表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歓声のあとに ―忘れられた旗印―  作者: 草花みおん
第二章 旗印の乙女、再び

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/68

グレゴールの思惑

大広間では、すでに宴が始まっていた。

燭台に照らされた卓には豪商や貴族が並び、杯を掲げては笑い声を響かせている。

だが誰もが心の底では、まだ見ぬ「旗印の乙女」の登場を待っていた。


「遅い……いつになったら到着するのだ?」

「お披露目はまだか?」


囁き声が飛び交い、不安と苛立ちが酒の熱気に混じって渦を巻く。


高座にふんぞり返るグレゴールは、モノクルをきらつかせながら酒杯を揺らした。

赤らんだ顔に皺を寄せ、突如として声を張り上げる。


「なぁ〜にゆえ、もてなさにゃならんのだぁ〜っ!

あんな田舎娘に金を使うなんぞ、もったいなくてかなわんわぁ〜っ!」


手をばたつかせ、甲高い声が大広間に響く。

周囲の客が驚いて振り返ったが、グレゴールはお構いなしに吠え続けた。


「宴はわしのために開くもんじゃろがぁ! わしらの酒と肉が泣いとるわい!」


側近が慌てて身を寄せ、声を潜める。


「……旦那様、それでも宴はすでに開かれております。皆が旗印の乙女の登場を待っているのです」


「だまらんかぁ〜っ!」

グレゴールは机を叩き、杯の酒を跳ね散らした。


側近はさらに声を落とし、渋い顔で続けた。


「本部からは“大クスノキまで迎えに行け”との厳命がございました。軍の橋も通行を許されるはずでした。ですが……迎えを出さなかったために、到着が遅れているのでは」


グレゴールは鼻を鳴らし、酒杯をあおる。


「むぅ〜っ、本部、本部とうるさいわい! わしは反対したんじゃぁ〜!

なぁ〜んであんな小娘を迎えに行かにゃならんのだぁ!」


モノクルがずれかけ、慌てて直しながら吠え立てる。


「迎えは出したではないか! 本部から来たとかいう――セリーネじゃ!

あの小娘に任せりゃ充分じゃろがぁ!」


側近は言葉を飲み込み、苦い顔をして俯いた。

グレゴールの苛立ちと本部の指示、その板挟みの中で、広間の空気はじりじりと重さを増していった。

「小娘じゃ、小娘じゃぁ〜っ! あっちも小娘、こっちも小娘! わしはもうイヤじゃぁ〜っ!」


グレゴールの甲高い声が大広間に響き渡る。

モノクルを押さえ、椅子からずり落ちそうになりながら吠え立てるその姿に、招待客たちは苦笑を交わしつつ杯を傾けていた。


「本部からのセリーネとかいう小娘! それから旗印の乙女とかいう小娘!

わしの周りは小娘だらけじゃぁ〜っ! あぁ嫌だ、もったいなくてかなわんわい!」


そこへ、すっと柔らかな声が割って入る。


「……小娘、小娘と。何やらご機嫌麗しゅうございますわね、おじさま」


グレゴールが振り返ると、そこに立っていたのはイザベルだった。

白いドレスの裾を翻し、余裕の笑みを浮かべている。


「お、おぉ〜っ、可愛いイザベルよ! なんてことはない、なんてことはないぞぉ〜っ!」

グレゴールは慌てて笑顔を作り、手を広げて迎える。


「旗印の乙女なんぞと言う、取るに足らぬコムスメのことを、ちょぉ〜っと言ったまでじゃ!」


イザベルはゆるやかに扇を広げ、涼しい眼差しを送った。

その瞳には、叔父の騒ぎを見透かすような静かな光が宿っていた。

「旗印の乙女なんぞと言う、取るに足らぬコムスメのことを、ちょぉ〜っと言ったまでじゃ!」


グレゴールが取り繕うように笑い声を上げると、イザベルは扇を口元に当てて静かに首を傾げた。


「まぁ……おじさまのお言葉もごもっともですわ。田舎娘に金と手間をかけるなど、正直、私も癪に障りますもの」


扇の陰から覗く瞳は、冷ややかな光を帯びていた。


「けれど――利用できるものなら、利用してしまえばよろしいのではなくて?

“旗印の乙女”の名があれば、民衆も領主も動きやすくなりますわ」


グレゴールは一瞬目を瞬かせ、それから大げさに頷いた。


「おぉ〜っ、さすがはわしの可愛いイザベル! そうじゃ、そうじゃぁ〜っ!

わしらが動かす旗ならば、乙女だろうが小娘だろうが、かまわんではないかぁ〜!」


モノクルをきらりと光らせ、グレゴールは酒杯を高々と掲げた。

招待客たちはその様子に合わせて拍手と笑いを送る。

大広間の空気は、偽りの祝祭の熱気とともに濁りを増していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ