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39.決着

 ヘイジは必死に走り続ける。飛んでくる石に気を配りつつ、時折振り返ってライフルで牽制。


 何とか付かず離れずの距離を維持しているが、少しでも気を抜けば捕まってしまいそうだった。


 追撃を銃撃でいなしてどうにか凌いでいるが、当然いつまでもそうしていられる訳ではない。


 弾切れになり、ヘイジは数度目のリロードを試みる。


「ああっ、くそ」


 しかし手元には何も出現しない。とうとう弾倉の生成に必要な魔力量を下回ってしまったのだ。残念ながらこれまでに急所に当たった様子もない。


「まずいまずい」


 ヘイジからの攻撃が無くなった事に気付くや否や、ミヤマオオロクシの攻撃が更に苛烈になる。


 速度ではぎりぎり勝っているが、もはや攻撃の回避だけで精いっぱいだ。そうしてがむしゃらに走っていると、目の前に切り立った崖が現れた。


「あっ」


 このまま進んではいけないという事は分かるのだが、ヘイジは崖に向かう足を止めることが出来ない。方向を変えようとするたびに、後ろからミヤマオオロクシが妨害してくるのだ。


「嘘だろコイツ」


 ヘイジは自分が進路を誘導され、追い込まれていたことに気付く。そしてとうとう崖の下に行き着いてしまった。


 崖を見上げて立ち尽くすヘイジ。高さは二十メートルほどだろうか。今のヘイジなら時間さえかければ登れない事も無さそうだが、ミヤマオオロクシにとっては一飛びの高さだろう。


 壁面はヘイジを囲むように少し弧を描いており、彼我の速度差がわずかな事を考えれば、左右に抜けるのも難しそうだ。


 振り返って見れば、ミヤマオオロクシがゆっくりと近づいて来ていた。随分と余裕な様子だが、実際ヘイジにそこに付け込む力は無かった。


「くそう」


 まだ距離はある。ヘイジは何か出来る事は無いかと必死に考えるが、現在の魔力量では出来る事は多くない。そもそも魔力感知に優れたミヤマオオロクシの事だ、魔力を使った瞬間に跳びかかって来るかもしれない。


 諦めが滲み始めたヘイジの脳裏に、ふとリタの言葉が思い浮かんだ。


「この世界で最も容易に狩られるのは、無力な抵抗者ではなく敵に背を向ける者かあ」


 今の自分は果たしてどちらなのだろう。だいぶ頑張った気はするが、少なくとも今のままでは容易に狩られてしまうのは確かだ。


 そんな自室でのリタとのやり取りを思い返していたヘイジは、そこである事を思い出した。


「そういえば……」


 ミヤマオオロクシを刺激しないようバックパックをゆっくり下すと、後ろ手でその中をまさぐり始めた。


「よかった、あった」


 幸い直ぐに目的の物を取り出す。それはスキルの検証以来、魔力もったいなさにバックパックに放置していた発煙手榴弾だった。


 ミヤマオオロクシは目前まで迫っている。どんな反応をするかは分からないが、他にできそうなことも無いのでこれに賭けるしかなかった。


「風は穏やか、向きもよし。頼むうまく広がってくれ」


 ヘイジは自分を落ち着ける為にぼそぼそと呟く。そしてゆっくりと腰を曲げると、祈りながら極力小さな動きで発煙手榴弾を転がした。


 ミヤマオオロクシの足元で、円筒状の容器から勢いよく白い煙が噴き出す。


 ミヤマオオロクシは警戒心をむき出しにして煙幕を睨むが、しかし闇雲に煙目がけて暴れたりはしなかった。


 最初のうちは人の下半身程度の高さしかない白煙だったが、森の中を漂う微風に乗ってまたたく間に立ち上り始め、あっという間にミヤマオオロクシの視点の高さまで覆い隠す煙幕が出来上がる。


 白煙をじっと観察するミヤマオオロクシ。白煙は明らかに異常な現象ではあったが、魔力は感じられずその動きに動物らしさは無い。


 ミヤマオオロクシはその高い知能によって、それが白い化け物や何らかの魔法などではなく、風任せに広がる生物ではない何かだと気付く。


 ゆえに煙相手に暴れて煙幕を吹き飛ばしてしまうことも無く、結果としてヘイジが逃げ出すだけの隙が生まれた。


 ヘイジはミヤマオオロクシの視界が遮られるや否や走り出す。足音を消す余裕は無かったので、駄目元で石ころを遠くに投げて陽動じみた事もしてみた。


 それが功を奏したかは分からないが、どうにかミヤマオオロクシと崖の間から抜け出すことに成功する。


「はあっ、抜けれた」


 しかし何とか切り抜けたことに安堵する暇も無く、背後で地面を踏み均す轟音が響く。ヘイジが振り返って見れば、案の定ミヤマオオロクシが追ってきていた。


「いいぞ。ついてこい」


 とはいえこれは狙い通り。煙幕を出てくるのは予想より早かったが、逃げ出す隙を作れただけで御の字だ。ヘイジは過去の貧乏性な自分に感謝しながら、目的地を目指して走り続けた。


 銃を撃てず牽制もできないので、正真正銘の全力疾走で森を駆ける。しばらく走ると森の中にぽっかりと黒い穴が開いているのが見えた。隊の避難に使った洞窟だ。


「あった!」


 ヘイジは道に迷わなかった自分を心の中で褒めると、ミヤマオオロクシが追ってきている事を確認してから洞窟に駆け込んだ。


 洞窟内を見回すと、やや奥まった所に人影がある。リタだ。片手剣を右手で逆手に持ち、添えた左手と共に柄頭を前に突き出している。


 魔法杖の機能を持たせた剣の柄を構えているのだ。


 リタの顔を見てほっと息を吐くヘイジ。別れてから十分も経っていないはずだが、長い間離れていた気分だった。


 そんなリタは、目をかっぴらき四白の瞳で前方を凝視している。


 剣を使った戦いが馴染み深いが、魔法に専念する姿も様になっていた。呪文を紡いでいるらしく、小刻みに口を動かす様はさながら熟練の魔法使いだ。


 作戦を提案してきた時は自信無さげだったが、今のリタからはそのような雰囲気は感じない。


 この様子なら大丈夫だろう、と安心するヘイジの耳に彼女の呪文が聞こえてきた。


「集中集中集中集中集中―」


「……」


 一転して不安になるヘイジ。


 実のところ魔法ごとに絶対に決まった呪文というものは無い。呪文は特定の魔力の働きを起こしやすくするルーティンのようなもので、自己流でも呪文無しでも問題無い。流行りのおすすめ呪文などはあるが、いずれにしても当人にとってやりやすい方法が選ばれる。


 なのだが、鬼気迫る表情でぶつぶつ同じ単語を呟くリタは流石に異様であった。リタの実力に圧倒的信頼を置いているヘイジでも、この「詠唱」を見れば不安になってしまうのも仕方のないことだ。


 言葉通り集中するリタに声を掛ける事も出来ずどうしたものかと立ち尽くしていると、地面を揺らす足音がすぐそこまで迫って来る。


 慌ててヘイジが入り口に向き直ると、岩肌に開いた緑の穴をメタリックな赤色が埋め尽くしたところだった。


 手前でライフルを小脇に抱えるヘイジとその奥で魔法を放たんとするリタが、洞窟に侵入したミヤマオオロクシを迎える。


 ミヤマオオロクシはヘイジを追おうとするも、リタの存在に気付くと追撃の勢いを弱めた。リタの魔法の危険性にも気付いたようで、どちらを先に狙うべきか迷うような仕草をする。


 ヘイジもミヤマオオロクシが目敏くリタを意識している事に気付いて歯噛みした。リタが狙われてしまえば、折角のチャンスを失ってしまう。


 二人をさんざん苦戦させただけあり、標的を迷うその姿は知能の高さを如実に表している。


 そしてその隙をヘイジは見逃さなかった。


「着剣!」


 ヘイジが叫んだ瞬間、ライフルの銃口下部にナイフが現れる。銃剣、それは魔力を消耗してしまった今でも発動できる数少ないスキルだ。


 このスキルはヘイジが冗談で実装したものだった。その正体はライフルに銃剣を付けて突進するだけの、貴重な距離のアドバンテージを捨てるものである。そのためヘイジは実際に銃剣を使う事など全く考えていなかった。


 しかし忘れてはならないのは、このスキルもmod専用ゆえに火力のステータスに基づいて威力が設定されているという事。


 まっすぐ突き出された刃は、使用者の火力によって大きく威力を上げる。それも大きすぎるデメリットに見合うように(あとどうせ使わないだろうから)と、非常に高い倍率が掛けられていた。


「おおおっ!」


 そして今この瞬間、前に進み銃剣を敵に刺すという行動に限って、ヘイジの膂力は火力によって大きく底上げされていた。


 ヘイジは弾かれるようにミヤマオオロクシに突進する。絵具を引き伸ばしたかのように景色が流れ、ヘイジの視界が一瞬でミヤマオオロクシに埋め尽くされた。


 それでもヘイジは勢いを一切緩めない。そのままミヤマオオロクシの頭部の下をくぐると、斜め上に飛び上がって喉元に衝突した。


 銃剣は何の抵抗もなくその体表に沈み込み、銃口が鱗に当たって甲高い音を立てる。


 金切り声を上げるミヤマオオロクシ。


 ヘイジがダメ押しにと突き立ったままのライフルを振り上げれば、銃剣はまるで新品のハサミで紙を流し切るかのように鱗を切り裂き、その喉元に大きな切り口を作った。


 直後に背後から強大な圧力を感じる。それはヘイジにすら分かるほどに練り上げられた、リタの魔法が放つものだった。


 咄嗟に横に跳ねるヘイジ。地面に転がったところをミヤマオオロクシに狙われたら、などとは一切考えなかった。


「発!」


 ぼそぼそとした詠唱から一転して、力強く叫ぶリタ。


 直後、発射されたのは白く光る杭。成木の幹ほどの太さがあるそれが、光の航跡を残して高速で飛翔する様はまるで極太のレーザーでも撃ったかのよう。


 痛みにのたうつミヤマオオロクシにそれを避ける余裕はない。そして光る杭がミヤマオオロクシに接触した瞬間、爆発が起きた。


 衝撃と熱波がヘイジを襲う。伏せていた体が浮き上がり、洞窟の内壁に叩きつけられた。


「ぉあ」


 力なく体を投げ出すヘイジ。ぼやける視界の端に、黒煙に包まれたミヤマオオロクシが映る。


 ゆっくりと倒れ伏すミヤマオオロクシの姿を見て、確かな達成感と安堵、そして僅かなリタへの不平を抱きながらヘイジは意識を手放すのだった。

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