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50.いざ帝都へ

 ある昼下がり。広大な草原には暖かな日光が降り注ぎ、様々な草花が生い茂っている。


 遠くに霞む冠雪した連山は、見る者にえも言われぬ恐怖を与えるほどに大きく、雪とは無縁な草原の温暖さを歪に引き立てていた。


 雲一つない気持ちの良い青空には、燦燦と照る太陽と共に青白く霞んだ巨大な月が浮かぶ。牧歌的だがどこか現実離れしていて、まるでファンタジー映画の一瞬を写真に切り取ったようだった。


 しかし街道を爆走する曳車を見れば、これが写真でない事がすぐに分かる。曳いているのは、馬に似た体躯をした爬虫類のような生物が二匹。


 シシトカゲと呼ばれるその特獣は鬼気迫る雰囲気で、凄まじい速度で地面を蹴っていた。


 この辺りは人の往来が多い事もあって、道は比較的綺麗に整備されている。しかし流石にこの速度は想定していないようで、四輪の曳車は激しく揺れ続けていた。


「ヒイッ」


 車輪がバラバラにでもなってしまいそうな振動に、曳車の上でヘイジは悲鳴を上げる。


 アリマ駆獣店に合流したヘイジは、ファシュマンに集合していた同僚となる仲間達と挨拶を済ませ、一同揃って帝都サンヴィルを目指していた。


 ヘイジは放り出されないように必死に座席にしがみつきながら後方を見る。その視線の先にいるのは、執拗に曳車を追う二十匹程の特獣の群れだ。


 当初はヘイジとの交流会のような穏やかな空気が漂っていたのだが、突如現れた彼らによって慌ただしい逃走劇と化していた。


「走れ走れ! 取り付かれたらおしまいだぞ」


 脅しつけるようにシシトカゲに野次を飛ばすのは、乗客であるアリマ駆獣店のオーナー、ベス・アリマだ。


「リッ、リタ! アイツら倒さなくていいの?」


 ヘイジは群れをちらちらと見ながら、隣に座るリタに問いかけた。


「迂回波が消えたばかりでこの辺り一帯は特獣だらけなの。あんまり派手に戦うとむしろ他の奴らを呼びかねないのよ」


 そう解説するリタは、激しい揺れの中でも至極落ち着いた様子。というより、ヘイジと雇われの御者以外は皆冷静そのものだった。


 ファシュマンを出るとき、普段は人と曳車が行き交う門がやけに空いていたのをヘイジは思い出す。その時は待たなくてラッキー程度にしか考えていなかったが、どうやらこういった事態を警戒しての事なのだろうと今更ながら気付いた。


「ほらおじさん、飛ばして飛ばして!」


 客席から御者台に身を乗り出したベスが、御者の男に発破を掛ける。必死にしがみつくヘイジが恥ずかしくなるほどの体幹だ。


 しかし御者は顔を真っ青にして、顔をぶんぶんと横に振った。


「これ以上は無理ですよ! 次の町までだって持ちません!」


 現時点でもシシトカゲか車のどちらかが、先に駄目になってしまいそうな走りっぷりだ。それも無理のない事だろう。


「無視したかったが仕方ない。そうだ」


 ふと面白い事を思いついた顔でベスがヘイジに顔を向ける。


「ヘイジ、あいつらやれる?」


 にやりと試すように笑いながら、親指で後方の特獣を差した。


「はっはい!」


 ヘイジは特獣を一瞥した後、すぐに頷く。特獣はこの周辺でもよく見る種類で、ヘイジも幾度となく狩ったことがある。揺れがいささか心配だったが、数を撃てば何とかなるだろう。


 ヘイジは荷台の後ろまで行くと、古い方のライフルを構えて伏せた。照準越しにざっと群れを見る。距離は十分射程内、数も問題無く対処できる量だ。


 冷静に引き金を引く。続けて命中を確認せずに、そのまま発砲を繰り返した。


 ヘイジが狙いを定める先でバタバタと特獣が倒れていく。


「ほお」


 ヒョードが眉を上げる。冷静にヘイジの戦いを見ているが、その口はぽかんと開いたままだ。


「マジ?」


 スタックは驚きの表情で身を乗り出している。


「ヒュー」


 口笛を吹いたのは、落ち着いた様子のケイ。しかしその鋭い視線は、ヘイジが倒した特獣に吸い込まれたまま。


「これは……」


 クルクはライフルをじっと見ながら考え込んでいた。


「ふっはは。凄いだろう」


「なんであんたが得意げなのよ」


 楽しそうなオリヴィアと、それに文句を言うリタ。


 三者三様の反応を横目に、ヘイジは射撃し続ける。四回目のリロードに入る頃には、群れは全滅していた。


 目を丸くして見守っていたベスが、戦闘が終わった事に気付いて口を開く。


「いやはや。最初からこれで良かったね」


 静かになった後方を眺めながら満足そうに頷いていた。


 どうやら役目は果たせたようだと安堵するヘイジ。


 しかし一息つく暇も無くクルクが叫んだ。


「正面に特獣多数!」


 その声に釣られて、他の仲間と共に慌てて前を見るヘイジ。目を凝らせば数百メートルほど先に、先程の数倍はありそうな規模の群れが見えた。


「普通に混群だこれ!」


 今度はスタックが叫ぶ。


「足止めはごめんだし、このまま突破しよう。速度は落とすな!」


「ええっ!」


 ベスの宣言にヘイジは思わず声を上げる。ただ戦闘するだけでも大変なのに、曳車で突破するなどとても現実的ではない。


 実際、御者は前を向いたまま必死に曳車を走らせているが、ベスの言葉を聞いた瞬間その体があからさまに硬直したのがヘイジにまで伝わってきた。


「いよおし、やるぞー」


 しかし驚いているのはヘイジと御者だけのようで、他の者はのんきに返事をすると戦いの準備を始める。


「オリヴィアとリタは側面を守れ」


「まかせろ」


「わかったわ」


「ヒョードとスタックは正面を蹴散らして道を作れ」


「あいよぉ」


「よっしゃ」


「ケイは車に近づきそうな奴をやれ」


「了解だ」


「クルク、御者を変わってやれ」


「わかりました」


 ベスは最後にヘイジを見る。


「ヘイジ、いい機会だ。好きに戦うといい」


「わ、わかりました。ここから撃ちます」


 おずおずとヘイジは答えた。


 一通り指示を出し終えたベスが、パチンと手を叩く。


「みんな車には手を出させるなよ。後が面倒だから!」


 それを合図にどやどやとアリマ駆獣店の面々が立ち上がる。


「よおしお前ら、さっさと片付けるぞぉ」


 みんなにそう声を掛けてヒョードが曳車から飛び降りた。高速で後ろに流れる地面に足を付けた瞬間、ヒョードの姿が後ろではなく前方にぶれる。


 物理的に予想できない現象にヘイジの脳が錯覚を疑っている間に、ヒョードは前方の群れまで駆けて行った。


「速っ」


 驚くヘイジをよそに、他の面々も次々に荷台から飛び出す。


「来るぞ」


 ケイが弓を構えながらヘイジに声を掛ける。それを受けてヘイジも慌ててライフルを構えた。


 既にヒョードとスタックは戦闘に入っているが、当然全てを抑えられる訳も無く、左右に広がった特獣が曳車に襲い掛からんと向かってくる。


 その時ケイが弓を射った。ヒュパンッ、と空気が弾ける音がしたかと思えば、向かってきていた集団の先頭の特獣が吹き飛ばされる。それはまるで蹴られた石ころのような勢いで、後ろにいた数匹の特獣を巻き添えにしていた。


「わぁ……」


 その光景に気を取られるヘイジだが、すぐに気を取り直して自分も射撃する。残念ながら複数匹を巻き添えにする力はないが、発砲するたびに倒せているのでこちらもかなりのペースだ。


 そうこうしているうちにヒョードとスタックが作った混群中の穴に、オリヴィアとリタが左右を固める曳車が突入。


 身構えるヘイジだが、特獣が曳車にぶつかることは無かった。


「いいぞ! その調子で蹴散らしてやれ!」


 ベスがはしゃいでいるが、実際ヘイジの周囲で繰り広げられる戦いは凄まじいものだった。


「うちのオーナーは元気だねぇ」


 そう苦笑するのはヒョード。片手剣で素早く敵を処理したかと思えば、もう片方の手に持つ小柄な盾で吹き飛ばしている。


 派手さは無いが、堅実で実に鮮やかだった。


「オラオラァ!」


 逆に派手な立ち回りをしているのは、槍を携えたスタックだ。身長を超える長槍を軽々と振り回し、特獣を薙ぎ払っている。


 派手な動きに反して的確に急所を捉える攻撃からは、確かな実力がうかがえた。


「はっ」


 細身の片手剣と魔法を駆使して戦うリタ。


「ヘイジ、向こうの奴をたのむ」


 身長ほどの両手剣で全てを両断するオリヴィア。


 二人も危なげなく戦っている。オリヴィアなどヘイジに声を掛ける余裕すらあった。


「ウヨウヨと面倒だな」


 文句を言いながら矢を射続けるケイ。矢は一種類の材質から切り出したような外観で、魔法でも使っているのかどこからともなく生み出している。その威力は先程も見た通りだ。


「もうちょっとちゃんと死体どかしてくださいよ!」


 などと不満を飛ばしているクルク。しかしその曳車さばきは絶妙で、ヒョードとスタックのペースに合わせて速度を調整しつつ、死体を巧みに避けながら着かず離れずの距離を維持している。時には魔法で援護する余裕すら見せていた。


 曳車に触れるのはもちろん、近付ける特獣すらほとんどいない有様だった。


 仕方がないので、ヘイジは体の大きなものや頑丈そうなものなど、倒すのが面倒そうな特獣を狙うことに。


 彼らにとってどれ程の違いがあるかは分からなかったが、何もしないよりはマシだろう。


 しかしそんな時間もすぐに終わりを迎える。何せほとんど速度を落とさずに、曳車を走らせ続けていたのだ。


「よーし突破完了! みんな戻れー」


 ベスが上機嫌に声を上げる。


 こうして、一見無謀にも混群へ突撃した一行は、あっさりとその突破に成功したのだった。

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