32.雑用といえば雑用
薄暗い空にランプの光りでぼんやりと浮かび上がる北門。その下には既に人が集まっている。
その中にリタの後ろ姿を見とめたヘイジは小走りで彼女に近づいた。しかしヘイジが声を掛ける前にリタがくるりと振り返る。
「おはよう。ヘイジ」
「おはよう。お、遅れてないよな」
「出発は薄明の鐘って言ったでしょ。全然大丈夫よ。ここに居るのはほとんどギルド職員だから」
リタは忙しなく動き回る彼らを見やる。ヘイジも追って視線を向けると、彼らの足元には物資が詰まっているであろうバックパックが整然と並んでいた。これの準備の為に集まっていたらしい。
「これって事前に言われてた人達が背負うやつ?」
「そうよ。あんたはそのままでいいわ」
安堵するヘイジ。これを担げと言われたら、森に入る前には脱落する自信があった。
「露骨にほっとしたわね」
「いやあ自分、基本的には一般人と筋力変わらないんで」
ヘイジの記憶では前世の軍人もそう変わらない荷物を担いでいた気がするが、少なくとも今の自分には出来る気がしない。
「出発したら私の指示に従ってくれればいいから」
「わかった」
大分アバウトな話であるが、しかしリタであればおかしな指示はされないだろうとヘイジは素直に頷く。経験が浅いヘイジは能動的に動けと言われても困るので、どのみち従うしかないのが悲しいところだ。
「それじゃ、出発まで英気でも養ってなさい」
リタは冗談めかして言いながら離れていった。
手持ち無沙汰になったヘイジは防壁にもたれると、リタと職員達が準備を進める様子をぼんやりと眺める。
そうこうしている内にどんどん人が集まって来た。その中には当然デニスも含まれている。彼の存在に気付いた瞬間に心臓が一跳ねするヘイジ。それがデニスという存在がトラウマになったようで不快だった。
「ふう」
デニスには関わりたくないが、いずれは自分の心が納得できる形で決着を付けたい。などと少しだけ速くなる鼓動を落ち着けながら息を吐いた。
その後も続々と人が集まり、そろそろかと言うところでヘイジも集団に加わる。少し経って全員の集合が確認されると、軽い挨拶と各種確認を行って早々に移動し始めた。
先頭を往くリタの直ぐ後ろに控えるヘイジは、横目でちらりと後ろを確認する。ブリーフィングの時と違い、装備を整えたハンター達が集団になっている様は圧巻だった。
その光景は頼もしかったが、それでもヘイジは未知の領域や特獣への恐怖を拭いきることができない。
ヘイジにとっては少し不安を抱えての出発となった。
森に入ると偵察役の班が先行して偵察と先導を行う。生い茂る草木は隊の移動を阻むことも無く、そこかしこに光が差し込む森は一見すれば穏やかで何の危険もなさそうだ。
しかし最早見知った環境では無くなっている事を皆理解しているので、油断した様子は誰にも無かった。
しばらく進んだところで、先行していた偵察班が戻って来る。かなりの急ぎ足だったのでトラブルかと身構えたヘイジだが、リタに話しかけている隊員は至極落ち着いている。
報告を受けたリタが振り返ると、落ち着いた様子で口を開いた。
「正面から混群。推定規模は四十」
「えっ」
軽い定期報告か何かとたかをくくっていたヘイジは思わず驚きを溢す。
目標特獣に向かって進めば、必然的にそれが押し退けるように作った群れとぶつかる事になる。そのため群れとの遭遇は想定されていたが、こうも突然始まるとは思っていなかった。
「ブリーフィング通り前方は私達が、側面と後方は所定の班で対処」
どう動くべきなのかと雑用担当ヘイジがおろおろする中、リタは端的に指示を飛ばす。
「「おう!」」
隊員達も落ち着いた様子で広がっていった。群れに対してこうも冷静でいられるのかとヘイジは驚き感心する。
彼らとて普段組んでいるメンバーだけで群れに遭遇すればこうはいかないだろう。だが今は大人数で戦う上に、背後には控えの班もいる。加えて彼らが戦うのは正面の戦力の取りこぼしや回り込んできたものなど、比較的少数であるのも大きかった。
「ほらヘイジ、行くわよ」
迅速に展開する彼らをヘイジが感心して眺めていると、剣を抜いたリタがそんな事を言う。
「え? ん、私達ってまさか」
てっきり待機かと思っていたヘイジは、ゆっくりとリタの言葉を咀嚼して徐々に目を見開く。
「右前方は私、左前方はあんたね」
リタは挑戦的な笑みでそれだけ告げると、さっと駆け出していった。
「ちょっ、ええっ!?」
全く予想外の指示に、呆然とリタの背中を見送るヘイジ。
しかしよくよくブリーフィングを思い返してみれば、確かにリタは一人で戦うとは言っていなかったように思える。加えて群れを倒した実績を考慮されたのならば、客観的に見てこの扱いも理不尽では無いのかもしれない気がしてきた。
リタの向かう先を見れば、既に複数の特獣が姿を現している。
「ちくしょう嵌められた気分だ!」
ヘイジは肩からライフルを降ろすと、雑用をこなすべく走り出した。
まもなくして調査隊と特獣の群れが衝突する。多くは正面の二人が引き付けているが、すり抜けたものや回り込んできたもの、戦闘の音に誘われて少し離れた所から来た特獣達が、陣形を組んだ前衛とその背後の後詰の班に襲い掛かった。
しかし彼らも調査隊に選ばれる程の実力者だ。遅れをとることなく落ち着いて対処していた。
隊の中央で控える後詰の班の役割は、物資の保護と前衛の支援である。その為いつでも戦わんと武器を構えているのだが、前衛の班はどこも安定しており落ち着いた雰囲気が漂っていた。
警戒は続けつつもやや手持ち無沙汰になった彼らは、一際目立つリタの戦いに自然と視線を向ける。
「おお、ああも果敢に攻めていくとは」
「魔法を温存してるのに危なげ無いな」
「なんて討伐速度だ」
「俺もあれくらい戦えるようになりてぇ」
「リタ様……」
思い思いの感想をこぼす隊員達。
リタは時に特獣を翻弄し、時に群れに突貫しながら凄まじい速度で剣を振るう。その全てがただ一方的に特獣の命を奪っていた。
周囲の景色を鏡のごとく反射する刃は、まるで不可視の剣に見える。腕を薙ぐたびに特獣が斃れるので、いっそ魔法でも見ている気分になった。
力強いだけでなく洗練された美しさがあるリタの戦いを、憧憬や感服の思いで眺める隊員達。
一方でもう一人視線を集める人物がいた。ヘイジである。
リタを追って群れに立ち向かう後ろ姿には、頼もしさなどかけらも感じられなかった。
ヘイジの功績は彼らも知っているので実力的に問題無いのだろうとは思うのだが、どうにも半信半疑な気持ちが抜けない。
そのため最初は何時でも援護に行けるようにと少しひやひやしながら見ていたのだが、その異質な戦いぶりに否が応でも意識を吸い寄せられることになった。
「おっ囲まれたぞ」
「おいあいつ大丈夫か。援護した方がいいんじゃ」
「結構動き速いな。うわ跳んだ」
「なんだこの音」
「あれ、特獣が死んでる……」
目の前の不思議な光景に困惑する隊員達。
ヘイジは特獣に追われたり襲い掛かられるたびに「ヒッ」と声を上げているが、その情けない姿に反して危なげ無く立ち回り続けていた。
機敏に走ったり跳ねたり、時には高速でカサカサと木を登ったかと思えば、聞き慣れない破裂音を鳴らす。
何事かと隊員達が音の出所に目を向けた後、正体が分からず首をひねりながら特獣に視線を向ければ既に息絶えているのだ。奇妙な幻術でも見せられている気分だった。
「いやアイツ強いな!」
誰かが声を上げる。ヘイジが何をしているかはさっぱりだったが、群れを一人で殲滅するのも理解できる奮戦ぶりであった。
しばらくして。
「終わったあ」
ヘイジは冷や汗を拭いながら、息を整える必要も無いのに大きく息を吐く。目の前の事に精一杯で、出発前の不安はとうに吹き飛んでいた。




