風を繋ぐ者たち
馬の吐息が白く煙り、蹄が石畳を激しく打ち鳴らす。
先陣を務めるレイとスズカは、馬が耐えられる限界ぎりぎりの速度を保ちつつ、中継地点へと迫っていた。
「見えた!」
スズカが叫ぶ。栗色の髪が夜風を切って激しく跳ね、灯火の光を受けて金色に煌めく。
「時間が勝負よ、落ち着いて!」
レイは銀の髪をなびかせ、暗闇の中で一筋の光のように輝かせながら、凛とした声で応じた。
二騎は疾風のまま飛び込むと、舞うように同時に馬を降りる。砂塵が煌めき、裾と髪が大きく弧を描いた。
スズカは愛馬の首筋を抱き寄せ、「ありがとね、よく頑張った!」と叫び、荒い呼吸の合間に笑顔を見せる。
レイは一歩退き、深々と一礼する。銀の髪がさらりと垂れて、夜の光を受けて清らかに揺れた。
厩舎係は無駄なく鞍を付け替え、木のコップを差し出す。
スズカは一気に飲み干し、「ぷはぁっ! うまっ!」と豪快に水滴を散らす。
レイは丁寧に飲み、最後に器を返す所作すら優美だった。
二人は馬へ跨がり、砂煙を上げて再び暗闇の街道へ。
その後ろ姿に、風に舞う栗色と銀の髪が光を帯びて流れ、闇夜に一瞬の花のように咲いた。
続いて現れたのはサヤカとサキ。
サヤカは駆け寄るなり馬の首を豪快に抱きしめ、炎のように赤銅色の髪が跳ね上がった。
「よっしゃ! おつかれ!」
サキはその横で落ち着き払って馬を撫でる。黒髪が夜の闇に溶け込み、ただ静かな艶を帯びて揺れた。
水を受け取るとサヤカは「おかわり!」と笑い、サキが手で止める。
「十分です、次へ」
二人は同時に馬に飛び乗り、赤銅と黒の髪が交わりながら闇に消えていった。
三番手はマイとヒトミ。
二騎は寸分違わぬ足並みで飛び込み、マイは即座に「無駄はなし、次!」と声を飛ばす。
その漆黒の髪は乱れることなく、冷静な眼差しと共に凛と揺れた。
ヒトミは片目をつむり、艶やかな長い髪を揺らしながら馬の鼻先に手を添える。
「ちょっと遅いわよ? でもありがと」
彼女の髪は笑みと共にさらさらと揺れ、明暗の灯を柔らかに映した。
水を飲み干すマイと、半分を譲るヒトミ。そのわずかな所作に二人の対比が映え、次の馬へ跨がる時、黒と濃茶の髪が並んで夜風を切った。
四番手に現れたのはヴェイルとアンリ。
アンリは裾を翻し、舞うように着地すると、淡い金色の髪がふわりと広がった。
馬の首に軽く口づけし、「ありがとね。チュッ」と囁く声に、髪が月光のように揺れる。
隣のヴェイルの兜の奥、その眼差しは、夜の闇を鋭く裂く刃のように光っていた
水をちびちびと口にするアンリの髪は、小鳥の羽根のように揺れ、ヴェイルは黙して頷き、二人は目を合わせて再び夜へ駆けた。
最後にセイカとサオが飛び込む。
セイカは飛び降りざまに馬を叩き、「ようやったな! まだ行けるで!」と声を張る。
彼女の明るい茶髪は大きく跳ね、豪快な笑みに合わせて闇を切るように揺れた。
サオは小柄な体で馬に寄り添い、真っ直ぐな黒髪を肩に垂らしながら「ありがと……ほんま助かった」と小声で囁いた。
水をがぶ飲みするセイカと、「わたしの、どうぞ」と譲るサオ。その髪が並んで風に流れ、明暗の対比を描きながら新たな馬で走り出す。
五組すべての交代は、わずか数十数えの間に終わった。
厩舎係たちは一瞬も気を緩めず、
「ぼーっとしてる暇はないぞ、次!」
「鞍の締め確認!」
と声を掛け合い、寸分違わぬ流れを守り続ける。
リリエンガルデが美しく疾走できるのは、裏方の誰一人として惚けず、全力で舞台を支えているからだった。
やがて厩舎長が声を放つ。
「――次は、エルディアス伯の馬だ。準備を怠るな!」
その言葉に係たちの背筋が一斉に伸びる。
風のように駆け抜けた乙女たちの後を、今度は鋼の重みを持つ者が来る。
闇を裂く髪の輝きが消えた後に訪れた沈黙は、次の瞬間に備える張り詰めた気配で満ちていた。
闇の街道を、エルディアスの馬はひた走っていた。
私は鞍の前に座り、背後からエルディアスに支えられている。
彼の大きな腕が私を包むように手綱を握り、蹄音が石畳を鋭く叩いていた。
風が容赦なく髪を乱す。
青のリボンで結んだはずのポニーテールはほとんどほどけ、髪が顔に貼りついて視界を遮った。
けれど、振り払う余裕もなく、私はただ必死に前を見据えた。
――大クスノキ。どうか、無事でいて。
やがて灯火が近づく。中継の場だ。
馬が止まるより早く、エルディアスに抱き上げられ、私は地へ降ろされた。
その瞬間、頬に張りついた髪が気になり、指先で青のリボンを結び直す。
夜風に揺れる髪を束ね、きゅっと結び直すと、少しだけ胸のざわめきが整った気がした。
――まだ走れる。まだ行ける。
「エルディアス……」
掠れた声で名を呼ぶ。
「大丈夫か」
低い声が返る。私は小さく頷いた。大丈夫ではない。だが、止まってはいけない。
厩舎係が木のコップを差し出し、エルディアスがそれを受け取り私に渡してくれる。
冷たい水が喉を潤すたびに、胸の焦りがほんの少し和らぐ。
「ありがとう……」
小さな声が自然に漏れた。
「慌てなくていい。――だが、急げ」
その一言に、裏方の動きが一斉に加速する。
新しい馬が備わり、私は一歩踏み出すが、一人では跨がれなかった。
エルディアスの大きな腕に再び抱き上げられ、鞍の前へ導かれる。
背中に鎧の硬さが伝わり、その重みが逆に心を支えてくれる。
「大クスノキへ……!」
必死の声が自分でも驚くほど強く響いた。
「分かっている」
低い声と共に、馬が再び闇を駆け出す。
蹄音が石畳を叩き、束ね直した青のリボンが風に揺れ、切りそろえた裾が翻った。
――どうか、間に合ってほしい。
私はただ、その祈りを抱いて前を見据えた。




