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未来で神様は猫を被った。  作者: 色採鳥 奇麗
茶待の章

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13/17

告白

 ーー*ヒマワリ*ーー


「──どうして戻ってきたんだよ……」


 そう言うと、茶待君は拳を震わせて(うつむ)いた。喜ばしい再会…にも関わらず、彼は辛そうに口元を歪める。

 

「なんで…このタイミングで…」


 そんな茶待君に、ミミちゃんは怪訝に言葉をかけた。


「どうしてそんな顔するの?ヒノノンに会えて嬉しくないの?」


「嬉しいよ!嬉しいけどさ……」


「だったらどうして…」


 ミミちゃんの言葉で茶待君は重たい顔を上げ、物憂い視線でまっすぐに私を捉えた。


「日野ッチは、翔楼を探してるのか?」


 映画やアニメなどの架空の物語でよく見る展開だが、死んだ人間がこの世に残る理由なんて限られる。

 未練があるからだ。

 私のことを知る茶待君なら、その疑問に辿り着くのは当然だ。

 

「うん、そうだよ」


「何のために?」


「決まってるでしょ。本当のことを知るためだよ」


「やっぱ……そうだよな…」


 そう言って、茶待君はまた顔を伏せた。


「私たちはもう知ってるよ。茶待君は、翔楼が何処に居るか知ってるんでしょ?」


 否定も肯定もせずに、彼はだんまりを決め込む。

 認めたも同然の沈黙に、ミミちゃんと私は顔を向き合わせ、確信を得たようにアイコンタクトをとった。

 それから私は、茶待君に視線を戻した。


「教えて、翔楼は何処にいるの?」


「言えない…」


「コラ茶待!観念して白状しなよ!」


 ズカズカと、茶待君に距離を詰めるミミちゃん。

 それでも、茶待君は(かたく)なに口を開こうとしない。

 終いには業を煮やしたミミちゃんに、肩を強引に揺さぶられる始末。

 茶待君は真剣な顔を、振り子のように右往左往とさせていた。 


「もう!友達の頼みじゃんか!どうして教えてくれないの!この頑固者!」


 どうやら茶待君は、どうしても私を翔楼の(もと)に近づかせたくないようだ。

 あと一歩。目前へと近づく真相に、彼が最後の難関として立ち塞がる。


「知ってどうするんだ?」

 

 ようやく重たい口を開けるや、茶待君は私に向かってそう言った。

 知ってどうする?

 う~んとねぇ……


「スッキリする!」


「はぁ…日野ッチらしいな…」


……溜息を吐かれた!


「じゃあ…その後は?」


「その…後?」

 

「そうだ。すべてを知った、その後はどうするつもりなんだ?」


 思いもよらぬ言葉に思考がまごつく。

 目の前のことに気を取られすぎて、後先考えないのは私の悪い(ところ)だ。 

 故に、すべてを知った後のことなんて一切考えちゃいなかった。

 再び溜息をつかれる覚悟で、私は正直に答えるとする。


「なんにも考えてないよ!」


「だろうなぁ…」


 溜息は吐かれなかったものの、呆れたように苦笑された。

 そして茶待君は頭を抱えて、ぶつぶつと独りごちる。


「はぁ、なんで『俺ら』のやること成すこと、ぜんぶ後手に回っちまうんだろうなぁ…」


 そう言うと、茶待君は一瞬だけミミちゃんを見た。

 ミミちゃんもその視線に気づく。

 茶待君にとって、この展開は想定外だったのだろう。

 当然と言えば当然か。

 猫が突然喋りだして、さらにその正体が死んだはずの友達だって言うのだから、驚かない方が無理だって話だ。

 それだけじゃない。

 内通してい茶待君には、それだけの理由と信念があったのだろう。

 翔楼には翔楼の思惑があって、茶待君には茶待君の思惑があった。

 それはおそらくミミちゃんにある。 

 すると、これまで観測者を貫いていた無名(ナナシ)さんが、表舞台へと干渉を始める。


「オ前ガ頑ナニ(クチ)(ツムグ)ムノハ、楓ノタメナノデスカ?」


 たまたま考えていることが一致したのか、はたまた魂が共鳴したのか、無名(ナナシ)さんの言葉は私が予想したものと同じであり、二人の顔に異なる困惑の色を浮かび上がらせる。


「この声…さっきの…」


「私の…ため?」


 頭に響く不思議な声に、茶待君は眉ひとつ動かさず訝しむ。

 一方ミミちゃんは、予期せぬ言葉に目を剥いて幼馴染を見た。


「そうなの?茶待…」


「……………」


 二人の目を合った瞬間、それが事実であることを裏付けるように、茶待君はスッと視線を逸らした。

 戸惑いはさらに色濃く、ミミちゃんの表情に現れる。

 

「ヒノノンじゃなくて私のため?待って…意味がわからない」


 そう言うと、ミミちゃんは一歩後退した。

 理解不能、そんな様子で彼女は肩を落としたけれど、私にはなんとなくわかるんだ。

 茶待君がどうして、翔楼と一緒になって私たちを欺くような真似をしたのか……。


「だってお前…泣くじゃんか…」


 目を背けたまま、茶待君は声を震わせる。


「悲しそうな顔するじゃんか…。辛そうな顔するじゃんか…」


「わ!私がいつそんな顔した!」


「してたよ。ずうっと…」


 怒りやら恥ずかしさやらで、少々ミミちゃんはムキになっていく。

 そんな彼女に遠慮なく、茶待君は言葉を並べていった。


「小学生の時から、楓は誰かに助けて欲しいって顔をしてた」


「し!してないし!」


「仲良くしてるクラスメイトたちを遠目に眺めては、羨ましそうにしてただろ」


 当時のことは話で聞いていたので、私もあやふやながら知っている。

 両親の過度な干渉、自由の制限。それらが日常に浸透しきっていて、ミミちゃんの心身を疲弊させていた。

 その結果、ミミちゃんは多才な才能を開花させたけれど、代償に送るはずだった青春を孤独に過ごしてしまった。

 でもそれも、私たちと出会うまでの話だ。


「でもさ、大学生になってからは友達もできて、俺も安心してたんだ。小さい頃は、こんな風に笑ってたな…なんて思ったりしてさ」


「…………」


「だけど、日野ッチと翔楼がいなくなってからはさ、お前、昔に戻っちまったろ。友達が一人もいないあの頃と同じ、寂しいって顔…してただろ」


 淡々と紡がれる茶待君の言葉に、ミミちゃんはキュッと唇を結ぶ。

 図星を突かれた、確信を突かれた、そんな様子でミミちゃんは開き直ったように声を荒らげた。

 

「そうだよ…、寂しかったよ。友達が死んだんだから!悲しくなるのは当然でしょ!でも、ヒノノンは戻ってきてくれた!」


「それが問題なんだよ!」


 小さな雫を目尻に溜め込んだミミちゃんに、茶待君は躊躇もなく告げる。


「最初、楓が元気になったのは(ヒマワリ)のお陰だと思ってたんだ。でも違った。楓がまた笑うようになったのは、友達(日野ッチ)のお陰だった」


「それのなにが問題だっていうの!」


「楓はさ、また日野ッチがいなくなったら、今度はちゃんと立ち直れるのか?」


 冷たく、だけど気遣うように、茶待君は幼馴染に問いかけた。

 私にも決して無視できない言葉に、ミミちゃんは目を見開く。


「ヒノノンが…いなくなる…」


 そうボソリと呟くと、彼女は恐る恐る私を見やった。

 その瞳の奥からは、兢々とした悲愁の思いが漂っている。

 考えられることと言えば、片手で数えられるくらい少ないと思う。

 この身体の寿命が尽きるまでか、あるいは事故、あるいは病気。

 茶待君の発言は、決してあり得ない話はなかった。


「安心ナサイ、楓。私ノ命ガ続ク限リ、猫トシテデスガ、彼女ノ魂ハ私タチト共ニアリ続ケマス」


 ミミちゃんの胸内に蠢く様々な懸念を、無名(ナナシ)さんが優しく払拭する。そこに私も便乗する。


「大丈夫だよ、ミミちゃん!私は友達を置いて、勝手に居なくなっりはしないから!」


「日野ッチ…、あまり説得力ないぞ」


 背後から味方に撃たれる私。

 ミミちゃんまでも、私からさりげなく視線を逸らした。

 こればかりは、茶待君の味方らしい。


「にゃびーーん!」


 考えてみれば不慮の事故とは言え、私もみんなの前から忽然と姿を消した身。

 茶待君の『説得力ないぞ』という指摘は、耳が痛かった。

 話は戻って──


「なんか特別な力で、日野ッチは留まってるみたいだけどさ。きっといつかは、いなくなるんだ」


 まるで、確信しているみたいな茶待君の発言に対し、私を現世に繋ぎ止めているおん(かた)は、得意げに物申した。


「フンッ、私ノ話ヲチャント聞イテイナカッタ様デスネ。確カニ、コノ身体ニモ寿命ハアリマス。デスガソレハマダズット先ノ話。我ガ恩人ノ魂ハ、コノ肉体()ガ停止スルソノ時マデ、安全ニ現世ニ居ラレルノデスヨ!」


 私が消える。そう言われたのが無名(ナナシ)さんのプライドを傷つけたのだろう。己の矜持を誇示するためか、その声はいつもより大きく木霊した。


「でも、本人がそれを望んだら?もう十分だって言ったら?」


「ソレ…ハ……」


 茶待君の反論に、言葉を詰まらせた無名(ナナシ)さん。

 結局のところ、私は死者で生者ではない。

 本来ならばとっくに命海を渡り、新たな世界で門出を祝福されていたはずなのだ。

 だけど、こうして現世に留まっていられるのは、運良く無名(ナナシ)さんを助け、また助けられたからだ。

 無名(ナナシ)さんの身体を借りて、翔楼と再会を果たし、ミミちゃんとの旅の時間をエンジョイし、雫ちゃんという新たな友達とも出会えた。

 充実した楽しい日々。

 だけど、ついつい頭の中から抜けてしまう。

 今の自分の現状が、仮初(かりそめ)の命だという事実を…。


 私は改めて考える。

 二度目の死が訪れるよりも早く、私は自らの意思で、この在り方に終止符を打つ選択ができるだろうか。

 わからない…。

 少なくとも茶待君はそう確信している。

 きっとこの先に、私にそう決断させる相応の真実が待ち受けているんだろう。

 だからこそ茶待君は立ち塞がる。この世でもっとも大事な人に、また孤独な思いをさせないために……。

 内心、迷っている自分がいる。

 翔楼の真相を知りたい。同時に、ミミちゃんを悲しませたくない。

 ふたつの願望が私の中で、天秤のようにユラユラと揺れ惑う。

 そんな玉響の間に──


「だとしても、ヒノノンは翔楼君に会わないとダメなんだよ」


 逡巡と揺れる天秤の皿に、友達の言葉が重くのしかかり、私の迷いを晴らしてくれる。


「ミミちゃん…」


「ヒノノンは、真実が知りたくて戻ってきたの。私も力になりたくて、いっぱい協力したよ」


 惑いも迷いも一切感じさせないミミちゃんの真っ直ぐな眼差しが、茶待君を当惑(とうわく)させる。


「でも、そうしたら!──」


「茶待はさ……またヒノノンがいなくなるってことを、私が一度でも考えないと思った?」


「──え…?」


 思いがけない言葉に、茶待君の口からのピントの外れた声が漏れた。

 私も同時に、猫髭と猫耳がピクリと震える。

 

「こんな奇跡みたいな時間は、きっと長くは続かない。そんなことぐらい、私だってわかってるよ」


「だったら!」


「だからこそ、ヒノノンの力になるって決めたの。二度も未練を抱えたまま、私はヒノノンに最後を迎えてほしくない。それに私にだって、翔楼君に会いに行かないといけない理由がある。会って、次こそはちゃんと謝らなきゃ」


「だけど俺、楓に悲しんでほしくないんだ!もうあんな顔!楓にさせたくないんだよ!」


「そうだね。その時が来たら、きっと私は凄く悲しむと思う。また泣いて、また苦しんで、また寂しがるんだろうね。だけど、何も成し遂げられずにまたヒノノンにいなくなられた方が、私はもっと辛い思いをすると思う。そうなったらきっと、悔やんでも悔やみきれないよ」


「俺は…」


「だから茶待、お願い。ヒノノンの願いを叶えられるのは茶待だけなの」


「…………」


「もし今日、ヒノノンとの別れの瞬間が訪れたとしても、大好きな友達を笑って見送れるように…」


「楓…」


「今度こそ明るい未来に、私たちを導いて──」


 目頭を腫らした茶待君に、ミミちゃんは優しく微笑みかける。


「──私はもう、大丈夫だから」


 この場にいる誰よりも、ミミちゃんの意思は遠の昔に決まっていた。

 もちろん、打算的な部分もあるんだと思う。

 翔楼に謝って仲直りをする、それが彼女の願いだ。

 でもそれは、決して自分自身のためだけじゃない。

 それは私のためであり、翔楼のためであり、茶待君のため……。

 パズルのピースのようにバラバラになってしまった私たちの居場所を、ミミちゃんは修復しようとしてくれているんだ。

 彼女の頼もしさを見習って、私も腹を括らないと…。

 だけどその前に、感謝の気持ちでいっぱいなこの胸の想いを、破裂する寸前に吐き出すとする。


「ありがとね、ミミちゃ~ん」


「当然だよ~」


 ミミちゃんとビシッと抱きしめ合い、友情を分かち合う。

 ミミちゃんの存在を大きく感じる。

 どちらかというと私が小さくなったのだが、うまく言えないけど、私の目には大きな存在として映ったんだ。

 しかし、感極まって飛び出た猫爪がミミちゃんの軟肌にグサリとめり込む。

 同時に小さな悲鳴が漏れた。


「ぐあ~~!」


「あっ、ゴメン…」


 なんとも短き友情であった…。

 そっと床に下ろされた私は、申し訳なさからお詫びに肉球を供物として差し出す。

 寛容なミミちゃんはプニプニと肉球を堪能した後、爪が鋭くなってることを指摘だけして早々に許してくれた。

 ちゃんと爪研ぎしてケアしてたつもりだったんだけどなぁ…。

 …ほんとにゴメンよぉ。

 すると、私たちの締まらない友情劇に、傍目から見ていた傍観者が水を差した。


「まったく…何やってるんだよお前らは…」


 呆れたような様子で、口元を緩ませていた茶待君。

 その毒気を抜かれた様子からは、何処となく、いつもの調子が戻っていた。

 

「日野ッチといい、楓といい、相変わらず仲が良いな。あとずっと気になってたんだけど、この頭の中に語りかけてくる変な声なんなの?誰か説明してくれ」


 何かと思えばそんなこと。

 私たちは平然と答える。


無名(ナナシ)さんだよ」


無名(ナナシ)さんだけど?」


無名(ナナシ)ダ。良キニ計ライナサイ。従僕」


「いや、そういうことじゃなくて!もっと細かい詳細が聞きたいの!てかっ、しれっと本人も混ざってないでちゃんと説明してくれよ!」

 

 私たちの回答に、茶待君は不満たらたらな声を漏らす。

 さすがに説明が不足だったかなと反省した私たちは、改めて無名(ナナシ)さんについて事細かな説明を述べた。

 異世界、命海の輪廻。こことは異なる次元の話に終始目をキラキラさせていた茶待君。

 趣味が読書ということもあってか、打ち明けられたこの世の神秘の理に、茶待君は心を奪われた少年のように聞き入っていた。 

 ただ、彼は私の死の真相を耳にするなり、眉間に皺を寄せて唖然と嘆息を漏らした。


「はぁ、何してんだよ。日野ッチらしいっちゃあ、らしいけどさぁ…」


 そんなことを言われようとも、そのお陰でひとつの命を救い、無名(ナナシ)さんとも出会うことができた。

 自分でも無鉄砲なところを短所だと感じているが、同時に長所だとも思っている。

 私は自分のしたことに後悔なんてない。

 故に私は胸を張る。


「でしょ?私らしいでしょ?えっへん!」


「褒めてねぇよ?」


 今日はいつもより、茶待君の呆れ顔を見た気がする。

 

「はぁ…」


 一息つくと、茶待君は改まって私の正面に向かった。


「俺は正直、今も二人を翔楼に会わせたくないと思ってる。会ったらきっと後悔するだろうから…」


「むっ!まだ言うか!」


 ミミちゃんはプンスカと鼻を鳴らしたけれど、無名(ナナシ)さんに「落チ着キナサイ」と宥められたことで、その怒りをすぐに引っ込めた。

 茶待君は尚も不安を拭えない様子。

 だからと言って真実を見届けない限り、私は前に進めない。

 私だけじゃない。

 ミミちゃんも茶待君も、そしてきっと翔楼も…。

 …覚悟はできている。

 たとえ、この先にどんな真実が待ち受けていたとしても、それでも私は──


「それでも私は翔楼に会いたい。会わせて、茶待君」


 暫しの沈黙のあと、茶待君は天井を仰いで大きく息を整えた。

 そして一言、


「わかったよ…」


 その一言に、私もミミちゃんも飛び上がるほどに歓喜した。

 心做しか、茶待君も表情が軽くなったように思える。

 だが即座に、彼はその表情筋を強張らせた。


「そうと決まったら早速行こう」


「え!もう出発するの?」


 急な提案に、ミミちゃんも私も目を丸める。


「ああ、翔楼にはあまり猶予がないんだ。時間がある内に会いに言った方がいい!」


 茶待君の神妙な面持ちに差し迫った空気を感じ取った私たちは、早々に外出の仕度を始める。

 とうとう、この日がやってきた。

 長かった。

 それはもう、長い道のりだ。

 目と鼻の先に、私が求めていた真実が待っているのだ。

 私は跳ね上がっていく心拍数を、大きく息を吸って落ち着かせる。

 

……待ってろよ翔楼…今から会いに行くからね。


 そう、彼方にいる彼に思いを馳せながら、茶待君に促されるままに、私たちは車へと乗り込んだのだった。

 

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