52.これもまたハンター
「戻ったぞー」
ベスがご機嫌に声を上げながら建物に入る。ヘイジの周りの面々もそれに続いていた。どうやらここが目的地らしい。
「ん? アイツらは買い出し中か」
室内を見回すベスが首を傾げる。どうやらまだヘイジが会っていない人物がいるらしいが、今は留守のようだ。
「お、お邪魔します」
おずおずと中に入るヘイジの背中を、スタックが笑いながらバシリと叩いた。
「ハハ、なに緊張してんだよ。お前のホームだぞ」
「あっ、ここがそうなんですね」
見回してみれば内装は落ち着いた喫茶店のような趣で、ファシュマンの拠点と似た雰囲気を感じる。
ベスの趣味なのだろうか、と興味深く周囲を見回すヘイジ。そこにベスから声が掛けられた。
「みんな、長旅ご苦労だった。さて早速だが、諸君らには新しい仕事に取り掛かってもらう」
そう言ってパンと手を叩くベス。
それに対し、リタが首を傾げながら口を開いた。
「それって学校に行くってのとは別で?」
「ああ、そうだ。ただ無関係とも言えない」
ベスはにやりと笑うと、片手を上げて何かを招くようにくいくいと手を動かした。
ヘイジはその意味が分からず困惑する。こっそりと周りをうかがうが、皆ピンと来ていないようでしばしその場に静寂が訪れた。
「ん? あぁ、はいよ」
しかし何か気付いた様子のケイが、自身の荷物を漁ると書類を渡す。
「ありがとう。ふふん、シエニス帝国直々の依頼だ」
そう伝えるベスは、書類をひらひらと振って自慢げだ。
「「「おぉー」」」
みんなが感心するように声を上げる。
一人ついていけていないヘイジの耳元に、スタックが顔を寄せてきた。
「国直々の依頼は珍しいし、結構名誉なことなんだぜ」
「なるほど」
ベスの仕草がやたら仰々しいのはそれが理由らしい。
みんなの反応に満足したのか、ベスは一人頷くと口を開く。
「軍の調査の結果、ある商会が特獣の違法飼育を行っている可能性が高い事が分かった。サンヴィルまでの道中で見た、赤岩みたいな奴だ」
ヘイジもすぐに思い出す。ここまでの道中に見たアカイワオイの事だ。
ヒョードの座学中に見て以降もちらほらと目撃していたので、割と印象に残っている。
「あれかよ。外来種の無許可飼育で、しかも自然に逸出済みときた。そりゃいかんなあ」
顎髭をさすりながら呟くヒョード。
「外来種ってそんなに良くないんですか?」
ヘイジが疑問を口にした。ヘイジとて二十一世紀の日本人経験者として、外来種が時に問題視される事はある程度理解している。しかしだからこそ、それほど文明が進んでいないように見えるこの世界で、外来種が問題視されているのが不思議だった。
「確かに特獣産業と関わりの浅い人は、不思議に思うかもね」
そう言ってヘイジに顔を向けるクルク。
「僕たち人間にとって特獣は危険だけど、大事な資源でもある。でも外来種は競合する種を減らすだけじゃない。パズルみたいに組み合った生態系を壊してしまうんだ。家から梁を引っこ抜いたみたいに、あちこち影響が出る。それに数だけは多くなるけど、新顔だから資源としての使い方も分からない。そもそも役に立つかも分からないから、人間にとっては飯の種を奪う厄介者でしかないんだ」
「なるほど、人と特獣の関わりが深いからこそなんですね」
資源としての特獣と産業が非常に密接だからこそ、そういった価値観が既に醸成されているのだろう。
納得するヘイジに、ベスが説明を継ぐ。
「その通り。でもって腕っぷしで生きている奴らが稼げなくなったら、治安も悪くなる。それは国も困るんだ。軍を受け皿にできるほどまともな人間ばかりじゃないからね。だからこういった事態は早期に収束させたいんだけど、資本関係にあるロドリヴォ家の妨害で、本格的な捜査と法執行が出来ないでいるんだ」
「じゃあ、その特獣を狩るんですね」
そう言ってヘイジはアカイワオイの外観を思い浮かべた。岩のような体表だったが、果たしてその強度はどれほどだろうか。欲を言えば古い方のライフルでどうにか出来れば御の字だ。
などと考えていたヘイジの思考は、しかしベスの言葉に中断された。
「惜しい! 今回メインのターゲットは人間の方だ」
「ええっ!?」
「外来種の駆除も行うが、主目的は商会とロドリヴォ家の、違法飼育への関与を示す直接的証拠の確保。そののちの、本件関係者の捕縛だ」
人間がターゲットなどと言われ肝を冷やしたヘイジだったが、殺すという意味ではないらしく安堵する。それでも予想外の内容に驚いているのだが、他の面々に驚いた様子は無い。
もしかして特獣以外を相手にする仕事も結構あるのか、と早くも特猟会所属に不安を覚え始めたヘイジ。そんな新人をよそに、ベスの説明は続く。
「そこでオリヴィア、リタ、ヘイジ。君たちの話になる。ちょうどオリヴィアを臨時教官に迎えたいとの依頼が来ていたんだが、その学校、ヴォールシュ総合学院の猟伐学部にはロドリヴォ家の子息がいるんだ。彼を手掛かりに証拠を探してほしい」
「証拠探し……」
ヘイジは思わず呟く。素直に学園生活を謳歌するといった話にはならなそうである。
無論、仕事だとは言われていたのでヘイジも浮かれるつもりは無かったが、想像以上に国の依頼と絡み合った案件だと知り先行きが不安になってしまった。
「うむ、あい分かった。この手の依頼を受けるのは珍しいと思っていたが、そういう事か」
「なるほど、ただ勉強して来いってわけじゃないのね」
オリヴィアとリタは気負った様子も無く頷いている。そんな二人の様子がなんとも頼もしく見えるヘイジ。
特獣と戦うのとどちらが安全かと考えれば緊張することも無いのかもしれないが、それはそれ、これはこれのヘイジであった。
「それで、その商会ってのは?」
いつの間にかコーヒーらしき飲み物を淹れていたヒョードが、カウンターの向こうから問いかける。
「ムストゥルマ商会だ」
「あぁーら」
ベスの返答にヒョードは驚いたような、納得したような微妙な反応をする。
「なるほどね」
「はん、ありそうな話だ」
クルクとケイも、さもありなんと頷いていた。
なんでもムストゥルマ商会の急成長ぶりを不審に思った者達の間では、ムストゥルマは何か違法な手段に手を染めているのではと勘繰られているらしいのだ。
それ自体は根拠のない僻みなのだが、ムストゥルマの成長ぶりが異様なのもまた事実。ということで、納得半分といった反応になったようだ。
「俺たちは何をすればいいんだ」
そこにはあまりピンと来ていない様子のスタックが、話をせかすようにベスを見やる。
「アカイワオイの駆除と、流通まわりの調査をしてもらう。あとムストゥルマが秘密裏に運営する飼育施設の破壊だ。これはオリヴィア達三人にも参加してもらって迅速に行う」
「は、破壊!? いいんですか?」
いきなり破壊活動から入るとは思わず、ヘイジは声を上げてしまう。てっきり潜入などをイメージしていたのだ。そんな器用なことが出来るかはまた別の話だが。
「なーに、公式には誰も存在を認めてない違法飼育施設だ。遠慮なくいこう」
なんてことない様にそう言ってニカリと笑うベス。
国の依頼なのだから、相手が違法と言えど何かしら手続きが必要では無いかとも思っていたヘイジ。しかし実際は、思いのほか実力行使で良いらしい。
大手商会と、国の治安維持活動に圧力をかけられるほどの貴族。この二つを相手取って実力行使に出るなど、ヘイジは率直に言ってトラブルの予感しかしなかった。
「大丈夫だよヘイジ君。そのうち慣れるから」
「はい……」
どこか同情めいた表情で理解を示すクルクに、ヘイジはどうにか頷く事しか出来なかった。




