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歓声のあとに ―忘れられた旗印―  作者: 草花みおん
第二章 旗印の乙女、再び

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川風に揺れる決意

川辺の渡し場を囲むように、小さな町が広がっていた。

板葺きの宿屋、煤けた茶屋、そして軒先をはみ出すように並ぶ屋台。

焼いた魚の匂いと香辛料の香りが混ざり合い、旅人の胃袋を刺激する。


荷を背負った巡礼者たちが祈りを捧げる一方で、商人は荷車の傍らで大声を張り上げていた。

「こんな所で足止めだと? 野菜が腐っちまう!」

「香料だって湿気を吸って傷むんだ、どうしてくれる!」


酒場の前では旅芸人が笛を吹き、子どもたちが籠に入れた小魚を売り歩いている。

「一匹銀貨一枚だよ! 焼けばうまいよ!」

その声が喧噪にかき消されそうになりながらも、町に明るさを添えていた。


船頭の家族が住む長屋の軒先では、女たちが桶で洗濯をしながら愚痴をこぼす。

「まったく、また増水だよ。あの川はほんと気まぐれなんだから」

「でも渡し賃がなくなったら、あたしたちの暮らしも立たないんだよね」


マルティナは人いきれに眉をひそめつつ、周囲を眺めた。

「ここまで町ができているのは、やはり川が要害だからね。普通なら橋があってもいいはずなのに」


ルミナは首をかしげる。

「じゃあ、どうして橋がないの?」


すると行商人が荷台の上から笑い声をあげた。

「嬢ちゃん、いい所に気づいたな。理由は二つある。ひとつは軍の考えだ。川を天然の防壁にして、敵に渡らせないためにな」


彼は指で川向こうを指した。

「もうひとつは……あの流れよ。普通の技術じゃ橋はすぐ流される。だから“渡し場”に頼るしかない」


そう言って、にやりと笑みを深める。

「けれど昔、この川に橋をかけた連中がいたらしい。チェスタ人だ。あの連中の技術は、いまじゃ誰も真似できん」


ルミナは思わず目を見開いた。

「……じゃあ、本当に橋があったの?」


「そうさ。だが今は“忘れられた橋”なんて呼ばれて、誰も渡りやしない。古い石が残ってるだけだ」


人の声と荷馬車の軋む音の中、その言葉だけが不思議と重く胸に残った。

荷馬車の幌を押し分けて顔を出すと、そこは人と声と汗の匂いでむせ返るような場所だった。

増水した川は白い泡を立て、舟を激しく揺さぶっている。船頭たちは必死に綱を抑えながら怒鳴り合っていた。


「今日は無理だ! 舟を出せば沈むぞ!」

「そんなこと言ったって、もう待てねえんだ!」

「順番だ、順番を守れ!」


川辺には順番待ちの旅人や巡礼者がぎっしりと並び、苛立った声が絶えない。荷車を抱えた商人は両手を振り上げていた。

「荷が傷むんだ! 早く渡させろ!」


マルティナは荷馬車から降り、眉をひそめた。

「……これはひどいわね」


ルミナも幌を出て、目を丸くする。

「でも……船はあるんだよね? 渡れるんじゃないの?」


その声を聞きつけた船頭が、苛立ち混じりに振り返った。

「嬢ちゃん、見りゃわかるだろ! 舟は人ひとりや荷くらいならまだしも……馬車ごとなんて沈んじまう!」


ルミナは思わず口を押さえた。

「……そんなに危ないの?」


行商人も荷馬車から降り、肩をすくめた。

「そういうことだ。俺も今日はここじゃ動けん。だが嬢ちゃんたちは急ぎなんだろう?」


マルティナは険しい表情で頷いた。

「このままじゃ、煌都の招待に間に合わないわ」


ルミナの胸に焦りが広がる。川向こうには煌都の尖塔が霞んで見えているのに、ここで足止めを食うのか。

風に煽られて髪が乱れ、指で抑えるその仕草にも、焦りと落ち着かない心の揺れがにじみ出ていた。


「……じゃあ、どうすれば」


行商人はしばし口をつぐみ、やがて低く言った。

「一つだけ道がある。“忘れられた橋”さ」


ルミナはごくりと喉を鳴らし、川風に揺れる髪を押さえて勇気を振り絞った。

「……行こう。絶対に間に合わなきゃ」


だが行商人は荷馬車に戻り、肩をすくめながら言った。

「悪いが、俺は荷車ごとじゃ渡れん。ここで舟が落ち着くのを待つさ」


ルミナは唇を噛んだ。乱れた髪の毛先が頬に貼りつき、そのままの彼女の迷いを映し出す。

「……そう、ですよね。ありがとうございました」


マルティナも深く頭を下げる。

「ここまで一緒に乗せていただいて助かりました。どうかご無事で」


行商人は片手をひらひら振り、ぶっきらぼうに言った。

「お前さんらこそ、気をつけろよ。“忘れられた橋”は誰も通っちゃいない。石が落ちてるところもあるらしいからな」


その言葉を背に受けながら、二人は荷馬車から荷を下ろし、背負い直した。

川風が幌を揺らし、布のはためく音が彼女たちを送り出すかのように響いた。

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― 新着の感想 ―
設定にムラはありますが、それ以上に伸びしろと将来性を感じました! この先どう物語が動いていくのか、楽しみで仕方ありません。ぜひ頑張ってください!
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