第3話:瞳に映る星
部室の奥へ消えていった紗凪が戻ってきた。その手には星座早見盤が握られている。
「じゃあ屋上行こうか。恵那ちゃん。」
紗凪に着いて屋上へ向かう。
屋上に続く扉を開けると風が吹き込んでくる。
「今日ちょっとひんやりしてて風もあるね。寒くなったら言ってね。上着貸すから。」
「でもそれだと紗凪先輩が寒いじゃないですか。」
「私は寒いの慣れてるから大丈夫だよ。」
その後もお互いが上着をどうするか話しながら日が完全に沈むのを待つ。星がまだ見えなくても、徐々に暗くなる空を眺めるだけでけっこう楽しい。
「あ、恵那ちゃん、見て見て。一番星!」
彼女が指差す南西の空を見る。
星は確かに見えるが、それがなんの星座のどの星かは全くわからない。
「あの星、どの星座の星なんですか?」
「ちょっと待ってね。今見てみる。」
紗凪は星座早見盤を合わせて夜空を見上げる。しばらく見ていると一つ。また一つと星が光り始めた。
「今日の一番星は…しし座のレグルスでした!一等星だからよく目立つんだよね。」
レグルスの周りにもぽつぽつと星が現れたことで、私は見失ってしまった。それが伝わったのか紗凪は体をぴったりくっつけて、私の目線と指差す手の高さを揃えて
「ほら、あの星がいくつか横に並んでるでしょ?あの中で一番明るい星。」
なんて言って私に教えてくれているが、私はそれどころではない。
触れ合う体。紗凪先輩の柔らかい髪。そしてなんだか良い匂いがする。私とは住む世界が違う人なんだろう。
心臓がバクバク揺れている。頼むから紗凪先輩には伝わらないでほしい。
私はふと紗凪先輩の顔、というか目をみた。
その瞳にはまるで星空を捕まえて閉じ込めたように、星が映っている。ものすごく綺麗で、神秘的だった。
「綺麗…」
私は思わず声に出してしまった。
「えっ?」
そりゃそうだ。星ではなく、明らかに自分に対して急に綺麗なんて言われたら誰だって驚く。
「あ…えっと、紗凪先輩の目に星が映っていて、それが綺麗だなって思って…」
自分でも、ちゃんと弁明できているかわからない。思考があやふやになっていく。
「先輩の目が綺麗だったんです!」
半分やけになって言い放った。
「星が私の目に…?」
紗凪は少し嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな表情を浮かべているように見えた。
「私のことじゃなくて星見てよ…」
その言葉に拒絶の色は含まれておらず、ただの照れ隠しのようだった。
「すみません…」
一応謝ったが、内心では先輩の顔に見惚れていた。
もうすっかり真っ暗になった。星が輝いている。天文同好会の部員として初めて見る星空。好きになったばかりの人と二人っきりで見た今日の星空を私は忘れることはないだろう。
紗凪先輩の隣にそっと腰を下ろす。今私の見ている世界は、隣に座るこの人にも同じように見えているのだろうか。私とこの人じゃ経験値が違う。先輩はずっと前から星を見てきたはず。たぶん星と星を繋ぐ線でも見えているはずだ。
しばらく黙って星空を見上げていたが、紗凪先輩が立ち上がって、
「そろそろ帰ろうか。寒くなってきたし」
「そう…ですね。帰りましょうか。」
終わってしまった。
屋上の重たい扉を開けて校舎の中へ戻った。部室に寄って荷物を取り、靴箱へ向かう。2年生の先輩と私とでは靴箱の位置が離れているため一旦別れる必要がある。
「先輩、どっちの方に帰るんですか?」
「私は山の方だよ。」
「私もそっちです。一緒に帰りませんか」
誰かを帰り道に誘うなんて初めてな気がする。
「良いよ。帰ろ」
先輩の了承を得たところで一旦自分の靴箱へ向かう。その足取りはいつもの何倍も軽かった。




