51.ファースト帝都インプレッション
「ほんとにいけた……」
後方に遠ざかる特獣の生き残りを見てヘイジは呟く。
ファシュマンのハンター達に大きな被害をもたらした混群を、まさか曳車ごと通り抜ける事になるとは思わなかった。
「迂回波には間に合わなかったが、結果的にみんなを呼び寄せたのは正解だったな」
曳車に戻る面々を見て、ベスが上品に腰掛けながら笑う。
本来彼らがファシュマンに集まっていたのは、迂回波の防衛に協力するためだった。しかし結局は間に合わず、こうしてとんぼ返りする事になっている。
「いやホント、もう終わってるとは思いませんでしたよ。俺も戦いたかったあ」
「バァカ、さっさと終わったほうがいいだろう」
「そりゃそうだけど」
スタックが不満を垂れてヒョードに諫められていた。
そんな彼らは混群を突破したにも関わらず、軽い運動の後のように平然としている。
「ヒョードの言う通りだ。だがまあ、無駄足になったのは悪かった。情報の遅延は如何ともしがたいな」
腕を組んで呻るベス。
ヘイジはそんな様子を見て、転生者の自分なら通信に革命を起こせるのではとふと夢想する。しかしすぐにその考えを捨てた。なにせラジオや電話の原理もよく分かっていないのだ。仮に実現できたとしても、きっとその頃にはヨボヨボの老人だろう。
「そういえばヒョードとスタック。あんたたちの方はどうだったの」
ヘイジの隣に座っていたリタが、思い出したように言う。
それに対して、スタックは残念そうに首を振った。
「こっちは収穫無しだ。うちの名前を聞いた途端、尻込みされちゃってさあ」
(ん?)
ヘイジは声こそ出さないものの、その会話に意識を引かれる。
「最初はいい感じだったんだけどなあ。アリマ駆獣店と聞いただけで辞退されちまった」
ヒョードは苦笑いしながら顎を掻いていた。
そんな彼らの答えに、リタとオリヴィアが揃って口を開く。
「やっぱりね」
「やっぱりか」
(やっぱり?)
ヘイジは彼女達の反応に首を傾げる。
ヘイジはアリマ駆獣店という名に聞き覚えは無い。しかし自分が世間知らずであると自覚している。故にその名を知らないという事実にじわじわと不安が湧き上がってきた。
「リタ。前に新興だとか言ってたけど、アリマ駆獣店って有名なのか」
「新興なのは本当よ。ただちょっと目立ち気味というか。でも悪い意味じゃないから大丈夫よ。ホントホント」
リタは小声で尋ねるヘイジから目をそらして答えた。不自然に早口なのが、余計にヘイジの不安を煽る。
「いやあ本当、ヘイジが来てくれてよかったよ」
ヘイジの様子を知ってか知らずかそう言って笑うベス。
「不安だ……」
ヘイジは乾いた笑みを返す事しかできなかった。
最初こそ派手な戦闘があったものの、帝都サンヴィルまでの道のりは概ね平穏なものだった。
今はヒョードによって特獣に関する座学が行われている。雑談の中でヘイジの知識の無さ知ったヒョードが、教師役を買って出てくれたのだ。
「んなわけで周囲の環境に擬態してる奴には注意が必要だが、その逆も危険だ」
「逆? 目立ってるってことですか?」
「そうだ。擬態する必要が無いって事は、それだけ危険な力を持っていると思った方がいい」
「なるほど」
ヘイジは納得する。思えば前世の世界でも、派手な見た目の有毒生物が存在していた。そういったものなのだろう。
「例えばアイツは―」
そう言ってヒョードが遠くを指さす。
ヘイジが目を凝らして見れば、数十メートル先に特獣が寝そべっていた。
前世の牛ほどの大きさのそれは全身が赤くごつごつとした質感をしており、確かに草原の上で目立っている。
「アイツはぁ……、あーなんだっけ」
しかしヘイジが真剣に見つめる一方で、説明を続けようとしたヒョードは言葉を濁した。
「どうしたんです?」
ヘイジは不思議に思ってヒョードに視線を戻す。
「いんや、名前が分からなくてなあ。クルク、あれ分かる?」
ヒョードは困ったように頭を掻いて答えると、クルクに声を掛ける。クルクは手元の本から視線を上げると、眼鏡をかけ直しながら件の特獣を見た。
「アカイワオイですよあれ。この辺にいるなんて珍しい。というかあれ、擬態する種ですよ。アイツらの生息地域はああいう岩が多いんです」
「あー、いたなぁそんな奴。迷い込んだのか」
得心が行ったと頷くヒョード。
ヘイジも改めてよく見てみれば、色はともかく確かに自然の岩にそっくりだった。
「これじゃあ説明にならねえな。まあともかく、見つけやすいからって喜び勇んで突っ込むなって話だ」
と、なんとも煮え切らない形でまとめるヒョードだった。
座学がひと段落したところで、今度は待ってましたとばかりにスタックが口を開く。
「なあなあヘイジ。その武器って何なんだ。俺にも使える?」
スタックは興味津々の様子でライフルに視線を注いでいる。
「ここから金属の矢じりみたいなものを飛ばすんです」
素直に答えるヘイジ。おかしな奴と思われたくないので神や転生者云々については伏せるつもりだが、それ以外は聞かれれば答えるつもりだ。
「使えるかは……、どうなんでしょう。試してみますか?」
ヘイジとしても気になる点だったので、いっそ試してもらう事にした。
「おっ、いいのか!」
ヘイジはウキウキで近づくスタックにライフルを持たせると、あれこれと指を差して説明する。
「あ! 銃口……、えーと先っぽを人に向けないで。あとそこの金具にも指を掛けないでください。危ないんで!」
「なんだヘイジは細かいな。こっからなんか出るのは分かってるって。杖みたいなもんだろ」
説明が終わると、スタックは適当に少し遠くの地面を狙って引き金を引いた。
途端に破裂が響き、衝撃がスタックの肩を押す。
「んなっ……」
説明通りの動作にも関わらず、スタックは口を開けたまま硬直した。しかしそれもそのはずで、本来魔法は使用者による魔力のコントロールを経て発動するものだ。それは道具を介する場合も変わらない。
それがまさか魔法発動のプロセスを一切求められず、本当に引き金を引くだけとは思わなかったのだ。
そしてヘイジがあれ程口酸っぱく注意していた理由を理解した。雑に扱えば容易に事故が起こるだろうと、スタックにも想像できたのだ。
「……でも威力は弱いな。こんなんだったっけ」
スタックの射撃は、地面に着弾して小さな土埃を上げただけだった。これでは特獣を一撃で倒すなどとても無理だろう。
「俺が撃ってみます」
ヘイジは首を傾げるスタックからライフルを受け取ると、手頃な石を狙って撃つ。そうすると、狙った石は粉々になって砂煙に変わった。
「使えるけど、威力は変わるんだな」
一人納得するヘイジ。やはりと言うべきか、火力のステータスによってその威力は大きく変化するようだ。
しかし他の人間でも射撃自体は可能、という点は気を付けておくべきだろう。あの速度で弾丸を飛ばせば、常人にとっては普通に脅威になる。などと考えていたところで、ヘイジはスタックの視線に気付く。
「ヘイジ、俺達には向けないでくれよ……」
スタックは引きつった顔で、ライフルの銃口を見ながら呟いた。
「わかってますよ!」
そしてファシュマンを出発して数日。
「よーしサンヴィル到着!」
壁門をくぐった曳車の上で、ベスが嬉しそうに宣言する。
とうとうシエニス帝国の帝都サンヴィルに到着したのだ。
「やっと着いたあ」
窮屈そうに伸びをするスタック。
「ふう」
ヘイジも痛む尻をさすりながら伸びをするが、その視線は曳車が進む先の光景に釘付けになっていた。
「うわあ」
何せゲームでは全く描写されなかった光景なのだ。あくまでこの世界の住人として生きていくつもりのヘイジだが、それはそれとして転生者的な喜びも抑えきれなかった。
今しがた通り抜けた防壁は、ファシュマンの物よりも高く分厚い。
広く真っ直ぐ続く道には多くの人が行き交い、目に入るほとんどの建物がファシュマンの物よりも大きかった。
「おお」
キョロキョロと景色を楽しむヘイジはある建物に目を付ける。それは大きな建物が並ぶ大通りの中で、さらに周囲の数倍はありそうな大きな建物だ。
一見すれば貴族の屋敷に見える。しかし大通りとはいえ、門から近い場所に貴族の屋敷があるなどファシュマンでは無かったことなので、つい気になったのだ。
「凄く大きい建物ですね。貴族のお屋敷ですか?」
「はは、あれは違いますよ。ムストゥルマ商会の本邸です」
忙しなく視線を動かすヘイジを微笑ましそうに見ていたクルクが、その疑問に答えた。
「商会があんな大きい建物を持てるんですか」
正直なところ、下手な貴族よりも豪華ではないだろうかと思うヘイジ。もちろんそんな事は怖くて言えないのだが。
「まあ実際、下手な貴族より財力と権力はあるだろ。ムストゥルマは特獣の素材を中心に扱うトコなんだが、急成長中で最大手のロキマ通商に迫る勢いだ。貴族ってのもあながち間違いじゃないかもな」
ヘイジが口に出さないようにした事を、ケイが容赦なく吐き出す。
ヘイジはヒヤリとするが、続けてすらすらとそんな情勢を答えるのは意外だった。口調は粗野な印象を受けるが、初めて会った時も書類と向き合っていた事を思うと、案外内政面にも強いのかもしれない。
「さすが帝都……」
商会があのような屋敷を持てるほどの経済規模にヘイジは驚く。ファシュマンも物流の要衝として発展していたが、これほどでは無かった。
特獣の素材を扱っているとなれば、もしかするとムストゥルマ商会と仕事をすることもあるかもしれない。そう考えると、帝都での生活がますます楽しみになるヘイジだった。




