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木のうえで立って見るは、一りの了  作者: 露久間 知識
二 親の思い、子の思い
11/12

11 阿保

 陽はすっかりと沈んでしまい、空にはぽつぽつとまばらに小さな明かりが宿っていた。町の端の方まで来ると街道の明かりは数がめっきりと減ってしまったので、今はその明かりだけを頼りに、アルスはぐんぐんとヘリアの手を引いて進んでいく。


 やがて二人の前に、一軒の小さな家が目に留まった。他の家とさして変わらない大きさの、木造の家。

 他と違うのは、敷き詰められた家々と違い、外にいくつか遊具が置いてあることであった。


 アルスは慣れた手つきで庭の戸を開けると、本当に自分の家に帰って来たかのように遠慮も無しに中を進んでいく。


「さ、着きましたよ。この家の主人はとても優しいですから、あなたの事情を聞けば快く協力してくれるでしょう。」

 家の戸を、アルスは何度か叩いた。少しして、中の戸がゆっくりと開いていく。


「は?」

 次の瞬間見た光景に、ヘリアは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「やぁ、ヘリア。こんな夜遅くまでどこに行っていたんだい?いけないなぁ、こんな夜遅くまで出歩いてちゃあ。夜遊びなんて、まだまだヘリアには早いと思うよわたし。」


 スピネが、いた。両脇には小さな子供を抱え、ニマニマと笑みを浮かべながらヘリアたちを見下ろしている。


「なんで、あんたが、ここに、いるのよ?」

「あれ、ヘリアのお連れの方って、この方ですか?」

「うん、誰だいこの子?ヘリア、本当に夜遊びして来たのかい?もう男を引っかけてくるなんて。心配しちゃうなぁ。」

「あんたは黙ってなさい、いや、端的に、説明だけして。なんで、何食わぬ顔をして、人様の家に居座っている訳?」


 三者三様の思惑が飛び交う中、スピネの後ろに人影が見えた。ゆっくりと杖をつきながら歩いてくるその人物がスピネ越しに見えると、ヘリアの疑問は一気に解消される。

「おお、なんじゃ。アルスの坊やと、ヘリア嬢じゃないか。世間は狭いというのは、本当みたいだな、スピネ。」

(バルト老じゃん。)

 バルト老が現れたことで、スピネがここにいる理由にも納得がいった。


 と、同時に、ヘリアの中でまた、ふつふつと怒りが込み上げてくる。

「ス、スピネ。あんた、バルト老たちの家がこの町にあるって、知ってたわけ?」


 小さな子供たちに髪をいじられながら、スピネは何食わぬ顔で口を開く。

「知っていたも何も、バルトは元からここしばらくはアクシオスに住んでいるよ。知り合った時は別の場所にいたけどね。オーレの南方をわたしが回っているから、この町にいるのが一番効率よく駆けつけられるからって感じで。前回と違うのは、レイラが正式に孤児院を開いたことで子どもがさらに増えたわけだけど、君以外の子どもはどうにも扱いづらくてね。手伝ってもらえるかな。」


 悪びれる様子もなく、スピネは両脇の子どもを地面へと降ろす。もう夜だというのに、子供たちは元気に家の中へと戻っていく。中から、レイラの叱責する声も聞こえてきた。


「それよりもうすぐ夕飯なんだ。ヘリアと、そこの君もいいんじゃないかな?子どもが一人くらい増えるくらいで文句いうほど狭量でもないでしょ、バルト?」


 バルトはアルスの前までやってくると、ゆっくりとその手を引いた。

 アルスは少し、ばつの悪そうな顔をしているがバルトは気にせず中へと招いていく。

 二人が中へと消えたところで、スピネは不思議そうな顔でスピネの前で手を振って見せた。


「おーい、ヘリア?何ボーっと突っ立ってんのさ。レイラ達にはもう伝えてあるから、さ、入ろう。」


「バ、」


 自分の拳がわなわなと震えてくるのを、ヘリアは必死にこらえていた。家の中へと戻りながら、スピネはそうだと、今思い出したかのように振り返った。


「入口の所で剣舞祭がどうたらって言ってたでしょ?あれ、理由は聞いてないけど今年は特別に十二歳以下限定の部門があるそうなんだよね。優勝すれば、各部門金貨十枚。一年は働かなくても優雅に暮らせちゃう大金だ、手記を書く時間もたんまり確保できる。と、いう訳で申し込んでおいたから、ヘリアの分。

余裕だと思うけど、頑張って。」


「ア、」


 ヘリアももちろん出るつもりでいた。赤髪の少年に挑発され、黙っている訳には行かなかったからだ。それに、ヘリアも優勝賞金のことは知っていた。数日は恥も外聞も捨てて踊りで日銭を稼ぎ、窮をしのぐつもりでいた。


 何より、大会で活躍することで、スピネに、何か少しでも恩返しできるのではないかと、教えてもらった技術を持って、孝行の一つでも出来るのではないかと。

 ささやかな期待も込めて、スピネの喜ぶ姿を想像して、励むつもりでいた。


「バ、ナ、カッ」


「どうしんたんだよ、ヘリア?さっきから吃音ばっかりだけど?もしかして、嬉しかった?」

 その言葉で、とうとうヘリアの堪忍袋がはち切れた。


「嬉しいわけあるか、このバーカ。わざと、ねぇわざとやってるの、このアホは。わたしが振り回されてるのを、高みから楽しんでるでしょ、このアンポンタン。」


 割れんばかりの勢いで、そのまま声に乗って夜空を切り裂く。怒りが収まる気配は無く、さらにその勢いは高まっていく。


 その夜は、一人呆けているスピネを置いておいて、孤児院にいる人間全員が、ヘリアの機嫌を治すことに心血を注いだ。

 ようやく荒ぶる彼女を押さえたと思った頃には、町の中心部にある塔の上から、朝の到来を告げる鐘の音が鳴り響いていた。


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