34.内憂炸裂
ゲームに登場していれば作中の情報を多少は参考にできるはず。そう期待していたヘイジだが当てが外れてしまった。
これからどうするのかと周りを見てみれば、情報の記録を担当するハンターがメモ帳にかぶりつくように情報を書き込んでいる。種類や大きさ、外傷の有無や気性の状態など。外観から分かるありとあらゆる事を記録していた。
その後班のメンバーと記録の確認を行った担当が、ミヤマオオロクシをじっと睨むリタの元に向かい話し合う。
「コイツが根本原因と見て良さそうね」
リタは頷くと、隊員達の方に向けて口を開いた。
「欲しい情報は得られたわ。撤収よ」
待ちに待った言葉に、ヘイジを含め皆一様に頷く。納得している者、安堵している者など様々だ。誰もここでミヤマオオロクシと戦おうなどとは考えていなかった。
「いや待て。ここは戦うべきだろう」
一人を除いて。
予想外の反論に驚いた隊員達が声のした方をぎょっとした表情で見る。ヘイジも顔を硬直させながらそちらに視線をやれば、デニスが立ち上がって隊員達を見下ろしていた。
彼らが唖然として反応を返せない中、デニスはリタに近づくと眼下のミヤマオオロクシを睨みつける。
一瞬、呆然とするヘイジを横目で一瞥するデニス。彼の視線には、敵意や優越が混じっているように見えた。敵意はともかく何故この状況で優越感を感じているのか、ヘイジには理解できなかったが。
「ここは高所だ。人数も多いし近づかれる前に遠距離で仕留められるだろう」
デニスはリタのそばにしゃがみ込むと、真面目腐った顔でミヤマオオロクシを指さす。まるで側近か何かのような振る舞いだ。
「却下する。私達じゃ力不足だし、あれは手数でどうこうできるものじゃないわ」
しばらくあんぐりとしていたリタがようやく復活する。デニスを睨みつけ、その提案を切り捨てた。
リタは隊員達の実力をある程度把握している。調査隊とミヤマオオロクシの戦闘力を比べてみれば、地理的有利や数の差などあって無いようなものだ。
リタ自身は脅威度五の特獣と戦った経験があるが、それはオリヴィアの付き添いがあっての事だった。一人であれを倒せるとは思えなかったし、それが隊を守りながらとなればなおさらだ。
「そんな弱気じゃだめだ! ただでさえ群れで大変なのに、あれまで街に来たら大変なことになるだろう。街の皆のためにも、今ここで討伐するんだ。僕らにはその使命がある!」
デニスは目を見開き義憤に燃える正義漢の如き表情で訴えかける。しかし当然ながら彼に同調する者は現れなかった。デニスに対する反論の声も無いが、それは単に皆言葉を失っているだけである。
デニスは焦っていた。自尊心の高い彼にとって、ファシュマン一のハンターという地位は心の拠り所であり、何としても守るべきものだった。
しかし自身より遥かに優れたリタや早くも頭角を現すヘイジは、デニスが危機感を募らせるには十分だった。
「馬鹿な事言わないで。この隊の目的は調査。情報を持ち帰るのが仕事よ」
取り付く島もないリタの様子に歯噛みするデニス。しかしふっと表情を緩めたかと思えば、眼下を闊歩するミヤマオオロクシを眺めてため息を吐いた。
「はあ、分かったよ」
ところがその言葉とは裏腹に、未だ執着の視線をミヤマオオロクシに投げかけたままだ。そして周りの隊員がそれに気付いた時には既に遅かった。
「おい何してる!」
「そいつを止めろ!」
突如デニスから濃密な魔力が溢れる。デニスの予想だにしない行動に誰も反応が間に合わない。
「えっえっ」
魔力をほとんど感じ取れないヘイジが成り行きを呆然と見る前で、デニスの頭上に直径一メートルはありそうな火球が現れ、ミヤマオオロクシ目がけて飛んで行った。
火球はミヤマオオロクシの手前数十メートルの所に落ちると大きく爆ぜる。命中しなかったものの、デニスにとって、あるいはミヤマオオロクシにとってはそれで十分だった。
着弾地点には目もくれず、遠方をじっと見るミヤマオオロクシ。視線の先に居るのは周囲のハンターに取り押さえられたデニスだ。未だ露骨に垂れ流されるデニスの魔力を、ミヤマオオロクシの敏感な感覚器が捉えていた。
窺うように歩き出したミヤマオオロクシは、その速度を上げて小走りで調査隊に迫り出す。
「まずい気付かれたぞ!」
隊員の一人が顔を真っ青にして叫んだ。
「大丈夫だ! ここから集中攻撃すれば倒せる。僕の合図に合わせてくれ!」
この期に及んでそんな事を言うデニスだが、誰も相手にしない。
皆が不安そうな顔でリタを見る。ミヤマオオロクシに調査隊が丸々バレてしまった今の状況は、想定され得る中でも最悪の事態だった。
「なあヘイジ。俺らハンターの教訓に、ああいう圧倒的格上の奴に遭遇した時の対処法があるんだけど、知ってるか?」
調査を通して軽く親しくなった面子の一人が話しかけてくる。道中は明るい表情の快活な男だったのだが、今は青白い顔で呆然と下り坂の向こうを眺めていた。
「い、いや。知らない」
「「遭遇するな」だ」
「……」
ヘイジは何も言えずに、こちらに駆け寄るミヤマオオロクシに視線を戻す事しか出来なかった。
リタは自分の経験を総動員して考えるが、残念ながらこの場を確実に切り抜ける方法は思い浮かばない。
考える猶予はほとんどなく、攻めるも退くも絶望的な戦力差。リタは一縷の望みに賭けることにした。
「ここで迎え撃つ。死にたくなかったらここで魔力を使い切りなさい」
背を向けて逃げるのは最も無防備で危険な行為だ。それならば応戦して、せめて撃退にでも持ち込めるよう祈るしかない。
「ぉ、おう!」
「どうせ逃げても死ぬだろうしな」
隊員達もそれを理解しているので、空元気感は否めないもののどうにか気合を入れている。
「六班は予定通り先に帰還。残りの班は横隊で迎撃。前衛は回避に徹して、攻撃を受けようなんて思わないで! デニスは……、アンタも死ぬ気で攻撃しなさい」
本当なら拘束でもしておきたいところだったが、そんな余裕は無かった。この状況をまねいた張本人を戦力に数えるのは忸怩たる思いであったがやむを得ない。
リタは変な考えを起こすなよ、と言う思いを込めてギロリとデニスを睨む。
そんな熱い視線に流石のデニスも気圧され、表情だけは平静を保っているものの首をガクガクと縦に振って答えるのだった。




