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48.まだ伝えていないこと

「結局ヘイジの戦闘を見られていないのだが!?」


「いや俺に言われましても」


 防衛戦から数日が経って、ヘイジは再びリタとオリヴィアの拠点を訪れていた。


「あんたが真っ先に突っ込んでくからでしょ」


 ヘイジに詰め寄るオリヴィアを見てリタは呆れている。


「いや最後は合流しようとしたんだぞ。なのに、なぁんで地雷を踏むかなあ」


 リタに指摘されるとオリヴィアは少しトーンダウンして反論する。浮かせていた腰を落ち着けると、紅茶をすすりながら今は亡きロクシリュウに不満を漏らしていた。


 オリヴィア曰く、ロクシリュウが現れた事には少し遅れて気付いていたらしい。周囲の戦況は安定していたので応援に向かったところ、ヘイジがロクシリュウに相対しているのを見てこれ幸いと観戦の構えに入ったのだが、結果は地雷による爆散であった。


 ヘイジとしてもせっかくの気勢を削がれた気持ちはあったが、ロクシリュウを倒した事に変わりはないので不満は無かった。なによりあの爆発を以て、ヘイジが地雷を敷設した二十二箇所全てが起爆したため、回収作業が不要だったというのも有難いところである。


「ともかくこれで異常分布の案件もひと段落したし、何よりじゃない。ほら」


 リタが紅茶と大量の砂糖が入ったカップを掲げる。


「お疲れ様」


 この集会の目的はささやかな打ち上げであった。


 ヘイジとオリヴィアもカップを掲げて乾杯する。オリヴィアなど既に口を付けているが、それを気にする面子ではない。


「何て言うか、意外とあっさり終わったな」


 それがヘイジの率直な感想だった。数日前はこの世の終わりかというような表情をした人も少なくなかったが、そんな雰囲気が嘘の様に今は落ち着いている。


「自分で言うのもなんだけど、私達みたいな例外的戦力が運良くいたからこそよ。まあ私も流石にミヤマオオロクシを狩る事になるとは思わなかったけど」


 いまいち事の重大さ理解していないヘイジを、カップに口を付けながら見るリタの表情は苦い。


「先日の防衛戦。あれくらいなら何とかなったでしょうけど、後からミヤマオオロクシが合流してたらファシュマンは滅茶苦茶になってたわ」


 ヘイジはこれまでの戦いを思い返してみる。


「あーいや、確かに。そうかも」


 防衛戦でロクシリュウが現れた時の狼狽えっぷりと、何よりミヤマオオロクシの恐ろしさを思い出してみれば、確かにそうなっていた可能性は高そうだ。


「ほんと、平和になってよかった」


 ヘイジにとっては世話になった人も多く、まだ二か月も経ってないとはいえ唯一の住み慣れた場所だ。本当に防衛が上手くいって良かったと思っている。


「まあ、しばらくは忙しい状態が続くだろうがな」


 しかし、しみじみと呟くヘイジにオリヴィアが口を差し込んだ。


「えっ、そうなんですか」


「近くで迂回波が消散したわけだからな。当分は特獣が多い状態が続くだろう」


「そういえば確かに」


 言われて見ればそうである。防衛戦では全体の五割程を討伐したが、残りの特獣が消えてなくなったわけでは無いのだ。となればハンターや軍はまだまだ忙しいままだろう。


「あれ、それって前の状態に戻っただけじゃ」


 思い出されるのはヘイジが初めて混群と戦った時の事。あの日は多くのハンターが混群と戦闘になって、大きな被害を受けていた。


 迂回波が無くなっても被害は出続けるのではとヘイジは不安になる。しかしリタもオリヴィアも懸念する様子はない。


「何かから逃げてるわけじゃないから、もう混群になることはほぼ無いわ。適当に散り散りに徘徊して、そのうち慣れた環境に戻っていくでしょうね」


 リタが言うにはそういう事らしい。改めてミヤマオオロクシという存在の大きさを実感するヘイジだった。


「どっちにしろ私達の仕事は終わりね」


 ふう、と一息吐いてリタは紅茶を飲み干す。


 ちなみに、ミヤマオオロクシを原因とする一連の事件の最後の大仕事は、迂回波からの防衛ではなくミヤマオオロクシの死体の回収作戦だった。


 貴重な特獣に余す所無しと、リタとオリヴィアの協力のもと調査隊よりも大規模な回収部隊が組織され、ヘイジも当然の如く護衛として組み込まれた。


 死体は討伐から一週間以上が経過していたため、そこそこ腐敗が進んでいた。肉や内臓を活用することが出来ないのは残念だったが、鱗や牙、骨等はほとんど劣化なく回収できたので収穫は多い。


 ヘイジには周囲の警戒くらいしか仕事が無いので解体中はその様子をぼんやりと眺めていたのだが、ファシュマンを未曾有の危機に陥れた原因が、人の手で見る見るうちにバラバラになる様は不思議な気分だった。


 加えてミヤマオオロクシが現れた理由についても調査が行われたが、残念ながらその手掛かりは得られていない。


「リタ達はこれからどうするんだ?」


 どこかそわそわとしながら、少し冷めた紅茶を飲み干すヘイジ。


「私たちはサンヴィルに戻るわ」


 リタは茶請けのクッキーを頬張る手を止めて答えた。


「サンヴィル?」


 聞いたことの無い地名に首を傾げるヘイジ。そんな地名が出てきたかとゲームを回顧するが、そもそもゲーム中ではファシュマンしか登場しないことを思い出す。ヘイジは思った以上にこの世界の事を知らないのだ。


「皇帝がおわす都、帝都だ。我々はあちらが本拠地なんだ」


「帝都! じゃあもうここは離れるのか……」


 帝都というゲームでは聞かなかった単語にヘイジは興奮する。オリヴィアの言葉を聞く限り、このシエニス帝国の首都なのだろう。


 ヘイジが知る限り、ファシュマンの近くにサンヴィルなる都市があるとは聞いた事が無い。二人は遠くに行ってしまうようだ。


「そうね。ん、どうしたの?」


「いやー、えっとさ」


 この場には打ち上げとして呼ばれたヘイジだが、彼も二人に伝えたい事があるのだ。


 いざ言おうとすると緊張してしまうが、ヘイジは意を決して口を開く。


「特猟会の人材募集って、まだ受け付けてる?」


 そう口にした瞬間、リタとオリヴィアが無言で口角をにぃと釣り上げる。どこか思っていた反応と違う事に困惑するヘイジ。


「もちろんだとも!」


 そんなヘイジの元へ、にわかに聞き覚えの無い声が飛んで来た。


「えっ」


 思いがけない闖入者に目を白黒させるヘイジ。あわてて声のした方を見ると、奥の階段から人が降りてくるところだった。


 まず目に入るのはいかにも質の高そうなパンツとジャケット。ヘイジは服装に詳しくないが、男性貴族の正装のように見える。


 しかし装飾は最低限にとどまり、清潔そうな白いシャツ以外は基本色を黒で統一しているのもあって、ビジネススーツのような印象を受けた。


 次いで顔がヘイジの目に入る。やや中性寄りにも見える顔つきだが、明確な胸の膨らみや腰のくびれを見れば女性であることはすぐに分かった。よく見れば艶のある革靴にもヒールが付いている。


 切れ長の目は相手を見透かすような雰囲気をたたえており、その瞳は元日本人のヘイジも驚くほどに真っ黒だ。じっと目を合わせていたら吸い込まれてしまいそうな雰囲気があったが、今は親し気に垂れ下がっている。


 控えめだが整った鼻と薄い唇、肩の上で真っ直ぐ切り揃えられたくせのない黒髪も相まって、どこか鋭さを感じさせる美人であった。


 その女は落ち着いた足取りでヘイジの傍まで歩み寄ると、困惑するヘイジにぴったりと目を合わせたまま会釈した。


「初めましてヘイジ君。私はベス・アリマ。彼女達の特猟会のオーナーだ」


「っ! 初めまして、ヘイジ・オオヨドと申します。本日はお邪魔しております」


 予想だにしない自己紹介に面食らうヘイジだが、すぐに慌てて立ち上がると礼をする。本拠地はサンヴィルと聞いたばかりなので、まさかオーナーがこの場にいるとは思わなかった。


「おお、しっかりしてる! これは安心。でもそんなに畏まらなくても大丈夫だよ」


 サラリーマンの経験を活かしたヘイジの挨拶は好印象だったらしい。ヘイジは胸を撫で下ろすと、失礼にならないようにと意識しながらベスと名乗った女性を見る。


 ヘイジの反応を見て楽しそうに笑っている彼女はヘイジよりも少し身長が低く、歳はオリヴィアと同年代に見える。オリヴィアやリタほどの実力者を率いる人物が、これほど若いとは驚きだった。


「やっと降りてきたか」


「もしかしてずっと上で待機してたの?」


 口々に反応を返すオリヴィアとリタだが、確かにそこに畏まった様子はない。気の知れた友人に話しかけるような雰囲気だ。


「知らない人が張り付いていたら、勧誘が上手くいかないかもしれないだろう」


 ベスは若干困惑する二人に対しさも当然のように言い放つと、再度笑みを浮かべてヘイジに向き直る。


「それでヘイジ君、君の先程の言葉だが」


 ベスの突然の登場に意識を持っていかれてしまっていたヘイジだったが、本題を思い出すと自然と背筋が伸びた。


「我が特猟会に入りたいという事でいいのかな」


 リタからの特猟会への勧誘。それは常にヘイジ頭の片隅に残り続けていた。組織に属するならば、平穏で悠々自適な生活を送るのは難しいだろう。転生したての自分ならまず受けないはず。


 しかし覚悟を決めた今のヘイジには分かる。勧誘を受けたあの日から、きっと気持ちはほとんど決まっていたのだろうと。あとは背中を押してくれるきっかけさえあれば良かったのだ。まあ後押しと言うにはここ最近の戦いは過酷だった気もするが。


 ともあれ、ヘイジは真っ直ぐにベスと目を合わせると、迷うことなく口を開いた。


「はい。俺を皆さんの特猟会に入れて頂けないでしょうか」


 ベスの背後で、腰に手を当てるリタと腕を組んだオリヴィアが嬉しそうに微笑む。


「歓迎するよ。我が特猟会、アリマ駆獣店へようこそ」


 ベスが差し出した手をヘイジは握る。


 アリマ駆獣店。それがヘイジのこれからの居場所の名前だ。

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