搬送屋ガルド
俺の名はガルド・ミナト。
航送連盟に所属し、生体搬送を専門とする。
簡単に言えば、生き物を運ぶ仕事だ。
馬も、犬も、珍獣も。
そして――クマも。
この仕事を始めて十年になる。
運んだ生き物の数は、もう数え切れない。
成功した仕事も、失敗した仕事も。
生き物を扱う以上、予想外のことは常に起こる。
それが、この仕事の難しさであり、面白さでもある。
貧窮人材商会のレオンから依頼を受けたのは、三日前のことだった。
「大型のクマを捕獲して、煌都まで運んでほしい」
報酬は悪くない。
いや、かなりいい。
グリズリー級の大型個体となれば、煌都の裏市場では高値がつく。
見世物小屋、闘技場、貴族の蒐集品。
需要は尽きない。
生きたクマは、死んだクマの十倍の価値がある。
特に、大型のオスともなれば、その価値はさらに跳ね上がる。
貴族たちは、珍しい獣を所有することに喜びを感じる。
力の象徴として、富の証として。
俺は即座に引き受けた。
こういう仕事を断る理由はない。
裏事情?
ああ、知っている。
村には「山へ返す」と伝えた。
人里に降りたクマを、奥山へ返す。
それは嘘じゃない。
ただ、その「奥山」が煌都の裏市場だというだけだ。
村人たちは、クマが山へ返されると信じている。
それでいい。
真実を知る必要はない。
知らない方が、幸せだ。
だが実際の搬送先は煌都だ。
貴族が珍しい獣を欲しがる。
特に大型のオスクマは人気がある。
生きたまま運べば、それだけで価値が跳ね上がる。
檻の中で吠えるクマを見て、貴族たちは満足する。
野生の力を、檻の中に閉じ込めた優越感。
それが、彼らの求めるものだ。
それが何だ?
村は守られる。
クマも殺されずに済む。
俺たちは報酬を得る。
誰も損をしない。
表と裏、両方の仕事が成立する。
それでいいじゃないか。
建前と本音。
両方あって、世界は回る。
俺は、その仕組みを理解している。
だが――問題は、捕獲できるかどうかだ。
グリズリー級の大型個体を生け捕りにするのは、簡単な仕事じゃない。
過去に二度、失敗した。
一度目は逃げられた。
クマが網を破り、森の奥へ消えた。
二度目は、仲間が死んだ。
クマの一撃で、肋骨が砕けた。
死んだ奴には悪いが、リスクに見合うだけの報酬は提示していたはずだ。
運が悪かっただけだ。失敗はそれだけでほかはあっけなく捕まえることが多かった。
今回も大したことないだろう。
夜明け前、俺は捕獲隊と共に村を出た。
猟師が三人、商会の護衛が五人、それに俺。
計九人。
最低限の人数だ。人数は多すぎてもダメだ、連携が取れなければ意味がない。
それに報酬を考えると人数は少ないほうが良い。
捕獲用の網、檻、麻酔薬。
装備に不足はない。
網は太い縄で編まれ、檻は鉄製だ。
麻酔薬は、クマ用の強力なものを用意した。
準備は完璧だ。
レオンとシオンは村に残った。
彼らは指揮役だ。
現場に出るのは俺たちだけでいい。
危険な仕事は、現場の人間がやる。
それが、役割分担だ。
山へ入る。
空気が冷たい。
足元の落ち葉が湿っている。
朝露が、靴を濡らす。
木々の間から、薄明かりが差し込む。
まだ、陽は完全には昇っていない。
猟師が先頭を歩き、足跡を追う。
オスクマの足跡だ。
巨大な爪痕が、土を深く抉っている。
一歩の幅が、人間の倍はある。
深さも、通常のクマの倍だ。
土の湿り具合から見て、昨夜のものだ。
新しい。
「でけえな」
猟師の一人がつぶやく。
「こいつは、相当でかい」
もう一人が頷く。
「網で捕まるかどうか……」
「捕まえてもらわなきゃ困る。運べないからな」
俺は軽口を叩いた。
だが、内心では不安だった。
こんなに大きな足跡は、見たことがない。
グリズリーの成獣でも、ここまでの大きさは稀だ。
もしかしたら、グリズリーの中でも最大級の個体かもしれない。
そうなると、計画通りにいくかどうか。
不安が、胸を締め付ける。
だが、まだ大丈夫だ。
装備は揃っている。
計画も完璧だ。
何度もシミュレーションした。
失敗する要素はない。
そう、自分に言い聞かせた。
さらに奥へ進む。
木々が密になり、陽光が届かなくなる。
薄暗い。
獣臭が、濃くなってきた。
鼻を突く、強烈な匂いだ。
糞の跡がある。
新しい。
ここ数日以内のものだ。
まだ湯気が立っている。
近い。
相当、近い。
心臓の鼓動が、早くなる。
猟師が手を上げる
全員が止まった。
呼吸を整える。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
護衛たちが、武器を握り直す。
手に汗が滲んでいる。
俺も、同じだ。
手のひらが、湿っている。
「近いぞ」
猟師が囁く。
「向こうの茂みだ」
護衛たちが、網を展開する。
太い縄で編まれた網だ。
普通のクマなら、十分に耐えられる。
いや、普通のクマどころか、大型のクマでも耐えられるはずだ。
そう、信じたい。
俺は檻の準備をする。
鉄の檻だ。
重い。
運ぶのに四人がかりだった。
この檻なら、どんなクマでも閉じ込められる。
そのはずだ。
猟師が麻酔薬の入った吹き矢を構える。
手慣れた動作だ。
この猟師は、何度もクマを相手にしてきた。
経験豊富だ。
信頼できる。
計画通りだ。
まず麻酔を打ち込む。
効くまでの時間を網で稼ぐ。
動きが鈍ったところで檻へ誘導する。
完璧な計画だ。
何度もシミュレーションした。
失敗する要素はない。
そのはずだ。
静寂。
誰も、息をしていないかのような静寂。
風が、止まる。
鳥の声も、聞こえない。
虫の音すら、消えた。
まるで、森全体が息を潜めているようだ。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
落ち着け。
計画通りにやれば、大丈夫だ。
そして――。
茂みが、揺れた。
小さな揺れだった。
枝が、わずかに動く。
葉が、擦れ合う音。
風か?
いや、違う。
何かが、いる。
茂みの向こうに、何かが――。
次の瞬間。
茂み全体が、激しく揺れた。
何かが、押し分けて出てくる。
枝が、折れる音。
葉が、散る音。
そして――。
前足が、茂みから突き出た。
俺の呼吸が、止まった。
黒い。
太い。
爪が五本、鉤のように曲がっている。
一本一本が――短剣ほどの長さがある。
いや、短剣以上だ。
土を掴む。
筋肉が、蠢く。
毛皮の下で、力が脈動している。
前足だけで、人間の胴体ほどの太さがある。
俺の中で、何かが囁いた。
まずい。
これは、まずい。
次に、頭が出た。
巨大な頭だ。
耳は小さく、丸い。
だが、頭蓋骨の大きさが――尋常じゃない。
人間の頭の、三倍はある。
鼻先が、地面の匂いを嗅ぐ。
鼻孔が、開く。
息が、白く漏れる。
熱い息だ。
生命の、熱だ。
そして――全身が、現れた。
オスクマだ。
俺の脳が、一瞬だけ、現実を拒否した。
こんなものが、存在していいはずがない。
肩の高さは――。
立っている俺の目線より、高い。
いや、明らかに高い。
俺の身長は百七十センチだ。
だが、このクマの肩は、それを軽く超えている。
二メートル。
いや、二メートル半。
もしかしたら、それ以上。
前足の太さは――丸太だ。
いや、丸太以上だ。
人間の胴体ほどの太さがある。
一撃で、人間の体を真っ二つにできるだろう。
後ろ足も、同じくらい太い。
筋肉が、盛り上がっている。
体重は――何キロだ?
五百キロ?
六百キロ?
いや、もっとか?
毛並みは黒く、陽光を弾いて鈍く光る。
だが、ところどころに傷跡がある。
古い傷だ。
戦いの跡だ。
このクマは、何度も戦ってきた。
そして、勝ち続けてきた。
生き続けてきた。
目が――こちらを見た。
小さい。
クマの目は、総じて小さい。
だが――鋭い。
獲物を見る目だ。
値踏みする目だ。
殺す価値があるかどうか、判断している目だ。
俺の背筋に、冷たいものが走った。
こいつは――。
俺たちを――。
怖がっていない。
普通、クマは人間を避ける。
怖がる。
だが、このクマは違う。
俺たちを見て、脅威だと思っていない。
むしろ――邪魔者だと思っている。
排除すべき、邪魔者だと。
猟師が、吹き矢を構えた。
手が、わずかに震えている。
経験豊富な猟師の手が、震えている。
それが、全てを物語っていた。
だが、猟師は撃った。
吹き矢が、放たれた。
矢が、飛ぶ。
回転しながら、空気を切る。
狙いは――完璧だ。
首筋。
頸動脈の近く。
薬が、最も早く回る場所。
矢が――刺さった。
いい位置だ。
計画通りだ。
俺は、一瞬だけ、安堵した。
やった。
あとは、薬が効くまで待つだけだ。
三十秒。
動きが鈍る。
一分。
倒れる。
そのはずだ。
オスクマが――首を振った。
ゆっくりと。
まるで、鬱陶しい虫を払うように。
矢が――抜け落ちた。
地面に、転がる。
薬が――入っていない。
刺さった瞬間に、振り払われた。
俺の中で、何かが――きしんだ。
計画が、少しだけ、狂い始めている。
「もう一発だ!」
猟師が叫ぶ。
声に、焦りが滲んでいる。
二本目の矢が、放たれる。
今度は、肩を狙った。
肩なら、振り払えない。
矢が――刺さった。
深い。
薬が、入った。
よし。
俺は、また安堵した。
大丈夫だ。
まだ、計画は――。
だが――。
オスクマは、動いている。
普通に、動いている。
通常なら、三十秒で動きが鈍る。
一分で、倒れる。
だが、このクマは――。
まだ、立っている。
まだ、こちらを見ている。
薬が――効いていない。
いや、効くには時間がかかる。
体が大きすぎる。
薬が、回るのに時間がかかる。
そう、自分に言い聞かせた。
だが、俺の中で、何かが崩れ始めていた。
計画が、狂っている。
オスクマが――吠えた。
咆哮。
地が、震えた。
空気が、震えた。
俺の耳が――痛い。
鼓膜が、破れそうだ。
頭の中が、響く。
護衛の一人が、耳を塞いだ。
もう一人が、膝をついた。
武器を、取り落としそうになっている。
恐怖だ。
本能的な、恐怖だ。
人間は、クマを恐れるように作られている。
遺伝子に、刻まれている。
捕食者への、恐怖が。
オスクマが――こちらを見た。
そして――動いた。
俺の思考が、止まった。
速い。
信じられないほど、速い。
あの巨体が――突進してくる。
四足で、地を蹴る。
地面が、揺れる。
木々が、揺れる。
空気が、押しのけられる。
暴走する馬車のようだ。
いや、それ以上だ。
止まらない。
止められない。
「弓だ!」
誰かが叫んだ。
護衛が、弓を放つ。
矢が、飛ぶ。
一本。
二本。
三本。
肩に、刺さった。
脇腹に、刺さった。
だが――止まらない。
怯みもしない。
矢が、まるで効いていない。
毛皮が、厚すぎる。
筋肉が、厚すぎる。
矢が、届いていない。
「網だ!」
俺が叫んだ。
声が、裏返っている。
自分の声じゃないみたいだ。
護衛たちが、網を投げた。
太い縄の網が、広がる。
オスクマに、絡まる。
よし――。
俺は、また安堵した。
捕まえた。
計画通りだ。
あとは、麻酔が効くまで待つだけだ。
だが――。
オスクマが、前足を振るった。
一瞬だった。
網が――引き裂かれた。
まるで、紙のように。
太い縄が、千切れた。
簡単に。
あっさりと。
人間の力では、絶対に千切れない太さの縄が。
俺の中で、何かが音を立てて崩れた。
計画が――完全に、狂っている。
これは――まずい。
本当に、まずい。
猟師が、猟銃を構えた。
手が、震えている。
だが、撃つしかない。
狙いを、定める。
心臓を。
頭を。
いや、そんな余裕はない。
撃つ。
銃声が、響いた。
弾が――脇腹を掠めた。
血が、飛び散る。
赤い血が、黒い毛に滲む。
傷が、できた。
だが――浅い。
致命傷には、程遠い。
そして――。
オスクマが、吠えた。
さっきよりも、大きく。
さっきよりも、激しく。
目が――赤く染まった。
興奮している。
痛みが、怒りを煽っている。
撃てば撃つほど、怒りが増している。
俺は、理解した。
これは――討伐に、切り替えなければならない。
捕獲は、無理だ。
「討伐だ!」
猟師が叫ぶ。
「殺すしかねえ!」
護衛たちが、武器を構える。
剣を。
槍を。
だが――誰も、前に出ない。
前に、出られない。
オスクマの威圧感が、体を縛る。
足が、震えている。
武器を握る手が、震えている。
俺も、同じだ。
体が、動かない。
恐怖が、体を支配している。
そして――。
オスクマの前足が、振るわれた。
横薙ぎに。
護衛の一人が――弾き飛ばされた。
盾ごと。
体ごと。
空中を、飛ぶ。
地面に、叩きつけられる。
転がる。
動かない。
血が、地面に広がる。
胸が、潰れている。
肋骨が、砕けている。
即死だ。
俺の中で、最後の何かが崩れた。
余裕が、消えた。
計画が、消えた。
報酬が、消えた。
残ったのは――恐怖だけだ。
生きたい。
ただ、生きたい。
俺は――猟師に飛びついた。
「銃をよこせ!」
「何を――」
俺は、猟師から猟銃を奪い取った。
力任せに。
猟師が、倒れる。
だが、構わない。
俺は、銃を構えた。
手が、震える。
狙いが、定まらない。
だが、撃つ。
撃つしかない。
銃声。
弾が――外れた。
木に、当たった。
もう一発。
銃声。
弾が――オスクマの肩を掠めた。
血が、飛ぶ。
だが――止まらない。
むしろ、怒りを増した。
オスクマが――こちらへ向かってくる。
俺に、向かってくる。
もう一発。
銃声。
弾が――。
空を切った。
弾が、ない。
撃ち尽くした。
「逃げろ!」
誰かが叫んだ。
俺の足が、動いた。
考えるより先に、体が動いた。
銃を、放り出す。
走る。
後ろを、振り返らない。
ただ、走る。
背後から、悲鳴が聞こえる。
銃声が聞こえる。
肉を引き裂く音が聞こえる。
骨が砕ける音が聞こえる。
だが、振り返らない。
振り返ったら、死ぬ。
俺は、死にたくない。
生きたい。
ただ、生きたい。
木々の間を、駆け抜ける。
枝が、顔を打つ。
血が、滲む。
足が、絡まりそうになる。
それでも、走る。
後ろから、重い足音が追ってくる。
オスクマだ。
まだ、追っている。
執拗に。
容赦なく。
怒りは、まだ冷めていない。
むしろ、燃え上がっている。
護衛の一人が、転んだ。
俺は、見なかったことにした。
助ける余裕は、ない。
生きることが、最優先だ。
仲間?
そんなものは、後回しだ。
今は、自分が生き延びることだけを考える。
やがて、森の出口が見えた。
村だ。
村が見える。
門が見える。
助かる。
俺は全力で走った。
門へ向かって。
村の中へ。
肺が、焼けるように痛い。
だが、止まれない。
止まったら、死ぬ。
後ろから、まだ重い足音が聞こえる。
オスクマが、追ってくる。
村へ。
このまま村へ入れば、村人が犠牲になる。
だが、知ったことか。
俺が生きることが、最優先だ。
村人の命よりも、俺の命だ。
門が、見えた。
まだ開いている。
よし。
俺は門へ向かって叫んだ。
「閉めろ! 今すぐだ!」
門番が、動いた。
門を引き寄せる。
俺は転がるように、門の中へ飛び込んだ。
「開けるな! 絶対に開けるな!」
息が、切れる。
喉が、焼ける。
だが――生きている。
俺は、生きている。
後ろから、猟師たちも逃げ込んでくる。
血まみれの護衛が、足を引きずっている。
顔が、青ざめている。
まだ、何人かが森の中に残っているはずだ。
だが、もう――助からない。
見捨てるしかない。
それが、現実だ。
村人たちが、駆け寄る。
「どうした!」
「クマは!」
俺は、答えられない。
ただ、息を整えることに必死だ。
喉が、渇いている。
水が、欲しい。
体が、限界だ。
門が、閉まる音が聞こえた。
閂が落ちる。
カシャン。
安全だ。
俺は、地面に座り込んだ。
膝が、笑っている。
立っていられない。
そのとき――森の木々が、揺れた。
枝が折れる音。
地面が震える音。
重い足音。
まだ、追ってくる。
来る。
オスクマが、来る。
そして――衝撃が来た。
ドゴンッ。
門が、揺れた。
木材が軋む音。
金具が悲鳴を上げる。
オスクマが、門を叩いている。
村人たちの顔が、青ざめる。
恐怖が、広がる。
俺は、立ち上がった。
足が、震える。
だが、動かなければ。
このままでは、村が襲われる。
そのとき、俺は彼女を見た。
ツグミだ。
村の娘。
子グマに餌をやっていた、あの娘。
昨日、会議で話題になった。
責められていた。
子グマ――。
俺の頭に、閃きが走った。
子グマだ。
オスクマが村へ向かっているのは、もしかして――子グマがいるからではないのか?
オスクマは、子を守るために村へ来ている。
母グマが子を守るのは当然だ。
いや、待て。
オスクマが子を守る?
それは稀だ。
だが、あり得ない話ではない。
もしかしたら、母グマが死んで、オスクマが子を育てているのかもしれない。
だとしたら――子グマを捕まえれば、オスクマを誘導できる。
村から離れた場所へ。
それに――子グマなら、捕獲できる。
オスクマは無理でも、子グマなら。
報酬は、まだ諦めていない。
子グマでも、それなりの値はつく。
少なくとも、手ぶらで帰るよりはいい。
それに――こいつさえいれば、あれを誘導できる。
村を救える。
俺が、村を救うんだ。
そう、俺が。
誰も信じていないだろうが、俺が村を救う。
見返してやる。
ツグミが、家のほうへ走り出した。
恐怖に駆られて、家へ逃げ込もうとしている。
彼女の家は、村の外れだ。
だが、そうはさせない。
子グマがどこにいるか、彼女が知っているはずだ。
彼女が餌をやっていた場所がある。
そこに、子グマがいる。
間違いない。
俺は、座り込んでいる振りをしながら、呼吸を整えた。
まだ体が震えている。
だが、動ける。
村人たちは、門のほうへ集まっている。
誰も、俺を見ていない。
好都合だ。
背後で、門の衝撃音が続く。
オスクマが、まだ門を叩いている。
時間が、ない。
急がなければ。
子グマを捕まえて、オスクマを誘導する。
それが、唯一の策だ。
俺は、立ち上がった。
足が、まだ震えている。
だが、動ける。
ツグミを追って、村の外れへ向かう。
子グマを見つけるために。
これが、最後の賭けだ。
失敗は、許されない。




