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歓声のあとに ―忘れられた旗印―  作者: 草花みおん
第二章 旗印の乙女、再び

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明日へ続く旅立ち

広場の端、煌都へ向かう荷馬車が待っていた。

樽や麻袋を積んだ荷台に、ルミナとマルティナは乗り込む前に立ち止まる。


孤児院の前には子どもたちが並び、手を振って声を張った。


「いってらっしゃい!」


「気をつけてね!」


笑顔と涙の混ざった声が、胸に染み込んでいく。


リオは一歩前に出て、明るい笑顔を作った。


「留守番は私に任せて! 大丈夫だから!」


その声に勇気をもらいながらも、ルミナは彼女の不安を感じ取っていた。

頬をかすめた風に、甘栗色の髪が揺れて頬にかかる。ルミナは無意識に指で耳にかけ直した。


そこへパン屋のミレイナが、腰に手を当てて大声を張り上げる。


「ルミナちゃん! お姉さんが孤児院の子らも見といたるから! なんやったら勉強も見たるし、ご飯もパンでなんとかするし――あ、そやそや! 煌都のほう行ったらええ酒場があってな、そこの料理がもう絶品で――」


「……」


横にいたムギトが、静かに手を伸ばしてミレイナの口を押さえた。


「……あぁ」


短く、それだけを言う。


「んもぉ! ちょっとは喋らせてぇな!」


口を押さえられながらも身振りで文句を言うミレイナに、子どもたちはくすくすと笑った。

その笑いが、不安に包まれた空気を和らげていく。


マルティナはそんな二人に深く頭を下げた。


「……本当にお願いします」


ルミナも子どもたちへ笑みを向ける。

陽を浴びた甘栗色の髪がきらりと光り、彼女はその言葉に力を込めた。


「すぐ帰ってくるから」


手綱が鳴り、馬がいななき、荷馬車が動き出す。

石畳を離れ、土の街道に出るころ、町のざわめきはもう背後に遠ざかっていた。


石畳が尽きて、荷馬車は土の街道を進んでいた。

背後の町はもう小さく、風に乗って畑の匂いが漂ってくる。


幌の下、並んで腰を下ろすルミナとマルティナ。

しばしの静けさのあと、マルティナが口を開いた。


「ねえ、ルミナ……この前、飛び出したとき」


声はとてもやさしく、責める響きはひとつもなかった。


ルミナははっとして、うつむく。

甘栗色の髪がさらりと肩に落ち、影を作った。

井戸の前で「行きたくない」と泣いた自分を、彼女はきっと見ていた。


「本当に心配したのよ」


マルティナは穏やかに言葉を重ねた。


「あなたが戻ってこなかったら、どうしようかって……胸が締めつけられたの」


ルミナの喉に熱いものが込み上げる。


「……ごめんなさい」


マルティナは首を振り、そっと彼女の手を包んだ。


「謝らなくていいの。誰だって怖いときはあるもの。でも、今こうして一緒にいる。私はそれで十分よ」


ルミナは小さく頷き、涙をこらえながら顔を上げた。

目元にかかっていた髪が揺れ、風にさらわれた。


「……ありがとう」


荷馬車は街道を揺れ進み、広がる畑の緑が風にそよいでいた。

その光景は、二人の胸に新しい一歩を刻んでいった。


荷馬車が丘を下ると、視界いっぱいに畑が広がった。

小麦の穂が風に揺れ、菜種の黄色が陽を反射してまぶしい。

空は高く、鳥の声がどこまでも響いていた。


「わぁ……」


ルミナは思わず声を漏らした。

甘栗色の髪が陽を受けてきらめき、心の高鳴りを隠せなかった。

大クスノキの町を出てまだわずかしか経っていないのに、景色はこんなにも違う。


畑のあぜ道には農夫たちが腰を曲げて働き、子どもたちが虫を追いかけて走っている。

その素朴な姿に、胸の奥にあった緊張が少しずつほどけていくのを感じた。


道端には、荷車を停めて野菜や干し肉を並べる農民の屋台があった。

行商人が軽く手を挙げ、短いやり取りを交わす。





ルミナは荷台から身を乗り出し、覗き込んだ。

樽の陰に、小さなガラス瓶がきらりと光る。

その瞬間、髪がさらりと頬へ流れ、彼女の瞳の輝きと同じく瓶の光を映した。


「……香水?」


呟くと、行商人が振り返り、にやりと笑った。


「帝国の品だよ。煌都に持っていけば高値がつくさ」


マルティナは目を細め、心配そうにルミナを見やった。

けれどルミナは、ほんのわずかに胸をときめかせていた。

髪の先が肩で揺れ、彼女の戸惑いを映すように見えた。


荷台の奥から小瓶を取り出し、行商人が陽にかざした。

中の液体はさらりと揺れ、光を受けて虹のようにきらめく。


「ただの流行り事じゃないぞ。どうやら帝国には“水信仰”ってのがあるらしい。水は貴重だから、浴びたり風呂に入ったりする文化がないんだと」


ルミナは目を瞬いた。

甘栗色の髪が肩で跳ね、驚きを隠せなかった。


「……お風呂に入らないの?」


「ああ。けどな、それじゃ臭うじゃないか」


行商人は肩をすくめ、口元をゆるめる。


「そこで出てきたのがこれよ」


小瓶を指先で軽く振ってみせると、琥珀色の液体が揺れた。


「香りで身を包んで、人に嫌われないようにする。信仰と生活の知恵が混ざったものさ。ちょっと嗅いでみるかい?」


ルミナは恐る恐る首をかしげた。

その動きに合わせて髪が頬にかかり、緊張を隠せずにいるのがわかる。


マルティナが眉をひそめ、さりげなくルミナの肩を庇うように寄せる。


「ほどほどにね。慣れない匂いは酔ってしまうわ」


行商人は笑って小瓶の栓を抜いた。

ふわりと広がる香りは、甘さと鋭さが入り混じった、不思議な異国の風。


ルミナは目を細め、その匂いが胸の奥に残るざわめきをさらに強くした。

髪がふわりと揺れ、彼女の戸惑いを映し出すようだった。


行商人が差し出した香水の小瓶から、異国の香りがふわりと広がった。

ルミナは鼻をくすぐる匂いに小さく眉をひそめる。


「ふーん……変わった文化もあるものだな」


胸の奥でつぶやく。

陽の光を受けた髪が、きらめきながら揺れた。


「でも、お風呂に入れないなんて……なんか嫌だな」


行商人は肩を揺らして笑った。


「ははっ、そりゃあんたらにはそうだろうさ。けど、どちらにせよ――これは儲け話よ」


小瓶を指でつまみ、陽に透かして見せる。


「臭いなんざどうでもいい。流行りに乗せりゃ、値は勝手に跳ね上がるんだ」


マルティナはルミナをかばうように少し前に身を乗り出した。


「……なるほど。文化も商売も、切り離せないというわけね」


荷馬車は軋みを立てながら進み、風が麦の穂を渡っていった。

甘栗色の髪も風に遊ばれ、ルミナの胸に複雑なざわめきを落としていた。


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