26.なんだこの戦果!?
ファシュマン城は、その名の通りファシュマンの中心部に築かれた城だ。
領主の住居であり行政の中心でもあるファシュマン城は、当然要塞としての機能も持つ。
しかしファシュマン周辺の特獣は脅威度が低いものばかりで、国境からも遠い。そのため武骨な城塞というよりは華美な宮殿のごとき趣で、もっぱら権威の象徴や観光景観の一つとして見られていた。
そんなファシュマン城の一室では、領主や都市の重職に就く者達による会議が行われている。
月に一回、都市の様々な分野における運営の長が集まり各種報告や意見交換を行う場なのだが、今回は一つの話題に集中して議論が行われていた。
「昨日報告した異常分布に起因する特獣の異常発生について、これまでに判明している被害状況を報告します」
昨日発生した大規模な特獣の異常発生と、ハンターへの被害増大。また一夜明けて都市間を往来する一般市民に被害が出始めたことも確認され、異常分布への対策が喫緊の課題となっていた。
報告しているのは、ギルドこと猟伐管理部の部長を務める壮年の男だ。会議が開催されるぎりぎりまで情報収集と資料の整理を続けた結果、目には深いクマが出来ている。
「―現時点での状況説明は以上です。現在は取り急ぎ軍務部と情報共有しつつ、猟伐管理部で引き続き情報収集を行っています」
これまでに分かっている特獣の活動状況や、都市への被害状況を報告する。
領主も利用するこの部屋は、豪奢な装飾の大机や椅子、壁を飾る美術品などで華やかだ。しかし現在は部屋全体が緊張感に包まれ参加者達の表情も硬い。
「突然囲まれたとの報告が多いですな」
そう言うのは装飾が多い軍服に身を包んだ男。ファシュマンの軍務部長を務めるとともに、帝国軍ファシュマン駐屯軍の司令官でもある。
「はい。上位の特獣に追い立てられたのが異常分布の原因となった可能性が高いかと」
異常分布由来の群れにはいくつかのパターンがある。その一つに大きな脅威から逃れるため、比較的安全な所に来るまでは息をひそめて散らばって移動するものがある。特獣の存在に気付きにくく、いつの間にか特獣の集団の中に入り、狩り等で音を立てると直ぐに囲まれてしまうのだ。
猟伐管理部長はこれまでの経験から、ファシュマンにおいて過去に例が無いレベルの強力な特獣が活動している可能性が高いと推測していた。
「原因の特獣が居るとすれば、おそらくこの辺りから―」
猟伐管理部長は地図に視線を落とすと、ファシュマン北部森林地帯の奥地に指を立てる。そして地図上の南東方向、都市北東部の森に指を滑らせた。
「このように動いているはずです」
これまでに報告を受けた特獣の移動状況から大まかな移動ルートを推測する。日頃からの情報収集と、優れた分析能力が無ければ出来ないことだ。
「猟伐管理部主導で調査隊を組め。規模は任せるが五日以内に出発させろ」
口を開いたのは一際華美な服装に身を包んだ男。ファシュマンの領主であるジョン・トラニアだ。トラニア家は皇族の古い傍系であり、代々当主は公爵位を叙爵されてこの土地を治めていた。
「かしこまりました」
猟伐管理部長が頭を下げる。
「軍務部長。防衛警戒態勢を三に引き上げる」
「はい」
次いでトラニア公爵は軍務部長にそう伝える。防衛警戒態勢は五段階に分けられた帝国軍の警戒状態を表し、平時の五から数字が小さくなるごとに軍の態勢や市民への影響が大きくなっていくというものである。
都市の防衛をわざわざ帝国軍に指示するのは、トラニア公爵が私兵の軍を持たないからだ。トラニア公爵が私兵として配備しているのは少数の護衛のみであった。
これはトラニア公爵に限った話では無く、シエニス帝国の多くの領主に当てはまる。
肥大化する領土での特獣の対処や、周辺国に対応する軍備など軍の役割は多い。
そんな中で非効率な軍事力の地方分権に限界を感じていた帝国は、領主の持つ軍備のほとんどを帝国軍に吸収する形で軍事力の中央集権化を進めていた。
中央から強めの圧力と共に任意という建前で始まったこの試みは、当然各地で大きな反発があった。しかし経済面での優遇や領地運営の自由度向上などの見返りを与えたり、時には良からぬ考えを持った領主を皇帝お抱えの戦力で鎮圧するなどして一定の成果を得ている。
現在では平時においては駐屯軍に対して、その土地の領主が一定の指揮権を持つことになっている。今回のトラニア公爵の指示も、その範囲は彼の領地に駐屯する帝国軍に限られたものだ。
「サンヴィルにも共有しておけ」
サンヴィルはシエニス帝国の首都である。
「承知いたしました」
応じたのは簡素な礼服をまとった細身の男。情報機関の連絡員だ。
その後も流通や農畜産への影響、物資の貯蓄状況の確認など、各分野の責任者と議論や調整を行っていく。
「ところでこの分布図だが、ここだけやたら少なくはないか?」
会議がひと段落したところで、トラニア公爵は猟伐管理部長が持ち込んだ地図の一か所を指さす。あちこちに混群の情報が書き込まれている中で、そこだけ不自然に書き込みが少なかった。
「そこなんですが……」
猟伐管理部長は困った様に眉を寄せる。理由が理由だけにどう説明したものやらとしばし考えたが、ありのままに伝えるしかないと諦めて口を開いた。
「そのエリアについては、出現した混群の大半が討伐されたと確認しています」
「大半が、討伐?」
答えがあまりに予想外だったのか、反応がオウム返しになるトラニア公爵。
「オリヴィア殿でも居たのか」
軍務部長が真面目な口調で問いかける。オリヴィアは軍人からも一目置かれる存在のようだ。
しかし猟伐管理部長は首を振る。
「それならば分かりやすいのですが、狩猟者および報告者は新人のハンターです。ですが持ち込まれた証明部位と当人の証言は、当該領域で発生が予想される混群の規模や内訳と概ね一致しておりました」
「なんと……」
にわかには信じられない話だった。しかしギルドの分析能力は信頼に足るものなので、皆一様に首を傾げる。
「素直に新人だと信じるのは難しいですな」
稀有な実力者であれば、群れを殲滅するのは珍しくとも例が無い訳ではない。
しかし無名の新人となると話は別だ。となれば、まっさらな新人であることそのものが怪しくなってくる。
軍務部長が腕を組んで唸る。都市の治安維持の役割も負っている彼にとって、訳ありのハンターは無視できない存在なのだ。
「はい。もちろん才能に恵まれた者がたちまち活躍する例はありますが、さすがにこれは異質です」
ハンター管理部長も頷く。
「ただの大器ならば良いのだが。動向には注意しておけ」
トラニア公爵が猟伐管理部長や軍務部長にそう指示する。目線は地図の空白を睨んだままだった。
「かしこまりました」
神妙に頷く猟伐管理部長。
「さて、獅子が出るか竜が出るか」
トラニア公爵は背もたれに体重を預けてぼそりと呟く。ただでさえこの忙しい時に新たに降って湧いた懸案事項に、彼は頭を抱えたくなってしまう。
ただの天才新人である可能性もあるし、混群を殲滅してくれた事には素直に感謝していた。
しかし彼の経験上、強大なハンターという存在は往々にしてトラブルの元になる例が多いのだ。当人の望むと望まざるに関係無くだ。
「獅子や竜で済めば良いですな」
軍務部長がおどけたようにそう言うが、それが冗談で済まない可能性もある。現に歴史上、獅子や竜で済まなかったケースは多くあるのだから。
「全くだ」
ハハハと乾いた笑いを交わす重役達であった。




