風の子と跳ね兎--火花は友情の色--
朝、訓練場の草は露を抱き、空の低いところで雲が細く裂けていた。東から差す光が木柵を越え、砂地に斜めの影を落とす。まだ誰も踏んでいない砂は、眠っている猫の背中みたいに滑らかで、触れればさらりと崩れるだろう。
「おっはよー!」
先に走り込んできたのはスズカだった。茶色の短い髪がぴょこんと跳ね、肩紐の結び目がひらひらする。彼女は両手で短槍を掲げて、ぐるりと一周、朝の空気を切った。
「ねえアンリ、今日は勝負ね! 三本勝負!」
「え、今日も?」
訓練場の端、木陰で靴紐を締め直していたアンリが顔を上げる。金色の短髪が朝日に透け、頬にまだ眠気の名残が浮かぶ。彼女は軽い短剣を腰に、反対側にはスリングを下げている。細い指で革ひもを引き、結び目の感触を確かめると、アンリは小さく息を吸った。
「昨日、二本取ったのはスズカでしょ。今日は私が取り返す番」
「へへー、言ったね? じゃあ、負けた方は夕飯の皿洗い!」
「それ、いつも私がやってるやつ……」
「じゃあ今日は“勝った方が”皿洗い!」
「おかしくない?」
バカ話をしながらも、二人の足取りは自然と砂地の中央に向かう。木柵の外では、まだ誰も来ていない。遠くの厩から馬のいななきが聞こえた。風が、ゆっくりと砂の匂いを運んでくる。
アンリは短剣を抜かず、まずスリングを手に取った。革袋の中で小石が二つ、乾いた音を立てる。スズカは短槍の石突を砂に突き、くるりと回して握り直した。
「第一演習、スリング対短槍――軽戦。距離十五、合図で開始」
「はーい!」
アンリは足幅を肩よりわずかに広く取り、左足を半歩前に出す。右手のスリングをゆるやかに回し始めると、革紐が風に鳴いた。スズカは槍を水平に構え、軽く跳ねる。つま先が砂に沈み、弾むように戻る。
「始め!」
アンリの手首が小さくはじけ、最初の石が空を渡った。石の軌跡は低く、スズカの足元を狙う。スズカはすっと槍の石突で砂を掬い上げるように払った。散った砂が石に当たり、わずかに軌道がずれる。石はスズカの脛の外側、指一本分の距離で通過し、そのまま木柵の方へ転がっていく。
「お、おしい!」
「一本目は捨てるって、昨日のマイが言ってた」
アンリはすぐに二投目の準備に入った。回転は先ほどより速く、革紐が低く唸る。スズカは前へ出る。砂がはじけ、足音が軽い。
二投目――今度は胸の高さ。スズカの槍がしなる。金属の鍔で弾くつもりの角度だ。が、石はぎりぎりで沈む。アンリが放つ瞬間に手首を寝かせ、落としたのだ。
「うわっ」
スズカは慌てて石突を下げるが、間に合わない。石は彼女の足の甲を掠め、わずかに跳ねる。痛みよりも驚きが表情を占め、彼女は数歩後ろへ飛んだ。
「今の、上じゃなくて下!」
「スズカ、突っ込んでくるから……」
アンリは息を整えつつ、三投目を握る。回転を小さく、小刻みに。遠心の円が狭まり、石の出る角度が分からない。スズカの瞳が丸くなり、彼女は槍の柄を握り直す。
「くる……!」
斜め、胸、足、のフェイント。石はまったく別の方向へ飛んだ。スズカの右横、一歩分外。彼女の反応は速い。槍を手放し、身体だけで回転しながら飛び出す。砂が小さく柱を立て、スズカは石に指を伸ばした――が、指は空を掴んだ。
「しまった!」
アンリは四投目をすでに回している。スズカが槍に戻るより早く、石が肩口を撃った。鈍い音。スズカは身体を縮め、砂に膝をついた。
「一本、アンリ」
木柵の外から、低い声がした。振り向くと、隊長のヴェイルの影が立っている。兜を被っている。面頬の庇が朝の光を受けて輪郭を縁取り、冷ややかな眼差しが二人を観察していた。
「今の四投目、よかった。恐さを先に作って、空の角度から打つ。だが当てた場所は肩。訓練とはいえ、首から上は避けること」
「は、はい!」
アンリは慌てて頭を下げ、スズカの方へ駆け寄った。肩に掌を置くと、スズカはむくりと起き上がる。涙目だが、笑っている。
「だいじょぶ! びっくりしただけ。やるじゃん、アンリ!」
「ご、ごめん……!」
「次はわたしの番!」
スズカは砂を払って立ち上がる。槍を拾い、柄に掌を滑らせて握り直す。彼女の頬には砂の細かな跡がつき、その上に汗が光る。
「第二演習、連携訓練――風走。狙いは木柱。移動しながら、アンリが撹乱、スズカが突き。合図なしで開始。どちらかが止まったら失点」
ヴェイルが木柵を跨いで中に入ると、離れた位置に立つ二本の木柱を示した。ひび割れた柱には、過去の訓練で刻まれた傷が無数に走っている。
「二人とも、動き続けて。息を貸し借りして」
「息の貸し借り……?」
「走る時間、休む時間、互いの心拍。目で見るだけじゃなく、砂の音と影で相手の疲れを拾うの」
スズカは「任せて!」と元気に答え、アンリの手をぎゅっと握った。掌が熱い。アンリは小さく頷く。
走り出す。アンリは左、スズカは右。互いの背中が斜めに交差し、砂が八の字を描く。アンリはスリングを回さない。手の中で革紐をふわりと泳がせ、相手の視線だけを奪う。スズカは短い助走からの刺突を繰り返し、柱の節を三度、四度と打つ。乾いた音が訓練場に響く。
「アンリ、右!」
スズカの声。アンリは即座に右へ膨らみ、柱とスズカの間に“幻”の境を作った。敵の視界を塞ぐつもりで、回していないスリングをわざと高く掲げる。スズカはその影をくぐり抜け、低く滑り込んで突く。木の皮が削れ、薄い破片が舞った。
「いいテンポ」
ヴェイルの声が遠くする。
二分、三分。呼吸が熱を帯びる。アンリは徐々にスリングを回し始め、軽い投石で柱の上部を叩く。狙いは当てることではない。音を作る。音は敵の思考を乱す。スズカは音の隙間を往還し、突きと払を切り替える。槍の穂先が走るたび、朝の光が細い筋になって散った。
「はっ、はっ……!」
スズカの呼吸が少し荒くなる。アンリはそれを背中で感じる。砂の蹴りが軽くなった。次の周回、アンリはわざと前に出すぎた。
「スズカ、肩!」
声と同時に、アンリは自分の肩で風を作る。スズカはそこに吸い込まれるように走り、槍をしならせて柱の側面を叩く。打撃だ。刺すよりも腕の筋肉が使える。スズカの呼吸が一拍、楽になった。
「ありがと!」
「あと二巡!」
アンリは回転の半径を小さくし、手だけで音を刻む。スズカが再び刺突に戻り、柱の節を正確に打ちはじめた。最後の一撃――穂先が節目に潜る。乾いた破裂音。節が割れて、小さな欠片が飛んだ。
「停止」
ヴェイルが手を挙げる。二人は同時に足を止め、膝に手をついて息を吐いた。汗が首筋を伝い、砂に落ちて黒い点になる。
「今の“息の貸し借り”ができるなら、二人組での伝令・撹乱はもっと強くなる。アンリ、“幻”を増やしすぎない。スズカ、突くときの目は節じゃなくて、その向こうの空。肩に力が入ってた」
「う、うん……!」
「はいっ!」
褒められた嬉しさよりも、二人は互いの笑顔を確かめるように見合わせた。指先が触れ、すぐ離れた。
休憩の水桶は、訓練場の隅に置かれている。スズカは勢いよく柄杓を突っ込んで水をすくい、豪快に飲んだ。頬が赤い。アンリは少しずつ口を湿らせただけで、残りを髪の生え際にかける。
「アンリ、さっきの四投目、どうやって下げたの?」
「えっと、回す円を小さくして、手首の角度を最後に変える……だけ」
「だけ、って言うの好きだよね」
「スズカは“とにかく行く”って言うの、好きだよね」
二人は笑い合う。が、笑いの尾に、小さくざらつくものが残った。
遠くの柵の外で、誰かが声を上げている。外来の荷車だろうか。城壁の上では、見張りが歩く影が交差する。世界は訓練場の外側で動き続けている。そのことが、アンリの胸にひやりとした影を落とした。
「ねえ」
「ん?」
「もし、本当の戦いで……私、怖くて足が止まったら、スズカ、どうする?」
スズカは柄杓を桶に戻し、両手で縁を掴んだ。真面目な顔は、彼女の幼い輪郭をすこしだけ大人に見せる。
「止まっていいよ。そのかわり、合図して。『今は止まる、次で行く』って。そしたら、わたしが先に跳ぶ」
「……跳びすぎて、戻ってこなかったら?」
「うん。そしたら、アンリが引っぱって。スリングで、わたしの背中を軽く叩くとかでもいい」
アンリは目を丸くした。
「痛いよ」
「優しく、ね」
二人はまた笑った。ヴェイルが離れた場所で腕を組み、少しだけ口元を緩めた。
午後。太陽が高く、影が足元に短く落ちる時間。第三演習の前に、個別の課題練習が挟まった。アンリはスリングの遠投精度を、スズカは短槍の取り回しと投擲をそれぞれ磨く。
「スズカ、投げナイフは?」
「今日は槍に集中! でも……」
スズカは腰の小さな鞘に手を当て、二本だけ抜いた。指に挟んでみせ、くるりと回す。
「見たい?」
「見たい」
「なら、一本ずつ。同時に投げて、どっちが中心に近いか!」
訓練場の端の木盾に丸い的が塗られている。アンリはナイフの重みを確かめ、あまり得意ではない投擲の姿勢を思い出しながら、肘の角度を調整した。スズカは軽やかに、ほとんど踊る前振りもなく一本を放つ。ナイフは空で小さくきらめき、的の外縁に刺さった。
「ありゃ」
アンリは深く吸って、吐く。ナイフを滑らせるように出す。刃は中心から少し外れたが、スズカより内側だ。
「やるじゃん!」
「ま、まぐれ……」
「まぐれじゃないよ」
スズカは笑い、アンリの背中を二度、軽く叩いた。背骨に沿って熱が走る。アンリはこの“軽く叩く”という合図を、さっき自分たちで決めたばかりだったことを思い出し、少しだけ胸の奥が温かくなった。
そして、陽が傾きかける頃。第三演習――真剣勝負の時間が来た。真剣といっても刃は潰してある。だが、互いを倒すまで止めない。視線で探り合い、足音で読み合う。
「アンリは軽短剣とスリングの併用。スズカは短槍に限定。投げ槍はなし」
ヴェイルが条件を告げると、周りで見ていた仲間たちが自然と輪を作った。サヤカの豪快な声がどこからともなく響く。「いけいけー!」
アンリは短剣を抜き、スリングを左手に巻く。スズカは槍を斜めに寝かせ、穂先を砂に滑らせる。砂が小さく鳴り、二人の間の空気が張る。
「始め!」
最初に動いたのはスズカだった。弾むように二歩、三歩。槍を低く構えて突き出し――フェイントで止め、柄で横払う。アンリは後ろへ跳ぶ。砂の感触が踵に柔らかい。そこで止まらず、スリングを小さく回して右へ。石は投げない。視線だけがスズカの頬を撫でた。
「またそれ!」
「うん、またこれ」
スズカの横払が空を切る。アンリは腰を落とし、短剣の鍔で穂先を受ける。衝撃が掌を震わせる。小さく痺れる。受け流す角度がわずかに遅れ、刃がアンリの肩に触れた。鈍い痛み。
「一本とれそう!」
スズカが笑う。アンリは笑わない。左足を砂に沈め、身体の重さを下へ落とす。スズカの穂先が浮く瞬間を、待つ。ほんの瞬き一つぶんの間隙――アンリは前に滑った。短剣の柄で穂先の付け根を叩き、槍の軸をずらす。
「ありゃ!」
スズカの槍が半歩分、横に逃げた。アンリはそこで斬らない。代わりに、左手のスリングをスズカの手首に絡ませた。革紐が汗で吸い付き、ざらりと鳴る。
「うわっ」
スズカが引く。アンリも引く。二人は弧を描いて回り、砂が二人の周囲に環を作った。力比べではアンリが負ける。だが、引き方はアンリが上手い。スズカの手首が自分の体側に来る角度を作る。スズカの肘が伸び、槍の軸が浮く。
アンリは短剣の背をスズカの喉元に、軽く当てた。
「一本」
歓声。サヤカの口笛。スズカは目をぱちくりさせ、次の瞬間にはもう笑っていた。
「やられたー! くぅ……!」
スズカは悔しそうに槍を振り、砂に穂先を軽く突き刺した。
「次!」
二本目。スズカは最初から距離を詰めない。槍を体側に立て、円を描くように歩く。アンリも同じ円周に乗り、互いの影が砂に絡む。風が汗を冷やし、首筋が粟立つ。
「アンリ、くるよ」
「どうぞ」
スズカの足元が沈む。同時に槍が下からすくい上げるように飛ぶ。アンリは下がらない。前へ。穂先と短剣が触れる。金属の鳴き声。スズカの槍が弾かれ、空へ躍った――そこをアンリは踏み込む。
が、スズカは踏み込みを待っていた。彼女は槍をそのまま背に回し、柄でアンリの足首を払う。アンリの視界が一瞬、砂色に傾いた。
「わっ」
倒れない。アンリは砂に手をつき、膝で旋回する。踏み込みの勢いを保存したまま、身体だけが半回転した。短剣が光を切り、スズカの脇腹に触れる寸前で止まる。砂が舞い、スズカの短い髪が風で揺れた。
「……そこ」
「はい。一本」
スズカは唇を尖らせ、すぐに笑いに変えた。
「強くなってるじゃん!」
「スズカのほうが、強いよ」
「じゃあ、次で証明!」
三本目。空は橙色を帯び、訓練場の影が長く伸びる。仲間たちの声が遠くへ引いていき、世界に二人だけが取り残されたような静けさが降りる。
アンリは呼吸を一度深くして、短剣を低く構えた。スリングは巻いたまま。スズカは槍を逆手に担ぎ、前傾姿勢で砂を踏む。二人は互いに視線を逸らさず、しかし直接目を見ない。相手の呼吸だけを見た。
最初に動いたのは、風だった。柵の向こうから吹き抜け、砂粒が小さく転がる。アンリが一歩。スズカも一歩。
「――っ」
同時。アンリの短剣が肩口へ。スズカの槍が喉元へ。互いの必殺。だがどちらも当たらない。二人は相手の“必殺”を知っている。だから、そこに罠はない。
アンリは刃を引く。スズカは柄を押し込む。身体が深く重なり、汗の匂いが交わる。アンリの視界に、スズカの睫毛がふわりと落ちた――その影の揺れを、アンリは刃の角度に重ねた。
「スズカ」
「なに」
「跳んで」
スズカは反射で跳んだ。アンリは足元を払う。払うと同時に、スリングをほどき、スズカの腰に軽く当てる。合図だ。跳躍が少しだけ高くなる。スズカは宙で身体を丸め、槍を背から前へ滑らせる。影が重なり、ハの字に開いた穂先が落ちる。
アンリはそれを見て、さらに一歩、踏み込んだ。刃と穂先が交差し、火花が散る。火花はすぐ消えるが、その残像だけが瞼の裏に残った。
「っ……!」
砂が沈み、二人の足跡が重なる。アンリは短剣で穂先を絡め、スズカの腕をひと呼吸だけ止めた。その一拍で、アンリは左肩から身体をねじり、刃の背をスズカの鎖骨に触れるか触れないかの距離に置いた。
「……一本」
静寂。時間が遅くなり、遠くで鳥が鳴いた。スズカは目を閉じ、すぐに開く。そして、ぱあっと笑う。
「負けた!」
「ごめん、強く当ててない?」
「だいじょうぶ! アンリの“優しい当て方”、好き」
仲間たちの輪が近づき、手が伸びた。背中を叩かれ、肩を抱かれる。ヴェイルは頷き、短く言う。
「二人とも、よかった。今日はここまで。明日は馬上での連携をやる。スズカは体幹、アンリは腰の切り返しを強化しておくこと」
「はい!」
「はいっ!」
日が落ち、訓練場の砂は薄青い影に包まれた。木柵の外、夕餉の香りが漂い始める。食堂からは笑い声が漏れ、遠くの塔の鐘がゆっくりと数を刻んだ。
二人は砂を払って歩き出す。靴の中の砂がじゃりじゃりと鳴り、その音が妙に心地よい。
「スズカ、今日の皿洗い、どうする?」
「んー、勝ったのアンリだから、勝った人が皿洗い!」
「それ、やっぱりおかしいよ」
「じゃあ、いっしょにやろ?」
アンリは笑う。肩が軽い。心も軽い。
「ね、明日怖くなったら、また合図する。背中、軽く叩いて」
「うん。優しくね」
「優しく、ね」
二人の影が並び、やがて重なる。砂の上に残った円は、明日の風でまた消えるだろう。けれど、二人の身体に刻まれた“息の貸し借り”は、消えない。
訓練場の門をくぐる直前、スズカが振り返った。
「アンリ!」
「なに?」
「ありがとう。今日、すごく楽しかった」
アンリはほんの一瞬、言葉を探した。胸の奥で、何か小さな灯りがともる。
「私も。……また、強くなろう」
「うん!」
二人は走り出した。夕餉の湯気の向こうへ。笑い声の中へ。まだ見ぬ戦場の手前で、今はただ、皿洗いの約束に急いだ。
夜。食堂の灯りが落ち、外に出ると星が近くに見えた。風が涼しい。アンリは中庭のベンチに座り、手のひらを見つめる。今日、スズカの手首に絡めた革紐の感触が、まだ残っていた。
「アンリ」
振り向くと、スズカが立っていた。寝間着に着替え、髪を少し濡らしている。
「起きてたんだ」
「うん。今日のこと、もう一回お礼言いたくて。……それと」
スズカはベンチの隣に座り、空を見上げる。
「わたし、怖いの、嫌いじゃないんだ。怖いってことは、次にできることがあるって、合図だから」
「うん」
「でも、ほんとに怖いときが来たら、アンリにだけは隠したくない。だから、たぶん……泣く」
アンリは少し驚いて、すぐに笑った。
「そのときは、背中、叩くね」
「やさしく、ね」
「うん」
二人はしばらく黙って星を見た。どの星も同じように見えて、でも少しずつ色が違う。今日の火花の色も、たぶん星ごとに違うのだろう。
「おやすみ、スズカ」
「おやすみ、アンリ」
スズカは立ち上がり、軽く手を振った。アンリはその背中を見送り、もう一度、手のひらを見た。
革紐の感触が、小さな約束みたいにそこにあった。
翌朝、訓練場に一番乗りしたのは二人だった。昨日よりも少しだけ速く、少しだけ高く跳ぶ。砂の匂いは変わらない。けれど、足跡の密度は確かに違う。
今日もまた、火花が散る。友情の色で。




