28.重ねてスカウト
真っ直ぐにヘイジの目を見るリタ。
「俺が? そういうのって新人でも参加できるのか」
ヘイジは調査隊というものに心当たりが無い。
詳しく聞いてみれば、ファシュマン北東部の森林の奥へ向かい異常分布の原因を探すらしい。言葉のイメージから考えるに、新人に務まるものでは無いように思えた。
「参加者の大部分はギルドの公募に応じる形になるんだけど、そっちから参加しても普通の新人は弾かれるでしょうね」
当然ながら誰でも参加できる訳では無いらしい。戦闘力が無くとも経験や技能を頼りにされることはあるが、流石にただの新人は門前払いである。
「えっじゃあ駄目じゃん」
「あんた本当に自分が普通の新人だと思ってるの」
素で反応したヘイジを、リタは細めた目でじろりと睨む。
「いやあ、まあちょっと」
下手な愛想笑いと共に曖昧に答えるヘイジ。リタは肩をすくめると話を続けた。
「まったく。まあでもそれはどうでもいいの。あんたは私が推薦するから」
「推薦?」
そんなことも出来るのかと首を傾げるヘイジ。
「この調査隊、現場指揮は私が執ることになってるのよ」
そう言うリタの声色はいつも通りだが、自慢げに少し上がった口角が彼女の内心を表していた。
「リタがリーダーなのか、凄いな」
外部の人間とも言える彼女に指揮を任せるのは、ヘイジには意外に感じられた。リタやオリヴィアの本拠点は別の都市にあり、ファシュマンには遠征で来ているだけのはずだ。
実際に部外者を重要な作戦の要職に就けるのはあまり好まれる事ではない。
しかしリタや彼女が所属する特猟会の身分や実力は確かなものであり、それだけ今回の調査の結果を重視しているということでもあった。
加えて身内とも言えるファシュマン内に、相応の人材が居るのかどうかも重要なところだが。
「ファシュマンに根を張ってるハンターで一番強いのはデニスなんでしょうけど、アレにリーダーは無理よ。実力的にも人望的にも」
すげなく切り捨てるリタ。「調査隊には参加するでしょうけど」と付け加えた彼女は露骨に嫌そうな顔をしていた。
「でも推薦するのが俺でいいのか? 新人だぞ」
謙遜するようにそう言うヘイジだが、その実ただ消極的なだけである。調査は危険を伴うものだろうし、リスクを冒して人生を棒に振りたくは無かった。
「一人で群れを殲滅した奴がなに弱気になってんのよ」
頬杖をついて非難げにそう言うリタ。彼女からすれば、一人で群れと戦いあまつさえそのほとんどを狩ってしまうくせに、やたらと自信無さ気なヘイジがなんともじれったく思えるのかもしれない。
「いやだから殲滅だなんて。確かに自分のした事が凄い事だってのは分かってきたけど、俺は木の上から一方的に攻撃しただけなんだ。別に激戦を制したとか、群れの中で巧みに立ち回ったとか、そういう訳じゃないんだよ」
ヘイジとて周りの反応を見れば、先日の件がどれほど凄い事か大まかに予想できている。
しかし所詮それは特殊な能力によるものだという自分自身を見くびるような思いと、低調でも安定した生活を望む消極的な将来設計が、ヘイジの自己評価を揺らがせていた。
「それが出来るのがもうおかしいんだけど。まあ、あんたなりに不安があるのは分かったわ。ただ、前向きに考えてくれると助かるの」
リタは調査隊の指揮を任された時、真っ先にヘイジを隊に参加させようと考えていた。ヘイジの戦いには突っ込みどころが多いが、是非とも力になってほしいというのがリタの本音だ。
「それともう一つ」
リタは机に両手を置いて身を乗り出す。
「あなた特猟会に興味はないかしら」
リタは先にも増して真剣な顔でヘイジを見つめる。
「えっ興味って」
「うちに入らない?」
うちとはリタが所属する特猟会のことだろう。突然のスカウトに驚いたヘイジは、探るようにリタの顔を見る。しかし彼女の表情は真剣そのものだった。揶揄われているようにも見えなかったので、ヘイジは素直な疑問をぶつける。
「いや、リタの居る特猟会って相当凄いんじゃないか。その、難易度とか」
リタの実力の片鱗はヘイジも知るところだ。彼女達の実力を考えれば、そこに舞い込む仕事の程度も推して知るべしである。
「そりゃまあ、ここのギルドで請けられるものよりずっと危険な依頼が多いけど、報酬もいいわ。ハンターとして活躍したいなら悪くない話だと思うけど」
平然と答えるリタは、ヘイジの将来性を疑っていない様子。
「俺じゃ力不足じゃないか?」
「そう思うなら誘ってないわ」
「……」
簡潔明瞭な答えにヘイジは天井を仰ぎ見る。リタにスカウトされるのは光栄な事ではある。しかし彼女達の特猟会に所属すれば、ヘイジの望む平穏で安定した生活から離れることになる可能性が高いだろう。
「ごめん、どっちの件もちょっと考えさせてくれ」
それでもすぐに断らなかったのは、ヘイジも昨日の戦いを経て思うところがあったから。
平穏な生活を望む一方で一歩踏み出す事を心待ちにしている自分もいる気がして、ヘイジは自分の目的が何か分からなくなってきていた。
「そ、いいわよ。他の連中も勧誘に苦労してるみたいだから、前向きに考えてくれるとうれしいわ」
懊悩に思考が包まれるヘイジをよそに、リタは意外にもあっさりと引き下がると席を立つ。
「先輩として一つ教えてあげる。この世界で最も容易に狩られるのは、無力な抵抗者ではなく敵に背を向ける者よ」
「この世界」と言われてヘイジはドキリとした。もちろんリタが言いたいのはこの業界とか、あるいはもっと漠然とした世の中の事なのだろう。しかしどうにもヘイジは、転生者としての葛藤を見透かされたような気がしてしまう。
「まあこれは心構えの話よ。狩りなら普通に逃げた方がいい場合もあるから」
少し真面目な顔でそう訂正するリタだが、一方でその表情にはまるで何かを確信しているかの様な余裕があった。
「良い返事を待ってるわ。それじゃ、邪魔したわね」
「あ、ああ」
ヘイジが額に皺を寄せて当惑する一方で、リタは軽い茶会の後のような気軽さで挨拶して扉へむかう。
「あ。でも調査隊の参加はできるだけ早く決めて頂戴。ギルドの受付に言えばいいから」
リタは思い出したように最後にそう付け加えると、ヘイジの見送りも待たずにさっさと部屋を出て行くのだった。
「……」
黙り込むヘイジ。視線は閉められた扉を見たまま。しかし意識はそこに向けられておらず、遠ざかるリタの足音も聞こえていなかった。
「異常分布の原因の調査って。どう考えても危ないだろ」
ヘイジはベッドに身を投げ出して目を瞑る。自分の将来、目的、理想。心の表層では参加などあり得ないと結論付けているのだが、言語化できない思考が絡み合って一向に答えが出そうに無かった。
「活躍かあ」
部屋でじっとしている事に妙な居心地の悪さを感じたヘイジは、気分転換にと狩りに必要な消耗品の買い出しに出かけることにした。
丁度補充しようと思ってたし、と誰に言うでもなく溢しながら売り物を物色するヘイジは、その衝動的行動の原因が何なのか自分でもよく分からなかった。
翌日、ヘイジは普段通りにギルドを訪れた。結局昨日はもやもやとした心をどうすることも出来ず、ほとんど部屋でごろごろしていただけだった。そんな訳で体調は万全だったが、精神的な疲れはあまり取れた感じがしていない。
依頼の掲示板の前に立つと、手頃な依頼を物色する。先日の異常発生の影響か、依頼をうけようとする人間はいつもより少なかった。
ヘイジは一番目立つ所に掲げられた調査隊員公募の張り紙を一瞥するも、普段通りの初心者向け依頼を選び受付へと向かった。
ヘイジと挨拶を交わしたクスミは、ヘイジが請けると伝えた依頼を聞いて僅かに眉を上げる。
「ヘイジさんは、依頼の難易度を上げないんですか? 実績から見れば問題無いと言えますが」
ギルドから見て、最早ヘイジは初級の依頼が適した人間では無い。
優れた人材に役不足の依頼を与え続けるのはギルドとしても勿体ない事だし、無理なくより良い収入が得られるならハンターにとっても悪い話ではないはずだ。
しかしヘイジの反応は芳しくない。
「いやあ、今の生活に満足してるので」
満足と口にした瞬間湧き上がる、淡い焦燥感らしき心の揺らめきをヘイジはあえて無視した。
「それに、そういうタイミングはやっぱり慎重に判断すべきじゃないですか」
自分の実力を見誤って命を落とすなど、いかにも有りそうな話である。自分はそのようなミスは犯さないと。努めて冷静で理性的であるべきだとヘイジは自分に言い聞かせていた。
「そうですか」
「えっと、それじゃあ行ってきます」
ヘイジはクスミにそれ以上どう返せば良いのか分からず、逃げるように依頼へ向かうのだった。
依頼は単調なものだった。獲物の生息域に向かい、二、三匹の特獣を狩り、持てるだけの素材を回収して帰る。
また群れに遭遇する可能性があるのは怖かったが、幸いそんな事にはならなかった。いつもと違う点と言えば、考え事に気を取られて獲物の捜索がうまくいかなかったことくらいだ。
結局、獲物を狩れた頃には日が大きく傾いてしまっていた。帰り着く頃にはほとんど日は落ちているだろうと、ヘイジは細いため息をつくのだった。




