27.訪問者
「ゔあぁー。……昼じゃん」
ヘイジは窓から差す光に目を細める。普段は夜明け頃には目を覚ますのだが、今日ばかりは昼間で熟睡してしまっていた。
「まあ、今日は休むつもりだったし……」
前日の疲労と安物の寝床のせいで凝りに凝った体を伸ばすと、のそのそと食堂へ向かい食事をとった。
部屋に戻ったヘイジは椅子に腰掛ける。休みではあるがヘイジには一つやっておきたい事があった。
「ううむ」
それは自分の能力の再確認だ。先日の群れとの戦闘でヘイジは自分の能力値が大きく成長したと考えている。ゲーム的に言えば多くの経験値を得ているだろうし、この現実世界で他のハンターに聞いた限りでも、やはり戦いを通しての成長は存在すると考えて良さそうだった。
ゲーム上で言うところのスキルや魔法は、対応するステータスが成長するにつれて様々な種類の物を使えるようになる。同様にヘイジが開発したModでも、独自ステータスである火力の値に応じて様々な専用のスキルを使えるようにしていた。
したがって新しく使えるようになったスキルが幾つかあるであろうというのがヘイジの見立てだ。
「んースキル、スキル」
意味も無く呟きながら脳内を探れば、使えそうなスキルが脳裏に浮かび上がった。
「お、よかったあ」
一般にスキルは修練や他者からの教導、対応する技能の日々の使用などを経て習得するものだ。
ヘイジの専用スキルは内容が内容だけに、努力しろなどと言われてしまえば途方に暮れるしかなかったのだが、その心配は不要なようだ。
「よし、まずはこの発煙手榴弾」
念じてみれば、魔力を失う感覚と共に手のひらの上に円筒状でオリーブ色の物体が現れた。その名の通り、煙を出して視界を遮る投擲物だ。
このように、ヘイジのスキルは銃や防具以外の軍用装備やガジェット等を追加するものだった。
「おおー。こんなデザインだったなあ、懐かしい」
両手でもてあそびながらまじまじと眺めるヘイジ。かつて自分がパソコンの前で作成したものが、こうして目の前に実体化しているのは不思議な気分だった。
しばらく観賞して満足したヘイジは、次のスキルの確認に移る。発煙手榴弾はバックパックに放り込んだ。消すこともできるのだが、せっかく消費した魔力がもったいない気がしたのだ。
今日は休むつもりな上に魔力は睡眠で回復するので、まさに気分の問題ではあるのだが。
「次は……、破片手榴弾」
ごろりと手のひらに現れたのは、楕円形の手榴弾。表面には縦横に溝が彫られており、さながらパイナップルのように見える。
「ちゃんと使えるかな」
自傷しないような適切な使い方には慣れが必要だろう。Modでスキルとして設定したとは言え、特獣に対してどれ程効果的なのかも未知数であった。
ちなみに特徴的な外観は効率よく破片を散らすための物らしいのだが、どうやら実のところ表面の溝は破片の形成にほとんど影響しないらしい。苦労して凹凸をモデリングした後に、後継の破片手榴弾がつるりとした表面になっていると知ったときはヘイジも苦笑いするしかなかった。
「ま、まあ、それは追々」
いそいそと手榴弾を消すヘイジ。流石にこれをバックパックに放置する気は起きなかった。
その後も習得したスキルの確認を続けていく。
「閃光手榴弾か。これだけ時代が違うな。特獣よりこっちに効きそう」
「対人地雷……、いや対人って」
「銃剣んー? えっとライフル持って、着剣。おお、魔力消費もかなり少ない。……っていや、わざわざ近づかんて」
効果がいまいち分からない物、使いどころに困る物、冗談で実装した実用性度外視の物など様々だった。
「うーん、結局使ってみないとなあ」
その後も一通り確認してみたヘイジだが、その表情はあまり明るくない。
一部を除いてちゃんとゲーム中ではスキルとして意味があるように設定してはいるのだが、果たしてこの現実で使い物になるかどうかは分からなかった。いずれは実戦で試す必要があるだろう。
ヘイジがスキル検証の計画を立てていると、宿の廊下に足音が響く。安宿では日常茶飯事だ。
普段は気にしないのだが、その足音が自分の部屋の前で止まったのでヘイジは扉に目を向けた。間髪入れずにノックが鳴る。
「ヘイジ、いるかしら」
可憐だが芯のある声音は聞き覚えのあるものだ。
「え、リタ?」
ヘイジは思わぬ来訪者に驚きながら、慌てて扉に向かう。扉を開ければ、目の前に立っていたのはやはりリタだった。
「こんにちは。話があるんだけど、入ってもいいかしら」
片手を上げて爽やかに挨拶するリタ。普段通りの落ち着き払った表情に、力強い目を少し細めて微笑む姿がなんとも眩しい。
「あ、ああ。こんにちは、どうぞ」
ヘイジが狼狽えながら頷く。過去に住んでいる場所を教えていたのだが、まさか訪問してくるとは思わず緊張する。
リタは待ってましたと言わんばかりにさっさと中に入ってしまう。
見られて困る物は無いかと視線を走らせるが、そもそもあまり物を持っていないので問題無かった。
「悪いわね、急に来ちゃって。急ぎで伝えておきたい事があったのよ」
さっと部屋を見渡したリタは、椅子が一つしか無いことに気付いたようで律儀に立ったまま話し始めた。
「あ、椅子どうぞ」
ヘイジはベッドに腰掛けながらリタにそう勧める。
「良いの? 悪いわね」
リタは腰掛け足を組む。その絵は大変様になっていて、簡素な椅子にも品があるように見えてくるから不思議なものだ。
「昨日特獣の大量発生があったでしょう。あんたが群れ一個消したやつ」
「ああ、そうだな」
ヘイジにとっては続きを促す軽い相づち程度の反応だったのだが、リタは眉を上げてヘイジを窺うように見る。
「否定しないのね」
驚いたような、納得したような顔のリタ。
「いや、消したって言うと言い過ぎかもしれないけど」
「そこじゃないわよ……」
呆れたように言うリタ。
「なんでそんな事になったのよ」
ヘイジは昨日の自分に起こった出来事をリタに話した。
「えっじゃああんた、「やれそう」くらいの感覚で群れを全滅させたの?」
話を聞き終えたリタは目を丸くしている。
「そう言われちゃうとまあ、結果的にはそうなるのかなあ」
そう言語化されると自分の愚かさが浮き彫りになった気がしてならないヘイジだったが、否定もできなかったので頷くしかない。
ヘイジとしては必死に生き残る方法を模索した結果なのだが、傍からシンプルに表現すればリタの言う通りなのかもしれなかった。
リタは目を見開いたまま固まったかと思えば、腹を抱えて笑い出す。自分の成した事の重大さに気付かず、気まずそうに後頭部を掻くヘイジがおかしくて仕方ない様子。
「あー、ごめんなさい」
一方のヘイジは、初めて見るリタの無邪気な笑いに困惑顔だ。
「ともかく、それなら都合が良いわね」
リタは気を取り直してヘイジに向き直るとそう言った。
「都合?」
「異常分布に対する調査隊が組まれることになったの。あなたも参加してくれないかしら」
そう言ってリタは真っ直ぐにヘイジを見た。




