36.囮役
ヘイジ達はやっとの思いで洞窟へとたどり着いた。
血まみれで寝かされる者、力なく座り込む者、それらの手当てに奔走する者など洞窟内は慌ただしい。しかし阿鼻叫喚といった風では無く、どんよりと重々しい空気が流れていた。
調査隊の副隊長も兼ねる各班のリーダーが、集まって今後について話している。ヘイジはと言うと、特に隊の管理に関わっているわけでも無い。なので手当ての手伝いが終わると手持ち無沙汰になってしまった。
仕方が無いので、洞窟の入り口付近に陣取り外を警戒することに。そうしてすこし余裕が出来ると、ヘイジは嫌でも別れ際のリタの顔を思い出してしまう。
いつになったら戻って来るのだろうか。まだそう時間は経っていないのに、ヘイジはそんな事を考えてため息を吐いた。
あの時自分も一緒に残るべきだったのかもしれない。いっその事今からリタを探そうかと考えて、しかし背後の隊員達をちらりと見て小さく首を振った。
ヘイジは調査を通して、自分と彼らの実力の隔たりを明確に認識していた。リタの言う通り自分が彼らを守らなければならないという責任感が芽生えている。
後悔と迷いにヘイジが苦悩していると、外から物音がした。
「やばっ」
考え事に気を取られていた自覚があるヘイジは、慌てて意識を外に戻す。睨みつける穏やかな森の中に、ちらりと赤色が翻った。
「戻ったわ」
「リタ!」
ヘイジは慌てて駆けよる。リタは少し疲労をうかがわせるも怪我一つなく、切羽詰まった雰囲気も無かった。
「えっもしかして倒したの」
リタのあまりにも落ち着いた様子を見て、もしやとヘイジは希望を抱いてしまう。
「なわけないでしょ。まいただけよ。ここもじき見つかるわ」
しかし残念なことに、「何を馬鹿な事を」とでも言いたげなリタにあっさりと否定されてしまった。
「まあ、無事で良かった」
「ありがとう。そっちもちゃんとやってくれてるみたいね」
リタは満足そうに軽く頷くと、顎でついてくるようヘイジに促しながら洞窟の奥へ向かっていった。
二人が戻ると班長達が慌てて駆けよる。これまでどうにか冷静に振る舞っていた彼らも、流石に安堵の表情を隠せなかった。
彼らと状況を整理しつつ、洞窟内を見回していたリタが眉間にしわを寄せる。
「デニスは?」
「どさくさに紛れて消えました」
「はぇえ」
あんぐりと口を開けて呆れるヘイジ。確かにここに退避してからは見かけなかったのだが、まさか本当に居ないとは思わなかった。
「はあ、もうあいつの事は考えなくていいわ」
リタは額に手を当てて大きな溜息を吐くと、気分を切り替えるように首を振った。
続く報告によると、残念ながらあの場で死亡が確認された者もいたが、それ以外はデニスを除いてこの場に揃っているようだ。
「今のうちに帰還するか、ここで助けを待つか?」
ヘイジはちらちらと入り口を警戒しながら指示をあおぐ。
「どっちも厳しいわね。刺激しちゃったから当分はこっちを探し回ってるはず。血も流れてるし、ここも長くないわ」
一時的にリタがミヤマオオロクシをまいたところで、あの身体能力を考えればその後も調査隊が見つからない可能性は低いというのがリタの見立てだ。そして見つかれば怪我人を抱えた集団などすぐに追いつかれてしまうだろう。
かと言って、ミヤマオオロクシがいる森へ助けに来られるほどの戦力もファシュマンには無い。救援を待つというのもまた絶望的であった。
「オリヴィアもいつ戻るか分からないし。それに向こうも人手が要るはず」
座り込んだり、怪我人の手当てをしている調査隊メンバーを見る。彼らもファシュマンを守るための重要な戦力である。調査隊に選ばれる程度の実力があるとなれば尚更だ。
彼らも防衛戦力として帰すのが理想だった。
「どのみちリスクはある……」
リタは腕を組み俯く。しかしすぐに顔を上げると班長の面々を見て口を開いた。
「早急に帰還するわ。ただ隊を生きて帰すには囮が必要よ」
リタはヘイジに目を向ける。
「これは命令じゃなくお願いなんだけど、ヘイジも私と一緒に残ってくれないかしら」
調査隊を無事に帰還させるためには、ある程度の長時間ミヤマオオロクシを引き付け続ける必要がある。しかし先程の戦闘で、リタは一人でミヤマオオロクシの気を引き続けるのは困難と判断していた。
そして調査隊から一人追加で残すならヘイジ一択だ。都市防衛の戦力としても有望なヘイジを残すのはためらわれたが、他のメンバーではまず生きて帰れないだろう。
「俺が……」
ヘイジは黙り込んで視線を泳がせる。二人だけであの特獣と相対するとなれば、その生還率はいかほどだろうか。きっとこれまで以上に命懸けの戦いとなるだろう。
しかしヘイジは自分でも驚くほどにあっさりと決断すると、リタの目を見据えて強く頷いた。
「分かった」
結局、ヘイジの心中を占めていたのは生還率がどうこうではなく、どのような決断なら自分が受け入れられるかという事だった。
ここで断って街に戻れば、それがどんな結果を招いたとしてもヘイジは後悔する気がしたのだ。
「ありがとう」
リタは安堵した様子で微笑む。その表情を見ただけでもヘイジは自分の判断が正しい気がして、再度決意を込めて頷き返した。
「それじゃあ、五班は先行して情報を持ち帰って。残りは纏まって撤退。行きのルートを辿れば群れに遭う可能性は低いはずよ」
五班を先行させるのは、先んじて帰還させた六班に何かあった時のバックアップだ。
「ヘイジは外の様子を見ててくれるかしら」
「分かった」
ヘイジはライフルを抱えて入り口付近に向かうと、先程と同じ位置に陣取って注意深く森の中を観察する。
落ち着いて役割をこなそうとしているが、その手は何度も弾倉に触れたり、防具の留め紐を確認したりとせわしなく動いていた。
しばらくそうしていると、指示を出し終えたのかリタが近づいて来る。
「大丈夫。絶対に死なせないわよ」
ヘイジの様子に気付いたらしく、茶目っ気のある笑顔で気遣うように笑って見せた。
まだまだ経験の浅いヘイジから見ても、リタが群を抜いて優秀であることは分かる。しかしミヤマオオロクシを見たリタの反応を思えば、彼女が気丈に振る舞おうとしているのは明らかだ。
実力的にも経験的にもヘイジがリタに気遣われる立場なのは当然の事であったが、ヘイジはそれがどうしようもなく悔しかった。
絶体絶命の状況と、同年代の女性が気丈に立ち向かわんとしている様は、漠然と生きて来たヘイジの心に火をつけた気がした。
「ああ、絶対に二人で生きて帰る」
リタの目をまっすぐに見つめ、ヘイジは力強く宣言する。身の丈に合わないことはヘイジも理解していたが、それは自分への激励でもあった。
リタはしばし目を丸くしていたが、嘲笑するでもなく挑戦的な笑みを浮かべると「そうね」と軽く頷いた。
少し遅れて撤収の準備を終えた隊員達が入り口に集まる。
洞窟にたどり着いたときは怪我で立っていられない者も多かったが、今はそのほとんどが自力で歩いていた。歩けず背負われているのは数人しかいない。
流石は魔法と舌を巻くヘイジをよそに、隊員達は二人に一言二言声を掛けると早々にファシュマンを目指して出発した。
帰還の途に就く隊員達を見送るヘイジとリタ。
「さて、奴も直ぐに戻って来るわ。私達も動くわよ」
「具体的にどうするんだ?」
まくだけなら適当な地形に誘い込んでから、気配を抑えて逃げ出せばよい。もちろん言うは易く行うは難しだが、リタならそれが可能だった。しかし気を引き続けるならそうはいかない。
「シンプルに、ちょっかいをかけながらぐるぐる逃げ回る感じかしら。私は近距離、ヘイジは遠距離でそれぞれ援護しあうのが理想なんだけど」
リタは言葉を切って、ヘイジが肩に掛けるライフルを見る。
「それ、あんまり効いてなさそうだったけど、実際どう?」
「いやそうなんだよ……」
ヘイジもライフルを一瞥して肩を落とした。先の戦闘では最初の一発こそミヤマオオロクシの不意を突けたものの、それ以降は全く意に介されていなかった。
「アレ相手に持久戦を続けるのはキツイわ。何か消耗させられるような手は無いの?」
「うーん。あると言えばあるんだけど」
ヘイジはおもむろにライフルを消滅させると、別の銃を出現させた。
こちらもライフルだがその全長は二十センチほど短い。また大部分が木製だった先程の物と打って変わって、こちらの外観はそのほとんどが艶の無い黒色で統一されている。上部マウントとハンドガードの周りには規則的な溝が彫られ、ライフルスコープが取り付けられていた。
モデルの時代的にもゲームバランス的にも、二歩三歩飛ばしたデザインだ。それもそのはずで、このライフルのモデルは西暦二〇〇〇年代初期に登場した物なのだ。
「なんか雰囲気違うわね」
リタですら分かるほどの変わりようだ。
「前にリタがロクシリュウの素材をくれたじゃん。あれで作ったんだ」
幸いにも必要な素材が揃っていたので銃を製作していたのだ。
「ただ弾薬の魔力消費が多すぎてさ」
しかし作ったまでは良いものの弾倉に消費する魔力が非常に多く、とてもでは無いが常用できるものではなかった。
結局作るだけ作って放置していたのだが、常用していたライフルが効かないならこちらを使うしかない。
「どのくらい戦えそう?」
「三十発ぐらいかなあ」
三十と聞けば多く感じるが、格上かつ巨体の相手にバカスカ撃っていればすぐに無くなる量だ。したがって撃ち所は慎重に選ばなければならない。
こんな事になるなら予め弾倉をいくつか出して携行すればよかったと後悔するが、後悔先に立たずだ。
「効かない攻撃よりマシよ。それでいきましょう」
「わかった。リタが近くで気を引きつつ、詰められそうなら俺が撃つって感じ?」
「ええ、それでいいわ」
二人は軽い作戦会議を終えると、洞窟を後にした。




