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33.本命

 リタの方を見てみればまだ戦っているところだった。


 艶めく赤髪をなびかせながら危なげなく敵を躱す様子は、後ろに目でも付いているのかと思えるほど。必死に首を振り回して相手の動きを探っていたヘイジとは大違いである。


 ヘイジは改めてこの世界の人間のポテンシャルに驚かされる。


 援護射撃でもしてみるかと思ったが、誤射が怖いのですぐに諦めた。かと思えば敵に囲まれたリタを見て、ヒヤリとしながら銃を構えそうになる。


 そんな風にヘイジがまごまごしている間に、リタはあっさりと特獣を全滅させた。怪我一つ無く、息が上がっているようにも見えない。


「こんなの聞いてないよ……」


 近づいて来るリタに、ヘイジは開口一番に不平を垂れた。本来なら怪我や損耗などを確認するのが先なのかもしれないが、彼女にそれは不要であろうと開き直っている。


「あんたみたいな戦力をただ遊ばせておくわけないでしょ」


 しかしリタはヘイジの不満など気にせず、何を当たり前の事をと言いたげな表情だ。


「もしかして今後ずっとこんな感じ?」


 あまりにも自然な返しに、一転して機嫌を窺うように恐る恐る問いかけるヘイジ。


「不測の事態にならない限りは。これがいちばん隊の消耗を抑えられると思うんだけど、あんたの様子を見る感じ間違ってなさそうね」


 などと言って、リタはむしろ満足そうに微笑むのだった。


「俺の心は消耗している!」


「はいはい」


 軽くあしらうリタは、ふとヘイジの背後にある特獣の死体を見ると表情に少しだけ影を落とした。


「しっかし、私より先に片づけるとはね」


 そう呟くリタは少しだけ悔しそうだ。この道約一か月のヘイジに先を越されるとは、流石のリタも予想外だった。


「ふふん」


 ヘイジは意趣返しにと、顎と口角を上げてリタを見下ろすように鼻を鳴らす。ちなみに身長はリタの方がやや高いので、中々に不格好だ。


「くっ。次は私が先だから」


 しかし意外と気にしていたらしく、ヘイジのこれでもかといったドヤ顔にムキになっている。


 圧倒的な実力で超然とした雰囲気のリタだが、こうした年相応らしい反応もするのだとヘイジは親しみを覚えた。


 本隊の方を見ればどの班も既に戦闘を終えていたので、なんやかんやと駄弁りながら隊に合流する二人。


「お疲れ様です。流石ですね!」


 戻ってきた二人を隊員達が称賛の声で迎えた。リタは当然だがヘイジにも多くの声が掛けられる。


「お前すごいな! あんな強かったのか」


「怪我してないのか?」


「あ、ああ。大丈夫だ、ありがとう」


 素直に褒めてくる者や心配してくれる者など、ややむず痒いヘイジだが悪い気はしない。


 単独で群れと戦うのは全くもって気乗りしないのだが、彼らの反応を見ればそれも悪くないかもしれない、と少し前向きになるのであった。


 戦闘後の状況整理が済むと、リタの号令ですぐに進行を再開する。ヘイジも軽く装備を確認した後、歩き出そうとしたところで不意に振り返った。


「……?」


 纏わりつく不快な視線を感じた気がしたのだ。しかしヘイジに負の感情を向けているような視線は見当たらない。


  視線の主に心当たりが無いわけではないのだが、ヘイジは前に向き直ると気のせいという事にして歩き出した。


 その後も目的地を目指して森の中をひたすら進む一行。そして特獣の群れと遭遇すれば、リタと共にヘイジも駆り出される。


「おっ囲まれたぞ」


「まあ、あいつなら大丈夫だろ」


「なんかこの音も安心してくるな」


「倒木どかすの手伝ってくれ」


「あいよー」


 皆慣れたものだ。ヘイジは相変わらずひいひい言っているが、それを真に受けて心配する人間は一人もいない。


 ヘイジに対する隊員達の評価は、「よく分からないが強い奴」という具合に落ち着いている。そしてよく分からない奴というのは、憧れや尊敬の対象には中々ならないものだ。


「なんか思ってたのと違うような……」


 感謝や信頼は感じるもどこか思ったものと違う反応に、早くも前向きな心を失いそうになるヘイジだった。




「そろそろ中深域よ」


 偵察班の隊員と共に地図を確認していたリタが声を上げた。ずっと似たような景色が続いているが、標樹や目印となる地形を基に位置を把握することが出来る。目の前にある洞窟も目印の一つだ。


 リタの言葉に隊員達が少し表情を硬くして身構える。


 ここにいるのは一部を除いて、中深域に何度も踏み入ったことがある者達ばかりだ。しかし調査の内容を考えれば、緊張してしまうのも無理のない事だった。


 最初から身構えっぱなしのヘイジは、どちらかと言うと数時間でここまで辿り着いた自分達の行軍速度に驚いていた。しかし他の隊員達の雰囲気を感じ取って、否が応にも緊張が高まる。


「ブリーフィング通りに。やる事は変わらないわ」


 隊の強張った雰囲気を感じ取ったリタは、いつも通りの落ち着いた表情で微笑んだ。


 隊員達も深呼吸をしたり、仲間同士で頷き合ったり、顔の肉を揉み込んだり、そうしているとすぐに暗い雰囲気は和らぐ。素早く切り替えられる彼らもまた優秀なハンターであった。


 気を取り直して行軍を再開する調査隊。中深域とは言うものの、これまでの道中と景色がほとんど変わらない森を黙々と進む。一つ違うのは、特獣と全く遭遇しなくなったという事だ。


 誰も口には出さないが内心でその意味を察し始めた時、偵察班員が慌てた様子で帰って来た。見るからに血相を変えてリタに駆け寄る。


「大型特獣が出ました。目標の可能性大です」


 リタの近くに居るヘイジにもその声は届く。


「あの稜線の向こう、北北東に約一キロ地点」


 目の前にある斜面と空の境界を指さす班員。


 リタは隊にその報告を伝えると、皆で稜線まで向かった。極力音を立てないよう慎重に斜面を登り、待機していた別の偵察班員としゃがみ込んで合流する。


「あちらです」


 彼の指さす方を見たリタが息を飲む。そばにいたヘイジも恐る恐る首を伸ばしてそちらを見た。


「うわ……」


 ヘイジは思わず声を上げるが、それを咎めるものは居ない。皆その姿に釘付けになってそれどころではないのだ。


 ヘイジはごくりと唾を飲む。森の中で一キロ先の特獣を見つけたと聞いたときは驚いたが、視界さえ通っていればヘイジでも容易に気付くことが出来るだろう。そう確信できる程の存在感があった。


 視線の先で闊歩するのは赤黒くメタリックな鱗に身を包んだ、爬虫類に似た六脚の生物だ。恐竜のような頭部には鋭い牙が並び、たくましい六肢の先には凶悪そうな鉤爪が生えている。


 間違いなくヘイジには見覚えがあるシルエット、ロクシリュウだった。


 苦い記憶が脳内にフラッシュバックする。心臓が早鐘を打ち、じっとりと冷たい汗が流れるのが分かる。


 どうにか落ち着こうと、ヘイジは努めて冷静にロクシリュウを観察してみる。すると記憶にあるロクシリュウと体色が異なることに気付いた。赤黒一色では無く、全身に黒い線のような模様が走っている。


 よくよく周囲の岩木と比べて見れば、その体も明らかに大きい。全長も体高も二回りほど違うのではないだろうか。


「ミヤマオオロクシだ……」


 誰かがぼそりと呟いた。その正体はロクシリュウの近縁種であり、ロクシリュウよりも遥かに危険な種であった。


「なんでこんな所に」


「街に近すぎる」


 その声には恐怖や困惑が滲んでいる。ファシュマンのハンターの多くは、ロクシリュウとすら戦った事が無いため無理もない。


「標準脅威度は?」


 リタが悠々と闊歩する巨体を見つめながら偵察班員に尋ねる。


「五です」


 簡潔な答えに隊員達がざわめく。


 標準脅威度五の強さは、「極めて大きな被害を齎すもの、もしくは小規模の石造防壁を無力化し得るもの」と表現されている。そしてファシュマンの防壁は小規模に該当していた。


「まともな奴らの中では最上位ってことね」


 これまで常に落ち着いていたリタも流石に表情が固い。


 標準脅威度は大きく七段階に分けられるのだが、六以降は魔法を使うものや生態への理解が全く及ばないものなど、この世界の住人にとっても異質な特獣が分類されている。まともな奴らとはそういう意味だ。ちなみにロクシリュウの脅威度は四である。


 一方ヘイジはトラウマ的反応はどうにか抑え込んだものの、未だ苦し気な表情でミヤマオオロクシを睨んでいる。


 ロクシリュウより強力な特獣に出会ってしまったというのもあるが、もう一つ懸念点があった。


(ちくしょう、ゲームには出てない奴だ)


 内心で忌々しく呟く。残念ながら、ミヤマオオロクシはヘイジにとっても全く初見の存在だった。

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