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歓声のあとに ―忘れられた旗印―  作者: 草花みおん
第三章 大クスノキ襲撃

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リリエンガルデ、出陣

リリエンガルデ


それは伯爵軍の中でも、特に選び抜かれた女性騎兵十人からなる特別部隊。誰もが馬術と剣技に秀で、疾風迅雷のごとき速さで戦場を駆け抜ける姿から、"百合の疾風騎兵"の異名で呼ばれていた。


彼女たちの鎧は白銀を基調とした軽装。胸や肩には白百合の刺繍が施され、月光を受けるたび淡く光を返す。華美ではなく、凛とした上品さ――その名にふさわしい誇りの印であった。


五組の二騎が、静かに鞍に跨る。




軍厩舎には蹄鉄の音と人の掛け声が満ち、緊張した空気が張り詰めていた。繋がれた馬たちの吐息が白く揺れ、厩舎係が慌ただしく装具を整えている。


エルディアス伯からの急報が届いたのは、ほんの刻限前のこと。大クスノキが襲撃を受けている。至急、救援に向かえ――その命令一つで、リリエンガルデは動き出した。


厩舎長が声を張り上げる。


「――先陣、レイとスズカ! 準備はいいか!」


「はい!」


澄んだ声が返る。銀髪のレイが馬の鞍を確かめ、深く一礼する。


「必ず、大クスノキへ」


隣で栗色の髪を跳ね上げたスズカが豪快に笑った。


「任せてって! 私たちが道を開く!」


二人は目を合わせ、短く頷き合う。


「――十秒前!」


厩舎係の声が夜気を震わせる。レイは銀髪をさらりと揺らし、隣を横目で見やった。


「わかっているわね、スズカ。私たちが先陣……道を開ける」


スズカは跳ねる茶髪を揺らし、口の端を上げて笑う。


「もちろん。でも一番乗りって……やっぱり気分いいわね」


「――さん、に――いち!」


「――ゴーッ!」


馬蹄が石畳を叩いた瞬間、二騎は夜の闇へ飛び出した。銀と栗色の髪が月光を受けて流れ、まるで二筋の光が街道を駆け抜けるかのようだった。




厩舎に残った者たちは、一瞬だけ息を呑む。だが、すぐに次の声が飛ぶ。


「――二番手、サヤカとサキ! 十秒前!」


サヤカは栗色のポニーテールを振り上げ、槍を掲げる。


「よっしゃーッ! 二番手だって負けねえぞ!」


サキは燃えるような赤の短髪を揺らし、苦笑して肩をすくめた。


「まったく……浮かれるなよ、サヤカ!」


「――さん、に――いち!」


「――ゴーッ!」


笑いと火花を散らしながら、二騎は疾走した。栗色と炎のような赤の髪が交わり、その背が闇に消える。




「――三番手、マイとヒトミ! 十秒前!」


マイは黒髪に赤のメッシュをかき上げ、冷静な目で前を見据えた。


「目標、大クスノキ。無駄なく行く」


ヒトミは艶やかな長い髪を揺らし、笑みを浮かべる。


「ふふ、怖いけど……あなたとなら」


マイは短く頷く。


「恐怖は必要なこと。それが生きる力になる」


「――さん、に――いち!」


「――ゴーッ!」


砂煙を巻き上げながら、二人は闇へと飛び込んでいく。黒と濃茶の髪が並んで夜風を切った。




「――四番手、ヴェイルとアンリ! 十秒前!」


アンリは金髪のショートを揺らし、隣の騎士を見上げた。


「頑張ろうね、姫隊長!」


兜をかぶったヴェイルは低い声で返す。


「……誰が姫だ」


アンリはにやりと笑い、手綱を強く握る。


「でも、その目……やっぱり綺麗だよ!」


兜の奥で、双眸が鋭く光った。


「――さん、に――いち!」


「――ゴーッ!」


光を宿した二騎は、夜の闇へと駆け抜けた。金の髪と漆黒の兜、対照的な二人が並んで疾走する。




「――殿、セイカとサオ! 十秒前!」


セイカは編み込んだプラチナブロンドを月光に輝かせ、澄んだ声で言った。


「最後を任されるのは、責任重大ね」


サオは黒髪の三つ編みを揺らし、優しく微笑む。


「そんなに肩肘張らなくてもいいさ。セイカと一緒なら大丈夫だ」


セイカは目を細め、柔らかく微笑み返す。


「……ありがとう、サオ。励まされるのは私の方かもしれない」


「――さん、に――いち!」


「――ゴーッ!」


二騎の白銀の鎧に縫い込まれた百合が、月光を浴びて淡く輝いた。その最後の出撃は、リリエンガルデの名を冠するにふさわしい、美しき殿となった。




厩舎に残された者たちは、五組すべてが闇へ消えた後も、しばらく立ち尽くしていた。


やがて厩舎長が声を上げる。


「――次は、エルディアス伯の馬だ。準備を怠るな!」


その言葉に係たちの背筋が一斉に伸びる。風のように駆け抜けた乙女たちの後を、今度は鋼の重みを持つ者が来る。




軍厩舎には蹄鉄の音と人の掛け声が満ち、緊張した空気が張り詰めていた。繋がれた馬たちの吐息が白く揺れ、厩舎係が慌ただしく装具を整えている。


ルミナは深呼吸をひとつし、ナイフを借りて自らのドレスを裂いた。裾が床を払うたびに邪魔になる――それならば、と潔く布を切り捨てる。煌びやかな装飾は姿を消し、白布に金糸が残るだけの、戦場に立つ少女の装いとなった。


その様子を見て、エルディアスは低く笑った。


「……いい。そっちの方が、お前に似合う」


彼はひらりと馬に飛び乗り、手を差し伸べる。ためらう間もなく、その大きな掌がルミナを引き上げた。気づけば彼女は鞍の前に座らされ、背後から強い腕が支えていた。


ルミナは緊張に震える手で、鞍の縁をぎゅっと掴む。


「……間に合うのでしょうか。行きは一日がかりだったのに……みんな、大丈夫かな。マルティナさんは……」


背後から返る声は揺るぎない。


「マルティナはクラリッサが守る。心配はいらん」


そして手綱をわずかに引き、落ち着いた調子で言葉を重ねる。


「二刻半もあれば十分だ。必ず間に合う」


その確信と余裕を帯びた響きに、ルミナの胸の奥で渦巻いていた不安が、少しずつ和らいでいく。


厩舎の扉が大きく開かれた。冷たい夜風が吹き込み、馬が前足を高く踏み鳴らす。


エルディアスは短く言い放つ。


「行くぞ」


二人を乗せた屈強な軍馬が地を蹴り、夜の闇を裂いて駆け出した。


その行き先は――大クスノキの町。迫りくる混乱の渦へと、彼らは向かっていった。

リリエンガルデの名前について。

実は、隊長のヴェイルを除いたメンバーは、執筆当初“とりあえずの仮名”で友人から借りた名前なんです。

そのまま書き進めていたら……あれよあれよという間にキャラが動き出して、もう改名できない状態に(笑)。


結果、“仮名のまま正式採用”という、ある意味で歴史ある部隊になってしまいました。

もし『ちょっと名前が現実っぽいな?』と思った方がいても、

そこは作者とキャラの“ご縁”と思って笑っていただければ幸いです。

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