41.救助は突然に
ハンターになった理由を自分なりに考えてみたヘイジ。それはなんとも俗っぽい物だった。
命懸けでハンターの道を選んだこの世界の人々に知られたら怒られそうな理由だが、ヘイジ自身もたった今命の危機を経験したばかりなので許してほしいところだった。
ヘイジはリタの気分を害したかも、と恐る恐る彼女の顔を見る。
「いいんじゃない」
しかしリタは優しく微笑んでいた。ヘイジはほっとして続ける。
「俺さ、もっと平穏で安定した生活を送ろうと思ってたんだ」
きっとそれも素直な願いではあったのだろう。しかしこの一か月近い平穏な新生活で、ヘイジは無視しきれない退屈さと虚無感を感じ始めていた。
加えてそれが全てが新鮮な異世界での事となれば、尚更自分は何をしているのだという気になるものだ。これほど新鮮な世界が驚くほど早く味気ないものになることが、ヘイジは残念でならなかった。
「流石にこんなのはもう勘弁だけどさ。でも、誰かを守ったりみんなに褒められたりして、もっと頑張ってみるのも悪くないって思ったよ」
素直な気持ちを吐露した気恥ずかしさを誤魔化すように、ヘイジは少し火の入り過ぎたタンを齧る。
実際ここ最近の経験は非常に鮮やかなものだった。苦労も沢山あったが、振り返ってみれば自分はこちらの方が良いと、今のヘイジはそれなりに確信をもって言う事が出来る。
ミヤマオオロクシとの戦闘のような修羅場はもう御免であるというのも、素直に言葉の通りではあるのだが。
「自分の気持ちを理解するのは大切な事よ。心に蓋をして澄んだ空が見られるわけ無いもの」
リタはどこまでも穏やかに、そして祝福するようにヘイジに微笑みかけた。
これまでにない笑みにヘイジの鼓動が跳ねる。呆けてまじまじと彼女の顔を見ていると、リタはころりと表情を変えて悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「まあ私はあんたの出自や奇妙な戦い方のカラクリの方が気になってるけど」
にやりとヘイジを見た後、その視線を足元のライフルに移す。
「結局あんたの故郷ってどこなの?」
タンを口にしながら目線で答えを促すリタ。にこやかながら逃がさないぞとでも言いたげな表情だ。
「そ、そういえば。前リタが言ってた件だけど……」
たじたじになったヘイジが無理やり誤魔化そうとした時。
「うっ!」
「……!」
突然空気が変わった。
思わず呻くヘイジ。声こそ上げなかったもののリタも目を見開いている。
二人を襲ったのは強烈な恐怖や重圧。それはまさにミヤマオオロクシと相対している時に感じていたものだ。
ヘイジは突如襲ってきた感覚に混乱する。本来こういった感覚はミヤマオオロクシなどの命に対する脅威を五感で認識して、その認識を基に脳が発するもののはずだ。間違っても唐突に岩壁越しに飛んでくるものではないはずなのだが。
恐怖と混乱で硬直するヘイジ。一方ではっと気を取り直したリタは、ヘイジの腕を強く掴むと強引に引っ張った。
「ヘイジこっち!」
混乱したままのヘイジはリタに連れられて反対側の壁のそばまで走る。すると不思議と重圧が弱まった気がした。
「ここなら大丈夫ね」
ヘイジをしゃがませると、まるで庇うようにリタが密着してくる。
「えっえ」
リタに頭を抱えるように抱きしめられ、事態の理解が追い付かないヘイジ。
「一体なに―」
目を白黒させながらヘイジがどうにか口を開いた瞬間、轟音が鳴り響いた。洞窟が明るく照らされ、全身を熱気が包み込む。
しかしそれは急激に温度を下げ始め、すぐに真冬のような寒風になった。
ヘイジは訳が変わらず、なすすべもなくリタの腕の中でぎゅっと目を瞑る事しか出来ない。
「ヘイジ、もういいわよ」
立ち上がるリタに肩を叩かれて、ヘイジははっと目を開く。気付けば静けさが戻って来ていた。
しかし先程と違って洞窟には外光が入り込んでいる。何事かと目をこすって見れば、リタの背後にぽっかりとトンネルが現れていた。
綺麗な円柱状のそれは大人が立って通れるほどの直径がある。壁面はどろりと溶けたような形状をしているが、下に流れていくことは無い。既に冷え固まっているのだ。
「なっ、なにこれは」
ヘイジはどうやら先程の光と爆音の最中にトンネルができたであろう事は分かった。しかし、では何が起きたのかと言われれば分からないままだ。
ヘイジの鼓動が速まる。先程襲ってきた感覚の事を考えれば、またもや強力な特獣が襲ってきたのだろうか。
そう思ってヘイジはリタを見るが、彼女は特に構える様子もなく、少し不機嫌そうな顔で腕を組んでトンネルの先を眺めるだけだった。
混乱するヘイジの耳に、こつこつと規則的な音が届く。その音が人間の足音だとヘイジが気付いたところで、ちょうど人影が目の前に現れた。
ヘイジとリタを超える背丈に、美しい金髪と非常に整った顔の女性。その額には少しだけ汗が流れている。
「よし! 無事だな!」
二人の前に現れたオリヴィアは、洞窟内に良く響く声を上げて満足そうに頷くのだった。
ヘイジはここにきてようやく、これが特獣の襲来ではなくオリヴィアの救援だと理解した。では何が起きたのかと言われれば、依然として分からないままだったが。
連日騒がしいファシュマン城の会議室は、調査隊とオリヴィアからの報告があって以降更に騒がしさを増していた。
ひっきりなしに人が出入りしており、城門からこの会議室までの経路に立つ警備兵達はそろそろ各部門の役人たちと顔馴染みになりつつある。
そんな会議室に、猟伐管理部の文官が駆け込んできた。彼も馴染みの顔だが、いつも冷静な彼が今はどこか浮足立っているように見えた。
文官はそのまま猟伐管理部長の元に駆け寄る。
「ギルドから追報です。ミヤマオオロクシの討伐を確認」
あれだけ騒がしかった会議室が、水を打ったように静かになった。
「えっ倒せたの?」
我にも無く素で返したのは、すぐ近くで一緒に協議していたトラニア公爵。
「なにっ」
軍務部長も思わず立ち上がる。
「なんと……」
猟伐管理部長も目を見開いて固まった。
「現地に残った調査隊員と救援に向かったオリビア殿が帰還しました。調査隊員二名によって討伐されたと、オリヴィア殿も確認しております」
その報告に軍務部長がピクリと反応する。
「む、残った調査員って」
「リタ殿と、例の新人です」
静かに答えた猟伐管理部長は、何か考え込む様に腕を組んで俯いた。
「うわぁ」
思わずと言った風に声を溢した軍務部長は、ブリーフィングで見たヘイジと言う名の青年を思い出す。
新人がミヤマオオロクシの討伐を達成した。貢献の程度は不明だが、リタが使えると判断して現場に残し、実際に討伐して帰ってきた事は事実である。
軍務部長はヘイジがこの国で上澄みレベルの存在だと認識する。それは繊細な扱いが求められる人物が一人増えてしまった事を意味していた。
「しかしこれで、心配事が一つ減ったな」
トラニア公爵がほっと息を吐く。ミヤマオオロクシだけでどれ程の死者が出るのかと、心を暗くしていたのだ。
彼とて強力なハンターの扱いの厄介さは理解していたが、ミヤマオオロクシがもたらしたであろう被害を考えれば今は些細な事だった。
「はい。少なくとも防壁が破壊される可能性はこれでほとんど無くなりましたな」
軍務部長も表情を戻すと軽く頷き返す。
あれこれ考えていた軍務部長だが、当然彼も同じ考えだ。ミヤマオオロクシと戦うくらいなら、話の通じる怪物の方がまだマシである。
軍務部長は少し頼り無さそうな黒髪の青年の顔を思い浮かべる。その人格が穏やかであることを祈りながら、リタと併せて感謝するのだった。




