を言われるのかわからない。怖い。思わぬ形でお母さんに私の恋がバレてしまった。その相手は男の子ではなく女の子。私には、拒絶に対する耐性は存在しない。お母さんから目を逸らしてしまう。
「なにをそんなに怯えているの。」
「だって…」
「だって、なに?」
怖いのは怒られることよりも、私の恋心を否定されること。私だってわかっている。まだ同性愛のことを受け入れられない人がいることも、お母さんがその中の一人である可能性があることも。
私だってわからない。なんで紗凪先輩なのか。でも部室のドアを開けたあの瞬間、紗凪先輩のことが好きになった。理屈じゃなくて私の本能が、心が、紗凪先輩に射止められた。
「怒らないの…?」
「何に怒ればいいのよ。」
「え…?」
「まあ、正直ちょっとびっくりはしたわよ?娘の初恋の人が先輩で、しかも女の子なんて。」
お母さんは少し間を置いて続けた。
「でもね、女の子が女の子のこと好きになって何が悪いの?好きになった人がたまたま同性の人だった。それだけのことじゃない。」
ぽかんとしている私を見てお母さんは優しく微笑んだ。
「先輩、どんな人なの?」
「……言わなきゃだめ…?」
「別にだめってことはないけど、どんな人か知っておきたいじゃない。」
「髪が短くてふわふわで、なんか良い匂いして、優しくて笑顔が素敵な先輩。あとまつ毛が長い。」
恥ずかしくなってきた。まだいくつか先輩の好きなところはある。猫が好きとか、顔が整っているとか、たぶんこれからも増えていくと思う。
「そんなに良い人なのね。その紗凪先輩は。」
お母さんはそう言うと満足そうな表情をした。
「嬉しいわよ。お母さんは。恵那がそんなに他の人に興味を持つなんて。」
「別に他人に興味がなかったわけじゃなくて、ただ話せなかっただけだから。」
お母さんはくすくすと笑っている。
「そんなに笑わないでよ。」
「ごめんごめん。」
お母さんは立ち上がって洗い物をしに行った。洗い物が嫌いなお母さんが、今日は鼻歌交じりに洗い物をしている。なにがそんなに楽しくて嬉しいのか。私にはわからなかった。
食器を片付けて部屋にパジャマを取りに行く。ついでにちょっとだけ期待してスマホを見る。
(紗凪先輩から何かメッセージ来てたらいいな…)
「…!。来てる…」
スマホの画面には先輩からのメッセージと共に一枚の写真が来ていると表示されている。
『猫自慢〜(=^x^=)』
写真は、紗凪先輩が猫を抱っこしている自撮り写真だった。
「!?!?!?」
私はスマホを投げそうになった。ぽんちゃん、って言っていたはずの猫と、その子を抱える笑顔の先輩。この画面の中に可愛いが詰まっている。私は震える指で画像の保存ボタンを押した。
そして
『すごい可愛いです!!』
と返信をして何かから逃げるように足早にお風呂場へ向かった。
服を脱いでお風呂に浸かる。なんだか今日は疲れた。帰りが遅かったのもあるだろうけど、なにより初めてのことが多かったことが一番の原因だろう。初めて部活に入って、初めて21時前まで学校に残って、初めて誰かを好きになって。外からはたまに車やバイクの走る音が聞こえてくる。それ以外のときはずっと静かで、お湯の揺れる音と私の呼吸の音しか聞こえない。
(先輩、今なにしてるのかな…)
そんなことを考えながら顔の下半分をお湯につけてぶくぶくと息を吐く。シャワーを浴びているときも、髪を洗っているときも、体を洗っているときも私の頭の中にはさっきの猫と先輩の写真が焼きついて離れない。お風呂から上がって、体を拭いているときでさえも。
リビングに戻ってスキンケアをしたあとドライヤーで髪を乾かしていると優が部屋から降りてきた。その手には私のスマホが握られている。
「姉ちゃん、電話来てるよ。赤星さんって人。」
「ほんと!?」
私はドライヤーをやめて、優からスマホを受け取った。




