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29.これが答えだ!

 ファシュマンの門をくぐる頃には案の定日が落ちていた。地平線に隠れた太陽がぼんやりと照らす町並みを力なく歩くヘイジ。


 悩まし気に石畳を見つめるヘイジに、ふと声が掛けられる。


「ヘイジ君、ちょっといいかな」


 聞き覚えのある声にヘイジが眉根を寄せながら顔を上げてみれば、予想通りそこにはデニスが立っていた。


「大切な話があるんだ。ちょっとこっちで話そう」


 そう伝えるデニスの声色は柔らかく、優しげな表情で表通りの脇にある小路を指さしている。


「はあ、何か」


 普段ならデニスの誘いなど受けたくも無いヘイジだが、現在は堂々巡りの思考に疲れ切って判断力が鈍っていた。この手合いは断ってもしつこいだろうからと、ヘイジは深く考えることなくついて行ってしまう。


 無言で歩くデニスにしばらく付いて行くと、表通りの喧騒が聞こえなくなったところでデニスが立ち止まった。人気が無く狭い路地だ。


 日没後とはいえ空はまだ若干明るいはずだが、それを考慮してもなおこの場所は暗く、淀んだ空気でヘイジは胸が詰まりそうになる。


 ヘイジが険しい表情でデニスの後頭部を注視していると、デニスがくるりと振り返って口を開いた。


「調査隊の推薦。受けないで欲しいんだ」


 デニスの表情は一見にこやかだが、冷たい瞳や歪に歪んだ口元からは明確な敵意が感じられる。


「……どこでそれを」


 ヘイジはデニスの雰囲気の変化にいよいよ危険を感じた。昨日の今日でそんな情報が知られているのも予想外で、平静を装うのに苦労する。


 実のところ一部のハンター達の間では、リタがヘイジを推薦したと話題になっていたのだ。


 リタは受付に話を通しただけなのだが、その様子を見聞きした者から噂が広まっていた。ヘイジ自体ここ数日で一気に話題の人となっていたので尚更だ。


 加えてデニスは目的のための情報収集に余念が無い男だった。あるいは彼の職務が特獣を狩ることだと考えれば、余念しかないとも言えるのかもしれないが。


 いずれにしても異常なほどの執念と地獄耳にヘイジは顔をしかめてしまう。


 そんなヘイジの様子を知ってか知らずか、デニスは滔々と喋りだす。


「先輩として忠告して上げるけど、君はもう少し身の程を知るべきだと思うんだよ。群れを全滅させただなんて、馬鹿げた与太話で周りを混乱させるのはやめたほうがいい」


 デニスはヘイジが目障りだった。ヘイジのような新参者が話題に上がっている現状が、自身のファシュマンにおける威光を揺るがすものだからだ。


 この上更に調査隊に参加して存在感を示すなど、デニスにとっては鬱陶しい事この上ない。


「別に。そもそも推薦は受けてない」


 一方ヘイジはぶっきらぼうに返す。デニスは先輩としての忠告などと言っているが、ヘイジが感じたのは侮りや蔑み、そして強い敵意だ。デニスの意図は明白だった。


「ははは、そうかい。まあ、君には参加は無理だよね」


 嘲るように笑うデニスと、ぴくりとこめかみを動かして眉間の皺を深めるヘイジ。


「でもやっぱり一度は失敗を体験するのもいいと思うんだよね」


 ヘイジの将来性が仮に自分を超えるものだとしても、成長する前に今ここで潰してしまえばよい。そんな考えと共にデニスは一歩ヘイジに近づく。


「は?」


 ヘイジはデニスの言っている意味が分からず、固まったまま動けなかった。


「少し怪我をするだけさ。そうすれば、リタも他の奴らも君の実力を理解するだろう」


 リタの名を口にして、デニスは顔を歪めた。よほど執着しているらしい。


 自分に見向きもしなかった女が、ヘイジと親しくしている。それもまたどうしようもなく気に食わないのだろう。


「今後は目立たずに大人しくすることだ」


 デニスは腰に差す剣を抜くと、嗜虐的な笑みでヘイジを睨む。


「お、おい。自分が何言ってるか分かってるのか」


 明らかにデニスは自分を害そうとしている。ヘイジはその事に気付いて、パニックになりそうな心を必死に押さえつけた。


「なに、ただの教育さ。殺しはしないよ」


 一方デニスはヘイジの言葉に耳を貸さない。ヘイジをいたぶる事しか考えてないようだ。


「くそっ」


 ヘイジは最早話が通じそうに無いデニスを睨みながら、懸命に頭を回転させる。相手は格上のハンターだ。真っ向から立ち向かって抵抗するのは不可能だろう。


 ここは逃げの一手と判断するが、しかしそれはそれで隙が無い。ヘイジは自分の素早さに自信があったが、デニスに勝るかと言えば自信は全くなかった。


 適性の違いによって差が埋まることもあるだろうが、そもそもデニスがどの様な能力適性をしているのか知らないので判断のしようが無い。


 ただ逃げ出すだけでは追いつかれる。そう結論付けたヘイジは、選択肢の一つとして考えていた作戦を実行に移すことにした。小さく深呼吸して覚悟を決める。


 そして、


「ま、待ってくれ! 金をやるから」


 情けなく喚いた。


 中腰になりながらじりじりと後退するヘイジ。片手を突き出して静止を求め、もう片方の手でバックパックを探る仕草をする。媚びるように懇願する姿はなんとも情けない。


「何言ってるんだい。金なんてどうでもいいんだよ」


 必死な形相のヘイジを見て嘲りと優越に笑みを深めるデニスだが、その時ヘイジから僅かな魔力の動きを感じ取った。しかしそれは微弱で、ヘイジというハンターの強さを考えれば大した事は出来ないだろうと判断する。


 ヘイジの足掻きなど些細なものとばかりに、余裕の表情で剣を片手ににじり寄るデニス。それでもヘイジに隙を見せないあたり、腐っても優秀なハンターであった。


 デニスの気を逸らせていないと察したヘイジは、次なる話題を繰り出す。


「じゃあ、そのぉ。実はリタの事なんだけど……」


 こちらが本命だ。これまでのデニスの言動からリタへの執着が窺えたのだが、案の定リタと聞いて、それまで隙無くヘイジの動きを見ていたデニスの視線がヘイジの目を捉える。


 その瞬間、ヘイジは極力小さな動きで、背後で握りしめていた円筒形の物体を投げた。


 それはカラカラと軽い音を立てて転がると、デニスの足元で止まる。


 デニスは突如現れた物体に即座に意識を向けると、感覚を研ぎ澄ます。それはハンターとして身に付いた、状況把握のための反射的な行動だった。


 その正体を探ろうとデニスが鍛えられた五感で、足元に転がる物体に集中した瞬間。それは弾けた。


 いつの間にかすっかり暗くなっていた路地裏が真っ白に塗りつぶされる。間近に雷が落ちたかと感じるほどの轟音が鳴り響き、狭い路地を反響しながら駆け巡った。


「――っ」


 閃光手榴弾の炸裂を間近に受けたデニスは堪えきれず膝をつく。


 閃光はごく一瞬でデニスの視界を塗りつぶし、衝撃とも言える轟音は耳をかき鳴らして三半規管を狂わせた。


 対するヘイジは炸裂した瞬間に走り出していた。閃光手榴弾で気を逸らし、その間に逃げるというシンプルな作戦でだった。


 路地の角を曲がる直前に、ちらりと背後を確認するヘイジ。肝心のデニスはというと、喚くでものたうち回るでもなく、両膝をついてただぼんやりと俯くだけだった。


 ヘイジの知るところではないが、この時デニスは一時的な意識障害を起こし、自分の居場所や目的が分からない状態に陥っていた。


 彼が閃光手榴弾の性質を理解した上で心構えをしていればまた違う結果になったかもしれないが、現状は恐ろしいほど効果を発揮していたのだ。


「気を逸らすってレベルじゃないな!」


 その様子をみて独り言ちるヘイジ。相手は優れたハンターという超人とも言える存在だ。したがって少しでも効果があれば幸いくらいの感覚だったのだが、効果は想像以上だった。


「うおあっ、やばっ」


 前に向き直って走るヘイジは、不意に躓きそうになる。デニスの近くにいたヘイジ自身も閃光手榴弾の影響を受けていた。投擲した直後にデニスから顔を逸らし耳を塞いでいたのだが、それでも若干の眩ふらつきを感じる。


 使い方には気を付けようと心に誓いながら、ヘイジは表通りを目指して必死に走る。


 眼前に十字路が見えた所で、今度は発煙手榴弾を出現させて転がした。仮に追って来られても、どこに進んだか分からない様にするためだ。


 激しく煙を吹きだす発煙手榴弾の横を通り過ぎ十字路を通過したヘイジは、その後も必死の形相で走り続ける。


 初めてくる場所かつここまでの道のりはデニスへの警戒と緊張で忘れてしまっていたので、どちらが表通りなのかヘイジには分からなかった。元居た場所に戻らない様に気を付けつつ、ぐねぐねと真っ暗な路地を駆け回る。


 しばらくすると、不意に視界が開けた。大きな道に出たようだ。街灯と建物から漏れる光を頼りに目を凝らせば、確かに見慣れた表通りだった。


「はあぁー、戻れた」


 ヘイジは膝に手を付いて大きく息を吐く。ヘイジの身体能力と表通りまでの経路から考えれば、走っていたのは一分程度というところだろうか。しかしヘイジは五分以上は走り続けたように思えた。


 ヘイジは乱れた呼吸と心を少しだけ整えると、すぐに小走りに道を往く。人通りは少なく目立つ場所とはいえ、デニスに見つかれば何をされるか分かったものではない。早々に宿に戻りたいところだ。


しばらく走っていると、ヘイジにとって特に見慣れた十字路に差し掛かった。右に曲がればヘイジの定宿。まっすぐ進めばギルドがある。毎日のように通う道だ。


 ヘイジは十字の入り口で立ち止ると、少しだけ悩む様に右手を見た。デニスの嘲笑が脳裏によぎる。


 出来る事ならさっさと宿に帰り休みたかった。しかしヘイジは、自分が良くも悪くも切り替えの早い人間だと知っている。このまま眠って朝を迎えれば、心中に渦巻く感情と向き合う機会を失ってしまう気がしていた。


 うだうだと足踏みを続ける自分への苛立ちと、デニスへの反骨精神がヘイジを動かす。


 ヘイジはちらりと後ろを振り返った後、前に向き直ってまっすぐ走り出した。

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