贈り物の昼
気づけば、すでに日は高く昇っていた。
窓から差し込む光はやわらかく、寝ぼけ眼のルミナに「もう朝」ではなく「もう昼だ」と告げていた。
「う、うそっ……寝過ごした……!」
慌てて起き上がり、髪を結い直しながら小部屋を飛び出す。
昨夜は“私が守る”と強がったはずなのに、結局はぐっすり眠ってしまった。
そのことが恥ずかしくて、胸がきゅっと縮む。
だが廊下に出た途端、ルミナは息をのんだ。
孤児院の戸口には、色とりどりの品々が積み上げられていた。
編みかごいっぱいの果物、焼きたての香りを漂わせるパンの包み、野菜や保存食、花束に布細工……。
まだ湯気の立つ料理鍋まで置かれており、どう見ても“さっき届いたばかり”としか思えない。
「これ……いったい……?」
とまどうルミナに、マルティナが笑顔で近寄ってきた。
「朝からね、人が代わる代わる訪ねてきたのよ。
『乙女に感謝を』って言って、置いていったの」
「乙女に……?」
「そう。“旗印の乙女の再来”だって、もう街中がそう騒いでいるわ」
マルティナは少し肩をすくめて笑った。
「昨夜は孤児院を救ったって話だったのに、今ではなぜか『街を救った』って広まってるの。
人の噂って早いわね」
「ま、街を……?」
ルミナの目が大きく見開かれる。
確かに人攫いたちを退けることはできた。
でもそれは、ただ必死に立っていただけ。
しかもあの炎も“奇跡”じゃなく――。
(街を救った? そんな大げさな……私なんか……)
困惑の言葉が喉に詰まり、声にならない。
けれど、廊下に並ぶ贈り物たちは、彼女の否定を受け入れなかった。
果物の赤、花束の色、子どもが作ったであろう稚拙な人形。
そのすべてが「ありがとう」と語りかけてくる。
ルミナはただ立ち尽くすしかなかった。
昼の光に照らされたその姿は、本人の戸惑いとは裏腹に、
まるで「伝説に応える乙女」にしか見えないのであった。
昼下がり、贈り物に囲まれて戸惑うルミナのもとへ――
「ルミナお姉ちゃん!」
ぱたぱたと駆ける足音。次の瞬間、孤児院の子どもたちが雪崩をうつように部屋へ飛び込んできた。
その勢いにルミナは思わず後ずさる。
「せーのっ!」
「ありがとうーー!」
小さな声、大きな声、笑い交じりの声が重なって、部屋いっぱいに響き渡る。
一番小さな女の子が両手で抱えた花束を差し出した。
野草を束ねただけの素朴なものだったが、つんと鼻をくすぐる香りがどんな贈り物よりも鮮やかに心を打つ。
「お姉ちゃんに……これ、あげる」
恥ずかしそうに差し出される花束を受け取ると、胸の奥がじんわり温かくなる。
「ありがとう……すごくきれい」
そう言ったとき、今度は昨日まで鈴を取り合っていたやんちゃな二人が前に出てきた。
片方が、もう片方の背を押す。けれどどちらも顔を赤くしていて、言葉が詰まっていた。
ようやく手のひらにのせられたのは、小さな錆びた鈴。
昨日までは奪い合っていた、あの宝物だった。
「これ……ぼくら、ずっとケンカしてたんだ」
「でも、もうケンカしないよ」
二人はそろって、ルミナの手に鈴を押し込んだ。
「だから、ルミナお姉ちゃんに持っててほしい。ぼくらを助けてくれたから」
鼻高々に胸を張る二人。
「ぼくがあげたんだ!」
「違う、ぼくだ!」
――そのやりとりに、部屋中が笑い声で包まれた。
また始まった言い合いに、マルティナが腰に手を当ててため息をつく。
「……あれ? ケンカしないんじゃなかったの?」
二人は「うっ」と言葉に詰まり、次の瞬間顔を見合わせて笑い出した。
「でも、ぼくら二人であげたんだ!」
「うん、二人で!」
その微笑ましいやりとりに、部屋中が笑い声に包まれる。
ルミナは受け取った鈴をしばらく見つめていた。
小さくて、錆びていて、音も頼りない。
けれど、これほど胸を打つ贈り物はほかになかった。
「……ありがとう。本当に、大切にするね」
そう言って、ルミナは髪を結んでいるリボンにそっと鈴を結びつけた。
甘栗色の髪が揺れるたびに、ちりん、と小さな音が響く。
最初の音は少し頼りなく、今の彼女の戸惑いや疲れを映すようだった。
けれど子どもたちが歓声をあげ、笑顔で「やった!」と跳ね回ると、鈴はもう一度「ちりん」と澄んだ音を響かせた。
それはまるで、彼女の心に差し込む光が形を持ったかのように、はっきりと温かかった。
子どもたちは目を丸くしてから、いっせいに笑顔になった。
「ルミナお姉ちゃんの髪に、ぼくらの鈴が!」
「やっぱり、あげてよかった!」
鼻高々な二人の声に、部屋中の子どもたちがくすくす笑い、マルティナまで口元に手を当てて微笑んでいた。
すると、ふと一人の幼い男の子が前に出てきて、顔を真っ赤にしてもじもじしながら真剣な声で言った。
「ぼくにはあげられるものがないけど……お姉ちゃんと、けっこんしてあげる!」
その言葉に一瞬静まり返ったあと、
「それなら俺がする!」
「おれも!」
次々と男の子たちが声をあげる。
「ばっかみたい」
女の子たちは一斉に「はぁ~」と溜息をつき、肩をすくめて見せた。
その「なんで競ってるのよ」というあきれ顔に、場がどっと笑いに包まれる。
ルミナは顔を真っ赤にしながらも、笑いをこらえきれなかった。
そして――髪につけた小さな鈴にそっと指を添える。
――ちりん。
その音は、小さくても澄んでいて、まるで新しい朝を告げる鐘のようだった。
聞く者の胸に温かさを灯し、これからの未来が明るいと信じさせてくれる響きだった。
豪華な贈り物よりも、この小さな鈴の音こそが、ルミナにとって現実を支える確かな希望だった。
その日、孤児院には昼の光と子どもたちの笑い声が満ちていた。




