35.外患到来
すぐに指示通り隊形が組まれ、攻撃の準備が整った。
ヘイジはしゃがみ込むと、左膝を立ててその上にライフルを支える左手の肘を置く。構える隊員達は武器も魔法も様々だが、皆一様に立っているのでかなり浮いていた。
それに気付いて少し緊張するヘイジだが、そんな事を気にしている場合では無い、と努めて冷静に照準を覗き込む。
周囲の隊員達はずっと座り込んだままの彼に怪訝な顔を向けるが、まあヘイジだから、とすぐに視線を戻した。
「狙いは顔と足。ただし標的そのものへの命中が難しくなるなら無理に狙わないでいいわ。班間での連携は不要。各自適性距離に入り次第攻撃開始」
理想は攻撃も連携することなのだが、装備や魔法、練度がバラバラなのでこれが限界だ。
リタが指示を出し終わると同時にヘイジは引き金を引く。
ミヤマオオロクシとの距離は、最初に見つけた距離の半分を切ったところ。ライフルの詳しい有効射程など分からないのだが、これまでの経験と標的の大きさから当てられると判断したのだ。
「えっおい」
「早くないか?」
これには流石にざわつく面々。それもそのはずで、攻撃魔法は特殊な物でもない限り百メートルも届けば凄い方である。弓矢はもっと遠くまで狙えるのだが、エネルギーの減衰を考慮するとこちらもまだまだ有効射程外だ。
ミヤマオオロクシは何かにひるむように首を一振りして立ち止まる。かと思えば先程までとは比べ物にならない速度で走り出した。
「マジか当たってるっぽいぞ」
「当たってるって何が」
「いや知らんけど……」
魔法のような分かりやすさが無いゆえに、半信半疑で見守っていた隊員達が驚きの声を上げる。
「よかったあ」
ぼそりと呟くヘイジ。先陣を切っておいて「やっぱり当たりません」では流石に恥ずかし過ぎるのでほっと一安心だ。
そんな呟きを耳聡く拾ったリタから何やら物言いたげな視線が飛んでくるが、ヘイジはあえて無視。
その後も射撃を続けるヘイジだが、それ以降ミヤマオオロクシが足を止める事は無く、いよいよ隊員の多くが魔法を撃ち始める。
飛来する多数の攻撃に鬱陶しそうに首を振るミヤマオオロクシだが、しかしその歩みはまるで鈍らない。誰の目から見ても攻撃が効いているようには見えなかった。
リタも構えを取り、魔法を発動しようとする。
その時おもむろにミヤマオオロクシが、眼前の巨岩に大木のような尾を叩きつけた。風化していた巨岩はいとも容易く砕かれ、散弾のように調査隊へ飛散する。
何が起きたか察したヘイジは、声を上げる余裕も無く必死の形相で地面に這いつくばる。
「伏せ―」
同じく気付いたリタが口を開くも、声を届ける前に無数の岩片が調査隊に襲い掛かった。
地面を抉る音や無数の金切り音が重なった、嵐の様な轟音が通り過ぎていく。
一瞬の出来事だった。
「まじ、かよ」
轟音など気のせいだったかのように静かになった森の中。恐る恐る顔を上げるヘイジの目に、惨状が飛び込んでくる。
回避が間に合わなかった者は、その半数が吹き飛ばされ後方の斜面を転がり落ちていた。幸い比較的小さな岩片を被弾した者達も、多くが血を流している。また伏せたものの運悪く大きな岩片に稜線ごと抉り飛ばされた者もいた。
幸い斜面の下から撃ち上げるような攻撃だったので、ヘイジと同様に伏せて難を逃れた者も多い。しかしたったの一撃で陣形は崩壊していた。もはや誰の目から見ても組織的な抵抗は不可能だろう。
「リタ! どうする?」
同じく伏せていたリタに這い寄るヘイジ。聞いているのは敵を撃退する戦術では無く、ここからどうやって逃げ延びるかだ。
リタもそれを分かっており、神妙な顔で隊員の様子を流し見ながら口を開く。
「ロクシリュウの上位種なら、このまま散らばっても余裕で全滅するわ。ただ気を引くのは簡単そうね」
リタの経験上この手の好戦的な特獣は、力のある敵を優先する傾向にあった。
「私が引き付ける! 隊は二〇七番指標洞窟に籠って負傷者の手当てを」
リタは全員に伝わるように今日一番の大きな声で指示を出す。
二〇七番指標洞窟は中深域に入る境界付近で通りすがった洞窟だ。隊員全員が十分入れる広さがある。
入り口は大きくミヤマオオロクシもギリギリ入れてしまう程なのだが、奥はすぐに狭まっており、仮に見つかっても耐える事は出来るだろう。
「一人で!?」
「ヘイジ。他の特獣が出てきたらアンタが頼りよ」
問いかけを無視して、リタはヘイジの肩をがしりと掴む。目を見開き口を引き結ぶその表情からは、確かな覚悟が窺えた。
「ああ。ま、任せろ!」
ヘイジはぶんぶんと首を縦に振って答える事しかできなかった。
その間にも振動と足音が迫って来る。ヘイジは慌てて立ち上がると、近くの足を怪我した隊員に肩を貸しながら洞窟に向かった。
ちらりと背後を見れば、リタは既にこちらに背を向けてミヤマオオロクシを迎え撃つように仁王立ちしている。
「頼むから無事でいてくれよ……」
ヘイジは祈るように呟くと、歯を食いしばって前を向く。託された事があるとはいえ、ここで背を向ける事しか出来ないのが悔しくて仕方なかった。
一方リタは、背後の気配から隊員達に指示が通っていることを確認して軽く息を吐く。目視で確認しないのは、いつまたさっきの様な攻撃が飛んでくるか分からないからだ。
「諦めて帰ってくれないかしら」
迫るミヤマオオロクシを見て、ぽつりと呟くリタ。しかしそんな思いがぐんぐん近くミヤマオオロクシに届くはずも無く。
とうとう斜面を登り切らんとミヤマオオロクシが稜線に前足を掛けようとした瞬間、その足を押し返すように岩の柱が突き出した。ロクシリュウとの戦闘でも見せた魔法だ。
バランスを崩したミヤマオオロクシは、斜面を数十メートルほど滑落してから止まると、ギロリと頭上を睨みつける。
「かかってきなさい、クソトカゲ」
リタはミヤマオオロクシを堂々と見下ろし、赤いポニーテールをなびかせながら宣言した。




