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37.追いかけっこ

 手始めにヘイジが慣れた動きで近くの木に上る。軽く周囲を見回せば、幸か不幸かミヤマオオロクシはすぐに見つかった。


 最初に見つけた時は悠々としていたが、今は獲物を探すかのようにせわしなく首を動かし、ぐるぐると森の中を駆け回っている。


「いたぞ。あっち」


 急いで降りてリタに声を掛けると、ミヤマオオロクシがいる方向を指さす。


「分かったわ」


 二人は物陰に隠れながら、数百メートルの距離を保ってミヤマオオロクシを追いかけた。


「こっちから仕掛けるのか?」


「まずは様子見ね。調査隊の方向に向かいそうなら仕掛ける」


 ヘイジとしても出来るだけ接敵する時間は短くしたい。そもそも引き付ける必要が無いならそれが一番だ。


 しかし初めこそ無秩序に駆けていたミヤマオオロクシは、偶然か意図的か徐々にその足を調査隊がいるであろう方角に向け始めた。


「よくない動きね。仕方ない、仕掛けるわよ」


 ヘイジは深呼吸をしてから静かに頷く。


「適当な攻撃で気を引いてくれる?」


「わかった」


 ヘイジは拳銃を出してミヤマオオロクシを狙う。新しいライフルで目でも狙ってやろうとも思ったが、距離感的に当てられない気がしたのでやめた。


 照準器越しにミヤマオオロクシを凝視するヘイジは、ゆっくりと引き金に力を込める。


「や、やるぞ?」


 しかし引き金を引き切る寸前で力を抜くと、日和ってリタに伺いを立てた。


 不安になってそんな事をしてしまったヘイジだが、拳銃を構えながら横に立つリタを見ているとふと少し前の事を思い出す。


 ヘイジが初めてモリガガメを狩った時にも似た様な状況があった。しかしあの時はリタにお膳立てされて、格下の特獣を狩っただけ。


(今は違う。一緒に戦うんだ)


 この世界に来て約一か月。波乱万丈と言うにはやや密度が薄いかもしれないが、それでも前世では想像も付かない経験を沢山してきた。


 ここで生き残れば、色々な意味で殻を破る事が出来る。ヘイジにはそんな予感があった。


 ミヤマオオロクシを前にして萎みかけていた決意を改めて奮い立てる。


「いつでもいいわよ」


 ヘイジが改めて覚悟を決める一方で、リタは剣を構え真っ直ぐに前を見据えながら答える。あっさりとした返答に、それはそれとしてヘイジは自分が恥ずかしくなった。


 いそいそと視線を戻すと再度よく狙い、少しの逡巡の後に今度こそ引き金引く。


 森の中をこだまする破裂音。命中したかどうかは分からなかったが、その効果はてきめんだった。


 ミヤマオオロクシはその巨体を機敏に止めると、直ぐに二人の方へ走り出す。


「来るわよ!」


 リタは叫ぶと、ヘイジから距離をとるように前に出た。


 あっという間にリタの目前まで迫ったミヤマオオロクシが、その右前足を振り下ろす。


 ヘイジは思わず息を飲むが、リタは流れる水のように滑らかな動きでそれを躱す。そして巻き上がる土埃を吹き飛ばしそうな勢いで、その前足に突きを繰り出した。


 しかし鈍い音と共に鱗に傷を付けるだけで、全く攻撃が通っていない。


「かったいわね!」


 悪態を吐くリタに今度は左前脚が振り下ろされるが、それもひらりと躱して少し距離を取る。


 逃がすまいとミヤマオオロクシが跳びかかるために身を屈めた瞬間、ヘイジがライフルを発砲した。これまでにない銃声が響き、肩にどすりと衝撃が走る。


 するとミヤマオオロクシは初めて聞かせる声を上げてふらついた。弾丸の口径は同じはずだが、やはりこの世界では違いがあるようだ。


「よしっ!」


 その反応に手応えを感じるヘイジ。しかしミヤマオオロクシはすぐに体勢を立て直すと、今度はヘイジに跳びかかろうとする。それを今度はリタが割り込むことで阻止した。


「させないわよ」


 忌々しげにターゲットをリタに切り替えるミヤマオオロクシ。どうやら引き付けは上手くいっているようだ。


 ヘイジが更に銃弾を撃ち込めば、最初ほどのインパクトは無くともやはり鬱陶しそうにヘイジを睨む。


 二人の作戦通りの反応だ。これならばなんとかなりそうだと安堵するヘイジ。しかしそんな状況も長くは続かなかった。しばらくすると、ミヤマオオロクシが執拗にヘイジばかり狙うようになったのだ。


「無視すんなっての!」


 リタが攻撃を繰り出すもミヤマオオロクシは鬱陶しそうに体を揺するだけで、その目はヘイジを睨み続けている。


「くそっ。何でこっちばっかり」


 時に岩を踏み砕き、時に木々をなぎ倒しながら、それでも執拗にヘイジに追いすがる。


「あんたが近距離で戦えないのを察してるわね」


 ミヤマオオロクシは先にヘイジから仕留める事にしたようだ。


「まずい、弾がっ。うわっ」


 加えてヘイジがリロードを試みると、まるで狙ったかのように岩片が飛んで来て妨害される。


「ヘイジ! あんたが何か出してるの、たぶん魔力でバレてる!」


 そう叫んでリロードの仕草を真似するリタ。どうやら銃撃が止んだ後の、新しい弾倉を生み出す際の魔力を感じ取っているようだ。


 どうりでタイミング悪くリロード中に邪魔されるわけだ、とヘイジは納得する。同時にミヤマオオロクシの知能の高さに舌を巻いた。このままでは、まともに反撃することも出来ないだろう。


「くそう。どうにか……」


 焦るヘイジは、無理やりにでもリロードしようとライフルに意識を割く。その瞬間何かが爆ぜる音が聞こえた。


「やばっ」


 慌てて音のした方、ミヤマオオロクシに体を向けた瞬間、ヘイジの体が勢いよく吹き飛ばされた。


 声を上げる暇も無く、何が起きたかも分からないまま木に叩きつけられるヘイジ。


「ぅう。はっ」


 僅かな昏倒の後に、ヘイジは意識を取り戻す。慌てて体を確認して見れば、ボディアーマーに大きな窪みが出来ていた。どうやらまた岩を飛ばされたらしい。アーマーが無かったらと思うとぞっとした。


 意識ははっきりしており、肋骨は折れているかもしれないが逆に言えばそれだけだ。アドレナリンでも出ているのか、不思議と痛みもほとんど無い。


 しかし安心はできない。なにせミヤマオオロクシが迫ってきているのだ。


 どうすべきかと少し迷った後、ヘイジは手に力をこめる。


「ヘイジッ!!」


「だぁっ、大丈夫!」


 親指を立てた腕を突き上げ、必死に無事を叫ぶヘイジ。


「リタ! 今から大きな音と光が出る! アイツを見るな!」


 そう叫びぶヘイジの手には、閃光手榴弾が握られていた。


 最悪リタが影響を受ける可能性もあったが、ミヤマオオロクシがリタよりも自分に近い今が投げ時とヘイジは判断。チャンスを逃すまいとミヤマオオロクシ目掛けて投げつける。


 伝わるかは賭けであったが、ヘイジが何か投げたのを見たリタは直ぐに顔を背け、片腕でミヤマオオロクシ側の耳を塞いだ。


 直後ミヤマオオロクシの眼前に浮かび上がった閃光手榴弾が炸裂。ごく一瞬だが日光を上塗りするほどの光りが迸り、轟音が森を駆け巡った。


 流石のミヤマオオロクシもたまらずのけぞり足を止める。


 爆発音の後に視線を戻したリタは、原理はともかく何が起こったのか直ぐに理解した。


 咄嗟にたたらを踏むミヤマオオロクシの足元から岩柱を突き出す。


 すると混乱するミヤマオオロクシは容易にバランスを崩した。加えてその頭部にいくつかの魔法を放てば、先程まで無視していたそれらにも過剰に反応して闇雲に腕を振るっている。


 ヘイジがややぎこちなくリロードを終えるのと、ミヤマオオロクシが立て直したのはほぼ同時だった。


 ヘイジが狙いを定め、それを守るようにリタがそばで剣を構える。


 それを見て、ヘイジに跳びかかろうとしていたミヤマオオロクシがピタリと動きを止めた。どうやらヘイジが再び攻撃できるようになったのを察したようだ。しかし攻撃を阻止しようにもリタがいるので難しい。


 時間が止まったかのように睨みあう二人と一匹。


 突然訪れた膠着状態に緊張が高まる。ヘイジは引き金を引いてよいものか分からなくなり、ひとまず相手の様子をうかがうことにした。


 ミヤマオオロクシは所々血を流しているが、その巨体に比べると微々たるものだ。消耗している様子は全くない。


 ミヤマオオロクシが未だ体力の底を見せない一方で、ヘイジは全身から汗を流し肩で息をしていた。今すぐにでも休みたいと言うほどでは無いが、先にダウンするのは間違いなくこちらだろう。


 必死にその呼吸を落ち着けているヘイジに、リタがミヤマオオロクシを睨んだまま小声で話しかけてくる。


「このまま逃げ続けるのは厳しいわ」


「マジでどうしよう?」


 残念ながらアイディアの無いヘイジ。


「あんたの武器じゃ無理そう?」


「うん……」


 ヘイジは苦し気にライフルを一瞥する。ロクシリュウ製の武器とあって鱗は貫通出来ているし、気を引ける程度にはミヤマオオロクシにとっても厄介な攻撃ではある。しかし残念ながら、数十発撃ってもなお倒せる気はしなかった。


「急所を狙えれば……」


 もちろん特獣も動物であるが故に、頸椎が損傷すればまともに動けなくなるだろうし、脳や心臓を破壊されれば死ぬ。


 問題は直径七ミリとちょっとしかない弾丸で、動き回るそれらの部位を狙い撃つのが非常に困難だという事だ。そもそも脳や心臓の正確な位置も分からないので、狙う以前の問題とも言えた。


「いや、やっぱり厳しいな」


 数を撃てばいずれ当たるのかもしれないが、新しい銃では魔力を使い切る可能性の方が高いし、そう何度もチャンスをくれる敵でもないだろう。


 問題をまとめてみると武器がどうこうと言うより、概ね自分の技量不足のせいな気もしてきたヘイジだが、一旦そこからは目を背ける事にした。


「討伐は無理でもせめて撃退に持っていきたい。私が遠距離魔法で叩くわ」


 撃退と大きく出たリタだが、しかしその声には自信の無さが滲んでいる。


「ただ未熟で、威力はあるけど発動に手間取るの。それまで時間を稼いで欲しい」


 悔しそうに眉を歪めるリタ。


 確かにそんな事を言っていたような、とヘイジはブリーフィングを思い出した。


「分かった」


 悩む間もなくヘイジは神妙な顔で頷く。一人でミヤマオオロクシを引き付けるなどできれば考えたくも無かったが、このままではジリ貧だ。奴のターゲットが自身に集中している以上、意表を突く意味でもヘイジが囮になるのが良いだろう。


 先程も逃げるだけならどうにかなっていたので、ここはリタの提案に賭けるしかないとヘイジは判断した。


 二人はミヤマオオロクシを睨んだまま、素早く簡素な作戦会議を行う。


「じゃあ、頼んだわ」


「ああ、行ってくる」


 相手がいつまで止まっているかも分からない。作戦会議も早々にヘイジは駆け出した。途端に膠着した睨み合いが終わり、狙い通りミヤマオオロクシがヘイジを追いだす。


 駆け出したヘイジの背を祈るように見送るリタも、すぐに所定の地点へ向かった。

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