31.ブリーフィングはつつがなく
「私からは以上だ。質疑は後でまとめて受ける。次にリタさん、お願いします」
「ええ」
頷いたリタが壇上中央に戻って来る。
「調査隊の現地指揮を執るリタ・アリアスよ。拠点はサンヴィルでここの人間じゃないけど、あなた達の命を預けてほしい。異議があるなら今言ってちょうだい」
そう畳み掛けると、睥睨するようにハンター達を見回す。
挑むようなリタの態度だが、異議を唱える者は現れない。リタより年上の者も多いが、皆彼女がリーダーを務めることに不満はない様子だ。
「ありがとう。それじゃあ班分けをするわ。と言っても普段組んでるチームはそのままで、班ごとに役割を当てて適したチームを入れるだけよ。任務中は班番号で呼ぶから頭に入れといてちょうだい」
リタは大きな地図の横に貼られた紙を指示す。班の振り分けリストだ。
「最後にヘイジ。あんたは私の雑用ね。そばに付いてなさい」
「えぇっ」
予想外の采配に思わず声を上げるヘイジ。
ほとんど交流の無い人ばかりの班に入るのに些か不安があったのは事実だが、そもそも班に入れられずましてや雑用呼ばわりされるとは思わなかった。
果たして安堵して良いのやらと悩みながら、一応雑用の内容について聞くためにヘイジが声をあげようとしたところで、別の場所から大きな声が響く。
「待ってくれ。流石にそれは異議がある」
覚えのある声にヘイジがぎょっと声のする方を見れば、そこに立つのはデニスであった。
「いるのかぁ。まあ、それはそうか」
ヘイジはうんざりと独りごちる。集会への緊張で失念していたが、デニスはファシュマンに根を張るハンターの中では優れた力を持つとされている人物だ。
リタには酷評されていたが、調査隊に参加するのは自然な流れだろう。
「流石に」などと言うあたりに他にも不満点がありそうな様子が透けているが、本人が気付いているのかは分からない。
昨日の事を思い出してひやひやするヘイジ。一方のデニスは身を縮めるヘイジを鋭く一瞥した後、すぐに表情を変えてリタに向き直った。仲間の安全を憂い、義憤に駆られるような面もちでリタに訴えかける。
「彼は新人だよ。君の役に立つとは思えないな。補佐が欲しいなら僕がやってあげるよ」
胸に手を当てて自信ありげに宣言するデニス。リタの冷めた目もお構いなしに、今度は憂いを帯びた表情に切り替えてヘイジを指さした。
「そもそも彼は調査隊全体にとって足手まといになりかねない」
「お、おい」
口を開けば、もはや隊内の采配という議題を越えてヘイジの参加に異議を唱えだすデニス。デニスの仲間が咎めるように口を開くが、リタが片手でそれを制した。
「彼は私が実力を確認したうえで推薦したの。口出し無用よ」
平然とした表情できっぱりと返すリタ。
「役に立つかも私が決める。そもそも雑用の為に既存のチームから引き抜くのは勿体無いでしょう。その点、この中で一人で活動してるのはヘイジだけだし都合がいいわ」
「あっそうなんだ……」
明快に反論するリタと、さらりと公開された事実に密かに衝撃を受けるヘイジ。
「それに当日に嫌でも見る事になるけど、そいつはちょっと特殊なのよ。初見で組むのは無理があるわ」
確かに、とヘイジも心の中で頷く。銃の扱いが分かるとはいえ、戦い方自体はヘイジの経験と技術に依存するものだ。特獣の近くで動き回る仲間に、誤射をしない自信はヘイジにも無かった。
「皆はそれでいいのかい? 経験の浅い新人は隊の和を乱しかねないんだよ」
リタから望んだ反応を得られないと悟ったデニスは、まるで自分が中心人物かのように大仰な仕草で周囲の参加者に問いかける。
しかしながらそれに同調する者は現れなかった。デニスが実力者であるが故に真っ向から反対する者はいないが、かといって積極的にデニスの肩を持つ者もいない。
ちらりと遠慮がちにヘイジを見る者もいるが、彼らの表情はおおむねヘイジに同情的である始末。
「特に異議は無いようね。あと一人だけ納得してくれれば、隊の和が乱れることも無いと思うのだけど」
極めつけに意趣返しの如く言うリタ。リタとて真っ当な意見には相応の議論が必要だと心得ている。
しかしデニスの主張にはあからさまな裏の意図があり、賛同者も皆無。そもそもリタは異議に対する説明と反論もして筋を通したのだ。これ以上相手をするつもりは全くなかった。
そんなリタや周囲の様子に、さすがのデニスも劣勢の雰囲気を感じてたじろいでしまう。
「……まあいいよ。経験豊富な人間として、警告はしたからね」
この期に及んでそんなことを憎々し気に呟くデニス。その態度は彼をよく知らない者から見ても、調査を成功させようとする人間のそれとは思えないだろう。
「それじゃ話を戻すけど、班分けと役割はさっき言った通りだから覚えておいて」
リタはデニスの視線などどこ吹く風と話を再開した。
「ああ、あと私は剣を使った前衛が基本の立ち回りになるわ。魔法も使えるけど、高火力の物はまだちょっと使い物にならないわね。戦闘になった時は―」
続けて自身の戦い方や、戦闘になった時の段取りの確認に移る。そんなリタの話を聞いていると、ふとヘイジは視界の端に視線を感じた。
そちらを見てみると、軍務部長と猟伐管理部長の二人と目が合う。
二人は小声で会話しているようで、軍務部長が一言二言口を開くとそれに答えるように猟伐管理部長がせわしなく口を動かす。二人とも調査隊の面々に視線を巡らすでもなくヘイジをじっと見つめたままだ。
何やら目を付けられている気がしないでもないヘイジ。引きつった笑みで軽く会釈だけすると、リタに視線を戻すのだった。
その後もブリーフィングは続き、調査計画の細部が伝達されたり、進行を猟伐管理部長に戻して質疑応答が行われた。
「もう質問は無いか? よし、君たちの調査が上手くいくことを祈っている。それでは解散」
簡素な激励を以てブリーフィングは終了となった。軍務部長は結局一度も壇上で話す事は無かった。
解散の宣言と同時にどやどやと参加者達が扉に向かう。ヘイジはリタに雑用云々について問い質したかったが、デニスに絡まれたらと思うとあまりここに長居したくはなかった。
部屋に入ってすぐ所在なさげにしていたので、扉も直ぐ近くにある。なのでさっさと帰ることにした。
ちらりとリタを見ると彼女と目が合う。特に話がある風でも無い様子なので、ヘイジは軽く会釈すると部屋を出るのだった。
宿へと戻りながらブリーフィングの内容を整理する。やや小走りなのはデニスを恐れての事だ。
「意外とあっさりしてたな」
ヘイジはもっと仰々しく複雑な計画があるのかと思っていたが、調査内容は簡潔にまとめてしまえば、目的地まで行って目標特獣を探してこいというシンプルなものだ。それだけ原因について分かっていることが少ないという事である。
出発は明後日の朝だ。何が起こるか分からない以上、今日明日を使って十分に準備しなければならない、と意気込むヘイジ。ただ基本的な物資はギルドが用意するので、それ以外に必要な物があれば各々用意しておくくらいだ。
特に銃で戦闘が完結するヘイジは特別必要なものがほとんどなかった。今手に入る素材で製作可能な装備はすべて作ってあるので、やるべきはバックパックの整理とゆっくり休む事くらいだ。
「ただいま」
そうこうしている内に見慣れた自室へと戻って来た。早速調査に備えようかと思ったヘイジだが、必要な準備は先程結論付けた通りである。つまりやる事がほとんど無かった。
ブリーフィングでも特別何かやっておけと言われたわけでは無いし、自分なりに考えてみても経験の浅いヘイジにはさっぱりだ。
「そもそも俺雑用だった……」
雑用の準備とは何だろうかと、早々に会議室を出たことを少し後悔するヘイジ。
バックパックの中身を整理したり、意味も無く銃を出して構えてみたり、またバックパックの中を覗いたり。そんな事を繰り返していると夕食時になっていたので、食事をとって早々に寝ることにした。
翌日。体力は有り余っていたヘイジだが、流石に依頼を請けるのは自重する。
ハンター向けの商店を巡り役に立ちそうなものは無いかと物色して回るも、結局医療品や保存食を少々買い足すだけで宿に戻ることに。
後はベッドに寝頃がって、ブリーフィング内容の整理やイメージトレーニングに終始していた。
デニスの妨害があるのではと少し怯えていたのだが、結局杞憂に終わって更に翌日。とうとう出発の時となった。
野戦服とアーマーを纏う。飽きるほど中身を確認したバックパックを背負い、ライフルスリングを肩に掛けた。あらかじめライフルを出現させているのは人目を気にしての事だ。無から生み出すのは流石にまずいという、ささやかな配慮である。
「ふう」
ヘイジは準備万端で部屋を出ようとするが、ドアの前で立ち止まると神妙な顔で部屋を振り返った。
昨日は逆にこれで良いのかと思うほど穏やかだったが、今日はそうはいかない。未知の領域で未知の特獣を追うのだ。最悪、二度とここに戻って来られないかもしれない。
「……いってきます」
ヘイジはぼそりと呟くと集合地点へと向かった。




