表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

魔王の憂鬱

作者: ロータスシード

暗い玉座の上。

魔王バラ〇スは、深く腰を沈めたまま、長い吐息をこぼしていた。


「なぜ、我がフトコロは冷えるのだ?」


声は広間に虚しく反響する。

よく見れば、魔王のフクはヨレヨレの上にボロボロだった。

袖は擦り切れ、マントの裏地はほつれ、冠の宝石も二つほど失われている。

それだけではない。玉座の間は広いだけで中身がなく、壁の装飾は過去の栄光を語る抜け殻にすぎなかった。


「無駄は抑えた。部下も削った。

それなのに……なぜ、残らぬ」


怒りよりも、疲労が勝っていた。

数字が減る夢を、何度見ただろう。

動いても、削っても、なぜか手元には残らない。


扉が開いたのは、その時だった。


空気が、はっきりと変わる。


大魔王ゾー〇が、音もなく玉座の間に入ってきた。

派手な装いはない。

だが、纏っているものは一切傷んでおらず、無理も焦りも、欠片ほども感じられない。


「相変わらず、顔に余裕がないな」


「……ゾー〇様」


バラ〇スは跳ねるように立ち上がり、深く頭を下げた。


「座れ」


一言だった。

逆らう意思は、最初から存在しなかった。


「なぜ貧しいか、分からぬ顔だ」


「恐れながら……努力はしております。

支出も抑え、戦も控え、地道に……」


「地道、か」


ゾー〇は鼻で笑った。


「お前は、地面だけを掘って、空を見ていない」


「……と、申しますと?」


大魔王は玉座の段に足をかけ、低い位置から魔王を見上ろした。

その視線は裁くものではない。

ただ、測っていた。


「まず、世界の決まりを使え」


「決まり……」


「この世には、最初から敷かれている流れがある。

誰が作ったわけでもない。

だが、逆らえば必ず重くなる」


床の欠けた敷石を、ゾー〇は一瞥する。


「流れに身を置く者は、削られずに進む。

逆らう者は、進むほど肉を削る」


沈黙。


「次だ」


ゾー〇は指を二本立てた。


「力の半分は、世界そのものに預けろ」


「……半分」


「抱え込むな。

一か所に賭けるな。

一瞬に望むな」


淡々と、逃げ場なく言い切る。


「広く、薄く、長く。

それが、世界の呼吸に合わせるということだ」


「欲を捨てよ、ということですか」


「違う」


即座に否定が返る。


「欲張るな」


「すべてを握ろうとする者は、

何も受け取れぬ」


三本目の指が立つ。


「残り半分は、嵐のために残せ」


バラ〇スの喉が鳴った。


「嵐は必ず来る。

罰でも、不運でもない。

巡りだ」


「では……いつ」


「探すな」


声が、わずかに低くなる。


「嵐は、血と涙が流れる夜に来る。

皆が恐れ、憎み、手放す時だ」


ゾー〇は断定した。


「その夜にだけ、拾え」


「無理に奪うな。

無用に争うな」


「流れてきたものを、

静かに受け取れ」


長い沈黙が落ちた。


「……それが」


バラ〇スは、かすれた声で言う。


「『絶望をすすり、憎しみを食らい、

悲しみの涙でフトコロをうるおす』

ということなのですか」


ゾー〇は、ほんの一瞬だけ視線を向けた。


「絶望の時に、啜りに行け。

憎しみを抱えきれず、手放した場所を受け取れ。

悲しみの涙が流れたあとで、

静かに満たせ」


「お前が泣くな、バラ〇ス」


呼び捨てが、深く刺さる。


「泣くのは、備えなかった者たちだ。

お前は、器を差し出す側に回れ」


ゾー〇は踵を返した。


「覚えておけ」


振り返らずに続ける。


「世界は優しくない。

だが、同じ形で残酷だ」


扉が閉まる。


玉座の間に残された魔王は、しばらく動けなかった。

理解したとは言えない。

恐怖も、迷いも、まだ消えない。


それでも。


「……そうか」


呟いた声は、小さかったが、確かだった。


これまでの自分は、

動き続けなければ負けると思っていた。

削り続けなければ、生き残れないと信じていた。


だが今は、違う。


待つという行為にも、技がある。

使わぬという選択にも、力が宿る。


拳を握り、そして、ゆっくりと開く。


世界は変わらない。

明日も優しくはならない。

だが――

同じ形で残酷であるなら、使いようがある。


その夜、魔王城に嵐は来なかった。

血も、涙も、流れなかった。


それでいい、と。

バラ〇スは初めて、そう思えた。


夜は必ず来る。

来るべき時にだけ、来る。


その時まで、

魔王は黙って、器を磨き続けることにした。

マントはボロボロだが、野望の燃える目はきらきら輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 闇雲に節制し過ぎて、有事や窮地への備え蓄えのための投資すら躊躇うのも考えもの……なんでしょうか。思慮の未熟な私では、理解しきれてない部分が多いかもしれませぬ。  某rpgのキャラのようでいて、伏せ丸…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ