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49.ここからは未知の世界

 リタ達と分かれたヘイジは宿へと戻る。転生して以来ずっと世話になっていたが、それも今日が最後だ。


 お世辞にも質の高い宿では無かったが、ヘイジにとっては唯一の気を抜ける場所と言ってもよい。


「ただいま」


 ヘイジは少し寂しさを覚えて、自室の扉を開けると意味も無く部屋に挨拶をしてみた。


「おかえり」


「ビッ……くりしたぁ」


 思いもよらない返答にヘイジは腰を抜かしそうになるが、声の正体を見て心を落ち着ける。


「久しぶりだね!」


 ヘイジを迎えたのはベッドの上で胡坐をかく、満面の笑みの娯楽の神であった。ずいぶん久々の再会なので、彼女相手ではここでも気を抜けない事を忘れていた。


 神基準で一か月強が久しぶりなのかは分からなかったが、ヘイジにとっては間違いなく久々の登場だ。


「本当に久しぶりだな。急に現れて今度はどうしたんだ」


 ヘイジは後ろ手に扉を閉めると、ドカリと椅子に腰掛ける。


「いやなに、君の新たな門出を祝おうかと思ってね」


 娯楽の神はおもむろにベッドの上で立ち上がる。ヘッドホンを七色に光らせながら、ダボダボのシャツから伸びる両手を広げた。


「君の人生は、君の自由だ」


 勝手に転生させておいて何を、と思わないでもないヘイジだが、今はハンターとしての生活に前向きなので黙っておく。


「でもあえて言うね。君の選択を心から歓迎し、祝福するよ」


 娯楽の神は微笑んでヘイジを見つめた。少女の様な無邪気さと慈母の様な慈しみが混ざった不思議な笑みだった。


 格好も場所も雰囲気などあったものでは無いが、何故だか今だけはヘイジは娯楽の神に神々しさを感じた。


「だろうな。でもまあ、ありがとう」


 ヘイジがハンターとして生きる様を見て楽しみたいなどと宣う神だ。それはそうだろう。ただそれはそれとして、こうも真っ直ぐな笑顔を向けられると照れくさくなってしまう。


「ここから先はゲームで描写されていない世界だ。未知の土地に未知の特獣、ワクワクするね」


 いつも通りの表情に戻った娯楽の神が心底楽しそうに笑う。


「ああ、今は素直にそう思えるよ」


 ヘイジも晴れやかに微笑んで答えた。流石に娯楽の神ほど楽観的にはなれないが、自分の将来に期待を膨らませているのは間違いない。


「それは結構」


「そういえばゲーム云々で思い出したんだけどさ」


 ヘイジはふと、以前から娯楽の神に会ったら聞いてみたいと考えていた疑問を思い出した。


「迂回波ってゲームに無かったよな。もしかしてこの世界、ストーリー通りって訳じゃないのか?」


「まったく今更だね」


 やれやれとわざとらしく首を振って、ボフリとまたベッドに胡坐をかく娯楽の神。


「私がこの世界で整えたのは、あくまでゲーム中に登場した世界観設定だけなんだ。当然それ以外の部分にも世界は広がっている。ゲームのストーリーと現実が異なるのはむしろ当然だよね」


 人差し指を立てて説明する様は、出来の悪い教え子を相手にしているかのよう。


「そういう事か」


 ヘイジはすんなりと納得した。以前にも娯楽の神は言っていたが、この世界はもともと存在したものに娯楽の神が手を加えたのであって、ヘイジがゲームそのものに入り込んでしまったわけでは無い。


「そうそう、ゲームに登場していない特獣の素材に対応した装備品と、あと新しいスキルなんかも追加しておいたよ。狩るのが知らない特獣ばかりになっても装備の製作は出来るから安心してね」


「あ! 確かにそれは考えてなかった。助かる」


 ヘイジは基本的に脅威度の低い特獣ばかり狩っていたので、装備はほとんど製作できていない。


 ファシュマンから離れたからといって、作中に登場した特獣が全ていなくなることは無いだろう。しかし未知の特獣の素材で装備を作れないのはつまらないし単純に困るので、非常に助かる配慮だった。


「ただそうなると、今後もずっと銃で戦い続けるんだな。いやステータス的にそれしかないのは分かってるけどさ」


 当初は銃を使って戦う事で不用意に目立ってしまうのではと懸念していたヘイジだが、もうそんな事を気にしても仕方が無いのだろう。調査隊や防衛戦での戦いを経た以上、今更ではあるのだが。


「君だってこの世界の住人だよ。どれだけ特異でも異物じゃないんだ。胸を張って好きにするといい」


「うん、そうするよ」 


 実際、調査や防衛戦でヘイジは力を遺憾なく発揮したが、褒められこそすれ異端の誹りを受けたりなどはしていない。


 リタやオリヴィアに向けられる称賛とはやや温度差がある気もしているが、これは仕方のない事だろう。


「それじゃ、引き続き健闘を祈るよ」


「ああ、その、なんだ。そっちも元気で」


 ずいぶん歯切れの悪い返答になってしまったが、ヘイジは神に対する適切な別れの挨拶など分からないので仕方ない。


 そんなヘイジの様子を可笑しそうに、それでいて嬉しそうに見る娯楽の神は、次の瞬間にはまるで最初からいなかったかのようにその姿を消した。




 翌朝。とうとう宿に別れを告げたヘイジは、再度リタらの拠点を訪れていた。


「お、お邪魔します」


 初出勤ということで少し緊張しながら建物に入るヘイジ。


「んぉ、誰?」


 さっそく見知らぬ男と目が合った。椅子でくつろいでいたオレンジ髪の若い男が、胡乱げな目でヘイジを見てくる。


「話にあった新人君じゃねえか?」


 近くに立っていた中年の男が、ヘイジを見てそんな事を言った。


「おお! 俺は―」


「よし来たね! 時間通りだ」


 オレンジ髪の男は一転して表情を明るくすると、自己紹介しようとする。しかしそれを遮るようにベスが声を上げた。


「はい、みんな注目!」


 ベスが手を叩いて叫ぶ。しかしそうせずとも皆の視線はとっくにヘイジに集中していた。


「こちらが新たな仲間、ヘイジ・オオヨド君だ」


「ヘイジ・オオヨドです。これからよろしくお願いします」


 びしりと背を伸ばし、緊張の面持ちで挨拶するヘイジ。


「じゃあ次はこっちの紹介だね。リタとオリヴィアはいいとして」


 初々しいものを見る目でニコニコするベス。今度はヘイジに注目する面々に視線を向けると、そちらの紹介を始めた。


「あのオッサンがヒョード・ノークロス」


 そう言ってベスが指し示したのは、先ほどヘイジが新人であることに気付いた中年の男だ。


 ダークグレーの髪には白髪が混じっており、ヘイジがざっとみた限り一番年齢が高そうだ。


「ヒョードだ。よろしくぅ」


 ヒョードは片手をあげると、無精ひげを撫でながらなんとも気の抜ける声で挨拶する。


「次にあのオレンジ頭がスタック・マクマン」


 次に紹介されたのは、さきほど真っ先にヘイジに気付いた青年。ベリーショートのオレンジ髪が快活な印象を与えている。


「おう、スタックだ」


 スタックはニカリと笑みを浮かべ、気さくに挨拶した。


「こっちの眼鏡をかけたのがクルク・メディカ」


 ベスが奥に座る男を差す。ショートの焦茶色の髪を小ぎれいに整えた男だ。


「どうもクルクです。これからよろしく」


 三十代前半ほどに見える優男で、見た目通りの優しそうな表情で穏やかに答えた。


「最後にそっちの目にクマのあるお姉さんがケイ・アイオン」


 そう言ってベスが指し示す先では、二十代中ほどの女性が机で無数の書類と向き合っていた。


 肩甲骨辺りまで伸びる銀髪は、手入れをしていないのかボサボサにはねている。


「他に紹介の仕方は無いのか。ああ、ケイだ」


 そう言ってヘイジを見るケイの目は確かにクマができていた。それを紹介文にするのはどうかとヘイジも思ったが、所属したてでオーナーには逆らえないので黙っておく。


「以上だ! みんな仲良くするように」


「はいはい! ヘイジはどんな戦い方をするんだ」


 スタックが手を挙げて質問する。


「ええと……」


「落ち着けー。それは追々分かるだろう。なんでも見た方が早いらしいし」


 どう答えれば分かりやすいかと悩むヘイジだが、そこにベスが割り込んだ。そしてくるりとヘイジに向き直ると再度口を開く。


「ということで早速だが、ヘイジに初仕事だ」


「は、はい!」


 ヘイジは声がうわずる。なにせリタやオリヴィアがいる特猟会だ。いったいどんな討伐依頼を任されるのだろうと期待半分、不安半分だった。


 しかしその予想は裏切られる。


「君にはリタ、オリヴィアと共に帝都の学校へ通ってもらう」


 そう言ってベスはにやりと笑うのだった。

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