40.あなたはどうしてハンターに
しばらくして。
「んん」
意識を取り戻したヘイジ。覚醒したものの頭はやや混濁していた。果たして自分は何をしていたのかと思考を整理していると、後頭部に柔らかい感触があることに気付く。
ゆっくりと目を開くと、薄暗い洞窟の中で心配そうに覗き込むリタと目が合った。
「リタ……」
「ヘイジ、無事でよかった」
ほっと息を吐いて微笑むリタ。落ち着いた様子で、怪我をしているようにも見えない。
ヘイジもそんなリタを見て改めて安心する。冴えてきた頭を動かしてみると、ミヤマオオロクシの死体が視界に入った。
「本当に死んでる……」
ミヤマオオロクシを相手に、二人で生き残るどころか討伐まで出来たのだ。心身ともに疲れ切っているが、達成感と頭を支える柔らかい感触の心地良さでそれも和らぐ。
「水を持ってくるわ」
リタは立ち上がると少し離れた所にある荷物を取りに行った。
「ありが……んん?」
しかし後頭部を包み込む柔らかい感触はそのままだ。
ヘイジは混乱した。自分は膝枕をされていたはずではないのか。寝ぼけているのだろうかと未だぼんやりとした思考で、ヘイジは頭の下に置かれた何かを手で触ってみる。
そばに戻って来たリタが、不思議そうな顔で手を動かすヘイジに気付いて平然と口を開いた。
「ああそれ? ミヤマオオロクシの舌よ」
「でええっ!」
慌てて跳び起きるヘイジ。頭を置いていた所を見てみれば、赤黒い肉塊が丁寧に四角に切り取られて置かれていた。
「舌? なんで舌!?」
ヘイジはややしっとりとした後頭部をさすりながら抗議する。
「あんたを回復した後ちょっと解体してみたんだけど、その時に丁度いい柔らかさだったから。そんなにベタベタしてないしいいでしょ」
しかしリタは水筒を差し出しながら平然と答えた。
「そういう問題じゃない!」
「元気そうね」
リタには取り付く島もない。そんな反応を見て自分が神経質なだけでは、と段々不安になってきたヘイジ。腑には落ちないものの、トーンダウンしつつ誤魔化すようにミヤマオオロクシの死体を見た。
「んん。倒したな、俺達で」
「ええ」
腰に手を当ててミヤマオオロクシの死体を見ているリタ。落ち着いてはいるが、その声と横顔から普段は見られない高揚が感じられるのは、ヘイジの気のせいでは無いだろう。
そんなリタは視線を戻すと、真面目な表情でヘイジの目を真っ直ぐ見る。
「お疲れ様。貴方は最高のハンターよ」
そう言って屈託の無い笑みを、惜しげも無くヘイジに向けたのだった。
「あ、ああ。ありがとう。その、お前もな」
その率直な言葉と眩しい笑みに、無意識に口角が上がるヘイジ。嬉しさやら気恥しさやらで言葉をつっかえさせながら、リタにもそう返してみた。
「ふふ、知ってるわ」
腕を組んでニカリと笑うリタ。少し頬を染めてはにかむ姿はいつもより無邪気に見える。
ヘイジは純朴な反応を返した自分が少し恥ずかしくなったが、そんなやり取りがなんとも心地よかった。
「それでこいつはどうするんだ」
達成感に浸る事に少し満足したヘイジは、再度ミヤマオオロクシに視線を向ける。原因は解決出来たが、群れが無くなったわけではない。いつまでもこうしてはいられないだろう。
しかし何故かリタの反応は鈍かった。
「うーん。とりあえず歯と頭部の鱗をいくつか採取したけど、これ以上は無理ね。そもそも私達閉じ込められてるし」
「えっ」
顎をしゃくるリタ。
「ほんとだ……」
ヘイジがリタに促されて見てみれば、ミヤマオオロクシの死体に被さるように入り口が崩落していた。光が差し込むようにも見えないので、外に出られそうな穴は無さそうだ。
狭い洞窟内でミヤマオオロクシが暴れた事、そしてリタの魔法あたりが原因だろう。リタは少し気まずそうに頭に手を当てていた。
「うーん、どうにか出来るのか?」
ヘイジもリタの魔法が討伐に必要不可欠であったことは理解しているので、責めるつもりは全く無い。
「体力もキツイし、強引にやって更に崩落しても困るわ。一刻も早く戻りたい所だけど、今は休んで体力と魔力を回復してからどうにかしましょう」
「そうだな……」
魔法でどうにかなるだろう、と二人は大人しく休むことにした。幸い空気の流れはあったので、崩落した瓦礫の山の近くで焚火をする。
二人とも眠る気にはならなかったので、体を休めながら食事と他愛ない話をすることにした。
ちなみに食べているのはヘイジが枕にしていたミヤマオオロクシの舌だ。タンを食べる事には全く抵抗が無いヘイジだが、これを食べるとリタに言われた時は流石に頬が引きつってしまった。
しかし表面を削った後適度な大きさに切り分け、塩を振って焼いてしまうと立派なタン塩になった。
ヘイジが恐る恐る齧ってみれば、やや固いながらもタン特有の心地よい歯ごたえがあり、噛み締めれば肉汁と共に豊かな旨味が広がる。
目を見開くヘイジ。心身ともに疲れ切っていたのも相まって、人生でも一二を争う美味しさであった。マイナスポイントは横を見ると、生気を失った巨大な瞳と目が合ってしまう事くらいだ。
少し表情を硬くしたヘイジは、目を逸らすように反対側に視線を向ける。そちらでは初めから抵抗が無い様子のリタが、次から次へとタンを頬張っていた。
フォーク代わりにナイフを使っているにも関わらず、食事の様子はどこか気品を感じさせる。明らかに礼儀作法の教養がある者の振る舞いだ。
ふと疑問に思ったヘイジが声を掛けてみる。
「リタって貴族だったりする?」
リタはもぐもぐと咀嚼すると、ごくりと飲み込んでから口を開いた。
「私は違うわ。でも商会の娘だったから、それなりに教育は受けてるわね」
ヘイジの質問の意図に気付いたらしい。ヘイジはそういう事かと頷く。
「どうしてハンターに?」
それは純粋な疑問から発せられた問いだ。他愛ない問いかけをするヘイジに、リタも他愛ない様子で答える。
「両親を特獣に殺されたの。だから自分みたいな人間を少しでも減らしたくて。まあ、当初の原動力は復讐心だったけれど」
今は大丈夫よ、と補足するリタはあっけらかんとしたものだ。しかしヘイジは、しまったと少し硬直してしまう。
「そうか、すまない」
気が緩んでいた事もあって無遠慮にプライベートに踏み込んでしまった事を反省する。
「いいのよ、幼少期の事だしね」
しかしリタには本当に気にした様子がない。むしろ引き攣ったヘイジを気遣って微笑むほどだった。
そんなリタの態度に、ヘイジは表情を繕いながらも更に心を暗くしてしまう。幼少期に両親を失い、その仇たる特獣と立ち向かい続けるには、果たしてどれ程の覚悟が必要なのだろうかと。
「それであんたはどうなの」
ヘイジはリタの境遇に想いを馳せるも、彼女からの質問に思考をかき消された。
リタは好奇心にあふれる眼差しでヘイジの顔を覗き込む。
実際リタにとってもこれは非常に気になるところだった。この世間知らずの奇妙な男はどんな生い立ちで、如何にしてハンターになったのだろうと。
「俺は……」
そんなリタの心境を知る由も無いヘイジは、答えに困って言い淀んでいるところだった。転生や神云々の話があまりに突拍子も無いというのもあるが、ヘイジが困ったのはそれだけでは無い。
自分の素直な気持ちを未だ言語化できないでいたのだ。すべて娯楽の神のせいにするのは簡単だが、果たしてそれだけで死のリスクもあるハンターを唯々諾々と続けられるのだろうか。
本当にハンターになりたくなければ、必死に他の仕事を探して回る事も出来たはずだ。そうすれば今頃別の職に就いていたかもしれない。
しかし自分はそうしなかった。本当の意味でハンターになった理由とは何だろうか。頭を整理しながらヘイジはゆっくりと口を開く。
「流されて、なあなあでハンターになって。でも多分、ハンターとして活躍したかったんだと思う。強くなったり、お金を稼いだりしてさ」
口にしてみれば簡単な事だった。自分は結局ゲームの延長線上にあるものとしてのハンターに惹かれていたのだろう。
そう気付いて、ヘイジは我が事ながら俗っぽい理由に苦笑した。




