46.防衛戦のはじまり
平原に整然と並ぶ戦闘員達。いざ迂回波に立ち向かわんと、毅然として特獣の群れを睨みつけていた彼らだったが、突如発生した巨大な爆発は彼らにも大きな衝撃を与えていた。
罠が仕掛けられている事は事前に通達されていたものの、まさかこれほどの威力があるとは誰も思っていない。
あれは何だと喚く者、その場に立ちすくむ者、ただ絶句する者など、抑えきれない混乱が守備戦力全体を覆ってしまっていた。
「……」
「……」
「……」
同様に絶句している人間がここにも。
「流石に多過ぎたかも」
防壁の上、主戦力の邪魔にならない通路の端でそう呟くのは、爆発を起こした張本人であるヘイジだ。
どうせなら全力で大量の特獣を巻き込もうと、かなり張り切って地雷を敷設して回っていたヘイジ。その数、一か所当たりきっかり百個。しかし目の前の光景を見るとやりすぎだったのではと思わずにはいられなかった。
「……本当に跡形もないわね」
リタは群れの中にぽっかりと開いた穴を見て愕然としている。
「今ので数百は逝ったんじゃなか」
岩壁にトンネルを開けられるオリヴィアでも流石にこれには驚いたようで、目を見開いて群れの被害を目算していた。
「それで、何か所埋めたのだったかしら」
「二十二箇所……」
肩をすぼめて気まずそうに答えるヘイジ。リタとオリヴィアからふんだんに提供された魔力回復剤の力を借りた結果、なんと計二千二百個もの地雷を設置していた。当分は回復剤の容器すら見たくないヘイジである。
こうしている今も時折大爆発が起きており、そのたびにびくりと肩を震わせる戦闘員の皆には申し訳無い限りだった。
「でもまあ引き返したりはしないかぁ」
大爆発で群れの中にはぽっかりと大穴ができていたのだが、呟くヘイジが眺める先でそれも直ぐに特獣が埋めてしまった。
「それは流石にね」
この場に居る全ての人間に衝撃を与えた対特獣地雷だったが、それでも迂回波の向きを変える力は流石に無いのだ。
迫る特獣の波が堀に到達する。軍の土木兵と都市の職人の魔法と人海戦術によって作られた堀は、ヘイジには突貫で作られたと信じられないくらい立派なものだ。
その斜面をゆっくりと特獣が登る。
「ちょっと、登って来るぞ」
「あれはそういう物だ。特獣の数を減らすこともこの防衛戦の目的の一つだからな。突破できない壁を作って何処かに行かれても困る」
斜面を登れる程度の傾きに抑えているのは、この堀の目的があくまで前進速度の遅滞だからだ。
オリヴィアの言葉にヘイジが納得していると、とうとう堀を登り切った特獣が顔を出した。
「壁上隊、攻撃開始!」
防壁上に立つ男が叫ぶ。弓矢や投射魔法主体の壁上隊をまとめる現場指揮官だ。
それに応じて攻撃を始めるのは、統一した防具に同じく統一された弓矢か杖を装備した軍人と思しき集団と、ほとんど統一感の無いハンターチーム。彼らが大雑把に壁上隊としてまとめられた部隊だ。
放たれた魔法や矢の半数が堀を越えた特獣に飛来し、残りの半数は堀に入る前の特獣を襲う。堀を越えた特獣を徹底的に叩かないのは、あくまで前線に辿り着く特獣の数を減らす事が目的だからだ。
「おお」
色とりどりの光が特獣に降り注ぐ後継にヘイジは感嘆する。転生して一か月以上経つが、これまであまり魔法を目にする機会が無かったので非常に新鮮な気分だった。
「私も行ってくる。ヘイジに負けていられなからな!」
突如オリヴィアがそう言ったかと思うと、鋸壁の上に立ち背負っていた両手剣を抜く。
「ん、行くって」
そしてヘイジの言葉を待たずに勢いよく防壁から飛び出し、地面までの高さの数倍の距離を跳んでそのまま群れに突っ込んだ。
「ええっ!?」
「ちょっ、オリヴィア!」
付き合いが長いリタもこれには驚いたようで、防壁から身を乗り出して叫ぶ。しかしオリヴィアに構う様子はない。
オリヴィアが自身の身長程もある両手剣を小枝の様に振り回せば、その場には特獣の死体だけが残る。オリヴィアの事をよく知らないヘイジから見ても、全く危な気ないように見えた。
現場指揮官もあんぐりと口を開けてオリヴィアを目で追っている。しかし困惑する隊員の視線に気付くと、はっとして表情を戻した。
「誤射は気にするな! どうせあの人には当たらん!」
叫ぶ現場指揮官。どうやらオリヴィアの実力に理解があるらしい。
隊員も遠慮がちながら攻撃を再開した。実際魔法や矢がオリヴィアの近くに飛んで行っても、彼女はひらりと躱してしまうので問題は無さそうだ。
ヘイジとリタは揃った頭の動きで、戦場を駆け回るオリヴィアの姿を追う。ヘイジの戦闘を見ると意気込んでいたはずだが、その事は既に忘れているらしい。
「そうは言っても、あれじゃあ壁上隊もやりずらいでしょうに」
申し訳無さそうにぼやくリタ。
「ちょっと自信無くすなぁ」
ヘイジも思わずそうこぼす。ここの所は度重なる戦闘で自信を付けてきていたヘイジだったが、目の前で繰り広げられる蹂躙を見ると、その自信も萎んでしまいそうだった。
何か参考になる部分もあるのではと必死にオリヴィアの戦いを追うが、両手剣を片手で振ったり特獣を殴ったり蹴飛ばしたりしだしたあたりで深く考えるのをやめた。
「分かる」
頷くリタ。彼女にとってもオリヴィアは未だ遠い存在らしい。
「超人も特獣の一種だって言うイカれた連中がいるんだけど、オリヴィアを見てるとあながちって思っちゃうわね」
「なんだそれ。いや流石にオリヴィアさんに失礼じゃないか」
ヘイジには初耳の情報である。特獣扱いと言うのは流石に酷いのではとリタを見るが、
「何他人事みたいに言ってんの。その主張で言えば、私もあんたも向こう側よ」
そういう事らしかった。
「えぇー」
そうこう言っている内に特獣が前衛のもとまで辿り着き、とうとう本格的な戦闘が始まる。こちらも装備が統一された軍とハンターに分かれているが、どちらも危なげなく対応できている様だ。
堀で進行を遅らせ、遠距離攻撃で間引き、残りを前衛が討伐する。あとは迂回波が消散するまでこれを繰り返すのみだ。
「そろそろ私も行ってくるわ」
リタ達の特猟会は自由に行動することが許されている。その実力故に、隊に縛るより行動を任せた方がその戦力を効果的に活かせるとの判断だ。なのでリタとオリヴィアは前衛を遊撃して回ることになっていた。
「うん、気を付けて」
答えるヘイジも臨時メンバーとして彼女達の特猟会に名を連ねている。そのため自由に動けるのだが、二人のように前衛には出ずこのまま防壁上から攻撃するつもりだ。
「大丈夫、地雷の位置は覚えてるわ」
「あ、そっちなんだ」
リタは手を振って答えると、当たり前のように防壁から飛び出して群れに突撃していった。
「えぇ……」
先程オリヴィアが飛び出して行った時はリタも驚いていたはずだが、どうやらそれは魔法の斉射の中に突っ込んでいった事に対してであって、身長の何倍もある防壁から飛び降りるのは特段気にする事では無いらしかった。
地面に降り立ったリタは、オリヴィアに勝るとも劣らない速度で平原を駆ける。そして特獣の死体を軌跡にしながら、あっという間に遠くへと離れていった。




