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45/52

45.罠と言うにはあまりにも

 迂回波の知らせを受けてから一週間ほど経ち、いよいよ迂回波がファシュマンに到達した。


 東側防壁の一か所、周りよりも高く、広く作られた塔の屋上にはトラニア公爵や軍務部長、猟伐管理部長の他、軍や猟伐管理部の幹部らが詰めている。ここを防衛戦の指揮所としているのだ。


 ファシュマン城から指揮を執る方が安全上は理想的なのだが、空を飛んだり何かを飛ばしたりする特獣もいないので、観測性と指揮の伝達速度を重視した結果現在の指揮所となっていた。


「いよいよか」


 東の森を険しい表情でじっと睨むトラニア公爵。その目にはファシュマン周囲の平原に迫る迂回波が映っている。


 幸いにして時は早朝、辺りはすっかり明るくなっていて防衛はしやすい。あと半日到達が早かったらと思うと肝を冷やす。しかし木々の隙間から見える無数の特獣が蠢く様を目の当たりにすると、果たしてどれ程の違いがあるのかと弱気になってしまいそうだった。


「こうも一直線に来られると、人間に恨みでもあるのかと勘繰りたくなるな」


 視線を遠くに投げたままぼやくトラニア公爵。


「低地の平野のような開発しやすい土地は、地形的に生物の流れの下流になりやすいですから」


 それに返したのは猟伐管理部長。この国に文官が現場で着るための作業服などは無いので、普段通りの文官らしい格好だ。


 軍人が集まる指揮所の中に文官が混ざる様子は浮いて見えるが、軍人と猟伐管理部の職員が共に現場に立つのはさほど珍しい事でない。


 軍と連携したハンターへの指示出しや猟伐管理部の後方支援能力の活用など、特に特獣との戦いにおいてその組織力は重宝されていた。


「人が社会を築く以上避けられない事か」


「閣下。まもなく特獣が平原に出ますぞ」


 次いで声を掛けたのは軍務部長。ファシュマンに駐在する国軍の最高位であり、この戦いの実質的な最高指揮官だ。


 もちろんファシュマンの領主たるトラニア公爵の指揮には逆らえないのだが、当のトラニア公爵は分を弁えており細かい作戦行動に口出しをするつもりは毛頭なかった。


 彼らの視線の先で、森の境界と平原の境界に特獣が迫らんとしている。


 ファシュマンを囲むように幅数キロある平原は、今回のような防衛戦をしやすくするために意図的に維持されているものだ。この都市に限らずシエニス帝国の主要都市の多くでは、土地が許す限り同じような施策がとられている。


「いよいよ始まるか。そういえば特猟会主導の作戦があるのだったな」


「はい。持ち込みはオリヴィア殿とリタ殿でしたが、例の新人、ヘイジ君の提案だとか。爆発性の罠を仕掛けたようですな」


 民間の特猟会、それもあのオリヴィアとリタから提案があった時は驚いた軍務部長だったが、その作戦がヘイジによるものだと知った時は更に驚いた。


 軍務部長は調査隊のブリーフィングで見たヘイジの顔を思い浮かべる。あの時見た彼からは強者特有の自信や威圧感などは感じられず、先に聞いていた実績を疑いたくなるほどに、いかにも新人という雰囲気しか感じられなかった。


 それ故今回の防衛戦で、ヘイジの能力を直接確認できるのではと期待している。


「彼か。結局どんな力があるかは分からんのだよなあ」


 トラニア公爵が悩まし気にこぼす。ヘイジはオリヴィアとリタに気に入られたハンターという事で、要注目人物としてその素性と能力を探らせているのだが、いまいち判然としない情報しか得られていないのだ。


「素性は全くの手がかり無し。戦闘能力についても妙な武器を使っている事は判明しているが、具体的戦闘方法は不明」


 戦闘方法についても調査と報告は行われていたが、その内容は端的にまとめれば「よくわからない」というものだった。


「加えて適性検査にて筋力と魔法力の適性無しと」


 これが何よりも彼らを困惑させた内容である。この報告を受けた時はトラニア公爵も流石に何かの間違いでは無いかと疑ったが、結局それを訂正する新しい情報は入ってきていない。


「事前情報ではそろそろ罠の設置範囲です」


 猟伐管理部長に声を掛けられ、考え事に耽るトラニア公爵は戦場に意識を戻す。見れば地面を埋め尽くす特獣達が、いよいよ平原に足を踏み入れたところだった。


 ヘイジの罠は平原の最遠部に仕掛けられ、その手前には突貫で掘られた移動を遅滞させるための堀がある。そしてさらにその手前にハンターと軍人からなる主戦力が陣形をとって控えていた。


「まあ、あの手の罠は威力の割に魔力費が悪い。少しでも減れば御の字だ」


 あまり期待していない様子で呟くトラニア公爵。


 罠があろうがなかろうが従来の防衛作戦に変化はないため、トラニア公爵の呟きが指揮所に詰める者達にとっても素直な感想であった。


 じっと罠の作動を待つ事もないので、トラニア公爵は迂回波の特獣の構成を観察する。


「やはり大半は脅威度一か二だな。三もそこそこいるか。む、アイツはなんだ」


 平原に踏み込む小型の特獣の群れの中に一際大きな存在が現れた。一見するとモリガガメに似ているがそれよりもずっと大きい。


「あれはオオモリガガメです。脅威度四で本来はギュベ山脈の麓に生息しています。討伐に際しては―、」


 淀みなく答える猟伐管理部長の言葉に、耳を傾ける指揮所の面々。そんな中、彼らの視線を集めていた巨大な亀型の特獣が光に包まれた。


「あ」


 説明を忘れて気の抜けた声を発した猟伐管理部長。しかし誰もそれを咎める事は出来ない。


 オオモリガガメだけに留まらずその周囲を白とオレンジの光が包み込んだかと思えば、まるで地面そのものを放り上げたかの如き勢いで黒土色の煙が空高く吹き上がった。


 と同時に爆発を中心に衝撃波が広がる。もちろん本来そんなものは目視出来ない。しかし波のように迫る土埃となぎ倒される草が、その存在を如実に表していた。


 不可視の波が指揮所まで到達した瞬間、これまでに聞いたことのない轟音が全てを塗りつぶす。


「オワァッ!」


 体験したことのない衝撃に、机にしがみつく者やひっくり返る者など反応は様々。コップは倒れ地図は吹き飛び、指揮所は一瞬で滅茶苦茶になってしまった。


 衝撃波が過ぎ去ってしばらく。どうにか態勢を立て直した指揮所の面々は、恐る恐る爆発があった場所を見る。


 煙が晴れた爆心地周辺にはオオモリガガメどころかその周りにいた特獣達すら残っておらず、大きく抉られた地面だけがその威力を物語っていた。


 それだけでなく吹き飛ばされた特獣や岩、木片が周囲の特獣に襲い掛かり、爆発の範囲以上に広く被害を齎している。


「……」


「……」


「……」


 トラニア公爵、軍務部長、そして猟伐管理部長の三人がぎこちなく視線を交わす。周囲の者も立ち昇る爆煙を呆然と見上げる事しかできなかった。


 指揮所にいる者は皆それなりに経験豊富な者達であるため、パニックになることは避けられたものの動揺は抑えられない。


 そんな呆然とする彼らに立ち直る時間を与えず、また一つ二つと平原が爆発する。


 その光景にはっとしたトラニア公爵が、ゆっくりと軍務部長を見た。


「……よくわからん奴というのは、大抵まともではない。とりあえず、彼の事は中央にちゃんと伝えといてやれ」


「は。かしこまりました……」


 未だ衝撃から完全に立ち直れない軍務部長は、各所から血相を変えて飛んでくる伝令達を遠目に見ながら頷く。しかしその返事も、再びやってきた爆音にかき消されるのだった。

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