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30.いざ打ち合わせ

 ギルドまでやってきたヘイジは、クスミの姿を見とめると彼女の元へ向かう。軽く挨拶を交わすと、ヘイジは意を決して口を開いた。 


「あの、お伝えしたいことがあるんですが」


「はい、依頼の達成報告でしょうか」


 生真面目な顔でそう返すクスミにヘイジははっとした。


「え。あっ、そうだった。そっちからお願いします、はい」


 ヘイジは街に戻ってからの出来事のせいで、依頼を完了していない事を完全に失念していた。気勢を削がれながらいそいそと依頼の報告を行う。


「ヘイジさんがこんな時間に戻って来られるのは珍しいですが、何か問題でもありましたか」


 作業を終えたクスミが気遣うように聞く。先日の事があるので、普段より帰りの遅いヘイジを心配していたらしい。


「ああいえ。獲物を見つけるのに手間取ってしまいまして」


 ヘイジが狩りに手間取ったのは純粋に自分の問題である。心配をかけてしまった事に恐縮して、ぺこぺこと恥じるように頭を下げるヘイジ。


「そうでしたか。確かに今は不安定ですから、普段通りにとはいかないでしょうね」


「まあ、はい」


 事実そういった部分もあると思われるので、ヘイジは素直に頷く。


「ところで、他にもご用がある様子でしたが」


 そうクスミに言われてヘイジははっとした。本題はここからである。


「リタから調査隊に推薦されていたんですけど」


 ヘイジは思い切って口を開く。


「はい。お話は伺っております」


 クスミはヘイジが調査隊に推薦されている事をリタから聞いていた。しかし先の依頼の難易度に対するヘイジの反応を見て、あまり催促するのも逆効果ではないかとあえて触れなかったのだ。


 ヘイジは今一度深呼吸をして、脳内で決意を反芻する。


「推薦を受けます」


 ヘイジはクスミ顔をまっすぐ見据えて伝える。彼女の表情はいつも通り変化に乏しく、しかしどこか喜ばしそうにヘイジには見えた。


 今日は気持ちよく眠れるような気がしていた。




 翌日の昼。相も変わらずギルドに顔を出すヘイジ。しかし今日は普段通りの目的ではない。先日クスミに調査隊への参加を伝えたところ、明日の昼にブリーフィングがあると伝えられたのでこうしてギルドに顔を出した次第だ。


 ヘイジが少しそわそわとしながら受付で挨拶をすると、そのまま会議室へ案内された。


 開け放たれた扉から恐る恐る中を覗けば、机や椅子のないまっさらな大部屋に数十人の人間が詰めている。ブリーフィングはまだ始まっていないらしく、仲間らしきグループに分かれて思い思いに会話をしていた。


 今日は事前説明のみなので武装している者はほとんどおらず、ともすれば町人の集まりか何かと勘違いしてしまいそうだ。しかし彼らは調査隊に選ばれるほどの実力者である。


 ヘイジはゴクリと唾を飲んだ。リタに認められたとは言え、この中に踏み込むのは中々に勇気が必要だ。


 絡まれたらどうしよう、いやここに立ち尽くすのも目立って嫌だ、などと葛藤しながらヘイジはしばしモジモジ。


 それでも入り口に立っている訳にはいかないと一歩踏み出そうとしたところで、突然ヘイジの肩が軽く叩かれた。


「んっ!」


 大きく肩を跳ね上げながら情けなく声を上げたヘイジが慌てて振り返ってみれば。


「なにしてんのよ……」


 呆れた顔のリタと目が合うのだった。


 ヘイジが出会う時はいつも軽装鎧を纏っていたリタだが、今日は私服だった。町娘らしい服装だが、下はズボンになっており裾はブーツに入れられている。


 快活なリタらしい装いだ。その衣装はシンプルでありながら、細かな意匠やきめ細やかな生地等に質の高さが窺えた。


「あ。いや、ブリーフィング」


 声を掛けられた驚きとリタの新鮮な姿に目を丸くしながら、呆然と答えるヘイジ。


「そんな事分かってるわよ」


 リタは呆けた様子のヘイジの顔を覗き込むと、ふっと表情を緩めた。


「参加してくれてありがとう」


 喜ぶような、安堵するような、そんな笑顔だった。


「あ、ああ」


 その笑顔はなんとも眩しくて、ヘイジは頷くことしかできなかった。正直なところデニスへの反骨精神に背中を押された気分だったので、リタからの謝意には気まずさを感じないでも無い。


「私が選んだんだから、もっとシャキッとしてなさい」


 そんな気持ちを知ってか知らずか、リタはヘイジに活を入れると悠々と歩いていく。


 リタが会議室に踏み入ると、待機していた面々もすぐに彼女に気付いた。彼らの反応は様々だ。


 笑顔で挨拶を交わす者、断られると分かっていながら食事に誘う者、無言で見送るが憧憬の眼差しが溢れている者。黄色い歓声を上げる女性や、「お疲れ様です!」と大声で発しながら大きく頭を下げる男達もいる。なかなかの人気者だ。


 そしてそれらを一身に受けるリタは、軽く挨拶を交わしたり、微笑んだり、苦笑したりしながら会議室の端にある壇上まで歩くと、くるりと振り返って部屋全体を見渡した。


 そして無言で集まったハンターを見定めるように一人一人に視線を巡らす。その様子をぼけっと見ていたヘイジもリタと目が合ったが、リタは薄く微笑むとすぐに視線を移した。


 自分とさほど変わらない年齢のリタの堂々とした姿にヘイジが感心していると、二人の人物が会議室に入って来る。


 片方は初老に差し掛かったくらいの男。黒を基調にカラフルな装飾がちりばめられた衣装は、この世界の文化に詳しくないヘイジでも軍服であると分かった。


 もう一人は比較的やや若そうな中年の男で、覇気の無い平凡な顔付き。目にクマが出来ており疲労が滲むその姿は、前世のサラリーマンでも見ているようだ。こちらはギルドでもよく見る文官用の制服を着ている。


 彼らはリタと視線を交わすと、軽く会釈を交わす。同時に、壇上の中央に立つリタは、その場所を譲るように脇に移動した。


 代わりにいそいそと壇上中央に上がるのは文官風の男。


「ハンター諸君。集まっていただき感謝する。早速だがブリーフィングを始めよう」


 意外にもよく通る声で切り出した彼は、自分がこのギルドの長である猟伐管理部長であること、一緒に入って来た初老の男がファシュマンの軍務部長であることを紹介した。


 彼がギルド長であると知って、ヘイジは目を丸くしてしまう。ゲームではギルド長の存在など語られなかったが、もっと巌のような偉丈夫を想像していたのだ。まさかやつれたサラリーマンが出てくるとは思わなかった。


「本調査隊の目的は、先般の異常発生および異常分布の原因究明である」


 はきはきとした声に意識を戻されるヘイジ。


「移動した特獣の状態から、原因は高脅威度の大型特獣であると推定した。以降これを目標特獣と呼称する。分布状況から推測した目標特獣の位置はこのエリアだ」


 背後の壁に貼られた大きな地図に体を向けて、ファシュマンから北東に数十キロ離れた場所を指で丸く示す伐管理部長。


 異常発生とその混乱は皆にとって記憶に新しい。猟伐管理部長の指さす先に、あれほどの影響を生み出す特獣が存在するかもしれないという事実に、ヘイジは現実感のない不気味さを感じた。


「したがって調査隊に到達してもらいたいのはこのエリア、東北東中深域になる」


 ファシュマンでは周囲の土地を都市からの距離や特獣の分布を基に、大きく浅域、中域、深域に分けている。中深域はこれらを更に細かく分けたもののうち、中域と深域の中間にあたる領域だ。


 ヘイジは人知れずゴクリと唾を飲む。目的地はヘイジにとって、未踏どころか近付いた事すら無い深さだ。


 その後も出発までのスケジュールや移動ルート、特筆すべき地形など細かな情報が共有された。

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