42.帰還と提案
オリヴィアの救援によって無事洞窟から脱出したヘイジとリタ。リタはオリヴィアの救出方法に不満がある様子だったが、オリヴィアは「これが一番手っ取り早い」とどこ吹く風だ。
ヘイジもトンネルを作ったあの魔法にはひどく驚かされたが、それよりも重圧感を放ったのがオリヴィアという一人の人間である事への驚愕の方が大きかった。
(銃とか誤差の範囲なんじゃ……)
ヘイジはこれまでの成功体験から、銃という固有能力にいわばチートのような優越感と罪悪感を抱いていた。しかしやいのやいのと言い合うリタとオリヴィアを見ていると、そんな感覚が急速に薄れていくのを感じる。
ヘイジは肩のライフルスリングを掛けなおすと、人知れず気を引き締めるのだった。
ミヤマオオロクシの死体は三人ではどうしようも無いという事で、放置して早々にファシュマンへ向かうことに。幸い道中に遭う特獣も特別たいしたものはなく、日が地平線に沈みかかる頃には帰還できた。
リタ、オリヴィアと共にギルドに戻ったヘイジを迎えたのは、幽霊を見たような顔のハンター達だった。
きょとんとした顔でヘイジを見る彼らは、ヘイジが五体満足でそこに立っている事を徐々に理解すると慌てて駆け寄って来る。
「おいおい、マジかよ」
「ヘイジ! お前無事だったのか!」
「生きて帰って来るとはなあ」
皆口々に喜色の声を上げてヘイジの肩を叩くも、彼らの反応はどこかぎこちない。本当に死んだと思われていたのであろう事が窺えたヘイジは、苦笑しながら彼らの歓迎を受けた。
「リタさんお疲れ様です!」
「囮まで務めて頂きありがとうございました!」
一方でリタに対しては、ぴしりと姿勢を正し上官を迎えるかのような態度。
「リタの心配はしてないのかよ」
「馬鹿お前、リタさんは生きて帰って来るに決まってるだろ」
ヘイジは少し不満を垂れてみるが、隊員達には当然とでも言いたげな表情で一蹴されるだけだった。
「ヘイジ君っ。よくぞ無事で!」
そう言って駆け寄ってきたのは、新人三人組の小太りの男だ。背後には他の二人も居る。聞けば彼らは調査隊には参加せず、都市の周囲の警戒を行っていたらしい。
そしてリタの口からミヤマオオロクシの討伐が告げられると、ロビーはさらに歓声につつまれた。
特にリタがロビーにミヤマオオロクシの牙と鱗を置いて見せた時の、周りの盛り上がりっぷりときたら凄まじかった。
ヘイジは大はしゃぎするハンター達に称えられ揉みくちゃにされた。悪い気分では無かったが、高揚感でも隠し切れない疲労で流石に身を休めたくなる。
どうにかリタと共に報告を行うと、リタとオリヴィアとは明日また会う約束をして別れるのだった。
翌日、泥のように眠るヘイジは扉を叩く音で目を覚ます。
目をこすりながらよろよろと扉を開けると、いつも通りの澄ました様子のリタが立っていた。
「あら、寝てたの。もう昼よ」
「なんでリタはいつも通りなんだ……」
リタのバイタリティに驚愕するヘイジ。なんでも話があるとのことで、そのままリタに連れられて一軒の建物にやってきた。
「喫茶店?」
「うちの活動拠点よ」
慣れた様子で入っていくリタを追いかける。
品のある複数のテーブルと椅子、カウンターとその奥にずらりと並ぶ茶缶など、活動拠点と言われてもやはり落ち着いた雰囲気の喫茶店にしか見えない。
突然おしゃれな空間に連れてこられたヘイジが、気後れしながらきょろきょろと辺りを見回していると、奥にある階段から足音が響く。
「いらっしゃい」
そう言ってオリヴィアが降りてきた。
「お邪魔してます」
「呼んだのはこちらだからな。くつろいでくれ」
そう言って微笑んだオリヴィアは、慣れた手つきで紅茶を入れる準備を始める。
近くの椅子に腰掛けたリタにならってヘイジも椅子に座った。
「話したいのは迂回波の防衛についてよ」
迂回波の発生については昨日のファシュマンまでの道中でオリヴィアから聞かされていた。都市を挙げての防衛であり、ファシュマンのギルドに所属するヘイジも強制的に参加することになっている。
いつ迂回波が到達しても対処できるようにと、戦力の配置とさらなる防衛力強化の準備が並行して行われており、街中は慌ただしく物々しい雰囲気が漂っていた。
「俺の配置ってどうなるんだろう」
「通例だと新人は後方支援の手伝いと特獣が漏れてきた時の対処になるんだけど、あんたは実績があるから前線でしょうね」
「ただ、ヘイジはパーティーを組んでいないから、前線に置いてもいいものかとギルドも悩んでるみたいでな」
三人分のティーセットを持って椅子に座ったオリヴィアが話を継ぐ。
聞けば、ミヤマオオロクシを討伐したとはいえ未だ能力を測りかねているギルドは、ヘイジを一人で前線に出すことにためらいがあるらしい。
ヘイジは先の戦闘を考慮されて、休息の時間を与えられている。そのためまだ招集がかかっていないのだが、それだけが理由ではないようだ。
「そういう訳だから、うちの臨時メンバーって事にして私達と一緒に行動しない? あんたの戦い方に理解もあるし、自由に動けるわよ」
提案するリタは散歩にでも誘うかのよう。
ヘイジは防衛に駆り出された自分を想像してみる。後方支援なら安全だろうが、言い換えれば成長の機会を失う事にもなるだろう。ヘイジは自分がそれを勿体ないと感じた事に気付く。
加えて、この二人と行動する事による安心感よりも、前線に出てファシュマンの人々のために戦える事に魅力を感じた。
ヘイジは思ったよりも積極的になっている自分に驚いたが、悪い気分はしなかった。
「もちろん。こっちからお願いしたいくらいだ」
前線に立つリスクや求められる役割、失敗したときの被害。それらを想像した上で、ヘイジはリタに頷きかける。
「よし、これで私もヘイジの戦闘を見られるぞ!」
リタが反応するより早くオリヴィアが顔をほころばせた。オリヴィアは黙っていれば芯の強そうな貴族令嬢にしか見えないが、実際の彼女がどんな人物なのか薄々分かってきたヘイジだった。
「決まりね。あんたが居れば百人力よ」
リタはそんなオリヴィアの様子に苦笑しながらも、嬉しそうにヘイジに握手を求める。
「そんなにぃ?」
ヘイジはそれに応じながら、リタからの率直な高評価に思わず口角を上げた。
「ええ、もちろん。ちなみに私は千人力、オリヴィアは万人力ってところかしら」
リタは得意げに鼻を鳴らす。
「おい」
「まあ、流石にちょっと言い過ぎだけど、それ程気負う必要はないわ」
ひらひらと手を振って笑うリタ。しかしちょっとという言葉に訂正が入る様子は無い。
「この辺の特獣に強いのはほとんどいないからな。数が多いだけだ」
オリヴィアも特に異論は無いようで、紅茶の注がれたカップを配りながらリタに同調していた。
「数が多いだけって……。あ、ありがとうございます。予想だと確か一万匹くらいいるんじゃ」
それが今回予想されている迂回波の規模だ。ヘイジには一万匹の特獣の群れというものが全く想像できなかったが、少なくとも数が多いだけなどと軽く流せる物ではない事は確かだ。
ヘイジは頬を引きつらせてオリヴィアを見る。しかしオリヴィアは冗談や強がりを言っているわけでは無いようで。
「迂回波と比べられるものじゃないがこちらも数は多いし、一度に接敵する数は限られる。突出しなければ囲まれる事もないからな」
「私達やあんたは余程のヘマしない限り大丈夫よ」
ヘイジの中では一応常識人に分類されているリタも至極真面目な顔で頷いていたので、ヘイジはそういうものかととりあえず納得する事にした。
「でもまあ、他の連中は結構死傷者が出るでしょうね」
続けてそう溢したリタからは少しの憂いが窺える。やはりそう優しい話は無いようだ。
「そうかぁ。二人くらい強くてもどうにもならないのか」
調査隊に参加したことで顔見知りの人間もいくらかできた。前線に出るであろう彼らが死ぬのは、ヘイジとしても出来るだけ避けたいところである。
「個人で強くたって限界があるわよ。それに群れの危険さはあんたも知ってるでしょ」
「まあ、うん」
それはそうなのだが、ヘイジは中々簡単に割り切れない。せめて少しでも被害を減らす事は出来ないかと考えて、ふとある事を思いついた。
「ちょっと作戦があるんだけど」
「作戦?」
「ほう?」
作戦と言うほど大仰なものでもないのだが、ヘイジは思い切って提案してみる事にした。




